八崩賢 極致のシーア 作:蟲の月
誰かの戦い方に見惚れるなんて初めての経験だった。
記憶の中の先人以外で、初めて美しいと思ってしまった。
「はあっ、はあっ……ぐっ!」
滑らかに舞う所作が美しかった。
蹴り足の描く軌道に見惚れてしまった。
繰り出す突きの何と無駄のない事か。
巧く立ち回るその足運びは厳かな儀式のようで。
「まるで武人の動きね」
そう呟きながら、俺の攻撃を的確に捌いていくミリアルデは、僅かな隙を見つけて俺の鳩尾に貫手を繰り出してくる。
それを咄嗟に防ぎ、返す刀でミリアルデの首を刎ねようと手刀を繰り出すが、彼女はそれを何なく受け流す。
彼女は、例えるならまるで空気だった。
殴る蹴るといった物理技の一切を受け流し、俺に手応えと言う手応えを感じさせないその戦い方。
彼女は俺の戦い方を武人のそれと評したが、俺に言わせれば彼女の方が正しく武人だった。
ーー何だよ、こいつ。
ーー何だよ、こいつ……!
魔族とエルフ。
お互い一切の表情を動かさずに力と技の応酬を繰り広げるが、魔族の方はその硬い表情の奥で内心混乱していた。
フリーレンを逃そうとするミリアルデの行動をわざわざ見逃したのは、シーアがミリアルデに関する情報の一切を持っていなかったからだ。
つまり、警戒したのだ。
作中の描写から、ミリアルデがフリーレンよりも長く生きている事は識っていた。それも、人生を懸けて追い求めた物を既に見つけていて、残りをエルフの里でぼーっと過ごす隠居したババアのような暮らしをしている女だ。
悠久を生きるエルフの身なら、それこそ神話の時代から存在していても不思議じゃない。
もしかしたら、俺が予想する事すら出来ないレベルの初見殺しの魔法を幾つか隠し持っているんじゃないかと。
神話の時代の人智を超えた魔法を湯水のように使ってくるんじゃないかと……そう警戒した。
しかし、それと同時に隙を突く事が出来れば勝機はあるとも考えていた。
たったの一撃当てれば良いのだ。
俺の『
なのにーー。
ーーくそっ……! 一撃当てれば終わるってのに……!
当たらない。
何故か、当たらない。
いつもギリギリの所で躱される、流される。
圧倒的な破壊力を秘めた拳も、音速を越える鞭の如き蹴り足も、ミリアルデの身体を捉える事はないまま戦闘は激化していった。
俺の攻撃は常人には捉えられない速度の筈なのだ。
フリーレンと戯れに行っていた殴り合いとは全く違う。
この戦いに関しては最初から全力で臨んでいた。
なのにっ……何で、当たらないっ!
「あああああああッッ!!」
俺の感情の昂ぶりに合わせて、攻撃の速度がどんどん増してくる。拳も、蹴りも、頭突きすらも全てが一段階速くなった。
並の戦士や魔族なら一瞬で葬り去れるであろうシーアの猛攻は、しかしミリアルデにはあと一歩の所で届いていなかった。
ならば、それをいとも簡単に捌けるミリアルデは、並の戦士の技量を遥かに超越しているのだろう。
「確かに、これならフリーレンが敗れたのも頷けるわね。あの子にはまだこのレベルの魔族は早すぎる」
ミリアルデは俺の猛攻の一瞬の隙を突き、即座に足払いを仕掛けてくる。
シーアはそれを見越し、ワンステップ後ろに下がる事で足払いを回避しようとするが、後退した分だけミリアルデが踏み込んで来た。
右膝を曲げ、その勢いを利用して左の脚で鋭い蹴りを放とうとするも、ミリアルデは俺の左の太ももに手を添え動きを阻害する事で、蹴りの発動を無理矢理止める。
その流れのまま、踏み込みの勢いを利用して俺の鳩尾に鋭い貫手を繰り出してくる。
ーー戦い方が巧いっ……! やりづれえ……!
鳩尾を突かれ、身体が反射的に九の字に折れたその瞬間、ミリアルデは俺の頭を鷲掴みにして無防備な顔面に膝蹴りをお見舞いした。
咄嗟に顔を上げ距離を取ろうとするも、ミリアルデは俺の角を抑え付けているようで上手く顔を上げる事が出来ない。
俺の両角を掴んだミリアルデは、今が好機と言わんばかりに何度も何度も俺に魔力の込められた膝蹴りを叩き込んできた。
「……ぐっ!」
脳が揺れ、意識が吹っ飛びそうになる。
あまりの激痛と衝撃に意識を手放しそうだ。
しかしそれを、自らの不甲斐なさへの悔しさと怒りで無理矢理繋ぎ止める。
俺だって今まで武と術理を鍛え上げ頭に叩き込んだというのに、ミリアルデはそんな俺の遥か上を行っていた。
今も、ミリアルデの手繰る武と技によって俺は肉体を痛烈に痛ぶられている。
だからと言って、無抵抗で痛ぶられている程俺は我慢強くない。
顔面を強く打たれながらも、目の前に居る筈のミリアルデに向かって必死に拳を振るおうとする。
しかし、ミリアルデはすぐに俺の両角から手を離し、逆に殴りかかってきた俺の腕を取り、関節技を仕掛けてくる。
そのあまりの激痛に身体が跳ねた。
「
「させないわ」
バキッ! と何かが折れる鈍い音と共に、俺の右腕にとんでもない激痛が走った。
ミリアルデが俺の右腕を折ったのだ。
激痛に意識が持っていかれそうになるが、それを無理矢理抑えて己に魔法を掛けようと魔力を練り上げる。
ミリアルデの表情に少しだけ焦りが見えた。
アンタがいくら技と武を極めていようとも、俺の馬鹿げた威力の攻撃を直接受けりゃ致命傷は免れないだろ。
アンタが真に懸念し恐れてんのは、俺に馬鹿げた怪力をもたらしてくれるこの魔法だってんだろ。
だから、俺に
ならもうこの際、右腕は全部くれてやるよーー!
「ーー
魔法の掛かった身体に更に魔力を通わせて、尋常じゃない程の怪力をこの小さな身体に降臨させる。
力の化身がこの地に舞い降りた。
残った左腕を思い切り地面に叩き付けて、その反動で地面を抉り、反対側の地面を突き抜けてミリアルデを襲う。
ミリアルデは咄嗟に俺の右腕を軸にし背中を蹴り付けて、魔力の放出も上乗せして全力で俺をぶん投げた。
投げられた俺は空中で姿勢を整え、大気を即座に蹴り付けて隙だらけのミリアルデへと肉薄する。
その瞬間、ミリアルデの魔力の昂ぶりを感知した。
迎撃か! でもそれは散々フリーレンで見たんだよ!
膨大な魔力の波がミリアルデの掌から放出され、俺の小さな身体を飲み込まんと迫り来る。
俺が咄嗟に選んだのは、迎撃だった。
思考を巡らせる事なく、半ば無意識に繰り出したシーアの魔力の波は、ミリアルデの強力な攻撃とぶつかり合うと拮抗する事すらなく激しく爆ぜた。
爆風と衝撃と地響きが辺りを襲う。
シーアは足を大きく振りかぶると、更に強く地面に脚を叩きつけた。
地面の奥深くから爆発したのではないか。と錯覚する程の土埃が辺りに展開し、崩壊した地盤の岩々が天から降り注ぐ。
魔力探知を使いミリアルデを探す。
ミリアルデは魔力を大きく練り上げ展開し、降り注ぐ瓦礫から身を守っている所だった。
土埃と瓦礫が降り注ぐ中、俺はミリアルデの元へ一直線へ駆ける。
ミリアルデも魔力探知越しに俺を捉えたようで、再び巨大な魔力の波を掌から発生させて迎撃する。
その津波の如き大質量の攻撃を、大気を蹴り付け、即座に方向転換する事で回避する。
ミリアルデの迎撃を回避し、そのまま呆然と突っ立っている筈のミリアルデを殴り付けようと左腕を振り上げたが、ミリアルデは霞のように姿を消していた。
「……なっ、どこにっ」
ここまでの戦いの経験から、シーアは敵を見失った時の対処の仕方を積み重ねで学んでいた。
慌てふためくより先に、まずは敵を見つけ出す事。
生物の本能を理性で抑え付け、冷静に対処する事。
居る筈の敵がいつの間にか姿を消して驚愕する気持ちも分かるが、それをそのまま驚愕するだけではやはり獣でしかない。
脳で考える生物はその一つ上を行くのだ。
驚愕する気持ちを理性によって制御し、敵の取った戦法を知識と知恵によって看破する。
これは戦闘に置いては至極当然の事だが、いざその状況に身を置くと実行するのはやはり難しい。
冷静に対処すると言っても「いつ攻撃されるか分からない」「もしかしたら次の瞬間死んでいるかもしれない」といった予想は常に頭の片隅に湧いて出てくるので、それを完璧に制御出来ないと焦りと恐怖によってパニックに陥ってしまう。
シーアはその点を克服していた。
フリーレン戦を経る事によって異質に変化した生死観と、魔法によって極限まで引き上げられた身体性能。
それらが合わさる事で、揺らぐ恐怖心はそのままに……しかし冷静に戦局を見極め立ち回れるだけの戦い方を確立していたのだ。
「そこかッ!」
僅かな衣擦れの音、そして不規則な息遣い。
それらを異常な聴覚で取り込み、そして隠れ潜むミリアルデを目視したシーアは、即座に攻勢へと転じる。
小細工など必要ない。
真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。
左ストレートで塵にする。
地面を滑るように駆け、腰の回転や身体の連携を意識し、無表情で佇んでいるミリアルデの顔面に向けて、魔力をふんだんに込めた死を内包する拳を音速を越えて突き出す。
その拳のあまりの衝撃と炸裂する魔力の破壊力に、ミリアルデの頭部がひしゃげ、飛び散った脳漿や血肉がシーアの気分を高揚させるーー筈だった。
「まるで教本通りの綺麗な戦い方ね、本当に分かりやすい」
「何でっ……嘘、だろっ」
ーーミリアルデはその上を行っていた。
彼女は俺の左ストレートを大きく屈む事で危なげなく回避すると、カウンターを狙い俺の腹部目掛けて魔力の込められた鋭い蹴りを喰らわせた。
芯まで響く攻撃。
しかし、それは隙を作る事にはなっても決定打にはなり得ない。ミリアルデの放った蹴りは、本来なら作った隙を狙って本命の攻撃を叩き込む為の布石のような攻撃なのだ。
なら次に警戒するのは、その本命の攻撃かーー。
しかし、その本命の攻撃が来る事はなかった。
俺の本気の魔力が込められた左ストレートで発生した攻撃の余波が、ミリアルデの身体を衝撃と共に掻っ攫っていったのだ。
木端と共に転がって行くミリアルデ。
血と土に塗れた衣服から伸びる四肢には少なくない傷が付けられており、今の衝撃で木片が至る所に突き刺さっていた。
隙だ。
追撃を仕掛けようと身体を前傾にした瞬間、胸の奥から迫り上がってくる血の塊に俺の攻撃は中断された。
痰を吐くように血の塊を地面に吐き捨てた後、吹き飛んだミリアルデを見据える。
彼女は樹木を支えにして立ち上がり、そしてそのまま樹木に背を預けて宙を見上げた。
樹木に身体を預けて、ただ黙ってぼーっと宙を見上げ続けるミリアルデは、側から見たら殺して下さいと言わんばかりに隙だらけだった。
ーーここは攻めるべきか、様子を伺うべきか。
シーアは未だ判断しかねていた。
簡単に言うと、相手の情報不足から来る戦いづらさに攻めあぐねていたのだ。
シーアの保有する知識の中で、ミリアルデの情報は全く無いと言っても過言ではない。
原作で語られている事は、たったの二つだけ。
それはーー。
ーー彼女が人生を懸けて探した物が何の価値もないゴミみたいな物だったという事。
ーーエルフの里にくる前に"
たったのこれだけしか分かっていない。
だから、ミリアルデがどういった戦い方を得意とするのか。どんな魔法を使いどんな思考を持っているのかが全く分からない。
だからこそ、最初の体術は度肝を抜かれた。
ミリアルデは魔法を扱う者だと無意識のうちに決め付け、俺の土俵に引き摺り込めば勝てると踏んだ結果、彼女の体術で良いようにボコボコにされてしまったのだ。
いや実際、力ならば俺の方が圧倒的に強い。
ミリアルデの優れている点は、圧倒的な暴力の受け流し方だ。恐らく、今までの人生で俺のようなパワータイプをそうやって捌き続けた結果、あのような戦い方に自然と落ち着いていったのだろう。
亀の甲より年の功。
悠久を生きるエルフの恐ろしさの一端を、今この瞬間垣間見たような気がした。
「全く……とんだ馬鹿力ね」
土と血に汚れた衣服をパンパンと払い、樹木に背中を預けながらミリアルデは静かにそう呟いた。
彼女の整った顔立ちには疲労の色が濃く出ており、血の滲み出ている胸部は浅く上下を繰り返している。
全てを諦観しているような悲哀のこもった表情を浮かべながら、彼女は宙を見上げ続けていた。
その瞳から垣間見える感情は、達人の如き技と武を俺に叩き込んで来た人物と同一人物とは思えない程に、虚無一色だ。
「その馬鹿力を軽く捌けるってんだから、アンタも大概だよ」
「それでも、攻撃の余波を防ぐ事は出来なかった……。私の本来の戦い方はこんな野蛮な物じゃないんだけどね」
「本来の戦い方じゃないのに俺とここまで渡り合えるのか。やっぱりアンタはイカれてる」
「別に……そこまで大した物なんかじゃないわ。ただ永く生きてきた結果、いつの間にか得ていた護身術もどきでしかない」
その護身術もどきで俺をボコボコにしたんだろうが。
己の洗練された戦闘技術を、まるで大した事なさそうに語るミリアルデに、俺は少し戦慄した。
そしてここまでのやり取りの中で、俺は嫌でも理解出来てしまう事があった。それは、俺とミリアルデが話す戦いへの熱量には齟齬があるという事だ。
俺は己の"力"と"魔法"に絶対の自信を持っている。
だからこそ、それを赤子の手を捻るように簡単に退けたミリアルデの技術に、俺は深い尊敬と敬意を抱いたのだ。
しかし、ミリアルデはそれを護身術もどきと称した。
俺が人生を懸けて鍛え上げた"力"と"魔法"。それを簡単に制圧出来る戦い方を、ミリアルデはまるでどうでもいい事のように扱っていたのだ。
俺はそれが許せなかった。
別に、自分の戦い方をどう捉えようがそれは個人の勝手だ。
俺が感嘆したその戦い方は、ミリアルデ本人の認識では護身術もどき以上でも以下でもないのだろう。
しかしそれでも、誇って欲しかったと思うのは、武と力の極致を目指す俺の勝手な考えなのだろうか。
信念を以て鍛え上げた戦い方だろうと、悠久を生きて勝手に身に付いた護身術だろうと、それが自らを護る為の手段として役目を果たしている以上、俺はその戦い方を少しでも卑下して欲しくなかった。
ーーアンタの戦い方は、間違いなく俺に通用したんだぜ。
ーー悠久を生きて得た護身術で、俺の猛攻を捌き切ったんだぜ。
そう伝えたかった。
「ゴホッ、ゴホッ!」
だからこそ、ミリアルデに最期の時が近付いてきているのが残念で仕方がなかった。
フリーレンを助けた時点でボロボロだった彼女は、先の激化する戦闘の余波によって、身体に無視できないダメージを少しずつ蓄積していった。
彼女が幾ら優れた体術を扱えようとも、怪物の暴力を受け流す術に長けていたとしても、体力や耐久力は所詮人並みだ。
戦いが長引けば長引く程、継戦力に長けるシーアがどんどん優勢になる。
ドス黒い血の塊を吐き出し、震える身体を宥める事すらせず、ただひたすらに天を仰ぎ続けるミリアルデを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。
本音を言えば、この勝負の決着を着けるのは互いの実力による物であって欲しかった。
「アンタは今際の際でも変わらないんだな」
「……そうね、死への恐怖なんてとっくの昔に忘れちゃったもの。今更未練なんて物もないしね」
そう呟くミリアルデの顔は、とても穏やかな顔をしていた。
あの時フリーレンに向けていた親愛を含む微笑みとは違う。まるで、陽だまりの中で眠る子供のような……とても安心しきった表情だった。
ずるずると樹木に血の跡を擦り付けながら、膝からゆっくりと崩れ落ちて行くミリアルデ。
俺は、そんなミリアルデの整った顔立ちがはっきりと見える距離にまで近付くと、ゆっくりと手に魔力を込めた。
「ああ……でも」
魔力を込める手が止まる。
満身創痍のミリアルデが俺を見上げながら、ゆっくりと口を開いたのだ。
俺は迷いつつも、彼女の最期の言葉を聞く事に決めた。
今更、数瞬の猶予を与えた所で何になるのだ。
「最後に、役目を果たす事が出来て良かった……」
「役目?」
「……えぇ。未来ある若者を護るのは、年長者の役目でしょう」
シーアの脳裏に過ぎったのは、満身創痍になりながらも、生を掴み取る為に必死に走り抜くフリーレンの後ろ姿だった。
ミリアルデは今までの諦観した表情から一転、口元に薄らと挑発的な笑みを浮かべて、シーアにこう告げた。
「フリーレンはきっと無事に逃げ出せた筈よ。魔王のエルフを絶滅させるという命令を果たせなくて残念だったわね」
「そうでもないよ、俺にとってはそっちの方が正史だから」
「…………?」
ミリアルデは何を言っているのか分からない。と言わんばかりの表情でこちらを見つめている。
まあ、俺の言っている意味が分かる筈もないか。
俺の識っている知識では、フリーレンはエルフの里を強襲された後、玉座のバザルトをぶち殺して、たまたまその場に居合わせたフランメによって拾われている。
つまり、原作の本来の流れではフリーレンは生き残っているのだ。
この世界ではそこに至るまでの過程にとんでもない程の差異があるが、結果としては俺の識る通りにストーリーが進行している。
だからこそ、俺としてはフリーレンが生き残った事に対して特に驚きはなかった。
「まあ、分からなくても良いよ。どうせアンタは今から死ぬんだしね」
「……年長者から一つ助言をしてあげる。目の前に居る人間が既に敗北を受け入れたと思い込み、自らの勝利を確信して気を緩ませるのは、相手の首や心臓を取ってからにした方がいい」
「……何言ってーー」
「どれだけ強力な魔法を扱えても、所詮は魔族ね。いや……これはただ単に若いだけなのかしら」
「…………」
「これからも戦場に身を置くつもりなら、周囲の状況や偶然すらも利用出来るようになりなさい。……最も、この場から生きて帰れたらの話だけど」
「さっきから何の話をーー」
それに気付けたのは、ほとんど偶然だった。
ミリアルデの言葉を訝しみ、何となしに周囲に注意を向けていたからこそ気付けたような物だった。
刹那の世界で、魔力が爆発する。
「……ッッ!!?!!?」
避ける暇すらなかった。
どこからか唐突に放たれた、全身を破壊せんと迫り来る魔力の津波を前に、シーアの脳内は驚愕と動揺で一気に染め上げられる。
しかし驚愕と動揺で染まった脳内とは別の所で、今まで数十もの戦場を駆け抜けてきたシーアの経験が、今出せる最適解を漠然と身体に反映させた。
あまりの速度に避ける事は不可能。
であれば受けるか、迎撃か。
迎撃では魔力を溜める時間がいるだろう。この攻撃はそんな悠長な事をしている時間など与えてくれない。
受けるしか、ない。
思考は一瞬。
即座に魔法を身体に掛け耐久力を底上げし、余剰分の魔力を展開して魔力の盾へと加工する。
魔法を掛けるのはまだしも、魔力の盾などやった事もない。
しかしやらねば死んでしまう。ならばやるしかない。
今シーアが思い出しているのは、俺の全力右ストレートを魔力の盾で防ぎ阻害したフリーレンの一連の流れ。
あれをトレースし、深くイメージする。
慣れ親しんだ『
俺の具体的なイメージが功を奏したのか、魔力の盾を展開するのに成功した。
濃密な魔力の大塊とも呼べる盾が現れた瞬間、放たれた魔力の津波が俺と盾を一気に飲み込む。
これら全て、数瞬の間の出来事だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」
フリーレンの光線に飲み込まれた時とは全く違う。
あの時の攻撃は、例えるなら人体を焼け焦がすような火炎放射器の如き攻撃だった。しかし、この攻撃はそれとは質も量も数段階違う。
敢えて言うなら、これはレーザービーム。
火炎放射器など足元にも及ばない破壊の雷。
肉体を焼き焦がすのではなく、諸共吹き飛んでしまえと言わんばかりに俺の肉体を解かして行く。
ーー何だこの攻撃はっ……!!?
今までに晒された事のない超々強力な攻撃に、シーアは思わず死を覚悟した。
灼熱を超えた灼熱がシーアの全身を絶え間なく駆け回り、固く重い魔力の大津波がこの小さな身体を押し潰そうとのしかかる。
手足を満足に動かせない。
動かせないまま肉片をまるごと削られて行く。
ダメだ、このままじゃ……。
死んじまう。
「ん゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛!!」
膨大な魔力の津波を押し返すべく、全身から全力で魔力を放出し、威力を相殺しようと抵抗する。
しかし耐え難い激痛と極度の疲労、そして枯渇しかける魔力量によって徐々に押し負けて行く。
練り上げた魔力の盾は端から崩れ落ち、俺の身体の半分も覆えない程に小さくなってしまった。
身を護る最後の砦がなくなりつつある。
「……あ、がっ……か゛あ゛っ゛ーー!」
津波に飲み込まれた鼠に抗う術などない。
手足をばたつかせても、身体をくねらせ足掻こうとも、鼠が津波から抜け出す事なんて叶わない。
その先に待ち受けているのは、死だけだ。
純粋な"力"の奔流の中に、意識が消えそうになる。
このまま身を溶かす事が出来るなら、どれ程楽になるだろう。
もう痛い目に遭わなくていい。
もう苦しみに身を預けなくていい。
このまま死ねるなら。
このまま解けてしまえるならーー。
「う゛……る、さいッッッッ!!!」
うるさい。
うるさい黙れ。
認めない。
認められない。
お前は俺じゃない。
死を前にして大人しく諦めるお前は、俺なんかじゃない。
認めてたまるか。
諦めて、たまるかーー!
「…………ッッ!」
沈み込んだ意識がクリアに覚醒する。
俺はこの程度で終わっていい存在じゃない。
夢半ばで死ぬ訳にはいかない。
まだ何も為してない。
身体の奥から沸々と、抑え難い激情が湧いて出てくる。
その感情を抑圧する事なく、むしろ全身に漲らせて、振り絞ったなけなしの魔力と共に解き放った。
「俺はァァァ…………!」
迸る魔力が、俺を消し飛ばそうとする魔力をぶつかり合う。
魔力と魔力が拮抗し合い、ミクロの世界で互いを喰らって、ただ打ち勝とうとひたすら進み続ける。
激流に抗って攻撃を無理矢理通すには、あともう一押し足りない……!
カラッカラに絞った雑巾を更に振り絞って水分を抜くように、俺を構成する物の全てから魔力を振り絞り、一点に集中させる。
そして掻き集めに掻き集めた魔力を凝縮し、シーアの放つ攻撃に上乗せした。
解き放つ。
狙い穿つ。
ぶつかり合って、拡散する。
一点に凝縮され放たれたシーアの攻撃は、今まで彼の身体を痛ぶり続けていた攻撃を徐々に押し返して行く。
これはっ……! 打ち勝てるぞ……!
歯向かってくる魔力を全力で捩じ伏せているのが伝わってくる。
全てを薙ぎ払う破壊の奔流を押し返すのは、"力"を愛し"力"に愛された魔族の攻撃だった。
うねる魔力を全力で抑え付け、最後の一押しに魔法も掛ける。
「俺、はあぁぁぁぁッッッッ!!」
押し返されるのは予想外だったか。
一撃で仕留めきれないのは想定外だったか。
この俺の事を、俺が今まで散々殺して喰らってきた有象無象の雑魚共と一緒にするんじゃねえ!
この攻撃の主の顔を拝まないまま死んでいくなんてゴメンだ。
良いようにやられたまま終わりなんて死んでも認めない。
絶対に見つけ出して、その顔っ面ぶん殴ってやるーー!
「俺はッッ!! "力"だああああっッッッ!!!!」
純粋な"力"としか形容出来ない超々高密度のエネルギー波が、光の奔流を打ち破って飛び出し、そしてエルフの里を木っ端微塵に吹き飛ばした。
シーア君は力だそうです。自分が力だと本気で思ってる変態ですね。
フリーレン小説『前奏2』のネタバレ注意かもです。
フリーレン15巻と前奏2を早速買って読んでみました。
相変わらずめちゃくちゃ面白かったです。ただ、前奏2で描かれているミリアルデと、この作品のミリアルデにそこそこ差異がありましたね。ネタバレになるかもなのであまり詳しくは言えないですが。
原作の設定と乖離してしまうのは自分としてもかなり不本意ですが、ミリアルデについてはもう見ないふりをするしかありません……てかそれしかねえ! だってもう書いちゃったし! 今更変更できないし!
この作品のミリアルデは格闘キャラ!
この作品のミリアルデは格闘キャラ!
呑んだくれは体術つよつよキャラなんだ!!
フリーレン15巻と前奏2、興味のある方はぜひ購入して読んでみて下さい。超々面白いです。