「……で、何や、気になる情報っちゅうのは」
相変わらず、ロキは不機嫌そうに尋ねる。フォルトゥナはフィルヴィスの膝の上で、彼女が困惑するのも構わず甘えていた。その様子は微笑ましいが、その横で自分はこの男の相手をせねばならないと思うと、機嫌がよくなるはずがない。
「24階層でモンスターが大量発生している。……しかし、ギルドは情報を制限しているようだ。実は三週間ほど前にも、30階層で同じようにモンスターの大量発生があったらしい」
「ほう……」
ロキも真顔になった。『リヴィラの街』の襲撃の裏に、30階層から運ばれたという謎の『宝玉』の存在があったということは、ロキも聞いていた。その『宝玉』はモンスターを変異させる力を持つ、とも。
「……で、それをウチに伝えて、何をさせたいんや?……ウチはフォルトゥナと遊ぶのに忙しいんやぞ」
「ははは、何かわかったら知らせると言っただろう?他意はないさ」
このヤロウ、と内心で悪態をつく。【ディオニュソス・ファミリア】はLv.2――第三級冒険者を複数抱えるが、24階層の異常事態に対応できる戦力は無い。ロキを動かさなくてはどうしようもない、ということだ。
「……ところで、あっちの捜査はどうなっとるんや?自分のとこの団員が、三人殺されたってやつ」
ディオニュソスが例の『宝玉』――明らかにきな臭い何かに関わるこの事件に首を突っ込んでいるのは、彼のファミリアの団員が殺されたためである。それに対してはディオニュソスも真顔になり、重々しく答える。
「残念ながら、進展はない。……白状してしまえば、私の【ファミリア】では手に余る事件なのではないかと思っている。……だからこそ、今度の異常を見逃したくない」
ちょうどその時、ディオニュソスの言葉を遮るように、一羽の梟がロキの頭上に手紙を落として去って行った。フェルズの使い魔だ。
「…誰かの使い魔やろか?……そんでこの手紙は、アイズたんからか」
最後の署名を確認してから、ロキは内容を読み進める。内容は簡潔だった。「
「……この
読んだロキは天を仰ぎ、嘆く。救いはアイズがLv.6に昇格したことと、ノアが一緒の事か。あの二人なら、早々に死ぬような事態は起きないだろう。
「あー、誰か、ベートとレフィーヤ呼んで。至急や」
それでも援軍は出すべきだ、と判断したロキだが、間の悪いことに現在主力が出払っている。頼りになるのはこの二人くらいのものだ。異常事態に対応するには、少々心許ない。
「であれば、私の方からも出そう。フィルヴィス、お前も24階層に向かえ。…フィルヴィスは私のファミリア唯一のLv.3だ。24階層なら、少なくとも足手まといにはならない」
そう言われ、戸惑いながらもフォルトゥナの面倒を見ていたフィルヴィスが「なっ!?」と顔を上げる。ディオニュソスの護衛があると断ろうとしたが、ディオニュソスが押し切る。
「今はロキの信用が欲しい。信用は、行動で勝ち取らなくては」
フォルトゥナと違い、自分はまだ信用されているとは言えない。ディオニュソスが言外にそう言うと、ロキはにやりと笑う。
「ところで、フォルトゥナと親しいなら、彼女の眷族のノア・セファルについて、何か知らないだろうか?」
ベート、レフィーヤ、フィルヴィスが出撃の準備を進める中、ディオニュソスが一転して話題を変える。アイズと共に24階層に向かったという情報は伏せたが、先日のことで、気にしていない神はいないと言っていい。
「んー、あいつなら、さっぱりや。…フォルトゥナと戦争する覚悟があるなら、探ってみればええやろ」
答えられることはないと、ロキは少々おどけて返す。ディオニュソスはそれに「怖い怖い」と返して質問を打ち切った。フォルトゥナと戦争など、ノア自身も恐ろしいが、どの神が敵になるか判らないというのが最大の恐怖だ。……少なくとも、ロキは絶対に参戦してくる。
「フィルヴィス、頼んだぞ」
ディオニュソスは最後に、これから戦場に赴く自分の眷族に声をかけた。フィルヴィスも、真顔で頷く。
24階層までの道中は、滞りなく進んだ。
(【ヘルメス・ファミリア】…。個人の技量も、連携も高い…)
実力は【ロキ・ファミリア】の中堅と同等、あるいはそれ以上。Lvを偽って韜晦していた派閥の実態に、アイズは感嘆する。
普通の
「ひゃ~、強いなぁ~」
第一級冒険者であるアイズが強いのは、話に聞くだけでも分かる。しかし現実に目にすると、やはり凄い。ルルネからしたら、嫉妬も抱き様がないほどに。
だから、アイズのことは良い。問題は、もう一人の方だ。
「それにしてもさ、アイツ、本当に【剣姫】とタメ張れるほど強かったんだ……」
ノアはアイズに劣らぬ速度で、右の敵を殲滅して見せた。Lv.2とは思えない強さに、ルルネは戦慄すら覚える。ちなみにルルネはLv.3だが、間近で見てもノアに勝てる気は全くしない。
「………純粋な剣技だけでも、相当だよ」
この上にまだ魔法がある、という言葉を、アイズは呑み込んだ。ノアは【ヘルメス・ファミリア】に対しどこまで力を見せるべきか決めかねているのか、魔法はまだ使っていない。
(神ヘルメス相手だから、警戒する気も分からないではないけど…)
天界でも下界でも、世渡りが非常に上手い。誰にも友好的に接し、誰からも恨みを買わない要領の良さを持った神だ。一方で、そのため「神意が何処に在るのかわからない」と忌避する声も大きい。
「なあ、その剣、ちょっと貸してくれないか?見せてくれるだけでもいいんだけど」
ほどんど喋らないまま付いて来ているノアに、ルルネは物怖じせず話しかける。ノアの剣は
「無駄だ。【アスフォデル】は他人には使いこなせない」
銘の名が出た。それだけでもルルネの特攻は価値があった。「えー、いいじゃんかよー」と食い下がるルルネを放っておき、アイズはアスフィに体を寄せる。
「…【アスフォデル】という単語に、聞き覚え在りませんか?」
ノアまで届かぬように小声で聞く。それに対しアスフィはしばらく記憶を探った後に返す。
「……冥界、人が死んだ後に行く世界に咲く花の名前だったような覚えがあります」
ヘルメスがその辺りに詳しく、神界の話をした際に出てきたような気がする。アイズは礼を言い、元の位置に戻った。成程、『血のように赤い、禍々しい剣』には、ふさわしい名前と思える。
ルルネはなおもノアに食い下がり、遂には根負けさせて【アスフォデル】を手にした。しかしルルネの手に渡ると赤い輝きは消え、「分かったか」とノアが取り戻すとまた輝き始める。
どうやら個人を特定する
24階層では正規ルートにモンスターが溢れかえっていたが、アイズはそれを一人で倒してしまった。
そして24階層、
「生物…、いや、植物か…?」
誰かが呟く。明らかに無機質ではないそれは、『肉壁』と表現するのが正しい。何か、巨大な生物の一部。ともすれば植物のようだとも思えなくもない。
「……何であれ、
アスフィはこの『肉壁』の正体はともかくとして、状況の考察に頭を廻らせる。この『肉壁』のせいで
「と、いうことは…」
アスフィの分析は正しいだろう。【ヘルメス・ファミリア】の団員もそれを認め、嫌な顔をする。つまり、この気味の悪い肉壁を何とかしない限り、この事件は終わらない。
「一応、『門』みたいなものはあるけど…」
肉壁の中心には花弁が折り重なったような『門』、あるいは『口』のような器官がある。あるいは、植物だとすれば『気孔』か。
それを魔法で破壊し、一行は壁の中に向かう。
一方――。
「げ」
赤光に照らされる不気味な大空洞で、シュリは声を上げた。当たって欲しくない想像が当たってしまったのだ。
肉壁の一部、青白い水膜には、ここではない場所の光景が映し出されていた。その中に、ノア・セファルの姿がある。
「侵入者…、かなりの手練れだな」
白骨で作られた兜をかぶる男が言う。食人花の群れでも止められないところを見ると、迷い込んだということはないだろう。ギルドが異常事態解決のため派遣した精鋭部隊、と見るのが妥当だ。
「あら、彼女、【剣姫】じゃないかしら?」
アイズの姿を確認した、白髪に血のような赤い瞳をした女が言う。一瞬場がざわめいたが、他のメンバーを見ると【ロキ・ファミリア】の精鋭部隊ということはなさそうだ。
「『アリア』だ。……私が行く。『アリア』を周りの奴等から引き剥がせ」
もう一人の赤髪の女が言う。その声に仮面の男が大きく反応したが、そんなものはシュリにとってどうでもいい。
「レヴィス、一人で大丈夫?相手はあの【剣姫】よ?」
「先日手合わせはした。問題ない」
白髪の女の確認に、レヴィスと呼ばれた赤髪の女は不愉快そうに答える。任せろと言うのだから、任せればいいだろう。
「ミリス、それよりやばいのは、この男の方」
ミリスと呼ばれた白髪の女が、水膜をのぞき込む。シュリが指さした先では、ノアが剣を振るって食人花を撃退していた。
「ノア・セファル、だったかしら?Lv.2でありながらシュリとビラクが軽くあしらわれた相手ね」
34階層の一件といい、ノアがギルドと秘密裏に繋がっているのは、もはや疑いようはない。
「ヴァルド、サリオス、シュリ。あなたたちで相手しなさい。…他の連中は、私が始末する」
「……なあ、怖い想像してもいいか?もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……、私達、化物の
ルルネの恐ろしい独り言に、団員達から非難轟々の嵐が起きる。誰もが心の中では思い、あえて考えないようにしていたのだ。
「………」
無言でいたのは、ノアだけだ。例えそうであろうが、無事脱出できる自信があるからだろう。そのノアに、アイズが近づく。
「あなたの見解を聞きたい」
「……人以外の、『何か』が関わっている」
その意見には、アイズも同意する。この状況は、どんな魔法だろうが実現できるレベルを超えている。そしてそれ以上を喋らないところを見れば、ノアにも答えはないのだろう。
今、自分たちが挑むのは、完全なる『未知』。アイズはその認識を新たにした。
ようやく主人公の剣の銘が出せました。(正体はまだ先ですが…)
まあ、ゲームならよくある系の武器です。