艦娘と深海棲艦の戦いは終わった――しかし、終わったはずの戦争の裏で、語られることのなかった秘密が静かに動き出します。
かつての提督の証言は途絶え、真実は霧の中。
残されたわずかな手がかりと、不穏な影。
読者の皆様には、この揺らぐ真実の謎を、自らの目で確かめ、解き明かしていただきたいと思います。
新たな物語の幕開けに、どうぞお付き合いください。
「ここまでは公表されている通りですよね」
彼は静かに頷いた。
「ええ、そうです」
その瞳の奥には、言葉にできない重みがあった。
「だが、それ以上のことは……」
彼は言葉を詰まらせ、少し顔を背けた。
「機密で、話すことは許されていません。ましてや外部の者に向けてなど、絶対にありえません」
部屋の空気が一層重くなった。
しかし、しばらくの沈黙の後、彼は小さく息をつき、こちらを見据えた。
「それでも、君は真実に近づきたいのでしょう? それなら、私にできる範囲だけは伝えようと思う」
私は緊張で心臓が高鳴るのを感じた。
「ぜひ、教えてください。どんなに小さなことでも構いません」
「私から伝えられるのは一つ。艦娘が誕生した年については、公にされている情報とは異なる、と言うことです。」
私の心臓が跳ね上がった。
「詳しいことは話せません。機密事項だからです。」
これを知ったのは偶然だったという彼の目は、どこか悲しそうだった。
しばらく沈黙が流れた。
坂巻はカップを持ち上げ、口をつけた。
静かにそれを置くと、少しだけ視線を外したまま、低く口を開く。
「……知ってしまったんだ。ほんの偶然で、な」
「誰にも言うなって釘を刺されたし、俺もそのつもりだった。だけど……」
一拍置いて、視線が私に戻る。
「お前が真実を追ってるって聞いて、黙ってるのもしんどくなったんだ」
「全部は言えない。だが、ヒントくらいは渡せる」
彼はわずかに笑った。だがその笑みは、乾いていた。
「艦娘が誕生した年。公式に発表されてるあれは、ウソだ」
「本当は──もっと、ずっと前の話なんだ」
「……想像より、ずっとな」
「ずっと昔、ですか?」
「そうだ。あれは対策チームが作ったものじゃない。それよりも前の――」
「失礼します」
静かに、だがはっきりとした声が割り込んだ。
振り返ると、先ほどの少女がいつの間にかドアの前に立っていた。
「どうした?」
「司令、お時間です」
坂巻は怪訝な顔で腕時計を見た。
「今日は特に予定はなかったはずだが……」
「司令、お時間です」
少女は同じ言葉を繰り返した。
その表情は笑っているのに、どこか温度がない。
まるでプログラムされた機械のように、目だけがこちらを見ていないようにすら感じられた。
少女の言葉に坂巻は一瞬、何かを考えるように目を伏せた。
それから、ふっと小さくため息をつく。
「……すまない。話はここまでだ」
「え?」
「これ以上は、本当に口外できない。いや……してはならないんだ」
その言い方には、どこか言い訳めいた、あるいは誰かを気遣うような響きがあった。
「では、今日はここまでにしましょう」
坂巻は穏やかな笑みを保ったまま、私に向かって軽く頭を下げる。
立ち上がった私を、少女が出口まで案内する。
その途中、少女がふいに振り返った。
「記者様」
「はい?」
「……あまり、深入りなさらない方がよろしいかと。あまり好ましくないことが起きるかもしれませんよ」
言葉の意味を図りかねて黙っていると、少女はニコッと笑った。
「――冗談です」
その笑顔は、あどけないはずなのに、どこか冷たい光を帯びていた。
扉が静かに閉まり、私は無意識に喉を鳴らした。
帰路の途中、私はふと違和感を覚えた。
あの少女――秘書と言うには若すぎる、あの少女は、いつからドアの前に立っていたのだろうか。
ドアの開く音も、閉じる音も、私は聞いていない。
いや、そもそも――彼女がいつ、あの部屋に入ったのかさえ思い出せない。
静かに微笑んで、コーヒーを差し出し、出て行ったはずだ。だが、そのあと彼女がどこにいたか、私は何一つ記憶していない。
まるで気配そのものが存在しなかったかのように。
まるで、最初から部屋の一部だったかのように。
彼女は何者なのだろうか。
そして、最後に残した言葉。
「深入りなさらない方がよろしいかと。好ましくないことが起こるかもしれませんよ」
――冗談です。
冗談。それは確かに、そう聞こえた。だが。
あれは果たして、本当に冗談だったのだろうか。
あの言葉は――警告だったのではないか。
坂巻への取材から数日。
私は社内の執務室で、艦娘の登場年に関する疑問点を整理し、調査用の草稿を打っていた。
鍵のかかった室内。深夜の編集部。人の気配はない。──はずだった。
不意に、背筋を何かが撫でた気がした。
誰かに見られている。
視線のようなものが、確かに背中に突き刺さっているのを感じた。
ゆっくりと振り返る──だが、そこには誰もいない。
窓も閉まっている。廊下にも人影はない。
けれど、確かに“気配”はあった。
視線というものに重さがあるのなら、これは確かに“重い”。
頭の奥に何かがひっかかるような不快感。
呼吸が浅くなり、キーボードを打つ手が止まる。
まるで、ここにいてはいけない──そう告げられているようだった。
あの少女の言葉が、また脳裏をよぎった。
『好ましくないことが起こるかもしれません──冗談です』
あれは、冗談ではなかったのかもしれない。
私は再び坂巻氏との面談を求め、連絡を試みた。
しかし──電話は、何度かけても「現在使われておりません」という機械的な声を返すだけだった。
メールを送っても、返信はない。
既読にもならない。まるで、忽然と姿を消したようだった。
気になった私は、直接、坂巻氏のもとへ向かうことにした。
インターホンを押しても、反応はない。
呼び鈴の音が空しく玄関先に響くだけだった。
仕方なくドアノブに手をかける。
すると、あっさりと――鍵は開いていた。
不審に思いつつも、私は恐る恐る中へ足を踏み入れた。
あの応接室。あの静かな空間。
だが、そこにあったのはまるで最初から誰も住んでいなかったかのような静寂だった。
空気は澱んでおらず、家具も埃ひとつない。
それなのに、生活の気配がどこにもなかった。
室内を探索していると、やがて坂巻氏の私室にたどり着いた。
そこには最低限の家具が置かれているだけで、生活感はまったく感じられなかった。
静まり返った部屋の中で、唯一響くのは自分の足音だけ。
ふと、デスクの方に目をやると、デスクと壁の間に紙切れのようなものが挟まっているのを見つけた。
ゆっくりと手を伸ばし、それを引き抜く。
そこにはただ一言、短く、
『第二次世界大戦』
とだけ記されていた。
その文字を見つめるうちに、胸の奥がざわついた。
この一言は、何を意味するのか。
これまでの話の中に隠された、深い秘密の扉が開かれたような気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本作は「艦これ」の世界観を借りつつ、ホラーとミステリーの要素を盛り込んだオリジナルストーリーとして描いています。
特に、表に出ることのない“真実”や、その周辺の揺らぎをテーマにしています。
主人公たちが追い求める真実はまだまだ深く、物語はこれからも続いていきます。
読者の皆さまと一緒に、その謎を紐解いていけたら幸いです。
これからも不定期ながら投稿を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
渋谷千立