とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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久遠廠での邂逅と犠牲。
封印された記録の奥底に浮かび上がる「03号」の存在。
誰も語らず、誰にも知られず、それでも確かに“いた”という確信だけを胸に、主人公は新たな地へと足を運ぶ。

本話では、記録の海に沈められたひとつの痕跡――「名残町」に辿り着いた彼と00号の姿を描きます。
これは、忘却された兵器たちが残した記憶の断片を拾い集める物語。

もう「なかったこと」にさせないために。
そして、03号の“意志”に辿り着くために。



03の足跡

夜明け前の空は、まだ沈黙を保っていた。

私は、00号――“名前のない艦娘”と共に、久遠廠を後にした。

 

廃墟の奥で見つけた記録。

それらは間違いなく、03号が“存在していた”ことを証明していた。

 

彼女は静かに目を開け、真っ直ぐにこちらを見つめていたその瞳の奥には、言葉よりも先に「意志」があった。

 

「03号を探す」

 

それが、私たち二人の唯一の目的になった。

港町。

公式には廃止されたはずの倉庫群が、なぜか管理記録だけが現在も“更新”されていた。

 

「03は……そこで何を見たのか。あるいは、そこに眠っているのか」

 

00号は、何も言わなかった。ただ、隣で静かに歩いていた。

 

どこか不安定で、あどけなさすら残る彼女が、それでも私の歩みに合わせて歩いていること。

それが、奇妙な安心感を与えてくれた。

 

私は決めていた。

この真実を、たとえどんな代償を払ってでも掘り起こす。

そして――もう二度と、誰かが「なかったこと」にされることのないように。

 

私たちは北へ向かった。

手に入れた記録の中には、いくつかの地名と移送経路が断片的に残されていた。

明らかに封印された記述も多い。だが、ひとつだけはっきりと読み取れる場所があった。

 

「名残町(なごりちょう)」

 

旧海軍の残存施設が点在し、一時的に艦娘の保管・移送に使われたとされる小さな

かつて記録の海に沈められた艦――“03号”の痕跡を探すために。

 

 

 

夜の闇が名残町を包み込む。錆びついた倉庫群は、過去の記憶をひっそりと抱え込み、静かに私たちを待っていた。

 

私は00号。名前も持たず、ただ“試作群”のひとりとして生まれた――それでも、私はここにいる。あの“03号”のために、そして自分のために。

 

「ここに……彼女の痕跡があるはずだ」

 

震える指で古びた扉を押し開けた。埃と錆の匂いが鼻をつく。壁の落書きのような軍用標識は色褪せ、忘れ去られた時間を映し出している。

 

倉庫の奥で見つけた一冊のファイル。表紙にはかすかに「03号」の文字。手に取ると、胸の奥が締めつけられる。

 

ページをめくるたび、断片的な記録と手書きのメモが私の心に突き刺さる。

 

「特異な精神活動……戦闘データ異常……最後の作戦行動……」

 

彼女は、ここで何を見て、何を感じていたのだろう。

 

心がざわめく。胸の中の“何か”が疼き、引き裂かれそうになる。

 

その時、背後から響く冷たい足音。機械的なリズムが、私の心拍と同期してしまいそうだ。

 

影がゆっくりと現れ、無表情な眼差しで私を狙う。

 

「排除対象、確認」

 

その冷たい声が、私の心に深く刺さる。

 

私が囮になれば、彼は逃げられる――

 

だとしても、私はこれまでどれほどの“囮”を演じてきただろう。

 

逃げてほしい。必ず帰ってきてほしい。

 

でも、私にはわからない。私自身の未来も、彼の未来も。

 

震える手で艤装を展開する。鋼鉄の音が私の決意を代弁している。

 

「私は……負けない。彼のために、あの子のために」

 

砲撃が鳴り響き、私の身体を貫く痛みすら、意志の炎で燃やし尽くす。

 

振り返れない。振り返る余裕もない。

 

私たちの使命は、まだ終わらない。

 

──私は、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。

 

 

 

00号が囮となって襲撃を引き受けてくれたおかげで、私は辛くも生き延びることができた。

 

彼女が背を向け、闇の中へ突進していく姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

「お願いだ、無事でいてくれ……」

 

心の中で叫びながら、私は全力で逃げた。

 

背後で響く金属の軋みと、怒号が混じる戦闘音は、まるで地獄の叫びのようだった。

 

そして、私はあの場所から離れた後、初めて立ち止まり、深く息をついた。

 

胸の中にぽっかりと穴が開いたような感覚。

 

00号はもうここにはいない。いや、いるはずなのに、今は遠くに感じる。

 

でも、彼女が守ってくれた時間は確かにあった。

 

だから私は、この先へ進む。

 

彼女が私に託した思いを背負って。

 

03号の行方を追い、真実を暴くために。

 

00号が囮となり、敵の目を逸らしたその瞬間から、

 

私の戦いは始まったのだ。

 

 

 

深呼吸を繰り返しながら、私は先に進む決意を固めた。

 

久遠廠で手に入れた資料と、00号が示したわずかな手掛かりを頼りに、私は名残町の外れにある廃屋へと足を運んだ。

 

そこは今は使われていないはずの施設だったが、奇妙なほどに管理記録だけが継続的に更新されている。

 

錆びついた扉を押し開けると、埃まみれの空間が広がっていた。

 

だが、その中に埋もれていた古びた書類と映像記録に、私は震えた。

 

そこには確かに、03号の名前と移送記録があった。

 

“○○港倉庫 収容記録 識別番号03”

 

だが、それ以上の情報は隠され、深く封印されているようだった。

 

私の手は震え、目の前の断片的な事実が、ますます謎を深めていく。

 

「お前はどこにいる……?」

 

声にならない問いかけが胸を締めつける。

 

03号の姿はまだ見えない。

 

けれど、この痕跡が示す先に、きっと彼女はいる。

 

私は背筋を伸ばし、もう一度決意を新たにした。

 

どんなに遠くても、どんなに暗くても、私はあきらめない。

 

03号を見つけるまでは――。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本話では、名もなき艦娘=00号の視点を通して、彼女たちが背負わされた「役割」の重さ、そして無名であるがゆえの痛みを描かせていただきました。

今話から新たな探索編が始まります。
03号の痕跡を追う中で、主人公がこれまで以上に“孤独”に向き合わなければならない章でもあります。

次回では――
失われた“姉妹”たちの記憶に、もう一歩近づくことになります。
どうか、引き続きお付き合いください。

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