とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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戦争を知らない若き記者は、元提督・坂巻から艦娘と深海棲艦の真実について話を聞く。しかし、話せるのは公表されている範囲まで。提督は艦娘の誕生年が公表と異なることをほのめかすが、機密の壁は厚い。主人公はさらなる真実を求め、調査を続ける決意を固める。




関係者2

飯塚の言葉が、頭の中で何度も反響していた。

 

「艦娘は、最初から“あった”んだ。作られたものじゃなく、再現された何かだったのかもしれない」

 

そして、彼の沈黙。

その裏にあるものが、どうしても忘れられなかった。

 

──もし、それが真実だとしたら?

 

その可能性を確かめるために、私はもう一人の人物に目を向けることにした。

かつて艦娘プロジェクトの初期設計に関わり、途中で突如姿を消したという技術者。

 

名前は、鷹見 瑞代(たかみ みずよ)。

現在は表舞台から完全に姿を消し、消息すら定かではない。

 

手がかりは少ないが、過去の記録を洗っていくうちに、彼が今、ある山間の町で隠棲しているという噂に辿り着いた。

 

私は取材用の装備をまとめ、新幹線とバスを乗り継ぎ、ひなびた温泉地に足を運ぶ。

冷え込む空気のなか、小さな宿にチェックインし、指定された住所へと向かった。

 

古びた木造の平屋。郵便受けには“鷹見”の表札があった。

 

私は緊張しながらインターホンを押す。

一度、二度。返事はない。

 

──やはり、居ないのか?

 

そう思ったその時、不意に扉がゆっくりと開いた。

 

「……誰だ。こんな場所に、記者なんて」

 

そこには、見るからに猜疑心を剥き出しにした初老の男が立っていた。

 

「あなたが、鷹見瑞代さんですね。話を、お伺いしたいんです。艦娘について」

 

男の目がわずかに細められた。

その奥に、ほんの一瞬、かすかな驚きの色が浮かんだのを私は見逃さなかった。

 

 

「……艦娘? あれは失敗作だ。最初から、な」

 

玄関の奥に響く低い声。

煙草の煙と線香の香りが入り混じった室内には、奇妙な図形が描かれたメモ、摩耗した呪符、古びた軍用手帳――

 

「君はまだ戻れる。だが、俺のようになってはいけない。あれは、呼び戻してはいけなかったんだ」

 

「……以上だ。それ以上のことは話せん」

 

 

 

鷹見は急に口を閉ざし、まるで部屋の空気そのものが凍りついたような沈黙が訪れた。

煙草の火が小さく揺れ、灰が静かに落ちる。

主人公は言葉を選びながら、そっと前のめりになる。

 

「お願いします。私には、知る必要があるんです」

 

返事はなかった。鷹見は視線を逸らし、どこか遠くを見ていた。

もうここから先は踏み込むな、とでも言いたげだった。

 

「……私は、知るべきじゃなかったと、後悔しているんですか?」

 

その一言に、鷹見の眉がぴくりと動いた。

目が、主人公を射抜くように捉えた。

 

 

「後悔……? ああ、しているとも。していないとでも思ったか?」

 

低い声で笑ったその顔は、どこかひきつっていた。

それは皮肉とも自嘲ともつかぬ笑みで、狂気と紙一重の感情がにじんでいた。

 

「だがな……知った以上、目を逸らすことなんてできやしないんだよ。君もいずれ、わかる」

 

 

 

「俺が関わっていたのは、“再現”だ」

 

鷹見はそう言った。低い声だったが、確かな熱を含んでいた。

 

「“再現”……とは?」

 

「……いや、言葉の綾だよ。ただの過去の影をなぞる作業だ。何も新しいものなんか、俺たちは造っていない」

 

彼は笑った。だがそれはどこか、空虚で、恐ろしいものに自分が取り込まれてしまった者の表情だった。

 

「君は“艦娘”のことを知りたいんだろう。ならひとつ教えてやる。あれはゼロから造られたものじゃない。最初から“ある”ものだった。とっくの昔に、な」

 

私は言葉を失った。

 

「俺たち技術屋がやっていたのは、“復元”だったんだよ。過去にどこかで完成されていた、あるいは完成しつつあった技術体系を、もう一度この世に引きずり出してくる作業。血と霊と鉄と、名もなき存在の声。……ああ、君には笑われるかもしれんがね。オカルトってのは、案外、合理的な構造をしてる」

 

彼の手が震えているのに気づいた。

 

「どこまで話していいのか、わからんが……あれは最初、戦争の真っ只中で……いや、やめよう。言いすぎたな。まだ俺は口を封じられていない」

 

「その“真っ只中”というのは、第二次世界大戦中、ですか?」

 

問いに対して、鷹見は答えなかった。しばらく沈黙し、やがて口を開く。

 

「俺のいた施設では、“適合”“不適合”という記録を、今でも保管している。個体ごとの、だ。だが、俺たちが試みた時にはもう、それは“既に選別された後”だったように思える」

 

「選別……誰が?」

 

「さあな。神か悪魔か、はたまた人間か……ただひとつ言えるのは、“最初から意図された形”だったということだ。あれは……偶然なんかじゃない」

 

彼は目を逸らしたまま続けた。

 

「そして艦娘は、深海棲艦が現れる遥か前に、“使える”形で存在していた。俺たちがそれに気づいたのは、侵攻のほんの少し前だった。つまり――」

 

「つまり、艦娘は深海棲艦の登場を“予期していた”?」

 

「いや……呼び寄せたのかもしれん」

 

私は言葉を失った。

 

「……すまん。これ以上は本当に話せない。あんたがこの話を信じようが信じまいが、関係ない。ただ、忠告だけしておく」

 

彼の目が、どこか冷たく、鋭く光った。

 

「この先を探るなら、覚悟しておけ。あれを知る者は、どこかでみんな壊れていく。それでも、知りたいか?」

 

 

その晩、私はホテルの部屋で一人、窓の外を見つめていた。

 

 見慣れた街の灯が、どこか遠くに感じられた。いや、私が、遠くへ来てしまったのかもしれない。常識という岸辺を離れ、もう元には戻れない場所へ。

 

 鷹見の言葉が頭の中で何度も反芻された。

 「あれを知る者は、どこかでみんな壊れていく」

 その言葉はただの忠告ではなく、予言のように私の胸に突き刺さっていた。

 

 私は一体、何を求めてここまで来たのか。

 真実を知ることが、何のためになるというのか。

 坂巻氏は消え、飯塚氏は口を閉ざし、鷹見はあれ以上は話せないと言った。

 これ以上進めば、何かを取り返しのつかない形で失うのかもしれない。

 

 だが、それでも。

 

 私は知りたいと思ってしまった。

 それでもなお、目を逸らせなかった。

 

 あの少女の瞳。坂巻の沈黙。飯塚の苦悩。そして、鷹見の狂気。

 すべてが、ただの虚構ではないと、私に訴えかけていた。

 「艦娘は人類の希望だった」

 ……本当に、それだけだったのだろうか?

 

 私は深く息を吐いた。

 暗く沈んだ心の奥に、微かな灯がともる。恐れと疑念、そのさらに下に、焦がれるような感情がある。

 

 恐怖している。だが、それ以上に、

 私は知りたい。

 

 たとえ、壊れるとしても。

 たとえ、真実が望んだものではなかったとしても。

 

 この手で、確かめたい。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。今回の章では、艦娘と深海棲艦の知られざる背景に少しでも迫るべく、物語を進めてみました。

真実に触れるほど、謎は深まり、主人公の葛藤も強まっていきます。今後の展開もどうぞ楽しみにしていただければ幸いです。

感想や評価をいただけると、次の執筆の大きな励みになります。ぜひお気軽にコメントをお寄せください。

これからもよろしくお願いいたします。

艦隊これくしょんカテゴリ日間総合評価9位、ありがとうございます。
嬉しいです。6月22日夜時点
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