とある艦娘の願い   作:渋谷千立

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真実に近づいていく主人公、彼はとある老人の元を訪れる。そこで目にしたものとは。


名簿

私がたどり着いたのは、都心から遠く離れた静かな町だった。

坂巻氏の記録、あの少女の沈黙、そして戦中に徴発されたという女性の証言――すべての断片が、ある一点に向かって集まりつつあるように感じていた。

 

「名簿」という言葉は、まだどこにも現れてはいなかった。

だが、どこかにあるはずだと思った。

彼女たち――徴発された少女たちの存在を、記録として裏付ける何かが。

 

坂巻の古い知己として紹介された人物、御子柴慎吾。

その男は、戦中の一部計画に技術補佐として関わっていたという、数少ない生存者だった。

 

指定された待ち合わせ場所に現れたのは、小柄で痩せた老人だった。

しかしその目は澄んでおり、何かを深く封じ込めているような気配があった。

 

「……坂巻の知り合いってことで来たんだろうが、期待するような話はないぞ」

 

彼は言うなり踵を返し、背を向けた。

私は一瞬、追うべきか迷った。

だが、立ち止まる理由はなかった。

 

「教えてください。私は、知らなければならないことがあるんです」

 

足を止めた御子柴の肩がわずかに揺れた。

 

「……あんた、後悔するかもしれんぞ。それでもいいってんなら、ついてこい」

 

そう言って彼は、町外れの古い建物へと歩き出した。

何があるのかはまだわからない。

だが私は、この先に“決定的な何か”が待っている予感を、確かに感じていた。

 

「あんた、どこまで知ってる。」

 

その言葉は、口調こそ静かだったが、明らかに私を試す色があった。

 

「おそらく、大戦中に艦娘が製造されたこと……それも、徴発によって強制的に実行されたということ……」

 

御子柴はわずかに目を細めた。目の奥で何かが揺れる。

 

「そこまで知ってんなら、もう十分だ。……お前の求めてるものは、ある。だが、確実に“後悔する”ことになるぞ。それは覚悟しておけ」

 

私は言葉を返さず、ただ静かにうなずいた。

その一瞬で、彼はすべてを見極めたのかもしれない。何も言わずに背を向け、歩き出した。

 

私は黙ってその背中についていった。

 

彼に案内された先は、町のさらに外れ。人気もまばらな一角に建つ、古びた木造の建物だった。

外壁は褪せた灰色で、ところどころ塗装が剥がれ、木材が露出している。看板はなく、建物の存在そのものが時代に忘れられたようだった。

 

「ここはな……かつての史料保管所だ。正確には、軍が“民間”と名目をつけて運営していた隠蔽施設。そのまま、俺が引き取る形で預かってる」

 

彼は錆びた鍵を取り出し、重い鉄扉を開いた。

 

中からはひんやりとした空気が流れ出す。湿気を含んだその空気には、紙とインクと、そして時間の澱の匂いが混じっていた。

 

「……ここに、名簿がある」

 

御子柴は短くそう告げ、階段をゆっくりと降りていく。

その背中に、私は息を整えて続いた。

 

まだ、名簿はその姿を見せてはいない。

だが、ここにある――その確信だけが、私の足を前に進ませていた。

 

 

 

御子柴は、静かにもう一つの鍵を取り出した。

錆びついた南京錠にそれを差し込むと、重たい金属音を残して扉が開く。内部には埃の層が積もった棚が、薄暗がりの中に無言で並んでいた。

 

彼は一言も発さず、まるで決まった順序をなぞるかのように足を進める。棚のひとつに手を伸ばすと、慎重に、しかしためらいなく古びた紙束を取り出した。

 

「これが、あんたが求めてた“記録”だ」

 

差し出されたのは、厚手の紙で丁寧に綴じられた帳面だった。表紙に墨で書かれた文字は、時間の経過でかすれながらも、まだ読み取れた。

 

『特別動員名簿・乙二号――昭和十八年以降徴発対象名簿』

 

私はその表紙に目を落とし、思わず息を呑んだ。

 

中をめくると、びっしりと人名が並んでいた。年齢、出身地、徴発日、そして最後の欄には「処置済」「投入済」「不適合」の文字。

 

──人ではない。

──物として扱われた記録だ。

 

指が震える。ページをめくるたびに、その中の一人ひとりに名前があることが、重く心にのしかかる。

 

「彼女たちは、志願者じゃない。選ばれたんじゃない。連れていかれたんだ」

 

御子柴の声は低く、だが確かな怒りがにじんでいた。

 

「この名簿に記された者の多くが、艦娘計画の初期対象だった。『人として』生きる未来を絶たれ、沈黙の中に姿を消した」

 

私は何も言えず、ただページを見つめ続けた。

この記録は、過去の断片ではない。今に続く、真実の“証明”だ。

 

 

 

私は名簿のページをめくる手を止めた。

ふと目に入った一行に、思わず息をのむ。

 

そこに記されていたのは──あの手紙の送り主、あの姉の名だった。

年齢、出身地、徴発日。それらの情報は、かつて年配の女性が語った記憶と一致していた。

 

そして、末尾の欄に刻まれていた文字。

 

【13-甲・不適合】

 

その冷たい文字列が、私の脳を焼いた。

不適合。

まるで彼女の命や人格までもが、数字と分類で裁かれたかのような。

 

あの手紙の言葉が胸をよぎる。

「おねえちゃんは、もうすぐ海に行きます……帰れないかもしれない」

──あれは、ただの別れではなかった。

強制され、選択の余地もなく、命の在り方すら他者に決められた少女の、最後の声だったのだ。

 

私は拳を強く握りしめる。

ここにあるのは、記録ではない。

**誰かが忘れたふりをし、隠そうとした“人間の証”**だ。

 

「……この名も、忘れません。絶対に」

 

御子柴は何も言わず、ただ黙って名簿を見下ろしていた。

 




記録はただの紙ではなく、かつて確かに生きていた人の証です。
今回もお読みいただきありがとうございました。
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