八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

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7/そして葬送に至るまで

 

 

 

 人類と魔族の殺し合い。

 別にこの世界では珍しい光景じゃない。

 毎日さまざまな場所、さまざまな思惑の下で誰かが誰かと殺し合っている。

 これは、この日起きた数ある殺し合いの内の一つでしかなかったが、渦中にいる一人の魔族と一人のエルフにとっては、紛れもない命を賭けた殺し合いだった。

 

 

「ぐううっ…………!」

 

 

 俺の小さな身体を押し潰すように、目に見えない"ソレ"は雪崩の如く舞い込んできた。

 足元に魔力を集中させ、この攻撃を耐え抜かんと地面を踏み締める。

 しかし、巨大な槌で打たれ続けていると錯覚する程の重さを誇るこの攻撃は、そんな抵抗など無意味と言わんばかりに俺を容赦なく吹き飛ばす。

 鉄砲玉のように吹き飛んだ俺は、とんでもないスピードで木々の向こうへ頭から突っ込み、ガンッ! と思い切り頭を樹木に強く打ち付けた。

 未だ種の分からない未知の攻撃。

 魔法である事は分かっているのに、魔力を探知できない謎の攻撃は、俺の取った対策の尽くをその上から踏み潰して行った。

 そして今、俺の渾身の策がまた一つ潰された。

 

 

「痛ってェ……」

 

 

 ツーっと、頭の上から生暖かい物が垂れてくる。

 確認するまでもなく分かる。血だ。

 あぁ、痛い。

 頭がズキズキする。

 身体中に刻まれた傷も痛い。

 これらの傷は全て、戦いが始まってからフリーレンによって付けられた物だ。

 そうだ、あいつは……。

 血の涙でぼやける目を懸命に見開きながら、魔力探知も併用して彼女の姿を探す。

 相変わらずゴミを見るような目で、俺を見下していた。

 ああ、なんて女だ。

 血も涙もないのか。

 情けなんて欠片もない攻撃だった。

 本当に死んでしまうかと思った。

 魔法の鍛錬を重ねに重ねて、今までずっと鍛えて来たのに、フリーレンはそんな俺の遥か上を行っていた。

 悔しかった。

 こんなチビエルフに、俺は負けそうになったのかと。

 でも、同時に嬉しくもある。

 だってそれは、記憶の中の彼女と同じだから。

 やっぱりお前は、あの『葬送のフリーレン』なんだな。

 かつて俺がずっと眺め続けていたフリーレンは、熟達した魔法の技術と膨大に積んだ戦闘経験で魔族を葬り続けて来た。

 魔法の高みに近い存在。

 最後の大魔法使い。

 ずっと憧れていた。

 この世界へ辿り着いた時から、いつか出会えると信じて日々を過ごして来た。

 きっと俺に素晴らしい物を魅せてくれると信じてた。

 だってお前は、この世界(『葬送のフリーレン』)の主役だから。

 原作の時代から千年前の時点でも、俺を遥かに凌駕する偉大な魔法使いなんだ。

 全ての敵に勝つ事を定められている、俺たち魔族にとっての理不尽そのものなんだ。

 

 

「へ、へへへ」

 

 

 思わず笑いが込み上げた。

 何に、かは分からない。

 どうして、かも分からない。

 ただ、この身に充満している謎の感情が、傷付き疲れ果てた筈の俺の身体を突き動かそうとしている。

 

 

「だからこそ、お前を力尽くで屈服させたいんだよ」

 

 

 全力で捻じ伏せたい。

 俺が"上"なんだと分からせたい。

 お前のそのクールぶった鉄面皮を無様に歪ませて、犯し尽くして、奪い尽くして、支配したい……!

 身体の奥底から熱く湧き上がる衝動を身を任せ、気が付くとシーアは飛び出していた。

 不恰好なフォームで、握り拳を作る事すら忘れたままフリーレンへと殴りかかる。

 

 

 ーーその余裕に満ちた、憎々しいまでの冷めた表情を今すぐに歪めてやるぜっ!

 

 

 フリーレンの手のひらから放たれる、もはや何度も目にした光線を回避して、攻撃の合間に出来た隙を見出しフリーレンへと肉薄するも、迎撃するは先程とは種類の違う命を狩る攻撃。

 

 

「これはっ……!」

 

 

 高圧縮された魔力の刃だ。

 触れればその箇所は瞬く間に切断され、掠っても鋭利に加工された魔力そのものによって切り刻まれ、怪我は免れないだろう。

 しかし、軽い切り傷程度ならば問題はない。

 その程度の傷なら、治癒魔法を扱えない俺でも魔力を通わすだけで癒せるからだ。

 問題は、深度まで到達した切り傷だ。

 あそこまで凝縮された魔力の刃を防ぐには、それこそこちらも凝縮に凝縮した魔力の盾を身に纏わねばなるまい。

 これは作中でソリテールがやっていた行為だ。

 しかしソリテールのあの行為は、永い年月を生きて得た莫大な魔力に物を言わせてやっていた節がある。

 生まれてから魔力を増幅させる鍛錬を積んできたとはいえ、流石に大魔族と比べると俺の魔力量は心許ないのだ。

 つまり、あの魔力の盾は使えない。

 いや、使えないと言うと語弊があるが、俺の魔力量でそんな燃費の悪い技なんてホイホイ使ってられないのだ。

 となると、避けるしか選択肢はない訳だけど。

 どこに当たっても致命傷になる、受ける事も相殺する事も出来ない魔力の刃は、思ったより厄介な攻撃かもしれない。

 前方へ突き進む為に加わっていた力に無理矢理ブレーキをかけ、即座にその場から飛び退く。

 高圧縮された魔力の刃は鋭く空を切る音を立て、先程まで俺の居た場所を瞬く間に通り抜け、背後にあった木々達を真っ二つに裂きながら闇へと消えていった。

 予想はしていた事だったが、いざそれを目の当たりにするとやはり驚きが勝る。

 まるで柔らかいティッシュでも引き裂くかのように、丈夫な木々達が簡単に裂かれたのだ。

 まあ、拳で同じ事が出来る俺が言うのも今更なんだけど。

 やっぱり、あの攻撃を直接くらうのは避けた方が良いだろう。

 

 

「確かに恐ろしい攻撃だけど、目に見える分まだーー」

 

 

 ーーこっちの方がマシだ。

 

 そう言おうとして、結局口に出来なかった。

 凄まじい衝撃が身体を穿ち、抗う暇もないまま吹き飛ばされ、気が付いたら遠くの木々へと打ち付けられていたのだ。

 胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。

 それは粘り気のある、ドス黒い血の塊だった。

 ……クソっ。また感知出来ない攻撃か。

 呼吸する度にズキズキと痛む胸部を撫でながら、血と土に汚れた衣服を払う事もなく急いで立ちあがる。

 身体を少し動かすだけで激痛が走るが、シーアはそれを無視して無理矢理足を走らせていた。

 まだ、フリーレンは立っている。

 生きて、立っている。

 まだやれる!

 闇夜を淡く照らしながら飛んでくる光線や、高圧縮された魔力の刃を避けながら、先程の攻撃の正体を解析にかける。

 攻撃の種は何だ。

 発動条件とやらはあるのか。

 魔力探知に反応はない。

 予備動作もなかった。

 なら、あの攻撃は一体ーー。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 再び訪れる衝撃。

 またも察知する事が出来なかった。

 クソがっ! こう何度も喰らってたまるかーー!

 怒りが身体の奥底から湧いて来る。

 即座に反撃しようと手のひらに魔力を集め始めた瞬間、今度は胸部に強い衝撃が加わった。

 心の臓を深く穿つ、杭打ち機のような重く鋭い攻撃だ。

 今度は無理に抗おうとはせず、攻撃の勢いを利用して距離を取り、そのまま空へと身を投げ打った。

 本来、自由に行動する事の出来ない空へ身を投げ出す行為は、自らの首を絞める愚策でしかない。

 だが、シーアは魔族だ。

 この世の理に縛られない幻想の種族。

 地に足を着けなければ生きていけない人類とは違う。

 彼にとって空は、足を使わずに動く事が出来るというだけの地面の延長でしかなかった。

 

 

「はあっ、はあっ……そんな魔法を撃ってばかりいないで、もっと身体を使って戦った方が良いんじゃないの?」

「お前程度なら、身体を動かすまでもなく殺せるよ」

 

 

 フリーレンの攻撃によって乱れた呼吸を整える為、時間稼ぎの意味も込めて彼女へと声をかける。

 体力を回復させる訳じゃないから無駄と言えば無駄だけど、それでも呼吸を整えるだけで戦闘のやりやすさはだいぶ変わる。

 そしてどうやら、フリーレンは魔法だけで俺と戦い抜くつもりらしい。

 だからと言ってゴリゴリの肉弾戦をするフリーレンは想像も出来ないけど。

 頭の中でフリーレンの攻撃への対処法を考えながら、己の身体へ深く魔法を馴染ませて、そのまま流れるように素早く右脚を振り抜いた。

 瞬間、裂ける大気。

 剣豪が放つ鋭い斬撃のような鎌鼬が発生し、フリーレンの喉元へと迫り行く。

 更に、振り抜いた足を引き戻す勢いで再び鎌鼬を発生させ、一発目の鎌鼬と挟み込むようにして放つ。

 そしてこの時初めて、フリーレンは本当の意味での後退を選んだ。

 最初に交戦した時のどこか余裕があった後退とは違う、追い詰められたが故の後退だった。

 

 

「……っ」

 

 

 焦りの含まれる声が漏れたのを聞いた。

 後退しようとフリーレンの重心が僅かに後ろに傾き始めたのを確認する。

 "隙"だ。

 直感的にそう思った。

 意識がより研ぎ澄まされる。

 フリーレンがその場から飛び退いた後すぐ、彼女が今まで佇んでいた場所に大きな亀裂が刻まれた。

 即座に空を蹴り付け、零から最高速へと一気に加速する。

 そのまま滑り込むようにフリーレンの元へ潜り込み、反射的に手のひらをこちらに向けて迎撃しようとするフリーレンの腕を強く払って、その流れのまま大きく右腕を振りかぶった。

 

 

「しまっ……」

 

 

 フリーレンが呟いた。

 今のこの状況。

 フリーレンは腕を払われた事で身体を後ろに仰け反らせている。

 この体勢では逃がす事はない。

 迎撃は。

 フリーレンの両の手のひらはこちらに向いていない。

 大丈夫。

 問題は感知できない例の攻撃。

 あれだけはダメだ。

 先手を取られたら振り出しに戻る。

 

 ーーなら、繰り出される前にいち早く殴り飛ばす!

 

 

「シイィィッッ!」

 

 

 音を置き去りに。

 刹那を狙って。

 大木をへし折るだけの威力を誇る右ストレートを、フリーレンの隙だらけの胴体に向けて叩き込む。

 

 

「っあ……!?」

 

 

 何かを折る感触が、確かに拳ごしに伝わってきた。

 音速を超えた拳の衝撃が一気に爆発し、とんでもない轟音を立てながらフリーレンの身体を破壊する。

 フリーレンは涎と血と吐瀉物を口から撒き散らしながら、身体を九の字に折り曲げて、エルフどもの隠れ潜む家々まで吹き飛んで行った。

 遅れて、家屋の崩れ去る音がやってくる。

 殺したか……?

 今の一連の攻防は、フリーレンを俺の土俵に無理矢理引き摺り込んで、体勢を立て直させる前に仕掛けたからあれだけ上手く事が運べたんだろう。

 確かにあの右ストレートは上手く決まった。

 決まったが、感触としてはイマイチだ。

 フリーレンを殴った時、一瞬だけとんでもなく硬い物に拳が阻まれたのをシーアは知覚していた。

 あれは、恐らく魔力の盾だ。

 実際に魔力の盾とかいう芸当を見た事がない為断言は出来ないが、多分そうだと思う。

 なら、まだ勝負は終わっていないって事なんだろう。

 次はどんな攻撃を俺に見せてくれるのか。

 シーアはそんな事を考えながら、フリーレンの吹き飛んだ方角へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 崩れ去った家屋からやっとの思いで抜け出し、巨大な粗大ゴミと化した木材を背にフリーレンは空を見上げた。

 白いワンピースから伸びる四肢には大小様々な無数の傷が付けられており、血が流れ出て見るも無惨な姿となっていた。

 美しかった純白の長髪は血と土で汚れ、幼いながらも整った顔には疲労の色が強く滲み出ている。

 

 

「……っ」

 

 

 ズキッと、胸を刺す痛みがフリーレンのどこか朧げだった意識を強制的に覚まさせた。

 深く息を吸おうと肺を膨らませる度、奴に殴られた胴体に鋭い痛みが走る。

 ちょっとした動作にすら耐え難い激痛が走るので、フリーレンは動く事をやめてひたすら回復に努めていた。

 この判断が合っているのかは分からない。

 誰も教えてなんてくれない。

 だって、殺し合いなんて初めてやるのだ。

 本当は回復なんて後回しにして、今すぐこの場から離れる事を優先した方が良いのかもしれない。

 負った傷を回復させて、やってくる敵を滅ぼすのが正解なのかもしれない。

 何が正しくて何が悪いかなんて、今まで戦いとは無縁だったフリーレンには判断もつかなかった。

 

 

「とんでもない攻撃を喰らっちゃったな……」

 

 

 あの時、咄嗟に魔力を込めて全力で防御していなかったら、今頃上半身と下半身が真っ二つになって転がっていただろう。

 それは決して比喩ではなく、本当にそうなってしまうくらいの威力があの拳には秘められていた。

 フリーレンの残っていた魔力を全て注ぎ込み防御してなお、これだけの大怪我を負ってしまったのだから、あの拳の元の威力がどれだけ強力な物だったのかは言わずとも分かるだろう。

 むしろ生き残れた事が奇跡なのだ。

 そして何より恐ろしいのが、あれがただの拳の一振りだという事だ。身体能力を大幅に上昇させる魔法を掛けていたのだろうが、殴る蹴るといった行為自体は魔力を使わずに放つ事が出来る。

 私はあいつの攻撃の一発一発を全身全霊で防がなきゃいけないのに、あいつは一撃必殺の攻撃を好き放題に打てるのだ。

 もし次に同じ一撃が来たら今度は防げない。

 今度こそ、死ぬ。

 

 

「ぐっ……はあっ、はあっ」

 

 

 死。

 そう、死だ。

 今までどこか遠い存在として捉えていた"死"の気配が、唐突にフリーレンの背後に現れた。

 

 

「はあ、はあ、うっっ……!」

 

 

 フリーレンの頭を徐々に支配しつつあるのは、"死"への恐怖だ。

 捕食者の前で無防備に姿を晒している時のような、首を固定させられてギロチンに掛けられる時を今か今かと待っている時のような、漠然とした死の気配を常に頭の片隅に置かざるを得ない状況に放り投げられていた。

 首を刎ねられて死ぬか。

 音速を超えて鋭く振るわれる手刀。

 白い魔族。

 いやだ。こわい。

 纏わりつく死の気配が、フリーレンを見つめている。

 胸を抉られて殺されるか。

 心の臓を鷲掴みに出来るあいつの強靭な手指。

 白い双角の悪魔が脳裏を過ぎる。

 いやだ、死にたくない。

 白い暴力。

 この先の自らの末路を夢想して、命を賭けた殺し合いの本当の意味を理解して、フリーレンは今ようやく恐怖する。

 逃げなきゃ。

 今逃げなきゃ、殺される。

 

 

「逃げなきゃ……ううっ……」

 

 

 激痛が走る身体を強く抱きしめながら、フリーレンは生まれたての子鹿のように弱々しく歩き出した。

 フリーレンはあまり感情を表に出さないというだけで、それら自体はちゃんと残っている。

 今もこの身体に走り続ける耐え難い激痛と、死の気配が充満する戦場を独り歩く事の恐怖によって、フリーレンはついに涙を流した。

 心の底から恐ろしいと感じてしまった先の戦いは、フリーレンの心に決して癒えない深い傷と、暴力を司る魔族の恐怖を刻み込んだ。

 そもそも、フリーレンはまだ子供なのだ。

 悠久を生きるエルフであっても、いくら魔法の素質があったとしても、戦場に立つにはあまりにも幼すぎる。

 シーアとやり合えていたのは単に、生まれつき得意としていた魔力を感じさせない攻撃魔法(コピーレンがフェルンに対して使った魔法)を、これまた生まれつき持っていた莫大な魔力量で威力を底上げし、初見殺しを押し付けていたからに過ぎない。

 

 

「い、やだ……死にたくない……。あいつ、から……逃げっ、ううっ……! はあっ、逃げなきゃ」

「誰から逃げるって?」

 

 

 フリーレンの頭が真っ白になった。

 

 

 

 

「誰から逃げるって?」

 

 

 身体をゆっくりと引きずりながら、懸命に逃げようとするフリーレンの前に降り立つ。

 彼女は本当にボロボロで、指で突くだけで絶命してしまうのではないかと思ってしまうほど弱っていた。

 俺の攻撃は魔力の盾で防ぎきったものだと思っていたけど、この様子を見るに割とギリギリの所だったらしい。

 いや、もう本当に限界なんだろう。

 俺が手を下さなくても、そのうちどこかでくたばりそうな感じだ。

 

 

「ふふっ」

「……!」

 

 

 目を大きく見開いて、信じられない物を見るかのような表情をしているフリーレンが少し面白くて、思わず笑みが溢れた。

 それを見て、フリーレンが更に表情を凍り付かせる物だから、余計にもっと面白く感じてしまった。

 膝を付いてこちらを見上げるフリーレンの肩に俺の右足を乗せ、思いっきり蹴り倒した。

 ドミノのように簡単に仰向けに倒れるフリーレン。

 彼女はすぐに身体を起き上がらせようとする。

 そんなフリーレンの腹を思い切り踏みつけた。

 

 

「あああああああっっ!!」

 

 

 激痛が走ったのだろうか。

 原作を知る俺からはとても想像も付かないくらいに大声を上げて叫んでいた。

 それを見て、俺は……。

 

 

「ふふふっ」

 

 

 何だかとても満たされた。

 心地良いと思った。

 これは、恐らくあれだ。

 俺がこの世界に転生して初めて人を殺した時の事。

 頬に付着した血を舐めとった時感じた恍惚の感情。

 人類に敵対する魔族が、人類を喰らった時や殺した時に必ず抱いてしまう"本能"を、今フリーレンを痛ぶる事で刺激してしまったのだ。

 ゾクリ、と何かが脈を打つ。

 身体を丸めて痛みに耐えているフリーレンを無理矢理掴み上げ、衣服が破れ剥き出しになっている彼女の肩に思い切り歯を立てた。

 絶叫するフリーレン。

 それを鯖折りの体勢で無理矢理抑えつけ、肩を噛みちぎった事によって溢れ出てきた血液をひたすらに啜る。

 

 

 ーー血ィ! マジでうめええええええええ!!

 

 

 フリーレンによって散々痛めつけられた身体に、熱が戻るようだった。

 体力と共に気力、魔力も、精神すらも満たされている錯覚に酷く酔いそうになった。

 いや、これは錯覚なんかじゃない。

 間違いなく満たされている。

 "魔族"としての俺が、"人類"であるフリーレンを喰らう事によって"己の魔族"を心から堪能している!

 ジョセフの血を得た事によってパワーアップしたDIOの気持ちが本当に良く分かった。今にも歌い出してしまいそうなとても清々しい気分だった。

 抵抗する力の弱くなってきたフリーレンを地面に投げ捨て、そして思い切り足をへし折った。

 蘇るフリーレン。

 元気になったフリーレンを見て、俺は更に元気になった。

 そしてこれからどうやってフリーレンで楽しもうか思考を巡らせていると、フリーレンがフラフラになりながらもゆっくりと立ち上がるのを見た。

 

 

「はあっ、ぐっ……! ゲホッ! ゲホッ!」

「驚いた。まだ立ち上がるのか」

「お、前はっ……」

 

 

 ゆっくり腕を上げるフリーレン。

 恐らく、攻撃をしようとしているのだろう。が、こんな状態のフリーレンの攻撃なんて魔法を使うまでもなく避けられるので、そのまま様子を見守る事にした。

 長い事時間をかけて手のひらに集めた魔力を、フリーレンは俺に向けて放ってきた。

 それを上体を逸らす事によって最小限の動きだけで避け、そのままフラフラのフリーレンの元に歩み寄り、適当に殴り倒した。

 

 

「お前たちっ、魔族は……バケモノだっ……」

「そうだね。この会話さっきもしたけど」

「本当にっ……人類とは違うっ」

「系統樹からして違うんだよ、俺とお前たちは。

 モグラとオケラが互いに意思疎通して仲良しこよしなんて出来ると思う? サメとシャチが一緒の群れで暮らせると本当に思うの? お前の言ってる事は正しくそれだよ。生態も種族も違うのに、片方を片方だけの価値観で捉えるからそんなすれ違いが起きるんだ」

「はあっ……はあっ」

「魔族と分かり合える筈、なんて幻想が余計な被害や悲劇を生む。さっき俺が殺した、赤ん坊が生まれたばかりの一家とかね」

「…………あ」

「ほら、お前のことだ」

「…………!!」

 

 

 フリーレンの目に怒りが宿った。

 とても重症な傷を負っているとは思えない動きで立ち上がり、こちらに殴り掛かろうとしてくる。

 そして。

 

 

「ぎゃあああああああああああっっっ!!!」

 

 

 遠くから、そんな誰かの叫びが聞こえた。

 その叫びに反応したフリーレンの一瞬の隙を突き、その横っ面に蹴りを入れる。

 蹴りを入れた瞬間に大地を素早く駆け、地面と水平に吹っ飛んでいくフリーレンの足を掴み、そのまま地面に叩きつける。

 そして倒れ伏したフリーレンを再び抱き上げ、無理矢理目を見開かせその光景を目の当たりにさせる。

 

 

「……そんな」

 

 

 複数のエルフが、魔法によって構成された杭に足先から脳天まで貫かれて絶命していた。

 その隣では、一人のエルフが魔族によって蹂躙されていた。

 声にならない悲鳴を上げ、身体を丸める事によって何とか痛みに耐えようと、無駄な努力をしながら大柄な魔族によって嬲られている。

 見る者が見れば卒倒しそうな光景だった。

 

 

「このエルフの里に侵攻してきたのは俺だけじゃない。魔族の将軍である『玉座のバザルト』によって各地から招集された魔族達が、エルフを滅ぼすという一つの目的の下、ここに攻め込んで来ている」

「……あ、……あぁ」

「エルフは今日でお終いなんだよ」

 

 

 目の前の光景に絶句しているフリーレンを抱えながら、火の手が上がっている里の中をゆっくりと見て回る。

 まともな神経をしていれば思わず目を背ける……それどころか一生物のトラウマになる程の凄惨な殺戮ショーだったが、シーアは実に嬉しそうに見回っていた。

 

 

「あ、見てみろフリーレン。あれ生きたまま燃やされてるよ」

「……あ」

「おおっ! あっちじゃ八つ裂きだ」

「……っ」

「そっちは子供のエルフ同士で殺し合いをさせてる。マハトみたいな事してるな」

 

 

 フリーレンは何も言わない。

 最早、意識があるのかさえ分からない。

 それでも俺は、フリーレンを連れて里中を歩き回り続けた。

 今もなお虐殺が続くこの里は、地面を全て血で紅く染め上げ、臓物や肉片が辺りに散乱し、悲鳴や絶叫が絶えない地獄の世界へと姿を変えていた。

 

 

 ーー魔王軍はこの殺戮を、千年もの間人類に対して行い続けてきたのか……。

 

 

 そりゃあ、勇者ヒンメルが伝説になる訳だ。

 こんな鬼畜の所業を、千年も行い続けてきた恐怖の象徴がついに討たれたとなれば、世界は百年経ってもお祭りモード継続になるだろうさ。

 まあ、それは今から遠い未来のお話だ。

 深く息を吐きながら夜空を見上げると、当たり前のように存在している星々でさえもどこか紅く染まっているように見えてくる。

 何もかもが紅く染め上げられた世界で、俺はフリーレンの二人で里の中を見て回った。

 紅く惨い景色の中に、白い二人の存在が映り込む。

 白いエルフは魔法によって無理矢理身体を縛り付けられ、宙に浮かべさせられており、白い魔族は血潮で汚れる事などなんのその、特に気にする事なく歩みを進めていた。

 

 

「子供のエルフが親エルフを殺してる……」

「うわ、これ氷漬けにされてるよ」

「なにこの死体、原型留めてないじゃん」

「これは……雷の魔法かな、全身黒焦げになってるし。フリーレン、これ誰か分かる?」

「身体中に剣が突き刺さってる死体、か」

「フリーレン見てみ、こいつ下半身溶けてるよ」

「首がない惨殺死体……アウラか? いや、この時代じゃまだアウラは生まれてないか」

「これは……水魔法か」

「フリーレン! もしかしてこれってさーー」

「ーーーー!」

「ーー、ーー!」

 

 

 誰かが何かを嬉しそうに話かけてくる。

 もう何かも分からない。

 フリーレンはもう、何も見ていなかった。

 

 

 

 

 ーーぎゃあああああああああああっっ!!

 

 

 悲鳴が聞こえる。

 理不尽を強く訴えるような、聞く者をとても不安にさせるおどろおどろしい叫び声だった。

 それは、お腹が空いていた私に、いつも何かお菓子や料理を作ってくれた近所の優しいお姉さんの声だった。

 優しく微笑んでいる顔が印象的だった。

 私はそんな優しい顔をするあの人が大好きだった。

 お姉さんは、苦痛に顔を顰めながらずっとずっと助けを求め続けている。

 私は聞かないフリをした。

 

 

『あ、見てみろよフリーレン。あれ生きたまま燃やされてるよ』

 

 

 聞きたくなかった。

 耳を塞いで、目を閉じて何もかも受け入れたくなかった。

 でも、奴は私が逃げる事を許さなかった。

 耳障りな叫びが聞こえる。

 この声って確か……里一番の猟師だったおじさんの声だった筈だ。

 たまに、捕まえてきた獲物の捌き方や美味しい食べ方なんかを私に色々教えてくれた親切な人。

 黒焦げになった顔で私の事を見つめている。

 どうして私を見るんだろう。

 私は何も出来ない。

 助ける事も救ってあげる事も出来ない。

 そういえば、あの人ってどんな顔だったっけーー?

 それを思い出そうにも、脳裏に浮かぶのは黒く焼け焦げた顔で、大切な事は何一つ思い出せそうになかった。

 黒く焦げた顔が私を責め続ける。

 

 

『おおっ! あっちじゃ八つ裂きだ』

 

 

 何も見たくない。

 何も聞きたくない。

 私はここから全てを諦めた。

 彼等がこんな風に死んで行くのは私のせいじゃない。私は、私は何も悪くない。

 白い悪魔がにこやかに語りかけてくる。

 

 

『魔族と分かり合える筈、なんて幻想が余計な被害や悲劇を生む。さっき俺が殺した、赤ん坊が生まれたばかりの一家とかね』

 

 

 私が、魔族と分かり合えると思ったせい?

 私があの魔族をもっと早くに殺しておけば、あの家族はきっとあんな惨い殺され方はしなかった?

 違う。

 私はわるくない。

 私が魔族を信じても信じていなくても、あの家族はきっと他の魔族に殺された筈だ。

 だって、しょうがない。

 あんなに沢山の魔族が攻め込んで来てたんだから、遅かれ早かれ襲われていた筈なんだ。

 だから、私のせいじゃない。

 そうだよね……?

 

 

『ほら、お前のことだ』

 

 

 違う。

 だって、あの場じゃ誰がやっても同じ結果になっていた。

 私だけじゃない。

 たまたま私があの場に居ただけで、他の誰もがこうなる可能性は十分にあった。だから、私が悪い訳じゃないんだ。

 

 

 ーーお母さん、お母さん。

 

 

 泣きながら殺し合う子供達を見た。

 私を慕ってくれた可愛い子達だった。

 相手の目を潰し、ナイフで手を切り飛ばし、血に塗れながらもあの子達は戦う事をやめなかった。

 私の手を取って花を手向けてくれたその手にナイフを収め、ごめんなさいと謝りながら滅多刺しにし続けている。

 謝りながら、そのまま動かなくなった。

 滅多刺しにされていた子が、その子の腹を刺したのだ。

 その子もまた謝っていた。

 激痛と悲哀に溺れ死んで行く子達。

 その惨状を見て幸せそうにする魔族達。

 私達の不幸に悦を見出し、それらを啜るだけの害虫。

 私の中で何かが切れた。

 親を殺す子。

 氷漬けにされた友。

 ミンチや黒焦げにされた同胞達。

 無数の剣に貫かれた幼馴染。

 溶かされた師。

 苦。

 悲。

 怒。

 死。

 死。

 

 

『ほら、お前のことだ』

 

 

 笑う悪魔が脳裏を過ぎる。

 奴の言葉が呪いのように染み込んで溶ける。

 ……。

 ああ。

 そうだ。

 そうだよ。

 私が殺したんだ。

 私にもっと力があれば、皆んな守れたんだ。

 誰も死なずに済んだんだ。

 意思疎通が取れるなら。

 同じ思考する生き物なら。

 分かり合えると思ってたのに。

 そんな甘い事を考えていた自分に心底腹が立つ。

 魔族はバケモノだ。

 生きてちゃいけない怪物だ。

 全員殺さなきゃならない。

 子供の魔族でも関係ない。

 魔族なら魔族であるという理由で死ななきゃならない。

 人を殺さずにはいられない害虫が。

 駆逐、してやる。 

 この世から、一匹残らず。

 

 

 

 

「なっ…………!?」

 

 

 ほとんど一瞬の事だった。

 訳も分からず吹き飛ばされた。

 地面に身体を擦り付けながら……いや、擦り付けるなんて話じゃない。擦れた地面に身体を抉られる程のスピードで吹き飛ばされながら、シーアは何も出来ないまま地面を転がり続けた。

 擦り切れた皮膚に土砂が入り込んできて死ぬ程痛い。

 それでも、立ち上がらねば。

 まずは状況を把握してそれからーー。

 

 

「……!?」

 

 

 胸から血が大量に吹き出した。

 遅れて捉えた真空の刃。

 これはっ……あの魔力の刃!?

 脳裏を責め立てる鋭い電気信号を無理矢理抑え付け、身体に魔法を馴染ませて即座にその場から離脱を図る。

 

 

「『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』!!」

 

 

 身体能力を極限まで高めながら、目にも止まらぬ速さで大気を蹴り付け、フリーレンの手の届かない空へと飛び出す。

 幾ら攻撃が速くても、感知出来ない不可視の攻撃でも、フリーレン本体は空を飛べる訳じゃない。

 なら一旦フリーレンの干渉出来ない空まで飛んで、胸の裂傷を治癒し、そこから戦いを仕切り直す。

 少なくとも、シーアはその筈だった。

 

 

「はあ!?」

 

 

 フリーレンが空を飛んでいた。

 手のひらを下に向け、そこからとんでもない勢いで魔力を放出し、その反動で無理矢理空をかっ飛んでいる。

 フリーレンには似ても似つかない、どちらかと言うと俺達肉体派がやりそうな『脳筋』の戦い方だった。

 そしてそんなフリーレンには似合わない飛び方だからこそ、俺は呆気に取られてしまった。

 手のひらからの放出をやめ、今度は背中から魔力を放出しこちらに向かってとんでもない勢いで迫ってくる。

 『一方通行』の黒い翼のような飛び方だ。

 

 

ここ()は俺達魔族の領域だ! それは悪手だぞフリーレン!」

 

 

 一直線に向かってくるフリーレンを真正面に相手取り、彼女の攻撃に備える。

 さあ、来い!

 不可視の攻撃か。

 光線攻撃か。

 それとも、魔力の刃か。

 光線や魔力の刃なら、攻撃を潜り抜けてカウンターを狙うのもありだ。不可視の攻撃が来た場合は、意地でも耐え抜いて即座に攻勢に転じる。

 魔力の放出によってかっ飛ばしているだけのフリーレンなら、最初の一撃さえ凌いでしまえば後は機動力で勝る俺に軍配が上がるからだ。

 魔法によって感覚を鋭敏に、そして意識を研ぎ澄まし、フリーレンの一挙一動を見逃すまいと目を凝らす。

 フリーレンが手を掲げ、激しく魔力が昂った。

 攻撃が来るッ!

 そして次の瞬間、シーアの網膜が焼けた。

 

 

「な、なんだ!? なにが……!?」

 

 

 視界が眩い白に支配される。

 まさか、目眩しッ!?

 ここに来てそんなトリッキーな……!

 魔法によって極限まで引き上げられていた視覚に致命的なダメージが入った。

 聴覚と魔力探知を駆使してフリーレンを探す。

 目と鼻の先。

 まずい。

 この距離、この速度。

 これは、避け切れないーー!

 

 

「ぐっ、ううぅっ……!!」

 

 

 顔面に迸る打撃特有の感触。

 俺は、殴られたのか……!

 まさか、あのフリーレンが殴打……!?

 あの局面で魔法でなく、殴打を選んだのか。

 俺の胴体に両足を絡み付かせ、背中から更に強く魔力を放出し、地面に向けて加速していくフリーレン。

 落下しながらも彼女は、空いた両手に魔力を込めて俺の顔面をひたすらボコボコに殴っていた。

 素の膂力が低くとも、魔力を込めながら繰り出される容赦のない一撃は、俺の肉体の防御性能を僅かにだが少しずつ削っていった。

 それにしても、何故フリーレンは魔法ではなくこんなリスクの高い戦法を選んだのか。

 泣きそうになりながら、こちらを鋭く睨みつけ殴打を繰り返すフリーレンを魔力越しに見て、俺はその答えに辿り着いた。

 そうか。

 彼女は怒っているのだ。

 故郷の里に壊滅的な被害を齎した事を。

 同胞を血祭りに上げて、それを悦としていた事を。

 だから、魔法ではなく自らの手によって俺を殺そうとしているのだろう。

 

 

「馬鹿が。せっかくのチャンスを無駄にしたな」

 

 

 俺の両腕を胴体ごと拘束しているフリーレンの両足を無理矢理振り解き、彼女の胸ぐらを掴み魔力のブーストを乗せて地上へと思い切り投擲した。

 鈍い音と土埃を上げながら地面へ突っ込んだフリーレン。

 フリーレンは地面へと激突する前に魔力を放出させ、勢いを殺しながら同時に距離を取る。

 シーアは魔力探知によって捕捉したフリーレンの元へ即座に飛んで行き、そのまま全力の飛び蹴りを彼女の首目掛けて繰り出す。

 フリーレンはそれを危なげなく回避し、返す刀で俺に殴りかかってきた。

 

 

 ーーまた肉弾戦か。

 

 

 いくら魔力が込められていると言っても、フリーレンの拳など俺からすれば子供に小突かれた程度の威力しかない。

 こんなの効く筈が……。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 胸部に激痛が走る。

 俺が先程喰らった魔力の刃によって出来た裂傷目掛けて、フリーレンは拳を繰り出した。

 こいつ、そこを狙って……!

 フリーレンの腕を絡め取り、そのまま肘を逆に曲げへし折ろうとするが、不可視の攻撃によって身体を弾き飛ばされ阻まれる。

 しかし、以前と比べるとだいぶ威力が落ちている。

 飛ばされると言うより、少しだけ引き離される程度で済んだのが幸いだった。

 勢いを無理矢理殺し即座にフリーレンの元へ駆け寄って、彼女の膝目掛けて鋭い下段蹴りをお見舞いしようとするが、彼女はそれを大きく下がる事で回避した。

 そして、そのままドタドタと拙い足取りで突っ込んで来て、俺の顔面に軟い拳を叩き込む。

 即座に回し蹴り。

 咄嗟に右腕で受けるフリーレン。

 ボキリ、と鈍い音がした。

 一瞬、痛みに顔を顰め動きを止めるフリーレン。

 よろけるフリーレンの顔を右、左と優しく殴り、髪を掴んで顔を下に引っ張り膝を叩き込んだ。

 鼻血が宙を舞う。

 抜けた白絹の如き毛髪が散る。

 負けじと俺の胸に拳を叩き込むフリーレン。

 傷を抉られる激痛に耐えながら、フリーレンに優しく拳を叩き込んだ。

 意外。倒れない彼女。

 目尻に涙と血を溜めながら、憎しみと殺意の籠った目でこちらを強く強く睨み付け、返す刀で反撃してくるフリーレン。

 殴る。

 殴り返される。

 蹴る。

 それでも抵抗する。

 足払いで崩し、踏み付け。

 不可視の攻撃によって防がれた。

 それすら気に留めず、再び殴る。

 フリーレンも諦めない。

 

 

「ふふっ」

 

 

 必死に、そして怒りを以って拳で抵抗するフリーレンが愛おしくなって、俺も少しだけ拳にこだわる。

 追撃。

 フリーレンの首根っこを掴もうと迫る。

 魔力の刃を横に展開し迎撃するフリーレン。

 受けるか、避けるか。

 これ以上の負傷はまずい。

 膝を落とし、前傾姿勢を更に前傾にした蜘蛛の如き体勢で、地を這う様に駆けて行く。

 俺の上を過ぎる魔力の刃。

 突然の奇行に固まるフリーレン。

 呆然と立ち尽くすフリーレンの腰元を狙い、タックルの要領で飛び掛かる。

 上を取った。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 ただひたすら。

 殴り続ける。

 

 

「あはっ」

 

 

 フリーレンは細腕で自らの顔面を集中して守りながら、俺の連撃の隙に不可視の攻撃を放って距離を取ろうとする。

 が、威力が減衰していて俺を引き離せる程の力は出せていなかった。

 フリーレンから飛び散る流血を浴びながら、今や俺に屈服されつつあるフリーレンを上から眺め、俺は心の底から"魔族の本能"が満たされて行くのを感じていた。

 フリーレンを殴る度に満たされるモノ。

 苦悶の表情を見て癒される感覚。

 何もかもが満ち足りていた。

 

 

「あははははははははっ!! 超楽しいっ!!」

 

 

 キッ! と目に涙を浮かべながら、それでもなお気丈に俺を睨み続けているフリーレン。

 彼女の小さい身体の中で、一体どれ程の強い感情が渦巻いているのだろう。憎悪を発散したくてしたくて仕方がないのに、それを自由に解き放たない苦しみは一体どんな物なんだろう。

 しかし、それらは全てフリーレンが悪い。

 フリーレンに力があれば、俺にこんな痛めつけられる事も、魔王軍に故郷を滅ぼされる事も無かった筈なのだ。

 

 

「ははははははっっ!! 可哀想にフリーレン! 自分の故郷を好き勝手に蹂躙されて滅茶苦茶にされてるのに、お前はそこで這いつくばって行く末を見てるだけ! エルフの同胞が無様に死んで行くのも、故郷が燃やされ朽ちて行くのも、全部お前に力がないからさ!」

 

 

 組み敷かれているフリーレンが、俺の言葉に眉をギュッと顰めて顔を背けたその瞬間、彼女の目尻から一筋の雫が流れ落ちた。

 そして徐々に呼吸が不規則になる。顔が赤らんで、目が充血している。

 フリーレンは涙した。

 その理由は、彼女にしか分からない。

 不甲斐ない自分に腹が立ったからなのか、故郷や同胞を守れなかった事への申し訳なさなのか。

 ただ、それらに共通する理由が、自らの力不足に起因する物なのは疑う余地はなかった。

 

 

「この弱肉強食の世界で、"力"がないって事自体が悪なんだよ。奪われたくないなら力を付けろ。守りたいなら敵を滅ぼせ。それすら出来ないってんなら、お前に不平不満を口にする資格なんてない」

「……うぅっ」

「俺達は数多の捕食者が蠢く檻に放り込まれた鼠なんだよ。抗って抗って抗い続けて、その先にようやく自らの身を守れる力を手に入れられるんだ。抗う事をやめた鼠なんてすぐに喰われて終わりだ」

「あああああああっっ!!」

 

 

 フリーレンの悲痛な叫びが木霊する。

 耳をつんざく痛ましい声がエルフの里中に響き渡ったが、もはや彼女を助けに来る者など現れまい。

 死屍累々の世界でフリーレンはシーアに嬲られながら、自らの無力をひたすらに呪い続けた。

 

 

 

 

 痛いのは嫌だった。

 戦うのは怖かった。

 それでも、今も必死に拳を繰り出し続けるのは、私がこの結末を認められないからだ。

 今もこの紅く染まった月の下で、幾多もの同胞達が理不尽によって惨たらしく殺され続けているのだ。

 殴られた頬に鈍い痛みが蓄積し、出てきた涙や血で視界が塞がれようとも、私はこの理不尽に抗う為に倒れる訳にはいかなかった。

 人でないモノの叫びが聞こえる。

 人の声が聞こえなくなる。

 

 

 ーー私には、分からない。

 

 

「あははははははははっ!! 超楽しいっ!!」

 

 

 拳を振り上げ迫る魔族の姿を直視した。

 満面の笑みで、傷付き疲れ果てボロボロになった身体を酷使して、それでもなお楽しそうに殺戮を続ける一人の魔族を。

 こいつは強い。そして巧い。

 戦いに関して素人の私ですら、思わず魅入ってしまう程に洗練された力と武を携えている。

 尊敬の念を抱いてしまいそうになるくらい、美しかった。

 一体どれ程の鍛錬を積み重ねたのだろう。

 一体何を想いここまで磨き続けたのだろう。

 だからこそ、私には分からない。

 

 

 ーー戦いは怖くて辛いものなのに。

 ーー傷付くのは痛くて苦しいことなのに。

 ーー知ってる人が死んだら、悲しくて悲しくて仕方がないものなのに。

 

 

 なのに。どうして。

 こいつは、こんなに愉しそうに戦えるのだろう?

 一体何が面白くて、ここまで嗤えるんだろう。

 

 

「ははははははっっ!! 可哀想にフリーレン! 自分の故郷を好き勝手に蹂躙されて滅茶苦茶にされてるのに、お前はそこで這いつくばって行く末を見てるだけ! エルフの同胞が無様に死んで行くのも、故郷が燃やされ朽ちて行くのも、全部お前に力がないからさ!」

 

 

 そんなの全部分かってる。

 だからこそ、許せないんだ。

 私に力があれば全て守れたんだ。

 でも、それはどこまでいっても『もしも』の話でしかない。

 過ぎた事は無かった事に出来ない。

 起きてしまったら元には戻らない。

 

 

「この弱肉強食の世界で、"力"がないって事自体が悪なんだよ。奪われたくないなら力を付けろ。守りたいなら敵を滅ぼせ。それすら出来ないってんなら、お前に不平不満を口にする資格なんてない」

「……うぅっ」

「俺達は数多の捕食者が蠢く檻に放り込まれた鼠なんだよ。抗って抗って抗い続けて、その先にようやく自らの身を守れる力を手に入れられるんだ。抗う事をやめた鼠なんてすぐに喰われて終わりだ」

「あああああああっっ!!」

 

 

 傷付き疲れ果てた身体に熱が戻る。

 折れた骨や潰れた肉など知らぬとばかりに立ち上がろうとし、振り絞った魔力を更に振り絞り、私に跨る魔族を吹き飛ばす。

 私を突き動かし肉体を酷使させんと湧き上がるこの"感情"に制御なんて掛けられない。理不尽を理不尽のままで受け入れたくない。

 しかしどれだけ力を振り絞ろうとも、フリーレンの肉体には動ける限界と言う物がある。

 募り続ける怒りと裏腹に、彼女の身体はもう満足に動かせるだけの力も残っていなかった。

 憎悪の炎に身を任せる事も出来ず、里を滅ぼした魔族に拳を振るう事も出来ず、フリーレンはただこれから訪れる"死"をただ受け入れるしか出来ない。

 

 

「……?」

 

 

 しかし、突如としてフリーレンの身体を淡い光が包み込む。

 母親に静かに抱かれ眠る時のような感覚を思い出させる、そんな暖かく柔らかなとても落ち着く光。

 徐々に落ち着きを取り戻す心に目を開いた時、まず飛び込んできたのは死んだと思っていた同胞の姿だった。

 

 

「ミリアルデ……?」

「えぇ、そうよ。間に合って良かった」

 

 

 淡い光によって包まれ運ばれた先は、ミリアルデというエルフの少女の元だった。

 目を大きく見開き、信じられないといった表情で目の前の少女を見つめるフリーレン。

 しかし、彼女の衣服越しに伝わってくる確かな温もりは、間違いなく彼女が生きている事の証明だった。

 優しく微笑みながらフリーレンの頭を撫でるミリアルデに、フリーレンは思わず抱き付いた。

 

 

「来るのが……遅いんだよっ」

 

 

 彼女の胸元を涙で濡らしながら、フリーレンは力の限り泣き続けた。

 たった一人で、魔族と戦い続けたフリーレンを傷付け続けていたのは、何も魔族の拳や魔法だけではない。

 孤独や悲哀も、フリーレンの心を蝕み続けていたのだ。

 フリーレンは人間に換算すれば、まだ親の庇護下にあるべき子供である。そんな子供が、生死を賭けた戦いに一人放り投げられて、たくさん傷付いてきたのだ。

 今まで戦いと無縁だったフリーレンがここまで戦えていたのは、憎悪や憤怒を支えに立ち上がっていたからだ。

 自分の身を自分で守らねば死ぬ状況に居たからだ。

 そこに、かつて慕っていた同胞の少女が現れたなら、フリーレンが子供の様に泣き喚くのも無理はなかった。

 

 

「ごめんなさいね……フリーレン。私も、他の魔族の相手をするのに手間取ってしまって、気付いた時には里はもう手遅れの状態になっていた」

「ううっ……!」

「でも、フリーレンだけでも助ける事が出来て良かったわ」

「……ミリアルデ?」

 

 

 フリーレンは頬を濡らす生温い感触に違和感を持った。

 私の流している涙とは全く違う、どこかドロドロとした、嫌な記憶を思い出させる臭いを持った液体だった。

 それを怪訝に思って、フリーレンは顔を上げた。

 血、だ。

 ミリアルデの胸部から腹部にかけて、べっとりとした赤黒い血がこびりついていた。

 

 

「ミ、ミリアルデ……血が……!」

「少しヘマをしちゃってね、でも大丈夫よ。今の手負いの私でも、フリーレンを逃す事くらいなら出来る」

「に、逃すって……」

 

 

 ミリアルデはフリーレンを抱き締めてきた腕をゆっくりと解き、そしてフリーレンへ背を向ける。

 ずっとこちらの様子を伺っていた魔族からフリーレンを守るように、自らの背に庇いながら前に出た。

 

 

「さあ、行って。フリーレン」

「でも……」

「時間がないのよ。こうしてる間にも、里中に散らばった魔族が集まってくるかもしれない。逃げるなら、敵が少ない今この瞬間しかない」

「なら、私も戦うよ。二人一緒ならきっとあの魔族に勝てる。そうすれば二人で一緒に逃げられるでしょ……?」

「フリーレン、よく聞きなさい」

 

 

 ミリアルデはフリーレンの言葉を無視して、そして背を向けたまま言葉を紡ぐ。

 彼女の言葉の節々から感じる想いはまるで、旅立つ子を送り出す時の親のような愛や厳しさを彷彿とさせる温かみを含んだ物だった。

 

 

「世界は残酷で、必ずしも良い事ばかりとは限らないわ。

 人生を懸けて追い求めていた物が、何の価値もないゴミみたいな物だったりする事もあるかもしれない。失って初めて大切な事に気付く事だってあるかもしれない。世界を知る度に、理想とかけ離れた現実がきっと貴方に牙を剥いてくる」

「ミリアルデ……それじゃまるで」

 

 

 ーーここでお別れするみたいな言い方だ……。

 

 

 フリーレンがそう言葉を続ける前に、ミリアルデが口を開いた。

 力強く、しかしどこか悲哀のこもった声色だった。

 

 

「世界を知るって、本当に辛くて苦しい事ばかりよ」

 

 

 フリーレンの脳裏に過ぎるのは、いつも何もしないでぼーっと佇んでいるミリアルデの姿だった。

 彼女はきっと、ここに来るまで何かを経験してきたんだろう。それがどれ程彼女の在り方を変えたかなんて、未だ幼いフリーレンには想像もつかなかった。

 

 

「でもフリーレンには私のようにはならないで欲しい。何もかも手遅れだった私とは違って、貴方には未来があり、そして選択肢がある」

「ミリアルデ」

「さあ、行きなさいフリーレン」

「私も戦う」

「ダメよ」

「どうして……!」

 

 

 ゆっくりとミリアルデが振り返り、そして微笑みながらこう告げた。

 

 

「貴方が一番若いからよ」

 

 

 花が咲いたような美しい笑みだった。

 その優しげな微笑みに、フリーレンは一瞬だけ言葉を失い、そしてゆっくりと喉を震わせながら口を開いた。

 

 

「どうして……分からないよ」

「貴方もいつか分かるようになるわ」

 

 

 止めたかった。

 止めたかった。

 子供のように泣き叫んででも、止めたかった。

 目の奥が熱くなる。

 喉が震えて言葉が上手く出せない。

 それでも、私の為に命を賭してくれる彼女に、何か言わなければならないと思った。

 

 

「……ありがとう、ミリアルデ」

 

 

 長い時間をかけてようやく絞り出せたのは、たったその程度の言葉だった。

 本当はもっと話したかった。 

 もっと感謝を伝えたかった。

 でも、こんな時に限って伝えたい想いや気の利いた言葉なんて出てこない。フリーレンは初めて己の不器用さを呪った。

 しかし、ミリアルデはそんなフリーレンの未熟さも含めて全部受け入れると、親愛を含んだ微笑みを浮かべてこう告げた。

 

 

「えぇ、それじゃあねフリーレン。生きていれば、きっとまた出会えるわ」

 

 

 ミリアルデはそう言って、優しくフリーレンの背中を押した。

 その行動の意図は分かっていた。

 フリーレンは満身創痍の身体に力を入れて、脇目も振らず一心不乱に走り出した。

 折られた足を庇いながら、殴られた頬や胸部が走る振動の度に痛んでも、ひたすら前に進み続ける。

 何度振り返ろうと思ったか分からないが、それはミリアルデの稼いでくれた時間を無意味に消費するだけの行為だと、決して振り返る事はしなかった。

 出来るだけ魔族の居なそうな場所を選んで、草むらや雑木林の中を傷付きながら進み、長い時間を掛けてようやく魔王軍の跋扈する領域を抜け出す。

 

 

「…………」

 

 

 虫の鳴く声だけが辺りに響き渡っているだけの、静かな空間だった。

 そこには残虐に殺されるエルフの悲鳴も、愉しそうに嗤う魔族も誰一人として存在しない。

 フリーレンは力尽きたように岩に背をもたれて座り込み、そのまま静かに夜空を見上げた。

 今までと何一つ変わっていない星と月がそこにはあった。

 私達は一晩でここまで状況が変化したと言うのに、天高く佇んでいるそれらは、そんな事知らぬとばかりにただ在り続けているのだ。

 フリーレンは、何も言葉を発さなかった。

 あの時「独りは嫌だ」「やっぱり私も戦うよ」と、そう何度も言いそうになった。

 しかし、そんな事を言って何になるのか。

 ミリアルデは私を逃す為に残ったのだという事、例えミリアルデが生きていたとしても魔王軍から逃げられる力も残っていないという事。

 そして、これでエルフは滅びたのだという事。

 全て頭で分かっていた。

 だから、あの時何も言えなかった。

 悲しかった。

 悔しかった。

 辛かった。

 私はーー。

 

 

 ーー護られたのだ。

 

 

『貴方が一番若いからよ』

 

 

 子供として……。

 

 

 フリーレンはしばらく夜空を眺めた後、疲労と激痛に苛まれる身体に鞭を打って、再び歩き出した。

 虚ろな目からは一筋の雫が流れ出ていた。

 唇を強く噛み締めても嗚咽は止まらなかった。

 しかしそれでもフリーレンは歩みを止めない。

 それは私を置いて逝ってしまった彼等の意に反する事だから。

 胸の内に燻る憎悪の炎を確かに知覚しながら、フリーレンは一人静かに進み続ける。

 

 

 ーー私が逃げた後、ミリアルデがどうなったか、エルフの里がどんな末路を迎えたのか、私には分からない。

 

 

 でも、これだけは言える。

 私の故郷は、魔族に潰されたのだ。

 私の仲間は、魔族に殺されたのだ。

 私をこんな風にしたのは、魔族なのだ。

 魔族はこの世界にいちゃいけない存在だ。

 苦しみながら死ぬべき害虫だ。

 魔族は殺す。その仲間も、与する者も皆。

 必ず殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作の最新話読んだんですけど、個人的に面白かったですね。
どの漫画、どのゲームにも存在する『時代が進む度に幻想は薄れつつあるor幻想は消える』みたいなルールは個人的に大好きです。fateだったり東方だったりですね。
話変わるんですけど、ミリアルデめちゃくちゃ可愛いです。初めはモブキャラ犠牲にしてフリーレン逃す計画だったんですけど、なんかミリアルデが割り込んできました。



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