とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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徐々に浮かび上がる艦娘という存在の“真実”。
公には語られない歴史の欠片を拾い集めながら、主人公は一歩ずつ核心へと近づいていきます。

今回の章では、彼の前に現れた“もうひとりの艦娘”と、失われたはずの記録が示す、隠された過去が描かれます。
真実を知る覚悟が、問われ始めました。


襲撃

夜。資料調査の帰り道。

人気のない裏通りを歩いていた私は、ふと背筋が冷えるのを感じた。

 

──気配がする。

 

振り返ったその瞬間、何者かが暗闇から飛びかかってきた。

人影。小柄な少女のようなシルエット。だが、瞳は冷たく、感情を感じさせなかった。

 

「……っ、誰だッ!?」

 

叫びながら身をかわし、私は必死に逃げようとした。だが相手の動きは異様に俊敏で、正体も目的もまったくわからない。

 

そのときだった。

眩い閃光とともに、何かが襲撃者を弾き飛ばした。

 

「間に合ったわね」

 

現れたのは、もう一人の少女。だがその表情は明確な意思を宿し、機械のような襲撃者とは違っていた。

艤装を思わせる装備を身につけている彼女は、静かに私の前に立ちふさがった。

 

「……あなた、誰だ?」

私は息を切らしながら問いかけた。

 

「私のことは、いずれ話す。今は安全を確保するのが先」

彼女はそう言って、襲撃者の逃げた方角を警戒する。

 

「助けてくれたんだな……ありがとう」

私は震える声で礼を言った。

 

少女は小さく微笑み、

「あなたは狙われてる。でも、私はあなたを守る」と告げた。

 

「……なぜ、俺を?」

私の疑問に、彼女は一瞬だけ沈黙し、こう言った。

 

「あなたが、“真実”に近づいているからよ」

 

 

 

少女は周囲を見渡し、逃げ去った襲撃者の気配が完全に消えたのを確認すると、ようやく私のほうへと振り返った。

 

「……怪我はない?」

 

その声は意外にも柔らかく、どこか心配そうですらあった。

 

「ない……大丈夫、だと思う。でも……今のは、何だったんだ?」

 

「敵よ」

 

「敵って……誰が? なぜ俺が襲われる?」

 

少女は少しだけ口を閉ざした後、静かに告げた。

 

「詳しく話すには、まだ時期が早い。でも、あなたはあることに触れた。それが――あの子たちにとっては“好ましくない”の」

 

「あの子たち……?」

 

「“彼女”のことよ。あなたを襲ったあの少女」

 

「知っているのか? 彼女を……!」

 

「……ええ。名前も、役割も、目的も」

 

私が思わず一歩踏み込もうとしたとき、少女は小さく手を上げて制した。

 

「まだ教えられない。けれど、いずれあなた自身が辿り着く。だから私は、あなたの“自由”を守る。それだけ」

 

「君は……一体、何者なんだ」

 

その問いに、少女はわずかに微笑んで――だがどこか寂しげに、こう言った。

 

「私は、かつてこの国を守った者。人であり、艦でもあった者。そう名乗るしかないわ」

 

「艦娘、なのか……?」

 

彼女はそれには答えず、星のない夜空を見上げた。

 

「時間がないわ。ここを離れましょう。見られているかもしれない」

 

「誰に?」

 

「……あの子以外にも、まだ“目”はある」

 

彼女はそう言うと、私の腕を取り、歩き出した。強くも優しい、その手に導かれるように、私はただ従うしかなかった。

 

 

 

人気のない裏道をいくつも抜けたあと、私たちは郊外の古びた木造の一軒家へたどり着いた。周囲に人の気配はなく、駅からも大通りからも遠く離れている。まるでここに人が住んでいること自体が“隠されている”かのようだった。

 

玄関をくぐると、彼女は靴を脱ぎ、慣れた手つきで電気をつけた。明かりの下に照らされた室内は、想像していたよりも整然としていた。家具は必要最低限。テレビもない。壁に掛けられた古びた艦隊の写真だけが、彼女の過去を物語っていた。

 

「ここで暮らしているのか?」

 

「そうよ。ここなら誰にも見つからない。……今のところはね」

 

私は無言で頷いた。先ほどの襲撃の記憶がまだ頭から離れない。

 

「君は……どうしてこんな場所に?」

 

彼女はしばらく黙っていた。そして、ぽつりと呟いた。

 

「本当は、存在してはいけないの。大戦の艦娘は、戦後に“処理”されたはずだから」

 

「処理……?」

 

「記録も、記憶も、存在そのものも。私たちは“あの戦い”の後、消された。そうあるべきだった」

 

「でも君は生きてる。なぜ?」

 

彼女はゆっくりとソファに腰を下ろし、目を閉じる。

 

「奇跡、かもね。あるいは、見落とし」

 

その言葉には諦めのような、希望のような、どちらともつかない感情が込められていた。

 

「私は隠れ続けてきた。でも、君が真実に手を伸ばした。だから姿を現したの」

 

「俺を……守るために?」

 

「違う。……導くためよ。君がこれから何を知るのか、それを選ぶのは君自身。でも、一つだけ言える」

 

彼女は私の方をまっすぐ見た。瞳には、戦火をくぐり抜けた者にしかない光が宿っていた。

 

「君は、もう戻れないわ」

 

 

 

彼女は押し入れの奥から、金属製の小さなケースを取り出した。錆びついた蓋には見覚えのない軍用の記号が刻まれており、触れるだけでひんやりとした重みが伝わってくる。

 

「これが……?」

 

「私が持ち出せた、ほんの一部。記録のほとんどは破棄されたけど……偶然、残っていたの」

 

ケースの中には古い紙束と、数枚の写真、そしてフィルムが一つ、慎重に包まれて収められていた。紙はところどころ焼け焦げ、インクが滲み、判読できる箇所は限られていた。

 

一枚の資料にはこう記されていた。

 

 

【実験記録 抜粋】

個体番号013:記憶補正不完全。艤装反応に遅延あり。生活記憶との干渉を確認。要再調整。

個体番号018:適合。過去艦艇とのリンク確認。目覚め時、深海側反応あり。

………………………………

※この記録は関係者以外への開示を禁ずる。外部流出時は即時処分を行うこと。

 

 

「……これが、艦娘の起源……?」

 

「断片だけじゃ判断できないでしょう。でも、私はこれを“実際に目撃した”。そして、君が見つけた“第二次世界大戦”という言葉も、それと関係があるはず」

 

私は震える手で資料をめくる。だが、ほとんどは黒塗りか、判読不可能な破損状態だった。明確な文脈は読み取れず、断片的な語句が点在しているだけだった。

 

「適合、不適合……艤装……記憶干渉……。何を意味している?」

 

「それを判断するのは、君。私はもう、その答えに足を踏み入れているから、戻れない。でも君には、まだ選択肢がある」

 

私は何も言えなかった。ここまで来た事実が、すでに何かを越えてしまっている気がしていた。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。

今章では、ついに主人公の命が狙われるという急展開を迎えました。
正体不明の襲撃者、そして彼を救った謎の少女──
過去に存在したはずの艦娘がなぜ今ここにいるのか。
そして、なぜ彼女は主人公を助けたのか。

少しずつ明かされていく真実と、隠された意図。
次回以降も引き続き、彼の行く先を見届けていただければ幸いです。

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