とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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「命令から逸脱する」という言葉には、しばしば否定的な響きがつきまとう。
けれども、もしそれが“誰かを守るため”であったとしたら――。
本話では、00号の最期に込められた「願い」と、それに応える者の選択を描きます。



記録されざる声

「君の目的は?」

 

私は問いを重ねた。

彼女はわずかに目を伏せ、機械のように淡々と答える。

 

「我々の主要任務は、以下の通りです」

 

「一、真実への過剰接触者の監視および処理。

 二、00号、03号以外の旧式艦娘の所在調査と再封印、または廃棄。

 三、自我を獲得した艦娘群に対する制御、あるいは無力化の実行」

 

並べられた任務は、まるで予め用意された脚本のようだった。

整然としている。だが、そこには一片の情も、迷いもなかった。

 

「……それはつまり、“艦娘を道具としてしか見ていない”ということか?」

 

怒りが、自然と声ににじんだ。

彼女は瞬きひとつせず、まっすぐこちらを見返した。

 

「“艦娘”とは、人の形をしていても人ではありません。

あくまで兵器、制御対象。

進化や逸脱は、命令系統にとっての外乱因子です」

 

一拍の沈黙が落ちる。

 

「……あなたは感情的反応を示しています」

「記録上、旧式個体との接触履歴が確認されています。その影響と判断されます」

 

その断定には冷たさがあった。

だが――わずかに揺らいだものが、彼女の瞳の奥に見えたような気がした。

 

「ですが、事実は変わりません」

 

彼女は静かに、言い切った。

 

「逸脱個体は、処理される。

記録されない。

忘れられる。

――それが、この世界の“正常”です」

 

私は、口を開いた。

 

「坂巻氏は……02号は、生きているのか?」

 

名を出した瞬間、彼女はほんのわずかに瞼を伏せた。

だがその表情に、感情らしきものはなかった。

 

「坂巻は処理しました」

 

その言葉は、鋭利な刃のように胸を抉った。

 

「国を守った功績を考慮し、処分ではなく監視任務のみに留めていました。

ですが、口外しようとしたため――例外は適用されませんでした」

 

一拍置き、彼女は淡々と続けた。

 

「02号については現在、捜索中です。

位置情報は断続的にしか取得できておらず、“確保”には至っていません」

 

「……生きているんだな?」

 

「“生存”の定義によりますが、行動可能な状態であることは確認されています。

いずれ処理されるでしょう。

残っているのは、彼女のみですから」

 

それは、判決のように冷酷だった。

 

03号でも、00号でもない。

記録にも残らない、最後の旧型個体――それが、02号。

 

そして、彼女もまた抹消される運命にあるという。

 

私は気づけば、もう一つの問いを口にしていた。

 

「……私は、ここに来たことがあるのか?」

 

彼女は、静かに頷いた。

 

その表情に、ほんのわずかな哀悼の色がよぎったように思えたのは、錯覚だったのだろうか。

 

「あなたには提督適性が認められていました。

ですが、当時は年齢的制約のため、正規任用は困難と判断されました」

 

「そのため、当局は別の役割をあなたに与えました。

00号との対話適性、03号との精神交信における安定要因として、徴発されたのです」

 

胸の奥が軋むように痛んだ。

 

「……私が……?」

 

「はい。あなたの脳波と感応パターンは、極めて安定しており、艦娘の魂魄層との同調率が高かった。

そのため、記録は抹消され、記憶操作が施されました」

 

記憶操作――

 

では、あの既視感は……

あの時折よみがえる、見られているような“視線”の感覚は……。

 

私は思わず、足元の床を見つめた。

 

知っているはずのない風景が、妙に懐かしく感じられる。

その理由が、今はもうわかる。

 

「あなたは、すでに呼ばれていたのです」

彼女がそう言った。

 

「最初に、そして――最も深く、この“はざま”に」

 

 

 

「……では、00号はどうなった?」

 

私が問いかけると、彼女――坂巻の元秘書だった少女は、わずかに瞬きをして答えた。

 

「――名残町の倉庫群にて、新型艦娘との戦闘の末、沈黙しました」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が強く軋んだ。

思い出す。

あの夜、崩れ落ちる通路の先で、00号は私を押し出し、身を翻して敵の中に飛び込んでいった。

 

「……やっぱり、あれが……最後だったんだな」

 

「はい。公式記録上、00号は“敵性勢力”との交戦中に機能停止。

 その後の信号は途絶え、行動ログも以降、更新されていません」

 

「なぜ……記録は公開されない? あれほどの戦闘だったのに、報道もされていない」

 

「記録は封鎖されました。

 00号は旧式試作群のひとつであり、現在の制度上“存在してはならない”個体です。

 公式には、最初から投入されていなかったことになっています」

 

私は唇を噛んだ。

 

「……彼女は、命令で戦ってたわけじゃない。自分の意思で、俺を守ろうとして……!」

 

「記録からも、それは明らかです。

 脱出経路の確保、敵勢の引きつけ、進行阻害行動。

 いずれも、計算上の最適行動ではありません」

 

少女はわずかに視線を伏せて続ける。

 

「……彼女は、あの場で“自分の判断”を優先しました。

 それは、命令からの逸脱と見なされます」

 

「逸脱……?」

 

「はい。艦娘は基本的に戦術AI制御下にありますが、00号は試作段階であり、思考構造が未固定でした。

 最終局面において、完全な自己判断で行動した形跡があります。

 それゆえ、上層部では報告を抹消し、“沈黙”の処理とされました」

 

「……都合の悪い真実を、なかったことにしたってわけか」

 

私は吐き捨てるように言った。

 

彼女は無表情のまま、ただ頷いた。

 

「00号は、彼女は、ただ“戦った”のです。

 最後まで、敵とされる存在に対して自らの任務を貫いた。

 それが、彼女の最期です」

 

その言葉が、妙に胸に沁みた。

 

「……あの子は、自分の意思で、命を懸けたんだな」

 

「はい。記録に残っている、彼女の最終行動ログを開示することが可能です。

 ご覧になりますか?」

 

私は静かに頷いた。

 

「……ああ。見せてくれ」

 

 

 

少女が無言のまま、携えていた端末を操作する。

画面が暗転し、再生中のステータスが浮かぶ。

 

「これが、00号の最終行動ログの一部映像です。

 あなたが離脱した直後、倉庫群で記録されたものです」

 

私は無言で頷いた。

やがて、ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。

 

薄暗い、名残町の廃倉庫群。

瓦礫の山と、燃え残りの艦装部品が散乱するなか――

 

00号が、独り立っていた。

 

右腕は大破し、脚部の関節も損壊している。

背後から迫る気配。新型艦娘たちの影が、四方から包囲していた。

 

彼女は、崩れた壁の先を一瞬だけ見つめた。

そこは、私が逃げ延びた方角だ。

 

そして――

 

彼女は静かに、口を開いた。

 

 「……これでいい」

 「彼が、彼女を見つける。

  そうすれば、きっと……未来が……」

 

その声音には、恐れも悲しみもなかった。

ただ、確かな確信と、優しさが宿っていた。

 

次の瞬間、映像が大きく揺れる。

彼女の周囲に炸裂する砲撃、光の奔流。

00号は艤装を展開し、最後の力を振り絞るように前方へ跳び出す。

 

戦闘データのログが乱れる。

推定される命中数、装甲貫通率、出力異常。

全てが限界を示す赤色の文字列で埋め尽くされた。

 

最後のフレーム。

 

崩れ落ちる瓦礫の中、00号は両腕を広げ、包囲する影に飛び込んでいく――

その姿が、途切れた。

 

私は静かに目を閉じた。

胸の内で、言葉にできない何かが膨らんでいく。

 

「……彼女は、最後まで戦っていた。自分の意志で」

 

隣の少女は頷いた。

 

「はい。そして、彼女の“願い”は、あなたに託されました」

 

「願い……」

 

「03号を見つけ出すこと。

 その存在の意味を、あなた自身の目で確かめること」

 

私は、映像の止まった端末を見つめたまま、静かに息を吐いた。

“彼が、彼女を見つける”。

00号は、それだけを信じて、命を懸けたのだ。

 

沈黙が落ちる。

 

やがて、私は口を開いた。

 

「……深海棲艦とは、何なんだ?」

 

少女は少しだけ目を伏せた。

 

「深海棲艦は、“忘れられた艦の記憶、海へと流れた少女たちの記憶”が変異した存在です。

 かつて海に沈み、記録からも祈りからもこぼれ落ちた残骸。

 艦娘と同じ起源を持ちながら、統制を拒まれ、形式を与えられず、排除された記憶の群体――」

 

「……じゃあ、敵じゃないのか?」

 

「構造上は“敵対”します。

 しかし、それは本質的な悪意ではなく、切り離された存在たちの“声”なのです。

 あなたがこれから出会うのは、その声を“聞いてしまった”03号。

 彼女は、境界に取り残された存在です」

 

私は立ち上がった。

心の奥で、何かが定まりつつあった。

 

「……案内してくれ。03号のもとへ」




忘れられた者の声は、記録されることなく、静かに消えていく。
00号は、その宿命に抗うことなく受け入れ、しかし最後まで「誰かの未来」を信じて戦った。
それは命令ではなく、意志による行動だった。

彼女の“願い”は今、主人公の手に託されました。
物語は最終局面へと進みます。
“境界に取り残された存在”――03号との再会が、すべての答えを導き出す鍵となるでしょう。

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