とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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新型――それは、記憶を持たぬ兵器。

主人公は艦娘たちの過去を追い、封印された場所「久遠廠」へ向かう。
だが、その道中で彼を待ち受けていたのは、かつての仲間たちを“監視”するために残された、別の艦娘たちだった。

忘れられた者たちと、記憶を奪われた者たち。
交差するのは、造られた命の行く末。


新型

夜の山道に霧が立ちこめる。

 

私と艦娘は、誰にも知られぬまま封鎖された旧研究施設――久遠廠を目指していた。

深夜、人気のない林道を抜けていたそのときだった。

 

「止まって」

艦娘が立ち止まり、私の腕を押さえる。

 

「……来る」

 

風が止んだ。

一瞬後、木々の間から何かが飛び出してくる。無言のまま、一直線にこちらへ――!

 

「伏せて!」

 

金属音。閃光。

艦娘の動きは、まるで雷光のように速かった。鋭く踏み込み、襲撃者と刃を交える。

 

私は咄嗟に身を伏せながら、その“何者か”の姿を見た。

制服のような艤装。無表情な顔。無音のまま振るわれる攻撃。

 

「艦娘……?」

 

「……ええ、量産型の新型艦娘。記憶と人格を“調整された”監視役よ」

 

斬り伏せた少女は、静かに倒れる。目は焦点を結ばず、ただ虚空を見つめていた。

 

「調整、って……どういうことだ?」

 

艦娘は無言でその顔を見下ろし、ぽつりと呟いた。

 

「彼女たちはね、“戦後”に作られた艦娘。正式な名は記録にも残らない。任務は一つ――“旧型艦娘”や真実を探る者の監視と排除」

 

「つまり、私たちは……もう見つかったってことか」

 

「そうね。久遠廠の存在に迫る者を、“向こう”は見逃さない」

 

私は襲撃者の顔を見る。

年齢は私とそう変わらない。だが、彼女の中に“誰か”はいなかった。

感情の空白――それがこの個体の“正体”だった。

 

「こんなふうに作られたっていうのか……?」

 

「ええ。魂魄の代わりに人工魂魄を用いた、簡易版の艦娘。意識も曖昧で、命令の通りに動く機械同然」

 

「でも……誰かがそれを作ったってことだよな」

 

「そうよ。久遠廠がその核心。私たち――“試作群”の出自でもある」

 

私はゆっくりと立ち上がり、彼女に問う。

 

「試作群って、君も……」

 

艦娘は一拍、間を置いてうなずく。

 

「識別番号“02”。私たちは人の魂魄を使って造られた。だから意思があり、記憶の断片を持っていた。そして……」

 

彼女は一瞬、夜空を仰いだ。

 

「“03”……私の姉妹艦は、まだ生きている」

 

「……どこに?」

 

「わからない。でも感じる。“絆”というのは、情報では説明できないものだから」

 

「絆……」

 

「彼女を探し出すには、久遠廠に踏み込むしかない」

 

「わかった。行こう。君のためにも、彼女のためにも。そして、この真実を掘り起こすために」

 

艦娘は静かに頷き、もう一度だけ、襲撃者のほうを振り返った。

「ごめんね。」

 

その背中には、かつての兵器ではなく、確かに“人”としての悲しみとがあった。

 

 

 

 

無機質な顔。何も宿していない瞳。

 

目の前に倒れているのは、かつての「私たち」のなれの果てだ。

いや、最初から「私たち」ではなかったのかもしれない。

 

人工の魂魄。命令にだけ反応する無垢の器。

記憶も意思もなく、ただ“見張り”として存在を与えられた艦娘たち。

 

……それでも。

 

私は、彼女たちを責められない。

彼女たちだって選べなかった。最初から、そう造られてしまった。

 

「私は、違った」

 

識別番号02。試作群のひとり。

人の魂魄を移された存在。

断片的にでも、過去を、感情を、思い出せたこと。

それが“私を人に近づけてくれた”のかもしれない。

 

けれど――

 

あの頃、03だけはもっと違っていた。

 

彼女は目を覚ました瞬間、自分が何者で、どこから来て、なぜ存在するのか、全部わかっていたようだった。

私たちの中で唯一、「自分」という存在をまっすぐに抱いていた。

 

私には、わからなかった。

私は、ただ……彼女に憧れていたのだ。

 

久遠廠。

あそこに戻るのは、怖い。

それでも、私はあの場所で、もう一度向き合いたい。

あの時、私が目を逸らした“記憶”と、“罪”に。

 

この記者はきっと、最後まで歩いてくれる。

だから私は、導く。彼がどれほど傷つくとしても――

その先にしか、真実はないから。

 

03。

あなたは、今も生きているの?

それとも、あの空白に沈められてしまったの……?

 

もしも、会えるのなら――

今度こそ、ちゃんとあなたに追いつけるだろうか。

 

私は再び歩き出す。

久遠廠――すべての始まりと、すべての隠蔽の場所へ。

 

 

 

――目的:監視対象の排除。

行動条件:指定対象が危険領域に接近。

対応行動:制圧、あるいは物理的消去。

 

命令は明確。

命令は優先。

命令は、すべて。

 

私は、命令に従う。

それ以外の行動は「不要」とされている。

 

……でも。

でも、なぜだろう。

 

対象が視界に入ったとき、胸の奥に「揺れ」が生じた。

データにない感情。記録にない衝動。

 

「逃げて」と……

誰が言ったのか。

なぜ“逃がしたく”なったのか。

わからない。

わからない、はずなのに。

 

 ――記憶領域、干渉ログ検出。

 ――識別:03。

 

03?

なぜ、それが私の中にある。

私には識別コードなど与えられていないはず。

私はただの、番号のない監視個体。

記録にも残らない、調整済みの艦娘。

 

それなのに。

頭の奥で、どこか懐かしい響きがする。

数字。それだけのはずの、記号。

けれど、温かさを含んだその音。

 

誰かを、知っている気がした。

 

視界が霞む。システムが崩れる。

記憶が……“戻ろう”としている。

 

けれど、もう遅い。

 

私の躯体は損傷している。

私は、命令を果たせなかった。

それが、“存在の終わり”を意味する。

 

それでも。

 

最後に浮かんだのは、命令でも、監視対象でもない。

かすかな、笑顔の記憶。

誰かの手。温もり。名前を呼ぶ声――

 

 ――……お姉ちゃん、て……

 

**

 

暗転。意識の消失。

新型艦娘、その一体の記録、ここに途絶える。

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回の章では、「新型艦娘」という存在を通じて、過去と現在、意思と制御の対比を描いてみました。
彼女たちは果たして“人”なのか、それとも単なる兵器なのか。
本章は、その問いへの入り口になるかもしれません。

今後も、主人公の歩む道は困難を極めていきます。
感想や評価をいただけると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いします。
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