とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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封印された過去に触れるとき、真実はしばしば凶器となる。
消された記録、語られぬ言葉、そして失われた命。
主人公はついに「久遠廠」と呼ばれる艦娘創生の原点へとたどり着きます。
そこに残されていたものは、希望か、それとも絶望か――。
過去に向き合うための旅が、今、深層へと進みます。



久遠廠

久遠廠――その名は既に公式記録から抹消されていた。

だが、実際には施設は完全には破壊されず、町の外れの森の奥に、朽ちた廃墟として静かに息をひそめていた。

 

私たちは夜陰に紛れ、誰にも知られぬよう慎重に敷地内に足を踏み入れた。

コンクリートの壁はひび割れ、鉄の扉は錆びついていたが、確かにそこには「何か」が眠っている気配があった。

 

「ここが、艦娘計画の“原点”か……」

 

艦娘は無言で頷いた。

彼女の表情には迷いも恐れもなく、ただ確かな記憶の痕跡が浮かんでいた。

 

構内は想像以上に広く、廊下は複雑に入り組み、崩れた天井から埃が舞っていた。

瓦礫を踏むたび、わずかに音が反響し、そのたびに私の胸は高鳴る。

誰かに見られているような、得体の知れない視線を感じていた。

 

「ここには……まだ記録が残ってるのか?」

 

「表に出せない記録ほど、深く隠される。あの隠し部屋が無事なら、真実に近づけるかもしれない」

 

彼女は一つの壁際で立ち止まり、埃を払いながら床を叩いた。

何度目かの打音の後、床板の一部がわずかに浮き上がる。

 

「ここだ」

 

開かれた床下には、地下へ続く錆びた階段がのびていた。

息を詰めながら、私たちは闇の中へと降りていく。

 

地下には、白いタイル張りの無機質な処置室のような空間が広がっていた。

手術台、壊れたガラスケース、錆びた培養槽――そのすべてが、まるで時間を止めたままそこに遺されていた。

 

艦娘は金属棚に並べられた記録ファイルの一冊を手に取り、私に差し出す。

 

「読んで」

 

ページをめくると、記録にはこうあった。

 

試作個体01:適合(機密)

  試作個体02:保留(監視下)

  試作個体03:不明(所在記録抹消)

  試作個体04:制御不能・破棄

  試作個体05:適合(記録封印)

 

さらに別のファイルにはこう記されていた。

  

  【02号個体:現在も行動可能状態。自律性と記憶保持傾向あり。引き続き監視対象】

【04号個体、処理中に“断末魔に似た発声”。記録不能】

【03号個体、凍結後、行方不明。知識保持能力高。警戒対象】

 

手が震える。

これは実験の、いや、もはや“虐殺”に近い記録だ。

 

「……これは……」

 

「これが、私たちの始まり。そして、終わった子たちの記録」

 

艦娘は静かに言った。

その声はかすかに震えていたが、それでも眼差しはまっすぐだった。

 

「試作群の中で、03だけが“何か”を知っていた。彼女は最初から、私たちが何なのかを理解していた」

 

「……だから、消されたのか?」

 

艦娘は言葉を返さなかった。ただ、一歩だけ私の隣に寄った。

 

「私にはわかる。03は……まだ生きている。私たちは“姉妹艦”として造られた。わかるんだ、彼女がまだ、どこかで動いていることが」

 

私が口を開こうとしたその時――階段の上から、微かな気配が落ちてきた。

 

「誰か……いる」

 

私たちは目配せを交わし、急いでファイルをバッグに押し込んだ。

闇の中、静寂が一瞬、音を飲み込んだ――

 

そして、私たちは再び、真実の奥へと踏み込んでいく覚悟を決めた。

 

 

 

「……静かすぎるな」

 

私がそう呟いた直後だった。

 

廊下の奥から、金属を踏み鳴らすような足音が響いた。ひとつ、ふたつ……それはすぐに複数へと増え、不気味なリズムを刻みながらこちらに近づいてくる。

 

「来たか」

艦娘――02号は、すでに腰を落とし、警戒の構えを取っていた。

影がひとつ、またひとつ、廊下の奥に現れる。無表情な瞳、機械のように同調する足取り。

 

調整された新型艦娘たちだった。

 

「記録の閲覧は許可されていません」

「対象、排除を優先します」

 

それぞれの口から、まるで録音されたかのような言葉が重なった。

 

「逃げろ」

02号は短く言った。

 

「でも――」

 

「いいから走れ。ここから先は、私の仕事だ」

彼女の声は冷静で、だがどこか優しさがにじんでいた。

 

「今なら間に合う。資料室の裏に抜け道がある。そこを出たら、北棟の階段を使え」

 

私が躊躇していると、彼女は一歩前へ踏み出し、手にした兵装を展開した。

艤装が静かに光を放ち、彼女の背に装着される。

 

「お前がここまでたどり着いた意味を、無駄にするな」

 

「……必ず戻ってきてくれ」

 

「約束はできない。でも、信じろ。03を……見つけて」

 

言い終わるや否や、彼女は振り向かずに突撃した。

 

砲撃音。閃光。金属の軋む音と怒号が、背後で交錯する。

 

私は走った。振り返ることもできず、ただ、彼女の想いを胸に刻んで。

 

 

 

 

02号が囮として走り去っていった後、私は彼女の言葉どおりに資料室裏手の抜け道へと身を滑り込ませた。

通路は狭く、壁面には剥がれ落ちたコンクリートの欠片が転がっている。照明も切れかけており、まるでこの場所そのものが時代に置き去りにされたかのようだった。

 

やがて、通路の先に小さな鉄扉が現れた。錆びついた取っ手を力任せに引くと、鈍い音を立てて扉が開いた。

そこは明らかに他と空気が異なる空間だった。

 

低く重い匂い。鉄と薬品と、乾いた血のようなにおい。

白いタイル張りの床はところどころ剥がれ、黒ずんだ染みが無数に残っている。

 

「……ここだけ、封鎖されていたのか」

 

室内の一角には鍵のかかった金属製のキャビネットがあった。私は近くに転がっていたバールを使い、無理やりこじ開けた。

中には無造作に押し込まれた紙の束。巻かれた布を外すと、そこにはファイルが数冊――すべて軍用の標準フォーマットでまとめられていた。

 

《極秘実験記録:試作群》

 

震える手で開いたその最初のページには、こう記されていた。

 

「試作群00~05 識別情報、適合・不適合・保留。人格安定率の記録。魂魄転移成功率。」

 

次のページには、淡々と記された記録が続く。

 

00:適合。行動試験へ移行。人格安定率72%。

01:適合(※機密指定)。人格構成特異。移送済。

02:保留。戦闘能力安定せず。後日再試験。

03:不明。転移後、人格の逸脱反応あり。記録途絶。

04:不適合。魂魄結合不全。処分済。

05:適合。性格反応乏しい。命令従属性高。

 

「03……やはり、どこかで生きているのか」

 

記録はそれ以上語らなかった。しかし、そこに残された空白と、妙な言い回しの数々が、ただの技術文書以上のものを物語っていた。

とりわけ「人格の逸脱」「記録途絶」といった語は、何かが意図的に隠された痕跡に見えた。

 

私は手帳を取り出し、要点を写し取りながら、思わず呟いた。

 

「ここは……ただの研究所じゃない。人を兵器にするために、“魂”そのものを弄んだ場所だ……」

 

隠された部屋の最奥には、一台の古びた映写機と、それに繋がれた箱があった。開けてみると、そこにはフィルムが一本――見覚えのある記録映像だった。

かつて彼女が見せてくれた、培養槽に沈む少女たちの映像。

 

だが、これは“完全版”だった。

そこには、眠る少女たちの中に、明らかに02号と同じ顔、そして記録上「03」と記された個体が、隣同士で映っていたのだ。

 

「姉妹艦……」

 

その言葉の意味が、ようやく私の中で現実となって迫ってくる。

彼女たちは確かに“生まれた”のだ。人の意思によって。人の欲によって。

そして03号――消された者――は、今もどこかに存在している。

 

私は手帳を閉じ、キャビネットの中から記録一式を抱えると、再び薄暗い通路へと足を踏み出した。

 

彼女のために。03のために。

そして、この“久遠廠”で何があったのか、全てを明らかにするために――。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本章では、主人公が“艦娘”という存在の出発点に踏み込み、
今まで断片的だった真実が、より生々しく、より重く、その輪郭を現しはじめました。

久遠廠での発見、そして仲間の犠牲――
物語は、さらなる闇へと足を進めていきます。
ぜひ、次章もお付き合いいただければ幸いです。
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