八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

6 / 22
6/血潮に翳る月夜

 

 

 

「フリーレンンンッッッ!」

「……」

 

 

 出逢いが唐突ならば、殺し合うのも刹那の出来事か。

 俺が咄嗟に繰り出した突きと、フリーレンが反射的に放った光線がぶつかり合い、触れた瞬間に激しく爆ぜた。

 爆風がシーアの頬を撫ぜ瞼を強く抑えつけるが、それを無理矢理こじ開けて、相手の一挙一動を見逃すまいと目を凝らす。

 爆炎と砂埃が舞い上がる中、仄かに灯る輝きを垣間見た。

 沢山の魔族をゴミのように屠ったあの光線が来る……!

 光源を見た瞬間、俺の身体は思考を巡らせることなく半ば無意識に光源の元へと走り出していた。

 光線が繰り出されるのなら、繰り出される前に殴り殺す。

 フリーレンが全てを理解するよりも早く殴り殺しちまえば済む話なんだよっ!

 

 

「ハァッッ!」

 

 

 無機質な重低音と、空を切る音。

 光線と打撃が繰り出されたのは、ほぼ同時だった。

 しかしリーチの差か。俺の振り切った腕がフリーレンの顔面に突き刺さるよりも早く、光線が俺の身体を飲み込んだ。

 

 

「……ぐっ、がぁあぁッッ!」

 

 

 熱い。

 苦しい。

 そして肌が焼けるように痛い。

 いや、これは実際に焼けているのだ。

 フリーレンの放つ光線の熱量が、魔法を纏ったこの身体ごと全てを焼き尽くそうとしている。

 これは、俺を殺し得る攻撃なのかーー?

 ……否。

 否、否、否!

 断じて否だ!

 魔法が力を貸してくれているのに焼かれ死んでいくなど、許容出来る筈がない。認められる筈がない。

 だからこそ、死ぬ気で耐える。

 俺の魔法こそがこの世で一番凄いのだと心の底から信じているが為に、この攻撃を耐え抜くのだ。

 でなければこの魔法に顔向けが出来ない。

 この程度の攻撃耐えられなくて、何が最強だ。何が力の極致だ。

 狂信とも言える魔法への想いを力に変えて、激流のような光線の中を死に物狂いで掻き分け進んで行く。

 

 

「ぬあぁあッ! こんなの温いんだよッッ!」

 

 

 全身が焼けボロボロになりながらも、フリーレンの元へ突き進むのを諦めようとはしなかった。

 熱の奔流を掻き分ける腕が痛い。

 光線を割って行く爪が剥がれそうだ。

 常に光線の熱に晒されている肌の感覚が無くなった。

 でも、それが何だ。

 身体がボロボロになっても、俺には魔法がある。

 魂の半身である『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』が。

 この魔法が在る限り、俺は負けない。

 魔法が力を絶対の物に変え、力は俺を極致へ連れて行く。

 なら、この程度の攻撃どうだってことはないんだよッ!

 

 

「◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️ッッ!!」

 

 

 光線を構成する魔力そのものを喰らうように突き進む。

 俺の細胞の一つ一つが激流の如き魔力を喰らって行く。

 激しい光の奔流を凌ぎ切り、一切の感情を表に出さずに佇んでいるフリーレン目掛けて突進する。

 シーアはフリーレンと同程度の背丈しかないが、力や速さと言った身体能力に限って言えば、他の魔族よりも圧倒的に優れている。

 力も速さも備わっていれば、その突進はシーアの質量分の威力を持った大砲の如き攻撃へと変化するのだ。

 

 

「まるで獣みたいだ」

 

 

 フリーレンがポツリとそう呟いた。

 眼前に迫る敵は自らを殺し得る危険がある魔族だと言うのに、フリーレンには焦りの感情一つ見せない。

 もはや異常の域にまで達している冷静さを保ち続けている彼女は、手のひらを地面に向けると一気に魔力を解放した。

 轟音と共に地盤が深く抉れ、衝撃が地続きに伝播する。

 あまりの衝撃にたじろく俺を尻目に、魔力を地面に向けて撃ち放った反動で距離を稼ぐフリーレン。

 距離を取りながらも、フリーレンは俺に向けて牽制を兼ねた攻撃を逐一放ってくる。

 

 

「んあぁあもうッ! 鬱陶しいッ!」

 

 

 無防備な頭部目掛けて撃ち放たれた攻撃を、強化した頭の角を用いることで捌いていく。

 角で弾き飛ばしたフリーレンの攻撃は、牽制として放ったものとは思えないくらいの魔力が込められていた。

 あまりの衝撃に、思わず首ごと持っていかれそうになってしまった程だ。

 俺の攻撃の手が休まった隙を狙い距離を稼ぐ事が出来たフリーレンは、どこまでも冷徹に、凍てつく程冷酷にこちらをじっと眺めていた。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 俺がエルフの里に突っ込んで、フリーレンの不意打ちを喰らいそうになった時から今まで、攻防は絶えず繰り返されていた。

 それが互いに距離を取り、様子を伺い隙を突こうとしている。

 この戦闘において初めて起きた睨み合いの時間だ。

 

 

 ーー不意打ち、か。

 

 

 脳裏に過ぎるのは、俺とフリーレンが初めて対面した時の事。

 あの時、フリーレンの攻撃を躱すことが出来たのはほぼ奇跡だ。

 俺がもう少し速く森へと突っ込んでいたら……。

 相手の攻撃があともう少し遅かったら……。

 フリーレンに頭を穿たれ、脳漿をぶち撒け、今頃魔力の塵となって消滅していただろう。

 俺の心臓が今も鼓動を刻んでいるのは運が良かったからだ。

 運と言う要素一つで、あの攻撃を躱せた。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 背中に冷たいモノが伝って流れ落ちて行く。

 知らず知らずのうちに緊張していたのだろうか。

 戦場に常に漂い続けている死の気配は、俺を捕まえ引き摺り込む瞬間を今か今かと待ち望んでいる。

 死。

 そう、死だ。

 久しく感じていなかったこの雰囲気。

 これから行う戦いは、きっと激しいものになる。

 運が味方し、女神が微笑み、偶然や奇跡が盤上をひっくり返すように、実力以外の要素も存分に絡んでくるだろう。

 

 

「ははっ、それすら全部踏み越えて行くのが"あの人たち"なんだよ……」

 

 

 数々の殺し合いを制し、運も流れも全部取り込み、そして頂へ至るほどの力を手に入れた先人たち。 

 この程度で死んでいくのなら、俺はあの人たちに追い付くことも並び立つことも出来やしない。

 

 

「ここでお前をぶっ殺して、その死肉を喰らってやるぜ! フリーレン!」

「…………」

 

 

 今はただ、目の前に立ち塞がる一人のエルフを力で屈服させる為に拳を振るうだけだ。

 仲間を護らんとするフリーレンも、相手に思うことは一緒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 月は未だ天高く君臨しており、薄暗い森の中に閉ざされた里へと淡い光を届けている。

 普段と同じ。

 そう、普段と同じ夜の筈だった。

 いつも通り床に就き、日が真上に来る頃に起きて、同胞たちと静かに過ごしてまた眠る。

 これまで繰り返してきた生活を、またこれからもずっと繰り返して行く筈だった。

 

 

「…………」

 

 

 言い表しようのない不快な感覚が、フリーレンの小さな身体を襲う。

 言葉では決して表現出来ない変な感覚だった。

 気のせい……で片付けるには少し引っ掛かる。

 人はどんな状況に置いても、どんな物事に対しても無意識の内に観測をしている。

 五感や記憶、経験といった自らを形成するものの全てを動員して目の前の事象を理解しようと情報を取り込み思考するのだ。

 それは意識下に置いても、無意識下に置いても変わらない。

 人が違和感を感じる時、つまり何かがおかしいと感じる時は、無意識の内に観測し取り入れた周囲の情報が通常時と異なるものだったが為にそう感じてしまう。

 第六感や直感でおかしいと思うのは、これまでの自分が培ってきた経験が「いつもと何か違う」と警報を出しているから。

 つまり今、フリーレンが感じている不快な感覚とは……。

 

 

「…………!」

 

 

 ガバっとベッドから飛び起きて、着の身着のままフリーレンは家を飛び出す。

 嫌な予感を胸に抱えたまま、杞憂であって欲しいと切に願う。

 裸足のまま草むらを駆け抜け、薮を飛び越え、月明かりだけを頼りに薄暗い森の中をひたすらに走っていく。

 そうして里の外れまで辿り着いた時、フリーレンは目の前の光景に呆気に取られてしまった。

 

 

「……何、これ」

 

 

 最初は虫か何かだろうと思った。

 視界いっぱいに広がって飛んでいる沢山のソレ。

 満天の星空を背にして、月の光を浴びながら悠々と宙を泳いでいる"ソレ"らは、よくよく見てみると人の形を成していた。

 ……いや、一つだけ。

 一つだけ、私たち人類と決定的に違うところがある。

 それは人間で言うところの頭部の部分に、有蹄類が持つような角が生えているということだ。

 人として見るには、あまりに異質な特徴だ。

 そして、異質なのはその姿形だけではなかった。

 観察すればするほど、彼等の異常性がひしひしと伝わってくる。

 例えば、温かみ。

 人類同士がたまにする争いの際も、この温かみを完全に捨てている者はいなかった。

 どれだけ非道な行いを強いられようとも、どれだけ地の底に堕ちようとも、人は人と繋がらなくては生きられないからだ。

 温かみこそが人と人を繋げるから。

 理性を持つ人間を人間たらしめるのは、そう言った損得では片付けられないような感情なのだ。

 しかし、今目の前に展開している彼等からは一切の温かみが感じられなかった。

 人類が生まれながらに持っている『他者に共感する心』や『人の不幸を痛む気持ち』と言った持っていて当たり前の心を、彼等は誕生と共に置いてきてしまっているのかと疑ってしまうほどに。

 人類と同じ姿をしながら、その内は全くの無で構成されている。

 私は、そんな欠落した生物を知っている。

 実際に会ったことはないが、知識として識っていた。

 そうだ、こいつらは。

 

 

 私は知っている。彼等の真の姿を。

 私は教わった。人の皮を被った怪物のことを。

 私は今目の当たりにしている。彼等の異常性を。

 

 こいつらの名前は、確かーー。

 

 

「ーー魔族」

 

 

 人類の天敵。

 人を殺さずにはいられない怪物。

 人を欺き、人を殺し、人だけを害する人類最大の敵対者。

 それが魔族なのだ。

 

 

「……なんで魔族がここに」

 

 

 飢えた狼の群れがか弱い羊の巣を見つけ、根こそぎ奪い尽くさんと忍び寄るように……奴らは突然現れた。

 いや、群れを形成して迫ってくるそいつらは人型を成しているのだから、例えるのなら大軍が妥当か。

 大小様々な魔力の塊が、一つの大きな魔力の持ち主を先頭に沢山の群れを率いてこの里に向かってきている。

 

 

 ーー何の目的で。

 ーー何の為に。

 

 

 奴らの狙いなんて分かるはずもないのに、フリーレンは考えるのをやめずにはいられなかった。

 

 

『侵攻』『蹂躙』『虐殺』

 

 

 考えても考えても、それ以上のことなど出てこない。

 悪い予想は幾らでも出てくるのに、フリーレンの心を落ち着かせる楽観的な考えは一つも出てこない。

 突如として突きつけられた受け入れ難い現実に、フリーレンの頭は情報を処理するのに精一杯になっていた。

 

 

「どうしよう」

 

 

 このまま様子を眺めていても、状況は好転などしない。むしろどんどん悪くなるだけだ。

 助けを呼ぼうにも、魔族たちはあまりにも近すぎる。

 助けを呼ぶ為に引き返し、ここに戻ってきた時には既に奴らの攻撃は始まっているだろう。

 後手に回るのはまずい。

 戦闘経験の浅いフリーレンでも、それだけは分かった。

 魔族たちの攻撃を何の対策もなしに受けてしまえば、そこから立て直すのは不可能に近い。

 未だ夢の中にいる同胞たちを守るには、奴らに存在がバレていない内に特大の攻撃を浴びせ、少しでも軍勢を削って勢いを落とすしかない。

 

 

 ーーやるしか、ない。

 

 

 殺意や敵意の渦巻く殺し合いの環境に身を置くには、フリーレンにはまだ時期尚早だったのかもしれない。

 魔族との戦闘経験などは一切なく、あるのは同胞との試合や魔物退治などと言った危険性の少ない比較的安全なもののみ。

 それでも。

 それでも、ここでやらなければ同胞が死んでいくのだ。

 惨たらしく殺されて蹂躙されるエルフたちの姿を想像しながら何も行動に起こさないなんて、今のフリーレンには出来なかった。

 

 

「…………?」

 

 

 そこでふと思考に沈み込んでいた意識を浮上させる。

 何かと何かがぶつかり合うような……そんな重低音が遠くの方から響いてきたのだ。

 

 

 ーー始まったか……。

 

 

 それは殺し合いの幕開けの合図だった。

 現在大きく進軍してきた魔族たちは里に張られた結界を視認し、何とか打ち破ろうと攻撃を繰り返している。

 その結界が打ち破られた時がチャンスだ。

 何かしらの一つの目標を達成した時は、多かれ少なかれ達成感を感じるものだから。

 そして達成感は気を緩める要因になりやすい。

 人類でも魔族でもそれは変わらない……筈だ。恐らく。

 一つの大きな障害を乗り越えた達成感によって生じるであろう隙を狙い、今の私が撃てる最大最強の攻撃を放つ。

 これで魔族を全員滅ぼせるかは分からない。

 しかし、やるしかない。

 結果が分からずとも、やる以外の道はもう既に潰えているのだから。

 ミシミシと悲鳴を上げている結界の声を聞きながら、フリーレンは意識を集中させる。

 意識は戦闘に向いていると言うのに、フリーレンは己の心がざわつくのを止めることが出来なかった。

 それが恐怖によるものなのか。

 或いはもっと恐ろしいものについてなのか。

 死か。

 孤独か。

 それとも。

 

 

「……ふう」

 

 

 答えを出すのは今じゃなくてもいい。

 私が気付いていない私の本心を知って、動きが鈍ったり戦うことを迷ったりするのは望むところじゃないからだ。

 既に結界の限界は近い。

 里を守護する結界が崩壊した時が、私の全力を賭す時だ。

 震える心を無理矢理抑え込み、手のひらに魔力を集中させて"その時"を今か今かと待ち続ける。

 魔族たちの猛攻は止まらない。

 止まらないどころかどんどん勢いを増している。

 ヒビが入った。

 まだ早い。

 一度亀裂が入ったらもう止まらない。連鎖するようにして結界のあちこちにヒビが入っていく。

 もう少し、あともう少し待て。

 バリバリと結界の術式が剥がれ落ち、大穴が開こうとしている。

 崩壊まで秒読みか。

 その時突然、視界が白一色で塗りつぶされた。

 網膜を焼くような激しい閃光と、立つのも容易ではないほどの振動が辺りを襲う。

 何が起きた、と状況を理解しようとしてやめた。

 そんな悠長なこと考えてる時間などなくなるからだ。

 今ので結界に致命的な大穴が空いた。

 つまり、魔族たちが押し寄せてくる。

 思わぬ事象に気を取られそうになったが、その気を取られた分の些細な時間を惜しむことすら今は惜しい。

 軍勢の中でももっとも密度が高いところへ向かって、出来うる限りの攻撃を放とうとするも、既に健脚の魔族たちがフリーレンのすぐそこまで迫っていた。 

 

 

 ーー出遅れた。

 

 

 軍勢の勢いを削るには少しでも魔族たちを殺さなければならないが、それをすれば喉元まで迫った魔族に殺されてしまう。

 戦闘経験のある者ならば、きっとすぐに動けたのかもしれない。

 しかし、フリーレンには一対多の戦闘経験などない。 

 咄嗟の危機に対して反射的に対応するなんてことは、今のフリーレンには出来なかった。

 予期せぬ事態に思わず硬直したフリーレンの幼い身体に向かって、魔族が獣のような鋭い爪を振るおうとする。

 いずれ訪れるであろう熱感を伴った痛みを想像して、フリーレンはぎゅっと目を強く瞑った。

 しかし、いくら待ってもあの不快な感覚は訪れない。

 それを不審に思い恐る恐る目を開けると、ヒュンヒュンと飛び交う光の矢のようなものによって魔族たちが射抜かれていた。

 絶え間なく放たれる光の矢は、素早く動く魔族たちを次々と射抜き、あっと言う間に乗り込んできた魔族たちを尽く殺し尽くしてしまった。

 

 

「あ……」

 

 

 この魔法には覚えがある。

 確か、私と同じこの里に住まう同胞が好んで扱う魔法だ。

 私だけではなかった。

 私は、たった一人で戦場に立っていた訳じゃなかった。

 この里の危機を事前に察知し、虎視眈々と魔族を討つ機会を伺い続け、絶好のタイミングで攻撃を放って私を救ってくれたのだ。

 

 

「ありがーー」

 

 

 とう。と言いかけて、その言葉をぐっと飲み込む。

 当初の目的を忘れるな。

 結界が崩壊したと同時に雪崩れ込んでくる筈の魔族を、私が放てる最大最強の攻撃で削り切るつもりだった筈だ。

 仲間が道を切り開いてくれたのだから、それに応えるべきだろう。

 口に出さずとも、姿が見えずとも、同じ戦場に仲間が在るのなら恐怖など一人で背負うこともないのだ。

 

 いつの間にか気持ちが軽くなっていたことに気付いたフリーレンは、仲間への感謝の言葉を心の中で述べながら、魔族の軍勢をしっかりと見据える。

 そして手のひらに凝縮していた膨大な魔力を、未だ数多く存在している魔族の軍勢に向け力任せに解き放った。

 放つと同時に突風が吹き荒れ、反動でフリーレンは転がりそうになるが何とか体勢を整え、戦況を把握しようと目を凝らす。

 一点に魔力を集中させたその鋭い攻撃は、魔族たちを木端のように吹き飛ばしながら大地に深々と傷痕を刻み込んだ。

 

 里に迫る魔族たちを吹き飛ばして軍勢の勢いを削るのには成功したが、それでも大半は健在だ。

 しかし、奇襲の影響で向こうは少なからず混乱しているようだった。

 追撃をかけるなら今がチャンスか。

 即座に手のひらに魔力を込めて、先程とは違うところへと再び攻撃を撃ち込んだ。

 攻撃を受けた魔族たちは防御すらせず、フリーレンの攻撃をモロに喰らって宙へと投げ出されていた。

 何度も。何度も。

 何度も。何度も。

 今フリーレンが出せるだけの全力をこの一発一発の攻撃に込めて撃ち出した。

 

 

「はぁ、はぁっ……い、行ける」

 

 

 流れは完全にこちらのものだ。

 フリーレンが奇襲を仕掛けて敵が混乱し、更にそこへ何度も攻撃を重ねたことによって敵は完全に取り乱している。

 しかし油断は出来ない。

 相手は私より一回りも二回りも強い魔族の集まりなのだ。

 上手くいっている時こそ、足元を固めなければ。

 ジワリと浮かんできた手汗を服で拭いながら、フリーレンは魔族の軍勢の様子を伺おうと木陰から身を乗り出す。

 ドクン、と。心臓を鷲掴みされているような、或いは背中に氷柱を突っ込まれたかのような悪寒に唐突に襲われた。

 息が止まりそうになる。

 鳴りを潜めていた"恐怖"が顔を覗かせようとする。

 フリーレンの視線の先には一人の魔族がいた。

 その魔族はどこから放たれているか分からない攻撃を、とても嬉しそうに微笑みながら躱しているのだ。

 時に仲間である筈の魔族すらも殴り飛ばし、自らの障害になり得る全てを排除しながらこの戦場を楽しそうに暴れ回っている。

 

 

 ーーこれが、本物の殺し合いなのか。

 

 

 間近に捉えた殺伐とした戦場の雰囲気に、フリーレンは思わず呑まれそうになる。

 もはや狂っているのではないかと思ってしまうほどの狂気に取り憑かれているそいつをじっと見ていると、不意に目が合った……気がした。

 あいつから見て私は木々の向こうのそのまた向こうの、とても奥深くにいるから目など合う筈もないと言うのに、何故だか目が離せなかった。

 何故。

 どうして。

 何で、あいつは。

 あんなに幸せそうに戦えるのか。

 理解出来ない。

 一体何が楽しいのだろう。

 全く分からない。

 殺し殺されを楽しむ忌むべき者。

 根本から分かり合えないと思った。

 

 

 ーー今にして思えば、奴を見た時から全てが始まったのかもしれない。

 

 

 これから先の未来のお話。

 私の中の魔族というモノを確定させてしまった存在。

 私たち人類とは根本から違う生物。

 共存出来ない異質な生命体。

 私たち人類が、これから長きに渡って殺し合いを繰り広げることになるその魔族の名はーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そぉら!!」

 

 

 光線を撃ちながら後退し続けるフリーレン目掛けて、へし折った樹木を何本も投擲する。

 余裕があるのか、或いはないから後退しているのか。

 余裕がないのならそれで構わないが、最悪なのは仲間の居る所へいつの間にか誘い込まれているパターンだ。

 ただでやられるつもりは毛頭ないが、フリーレンを相手にしながら他の実力が未知数なエルフたちともやり合うのは少し面倒臭い。 

 相手の手の内が分からないが、どうしても戦わなければならない時は常に先手必勝。

 後手に回った時点で不利になる。

 轟ッ! まるで大砲兵器のような凄まじい音を立てながらフリーレンへ迫るも、彼女は即座に手のひらを向け光線を放ち、飛んでくる樹木の勢いを相殺していた。

 速度と言う運動エネルギーを失い失速した樹木を、手のひらに込めた魔力光線で掻き消しながら、更にこちらに牽制の意を込めた攻撃を放ってくる。

 

 

 ーーあれに反応出来るのか。

 

 

 『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』を使い身体能力を底上げしたシーアが放つ樹木は、当然ながらかなりの速度を誇っている。

 当たれば即死、或いは致命傷は免れないくらいの威力はあるにも関わらず、フリーレンは臆することなく対処し、更には牽制の攻撃までしてきたのだ。

 フリーレンが強いのは分かっていたが、千年前の時点ですらここまで戦えるなんて想像以上だ。

 やはり未来の勇者一行の魔法使いは伊達じゃない。

 

 

「殺す気で投げたってのに、割と簡単に対処するんだな」

「……あの程度の攻撃ならエルフなら誰でも防げるよ」

「へぇ……そうかい」

 

 

 俺が殺すつもりで放った投擲を、まるで赤子の手を捻るかのように簡単に対処したフリーレンを見て思わず話しかけてしまった。

 そこで意外だったのが、フリーレンが多少とは言え会話に応じてくれたことだ。

 魔族絶対ぶち殺すウーマンと表現出来るほど魔族に対して強い憎しみや殺意を抱いている……と言うのが俺の持つフリーレンの印象だった。

 まあ、原作でもアウラやマハトとも最低限の会話は取っていたから、全く喋らないという訳でもないんだろうけど……。

 

 

「お前からは濃い血の匂いがする。ここに来るまでの間お前は何人もの人間を殺してきたんだ」

「それが何?」

「どうしてそんなに命を粗末に扱えるの?」

「粗末になんてしてないよ。あいつらは俺の魔法の礎になったんだ」

「…………」

「フリーレン。お前も俺の魔法の血肉にしてやるよ」

「どうして私の名前を知ってるの?」

「さあ、何でだろうね」

「……」

 

 

 自分の名を知られている。

 それが一番の疑問点の筈なのに、フリーレンはやけにあっさり追求を諦めた。

 魔族に返答を期待するのが馬鹿馬鹿しいとでも思ったのか、或いはもっと別の事柄を優先したのか。

 その謎は次にフリーレンが発する言葉によって解決した。

 

 

「大人しくこの里から手を引いて欲しい」

 

 

 フリーレンは自分の名を知られているという疑問よりも、エルフの里の安全の為に魔族と言葉を交わす選択を取ったようだった。

 

 

 ーー里を襲った魔族と対話を試みるのか、フリーレン。

 

 

 度胸があるのか、恐怖心がないのか。

 感情のこもっていない冷たくて無機質な表情を見ていると何だか後者なような気がしてきたが、流石に全く恐怖を感じない訳ではないだろう。

 

 

 ーー恐怖心を煽って動きを鈍らせ、その隙に殺すか?

 

 

 フリーレンの言葉に興味を示したのは一瞬だけで、すぐに彼女を殺す算段を己の中で探し始めた。

 恐怖心を与え、強張った隙を縫って殴り殺す。

 そう考えてすぐに却下した。

 あのフリーレンが何に恐怖を感じるかなんて分からないし、そもそも恐怖を与えるなんて小難しいことをやるくらいならぶん殴った方が早い。

 うん、そうだ。何も難しく考える必要なんてないんだ。

 この戦いに参戦したのは強制されたからだが、フリーレンと戦うことを選んだのは俺自身だ。

 なら、好きにやろう。

 何もかもやりたいようにやろう。

 

 

 ーー好き勝手自分勝手に生きるのが魔族なんだから。

 

 

 フリーレンの目を真っ直ぐに見つめながら、右の手のひらを虚空へ掲げ魔力を練り上げる。

 

 

「……何を」

 

 

 そこで何かに気付いたのか、フリーレンの顔が強張った。

 俺とフリーレンが居るこの場所から少し離れた森の奥に、不自然な形で魔力が密集している所がある。

 それらはポツリポツリと点在しているモノもあれば、寄り添い合うように固まっているモノもあった。

 これが一体何かなんて、今更語ることでもないだろう。

 目標に定めるのは、集落から少し離れた場所にポツンと建つこじんまりとした一軒家だ。

 そこに住まうエルフには何の興味もない。

 彼らが生まれてきた理由も、今まで何を見て何を想って生きてきたのかも、何もかもがどうでも良い。

 あの一軒家を選んだのは、中で寄り添い合っている三つの魔力の塊が、たまたま目に入ったというだけの理由でしかない。

 暗がりの中、目視で遠く離れた家屋をピンポイントで撃ち抜くのは、大魔族でもかなり難しいだろう。

 ただそれは目視のみという条件に限った話で、そして俺たち魔族には魔力探知という索敵方法がある。

 家屋の中に居るエルフたちの持つ魔力が、まるで暗闇を淡く照らす松明のように俺たちに居場所を教えてくれるのだ。

 二つの大きい灯りと、一つの小さな灯り。

 爛々と輝く美しさ光が、一箇所に寄り添い合っていた。

 これから奪う確かな命の輝きだ。

 それに感慨はない。

 痛む心も、躊躇う気持ちも持ち合わせていなかった。

 限界まで引き絞られた弦がギリギリと唸るように、魔力を限界までチャージした手のひらには、まるで嵐を凝縮したかのような荒々しい魔力が渦巻いている。

 そんな暴風雨の如き塊を、例の一軒家へ向け解き放つ。

 質量を持たない幻想の攻撃は、俺の手から離れると即座に一軒家に着弾し、大きな爆炎を上げながら木っ端微塵に吹き飛んだ。

 天高く舞う瓦礫に混じって甲高い悲鳴のような、理不尽を訴える嘆きのような叫び声が聞こえた気がした。

 

 

 ーーあぁ、ゾクゾクするっ!

 

 

 この瞬間が堪らなく気持ち良い。

 飛び散る瓦礫やガラスの破片。それらがキラキラと月明かりを反射して美しく輝いている様子は、やはり見ていて心地の良い物だった。

 うん、やっぱり芸術は爆発だっていう言葉には一理ある。

 暁のメンバーの一人が爆発という事象に強く惹き込まれるのも分かる気がするな。

 

 

「…………!」

「汚ねぇ花火だ……ってね」

「……そう、大人しく退くつもりはないんだね」

「上からの命令なんだからしょうがないよ。エルフは年寄りから子供まで全員殺しちまえってさ」

「…………」

 

 

 月が雲によって蓋をされ、世界が翳る。

 フリーレンの表情が夜の闇に隠れてあまり見えない。

 しかし、観測しているフリーレンの魔力は徐々に昂ぶりを増し、先程よりも荒々しく暴れ始めていた。

 同胞を目の前で殺されて怒りを覚えているのか。

 里を好き勝手踏み躙られたから?

 それとも別の理由?

 まあ、どっちでも良いや。

 ここであの『フリーレン』の本気を見ることが出来るのならどちらでも構わない。

 死ぬ寸前まで追い詰められ、痛めつけられ、そこでようやく俺は自らの生を手繰り寄せる為の強さを得られるだろう。

 ギリギリの戦いは、俺を更なる高みへと連れて行ってくれる筈だから。

 その為に。その為にも。

 フリーレンから死ぬ気で奪い取る。勝ち取る。

 全力のフリーレンをねじ伏せて、残った物を屠り喰らって、彼女の亡骸に俺の存在を刻み込んでやろう。

 そう思考してる今もフリーレンの魔力は暴れ続けていて、まるで燃え滾る炎のように激しく揺らめいている。

 魔族としての本能がフリーレンに背を向けろと命じるが、それを理性で死ぬ気で抑え彼女から意地でも目を離さないようにする。

 今までただ静かに佇んでいるだけだったフリーレンが徐に手を上げこちらへ向けた。

 瞬間、うねる魔力。

 高まる密度。 

 魔力の溜まり具合があまりにも早い。

 出の速い何かしらの攻撃が来る!

 

 

「フッ!」

 

 

 真横を超高速で通り過ぎて行く光線に目もくれず、シーアは魔法によって強化した身体性能を存分に生かしてフリーレンへと肉薄する。

 フリーレンは俺と交戦した時から今に至るまで、魔法らしい魔法を全く使ってきていない。

 使っているのは、魔力を高密度に圧縮した光線程度。

 

 

 ーー何故、他の魔法を使って来ない?

 ーー俺相手には使うまでもないってことか?

 ーーいや、もしかして使えないのか?

 

 

 俺の記憶にあるフリーレンは数多の魔法を駆使し、豊富に積んだ魔族との戦闘経験を以って強力な大魔族たちを何人も葬ってきた。

 だがここまで追い詰められて尚、未だに魔法を撃とうとしないのは使わないのではなく、使えないんじゃないか?

 もしフリーレンが使う数多の魔法が人類の研究によってもたらされた産物なら、今使えない理由にも納得が行く。

 魔法が一般に普及し始めたのはフランメの功績だからだ。

 まあ、それ以前にも魔法は有るには有ったのだが、フランメの尽力により広く普及したと言うのが正しいだろうか。

 実際、フランメは幼少期に両親から『花畑を出す魔法』を見せてもらっているしね。それがフランメが魔法を好きになったきっかけの筈だ。

 人類の魔法の開祖。後にそう呼ばれるフランメの働きによって帝国が魔法を研究し始めたからこそ、魔法技術は格段に上がり、普及し、人々の身近な物として現代にまで受け継がれてきたのだ。

 そしてそれは今のこの時間軸より先の未来のお話だ。

 ならば、目の前に佇んでいるフリーレンが魔法を使えない可能性だって十二分にある。

 

 

「まあ、だから何だって話だよな」

 

 

 魔法が使えないから何だ。

 確かに魔法とは個人の研鑽の集大成とも言える代物だ。

 個人が研究し、磨き上げ、鍛え上げて、そうして出来上がった一つの魔法にはどんな分野の魔法であろうとも敬意を払うべきだ。

 魔法を作ったのが人間でも魔族でも、それが一個人の血と涙と想いの結晶である以上、俺は深い尊敬と敬意を以って讃えるだろう。

 種族は違えど互いに魔法に対する愛を持ち、魔道を極めようと日々研鑽に励んでいるのだから、敬意を払うのは当たり前と言える。

 だがそれは魔法を使わない人物を下に見ているだとか、魔法使い以外に価値は無いのだとか、そういう考えを持っているという訳ではないのだ。

 魔法が使えずとも戦う術など他に幾らでもあるし、魔法を極めた末に編み出した戦い方が「魔力を高圧縮して放つ魔法」なんて言う魔族だっている。

 現に俺は先ほど、フリーレンの魔法ですらない光線を喰らって全身焼けるような痛みを味わった末に死にかけるなんて酷い目に遭ったしね。

 魔力量に物を言わせた未熟な戦い方でも、魔法に長けた魔族に届き得ることだってあるのだ。

 だから、魔法が使えないとかそんなこと些細な問題だ。

 

 

「フリーレン。俺の初めての殺し合いの相手がお前で良かったよ」

 

 

 経験に勝る物はないからね。

 フリーレンとの戦いは、これからの俺の糧になる。

 一方通行さんも言っていたが、手っ取り早く強くなるには格上と戦うのが一番なのだ。

 

 

「そう。こっちは死ぬほど迷惑だけどね」

 

 

 木を足場に、時に空中を飛びながら縦横無尽に駆け回る俺を前に、フリーレンは意外な程に冷静だった。

 仲間を目の前で木っ端微塵に爆殺され、そして自らにも命の危機が迫っていると言うのに表情を変えることはない。

 

 

 ーーエルフは感情が希薄なのかな。

 

 

 前世でも『葬送のフリーレン』の物語を見て思っていたことだが、エルフは……と言うよりフリーレンは情動が薄いように思える。

 淡白とも言って良い。

 死の気配が常に漂っている戦場へ放り込まれているのだから、焦ったり怯えたりするのが当然だと思うんだけど。

 魔法を使いフリーレンの周りを駆け回る俺。

 そんな俺を凍えるような冷たい眼差しで見やる彼女。

 フリーレンがこんな冷静じゃあ、どっちが追い詰めているんだか分からないなーーッッと!?

 

 

「……ッ!」

 

 

 すぐ目の前に着弾した光線に一瞬心臓が高鳴ったが、驚愕を表情に出さないよう努めつつ回避行動を取る。

 光線によって弾けた木端と爆炎が宙を舞い、視界を潰されそうになったが幸い追撃を喰らうことはなかった。

 そのままヒラリと宙を一回転し、地上へと降り立つ。

 フリーレンは相変わらず、無機質な目で俺を眺めているだけだった。

 

 

「お前があともう少し速く動いてくれていたら、心臓を貫けたんだけどね」

「……」

 

 

 腕を下ろしたフリーレンがまたもや話しかけてくる。

 彼女は何かに縋っているような、心なしか弱さを含んだ見たことのない表情をしていた。

 ……何だ? その表情は。

 俺の知っているフリーレンと、今目の前に佇んでいるフリーレンはやはりどこか違う気がした。まあ、"原作時点"より千年も前なのだから違うのは当たり前と言えるけど。

 魔族に対して未だに非道になりきれていない少女。

 そんな印象を今のフリーレンに抱いた。

 さっきのフリーレンの雰囲気的にようやく真の殺し合いを展開出来ると思ったのに、まだ後押しが足りなかったのか。

 

 

「……これは真っ先に聞くべき質問だったんだけど、どうしていきなり里を襲ったの?」

「……」

 

 

 ……ふぅむ。どうして……か。

 魔族に里を襲った理由を聞くなんて、あまりにも無駄な行為だと思わずにはいられなかった。

 力試し。

 気まぐれ。

 娯楽。

 暇つぶし。

 食事。

 魔族は人類を襲う理由なんてそれこそ無限にある。

 俺が今回里を襲ったのはバザルトに強要されたからだが、逆に言えば理由なんてそんなものだ。

 魔王様がエルフを皆殺しにするよう命令した具体的な理由なんて俺に聞かれても知らないし、「殺される理由が……」とか「何もしてないのに……」とか言われても死ぬ時は死ぬのだ。

 魔族に襲われた理由を魔族に尋ねても、フリーレンが望む答えなど返ってくる筈もない。

 

 

魔王軍(あいつら)を率いてきたのは俺じゃないんだけど……魔王様からの命令だってさ。それ以上は知らない」

「私たちエルフがお前たちに何かしたの?」

「知らないよそんなの。魔王様はお前たちのことが邪魔なんじゃない? 長生きだし、その分魔法に長けた魔法使いが多いしね」

「たったそれだけの理由で、何人ものエルフを殺したのか」

「人死にに理由を求めるのはお前たち人類だけだよ」

 

 

 そう言うとフリーレンは俯き、地面を眺めながらポツリと呟いた。

 

 

「お前たちの攻撃で、何人ものエルフが死んでいったよ」

「そう」

「中には戦えないエルフも居た。年老いたエルフも、まだ幼かったエルフもたくさん居たんだ」

「そう」

「お前がさっき破壊した家にはつい最近、赤ん坊が生まれたんだよ。

 エルフは種族柄中々子供に恵まれないけど、あの夫婦は何年も何年も時間をかけてようやく子供を授かったんだ」

「……」

「何の罪もないあの夫婦を、ようやく生まれて来てくれたあの赤子をお前は家ごと潰した」

「それで?」

「何とも思わないの? 本当に、何の感情も湧かないの?」

「魔王様の命令なんだからしょうがないだろ」

「魔王の命令があれば、誰を何人殺しても良いの?」

「無駄に殺したりはしないよ」

「…………」

 

 

 そんな俺の言葉を聞いて、フリーレンの雰囲気に僅かな諦観が混じった…………ような気がした。

 

 

「お前たち魔族に……人の心はないんだね」

「……さあ、どうだろうね」

「話せば分かると心の何処かで思ってた。人の言葉を話し、思考し、意思疎通が取れるのだからきっと分かってくれると思ってたんだ。でもそんな都合の良い話なんてなかった」

「魔族の生態なんて今更語るべきことじゃないだろ」

「そうだね、本当に馬鹿みたいだ。今まで仲間から何度も魔族の生態について教えてもらっていたのに、私はそれを信じられなかった」

「…………」

「魔族を見るのは初めてだったから、会話を試みずにはいられなかったんだ。中には良い魔族も居るんじゃないかって。仲間の話は実は間違ってるんじゃないかって」

 

 

 フリーレンの独白が、不思議と森の中に静かに響いた。

 魔王軍とエルフの戦いがそこかしこで繰り広げられている筈なのに、ここだけ周囲の世界から切り離されているのでは、と思ってしまう程の静かな雰囲気が辺りを支配していた。

 

 

「でもようやく理解したよ。ーーお前たち魔族は化け物だ」

 

 

 それはかつて、俺が何度も紙面越しに見た台詞だった。

 この世界に生きる魔族が、一体どんな生態をしているのかを端的に表現した台詞。

 

 

「生きてちゃいけない怪物だ」

 

 

 似たような台詞を何度も何度も見聞きした。

 死に体の戦士が。

 追い詰められた行商人が。

 子を殺された親が。

 親を喰われた子が。

 違う口を皆同じように揃えて、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も繰り返し言い続けていたのを覚えている。

 故に、次にフリーレンが告げる言葉が何なのか、俺には何となく分かった。

 

 

「ーーだから、容赦なく殺せる」

 

 

 瞬間、シーアの身体を鎌鼬が掠って行った。

 

 

 ーー攻撃、かっ!?

 

 

 深く抉れた皮膚から鮮血が舞う。

 悲鳴を上げる電気信号が痛みとなって脳内を責め立てる。

 今この瞬間に至るまで、フリーレンの観測を怠ったつもりなど一切無かった。にも関わらず、この攻撃の種が看破できなかった。

 突如として目の前に現れた大きな死の危機が行手を阻む。

 フリーレンの殺意と敵意に満ち満ちた魔力が空気を激しく攪拌して舞い上がり、それによって生まれた局所的な台風がフリーレンを取り囲んだ。

 激しくうねる魔力の波が渦を巻き、瓦礫を巻き込みながら勢力をどんどん広げつつある。

 魔族としての肉体が警鐘を鳴らす。

 目の前の少女は格上だ、と。

 

 

「はっ、はははっ!!」

 

 

 さっきまでのフリーレンとは全く違う。

 魔族との話し合いを望み、心の何処かで分かり合えることを信じていたフリーレンは、魔族のどうしようもない本質を垣間見たことによって吹っ切れたようだった。

 ーーならここから先は正真正銘、生を掴み取る為の戦いだ。

 

 

「さあ、来いフーーッ!?」

 

 

 衝撃だけが先走った。

 巨大な槌で打たれたかと思うほどの衝撃が、この俺の小さな身体を襲い、その数瞬後に鈍い痛みが遅れて着いてくる。

 フリーレンが本気を出し、戦いを仕切り直して、ここから本当の殺し合いが始まるのだと思ったその直後。

 気付いたら俺は何故か、深いクレーターの出来た大岩を背に項垂れていた。

 

 

「な、何が……」

 

 

 何をされたかすら理解出来ない。

 激しい痛みと身を焦がすような灼熱感だけは鮮明なのに、その他の一切が不明瞭なのだ。

 しかし、理解出来ないからと言ってこのまま座り込んでていい理由にはならない。

 

 

 ーーとにかく距離を取って様子を見なければ……!

 

 

 脳裏に浮かんだその案を考慮すらせず咄嗟に受け入れ、立ちあがろうとした瞬間、また不可視の一撃が身体に叩き込まれた。

 胸と顔面に重く深い謎の一撃が撃ち込まれ、抗う暇もなくゴミ屑のように吹き飛ばれる。

 あまりに重く、あまりに速い攻撃だった。

 未だに相手の攻撃の種が分からない。

 分からないが、分からないなりに推測することは出来る。

 俺が衝撃を受けて吹き飛ばされた以上、その攻撃は物体に対して干渉することが出来るということ。

 つまり実体を持っている。

 触れることも出来る。

 光線でも打撃でも不可視の攻撃でも、実体を持つ攻撃なら幾らでも対処は可能だ。

 厄介なのは俺の攻撃だけ当たらず、敵の攻撃はバンバン当たる特性を持つ攻撃だが、恐らくそういう類の攻撃じゃない。

 もし『夢想天生』や『神威』のような攻撃なら、俺に出来ることはカウンターくらいしかない為この戦いが一気にクソゲーと化してしまう。うん、やっぱり何でも強けりゃ良いってもんじゃないね。

 そして肝心のフリーレンの攻撃の対策だが、これは一つしかない。

 と言うより、俺の頭じゃ一つしか思い浮かばない。

 相手の攻撃の出が分からないのなら、遅かれ早かれ訪れる被弾の瞬間を死ぬ気で堪え、即座に攻勢に転じてフリーレンを押し潰すと言う策だ。

 脳筋ですら「いや、それは無茶苦茶だろ」とか言いそうな作戦とも呼べない稚拙な策だが、これしか思い浮かばないのだからしょうがない。

 鈍い痛みを訴える身体を無視してゆっくりと立ち上がり、土で汚れた衣服をパンパンと手で払う。

 フリーレンはゴミを見るような目で俺を見下ろしていた。

 本当に、本当に凍てつくような視線だった。

 ……ふふっ、いいねぇ。ああいう感情を表に出さない奴を力尽くで屈服させて、傷だらけの身体を痛ぶりつつ許しを乞わせるのが俺の最大の愉しみなんだよ。

 苦痛に顔を歪め、涙をポロポロと溢しながら醜く俺に許しを乞うフリーレンを想像して、俺はーー。

 

 

「ぁぁああぁぁぁあぁあぁああぁあぁあぁあぁあ」

 

 

 痛みで火照る身体に言い表せない感覚が走る。

 先程までの身を焦がす灼熱感は高揚感と化し、血と土汚れはこれからの死闘を彩る美しい飾り付けとなる。

 

 

「やっぱり、ここでお前と逢うことが出来て良かったよ」

 

 

 ーー戦いは、まだまだ始まったばかりだ。

 ーー愉しみは、まだまだこれからだ。

 

 

 無辜の民から流れ出た紅い血で沈み行く里が、何だかとても美しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 




フリーレンのキャラデザは可愛いと美しいと綺麗とミステリアスと神秘的と愛おしさとかっこよさと神聖さがたっぷりと含まれる最高の代物ですよ、えぇ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。