公文書館を後にした私は、手元の資料と記憶を繰り返し整理した。
「個体番号1:不適合」
「個体番号3:適合」
断片的な情報ながら、どこか軍の極秘資料を思わせる形式だった。
そして坂巻氏の言葉、「第二次世界大戦」という謎のキーワード。
何かを掴むためには、当時の関係者に会うしかない。
取材を続ける中で、一人の名前が浮かび上がった。
「飯塚蓮」——元統合研究局の管理技官であり、艦娘開発に深く関わったという噂がある。
年齢は70代半ば。すでに引退しているらしいが、彼が鍵を握っているかもしれない。
私は飯塚氏が住むという郊外の静かな住宅街に足を踏み入れた。
風に揺れる古い桜の木々の間を抜け、指定された家の前に立つ。
ドアをノックすると、ゆっくりとドアが開き、一人の老人が現れた。
深い皺が刻まれた顔に、冷たく鋭い目が私を見据える。
「飯塚蓮さんですか?」
私の問いかけに、老人は一言も発さず、じっと私を観察していた。
「あなたは……」
数秒の沈黙の後、低い声でようやく口を開く。
「取材かね?」
私はうなずいた。
「私は今は引退している。昔のことはあまり話したくない」
彼の言葉は冷たく、かつ重かった。
「しかし……」
彼は言葉を切り、目を伏せた。
「坂巻の名前を聞いた」
その瞬間、部屋の空気が変わったように感じた。
「彼のことはよく知っている。だが、あの少女については……」
私は息を呑んだ。
「『あの少女』をご存じですか?」
飯塚は一瞬だけ顔を上げ、目を細めた。
「見たことはある。だが、近づきすぎるとろくなことがない」
その言葉には、深い意味が込められているようだった。
「詳しく教えていただけませんか?」
飯塚は目を閉じ、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「艦娘の研究は、多くの犠牲の上に成り立っている。真実を知れば、あなたも重い十字架を背負うことになるだろう」
私は覚悟を決めた。
「それでも、知りたいのです」
飯塚は静かにうなずいた。
「ならば、聞け——だが、くれぐれも誰にも言うな」
彼の話が、私を深い闇へと誘っていくのを感じた。
「艦娘。彼女たちは知っての通り、人間ではない。人造の人型兵器だ。戦後は解体され、今は人に紛れて正体を隠し暮らしている、とされている。」
「“とされている”のですか? つまり、彼女たちは今も人として暮らしているわけではないのですね?」
飯塚は少し黙った後、重々しく言葉を続けた。
「表向きはな。しかし、おかしいと思わないか? 人が人を造り、その人をまた人に戻す──そんなことが果たして人の業でできるものか? それこそ神の領域だ。」
彼は話しながら、自然と拳に力がこもった。
「我々は技術の限界を超えてしまった。倫理を超えてしまった。だからこそ、あの少女たちの存在は、単なる科学の産物では説明しきれない何かを秘めているんだ。」
彼の瞳は熱く、そしてどこか悲しみに満ちていた。
「俺たちは何を造ったのか、何を失ったのか……それを知らずに日常を送ることは、もはやできない。」
「艦娘の作成は、すでに結果が知られている通り、驚くほどスムーズに進んだ。対策チームは全力を挙げ、科学技術と未知の力を融合させ、わずか一か月強で実用化に成功した。」
そう。スムーズすぎた。最初から艦娘と言う存在がある、とすでにわかっているかのようだった。
「それは偶然ではなく、何か意図があるのかもしれない――そう私は考えている。」
「意図、ですか。」
「そうだ。まるで最初から作られたレールの上を走っていたような。私はそう感じたよ。」
「つまり、あなたは艦娘は深海棲艦が現れる前から、すでに研究されていた、そう感じたのですか?」
「憶測でしかないがな。私以外の研究員も、きっと、同じことを感じていただろう。」
「艦娘の開発があまりにもスムーズに進んだことに、私はどうしても腑に落ちないものを感じていた。科学とオカルトが混ざり合ったとはいえ、通常ならば、あれほど短期間で実用化に至ることはありえないはずだ」
飯塚は眉間に皺を寄せ、少し声を潜めて語った。
「まるで、最初から“正解”を手にしているかのような――そんな感覚があったんだ」
彼はしばらく黙り込み、視線を遠くに泳がせる。
「当時の研究資料には、不自然なほどに断片的な情報や意図的に削除された部分が多かった。何か、真実の一部を隠そうとしている痕跡が見て取れたんだ」
「そして、もっと奇妙だったのは……」
飯塚は声を落とした。
「彼女たちの“記憶”と言われるものに矛盾が多かったことだ。大戦時の艦のデータだけでなく、どうもそれ以前の記録も混ざっているようだった。まるで、何重にも時代を跨いで“作られた”ような――そんな違和感があったんだよ」
「違和感、ですか。」
私が問い返すと、飯塚は頷いた。
「そうだ。彼女たちには、艦のデータや戦中の記憶のほかに、普通の少女のような生活の記憶が、ぼんやりとだが確かに残っていた。個体ごとにその内容はバラバラだったが、どの艦娘もみな、艦のデータや戦中の記憶以外に“それ以外の何か”を持っていたんだ。」
「それは一体、どういう意味なのでしょうか?」
私はさらに詰め寄る。
「それがわからない。通常の人造人型兵器に、こんな曖昧で個人的な記憶が混ざることはありえない。まるで、彼女たちに魂か何かが宿っているかのようだった。」
飯塚の言葉は、戦慄と共に深い謎を感じさせた。
「私が話せるのはここまでだ。」
飯塚の声は低く、どこか遠くを見るような目をしていた。
それは、過去を背負う者の沈黙であり、口にすることを許されない真実の重さを物語っていた。
私はそれ以上、無理に問いただすことはしなかった。
彼の語ったことだけでも、十分に私の中の何かを揺さぶっていたのだ。
もう、これ以上ここにいても何も得られない――
そう感じた私は、立ち上がり、一礼してその場を後にした。
重たい空気を引きずりながら、私は静かに、扉を閉めた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
艦娘の正体、少しずつ分かってきたかとおもいます。
続きを、お楽しみください。
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これからもよろしくお願いいたします。