久遠廠での出来事を経て、私は再びひとりで歩き出す。
00号の想いと共に辿り着いた旧倉庫の地下には、消されたはずの記録と、ひとりの少女の足跡が残されていた。
これは、失われた記録と、隠された意志に触れる物語の続き。
「○○港倉庫 収容記録 識別番号03」――
廃屋に残されていたその一文を頼りに、私は名残町を後にした。
00号。
名前を持たず、記録の中でさえ存在を消されかけていた“彼女”は、私のために、そして何よりも03号のために、あの夜、囮となって闇へ消えた。
……彼女の意思は、確かに私の中にある。
それを裏切らないためにも、私は進まなければならない。
次に向かうのは、旧日本軍が物資の集積地として使用していた港――今は「廃止」とされた補給拠点。
だが、管理記録は不自然なほど“現在進行形”で更新されていた。
誰かが、あるいは何かが、今もその倉庫を使っているということだ。
冷たい風が潮の香りを運び、廃れた埠頭に波の音だけが響いている。
ここに、03号の痕跡が残されていると信じたい。
そして、00号の“姉”である彼女が見たもの、選んだ道、そのすべてを私は見届けなければならない。
ゆっくりと、私は倉庫の扉に手をかけた。
――開けてしまえば、もう戻れない気がした。
倉庫の扉は重く、軋む音を立てながらゆっくりと開いた。
中に足を踏み入れると、埃と潮気が混ざった空気が、鼻の奥をついた。
「……何もない?」
コンクリートの床には、幾重にも積もった埃。足跡ひとつなく、壁に掛けられていた古い掲示も、色褪せて文字すら読めない。
天井の配管は錆びつき、電源も切られている。
かつてここが補給拠点だった面影は、ただ朽ち果てた骨組みとして残されているだけだった。
資料にあった「収容記録」は、偽情報だったのか――
その考えが脳裏をよぎり、私は静かに息を吐いた。
けれど、00号が託してくれた希望を、ここで簡単に否定するわけにはいかない。
「……もう少し、調べてみよう」
壁を叩き、床を照らし、備品棚の奥にまで手を伸ばす。
何も出てこない。無数の空箱と、カビの生えた書類、そして使われていない工具だけ。
それでも、私は諦めずに歩いた。00号の姿が、ずっと背中を押してくれている気がした。
そうして倉庫の最奥、半ば崩れかけた積荷の山の裏側に――
「……これは?」
床に、わずかな段差。しかも、その一部だけ埃が不自然に薄い。
しゃがみ込んで触れると、そこは鉄板で、下に向かって手をかけられる窪みがあった。
「表に出せない記録ほど、深く隠される。」か。
私は息を呑み、そっと蓋のような構造物を持ち上げる。
ギィ……と錆びた音が倉庫に響く。
そこには、黒くぽっかりと口を開けた地下への通路があった。
「……隠されていたのか、これは」
真っ暗な階段が、静かに地下へと続いていた。
まるで“なかったこと”にされた記憶が、そこに封じられているように感じた。
私はライトを取り出し、慎重に足を踏み入れる。
闇の底で、確かに何かが待っている――そんな確信とともに。
階段を降りた先、私は地下の空気に押し潰されそうになった。
冷たく、重い。長年封じ込められていた記憶の匂いが、空間そのものに染み込んでいるようだった。
照らし出されたのは、狭い廊下といくつかの扉。そして、その先に並んでいたのは――使用された形跡のある収容室群だった。
扉には識別番号が刻まれていた。
剥がれかけたプレートのひとつに、私は目を凝らした。
「03」
震える手で扉を開けた。
そこには、確かに人が“いた”痕跡があった。
金属床には、擦られた跡と血のような褐色の染み。
壁には、かすかに刻まれた線――何かを数えるように刻みつけられた痕跡。
そして、部屋の角には破れた拘束具が放置されていた。
「ここで、彼女は……」
ただ“収容”されていたのではない。
彼女はここで、抵抗していた。
生きることを、忘れないようにしていた。
部屋の片隅、古びた記録端末が埃にまみれていた。
通電を試みると、ゆっくりとファンが回り、ディスプレイに映像ファイルの残骸が現れる。
再生された映像には、03号と思われる少女が映っていた。
収容室の中で、動かない身体を横たえながらも、目だけがこちらを見据えていた。
その目は、ただの兵器のものではなかった。
怒りでもなく、哀しみでもない――**「問い」**があった。
「なぜ私はここにいるのか」
「なぜ私は、戦わなければならないのか」
映像の最後、彼女は起き上がり、収容室のドアに手をかける。
その瞬間、映像はノイズで途切れ、記録は切断されていた。
「逃げた……?」
私は室内を改めた。
ドアの施錠は、何らかの外的衝撃で破られていた。
内部から。拘束具は引き千切られた形跡がある。
ここで確かに、03号は“意志”を持って脱走したのだ。
ファイル棚に残されていた紙記録にも、奇妙な一文が走り書きされていた。
「03号:XXXX 記録日時欠損 痕跡保全禁止 封印指示」
封印。痕跡の隠蔽。
まるで彼女の存在そのものが、組織にとって「都合の悪い真実」であったかのように。
私はその紙をファイルに挟み、手帳に走り書きする。
彼女はここにいた。
ここで眠らされ、目を覚まし、そして――逃げた。
私は再び立ち上がった。
00号が言っていた“生きている”という言葉が、脳裏に強く響く。
「君は、まだどこかにいる。必ず、見つける」
封印された施設。残された意志。
私は今、ようやく彼女の「存在」に手が届きかけていた。
そして、それは同時に――この世界が隠した最大の闇に、私自身が足を踏み入れている証でもあった。
03号が“確かにそこにいた”痕跡を、主人公は目にしました。
ただのデータでも、ただの数字でもなく、意志を持ち、抵抗し、脱出した少女の記録。
それは彼女が単なる兵器ではなかったことを示し、同時に、この計画の歪みを照らし出す鍵でもあります。
次回、主人公は彼女の“脱走”の意味と、その先にある真実へとさらに踏み込んでいきます。
ご期待ください。
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