何とか生きています。
記録:2005年8月
東京都立呪術高等専門学校敷地内 事案報告書
1.発見場所および状況
午後17時26分、現在は使用されていない旧資材倉庫(校舎裏手)にて、補助監督が重症の白鷺鈴葉四級術師を発見。
補助監督は即座に医療班へ通報したものの、到着時には白鷺四級術師の死亡が確認された。
2.死亡推定時刻・死因
死亡推定時刻は午後15時45分前後。
主要因は胸部を中心とした多数の刺創による失血死と判断される。
また、後頭部には鈍器(石状鈍器)で殴打された痕跡が認められ、現場付近より血痕の付着した石が凶器として押収されている。
3.検査結果
残穢検査の結果、被害者本人の残穢は確認されたが、第三者による呪力反応は検出されなかった。
なお、被害者は旧倉庫を訓練場所として単独で使用していた形跡があり、死亡当時も術式の修練中であった可能性が高い。
4.現場状況
現場には被害者が術式修練を行っていた形跡が明確に残されており、周囲には白鷺四級術師の残穢が確認されている。
倒れていた位置と血痕分布、床面の擦過痕の解析により、
白鷺四級術師は修練中に背後から石状鈍器による不意打ちを受け、そのまま前方へ転倒したものと推定される。
後頭部の打撲痕から、衝撃は強く、身体の平衡を奪うに十分なものであったが、
被害者は完全には意識を喪失しておらず、短時間の抵抗行動を示していたとみられる。
しかし、争った形跡は被害者周辺に限定されており、足跡・転倒痕の方向性から、加害者は被害者が仰向けに倒れた直後、そのまま馬乗りになる形で位置を固定した推定される。
刺創の角度は上方から胸部へ向けて垂直に近く、馬乗り状態から、逃走不能な姿勢の被害者に対し連続して刺突が加えられたことを示している。
5.容疑者
現時点で犯行に直接結びつく証拠は確認されていないものの、現場状況および時間帯から、以下の条件に該当する人物が加害者である可能性が高いと判断される。
まず、犯行推定時刻(午後15時45分前後)に旧資材倉庫付近へ立ち入る合理的理由を持つ者は限られている。
また、現場には呪力反応が残っておらず、被害者以外の痕跡が一切検出されなかったことから、加害者は非術師、あるいは呪力操作を習得していない一般協力員である可能性が高い。
この条件に合致する人物として、当日、校舎裏手の自販機補充作業を行っていた
外部協力業者・自動販売機補充員(氏名:安藤祐介・23歳)が、現段階では最も疑わしい人物として挙げられる。
安藤は定期補充作業のため、被害者死亡推定時刻と同時間帯に校舎裏への立ち入りが確認されており、加えて通常ルートと異なる動線を取っていた可能性が複数の目撃情報から示唆されている。
現時点で犯行を裏付ける決定的証拠は発見されていないものの、
時間的・地理的状況における不自然な一致から重要参考人として調査対象となっている。
6.今後の対応
本件は容疑者の呪力痕跡が認められず、呪術的要因を伴わない純粋な物理的殺傷事件である可能性が極めて高い。
そのため、呪術規定および都条例に基づき、本事案の捜査権限は警視庁へ全面的に移管される予定である。
今後呪術高専東京校は警視庁の捜査協力要請に応じ、
・敷地内行動記録(監視範囲を含む)
・関係者の聴取結果
・監視カメラの記録映像
など必要な情報の提供を随時行うものとする。
なお、事件の性質上、校内安全体制の見直しと立入区域管理の再点検が求められるため、関係部署に対し早急な改善策の提示を指示する。
以上の内容を踏まえ警視庁の捜査結果が判明次第、追って本報告書に追加記録を行う。
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全てが嫌いだった。
世界も、呪霊も、呪術も、術師も非術師も───そして何より、自分自身が。
あの家も、周りの家々も、大きさなんてほとんど変わらないくせに───皆、まるで何かに取り憑かれたみたいに“術師の家系”を誇ろうとしていた。
誰がどの任務に同行したとか、遠い親族に新しい術式が出ただとか。
そんな取るに足らない話を、大人たちは寄り集まっては熱心に語り合い、互いの家を少しでも大きく見せようと必死だった。
その輪の端っこに座らされていた自分の姿が、今でも鮮明に浮かぶ。術式が、呪力がない、ただそれだけで笑顔の裏にはいつも侮蔑がそこにあった。
いやでも理解させられた。
この世界にいる限り、自分はいつだって“最初から負けている側”なのだと。
外に出ればなおさらだった。
呪術がどうこう以前に、世の中には自分よりよほど優れた人間がいくらでもいるのだと、嫌というほど思い知らされた。
学校では、勉強ができるやつがいた。
運動神経のいいやつもいたし、人付き合いが上手くて、自然と周りに人が集まるやつもいた。
特別な力なんて持っていなくても、努力すれば結果を出すやつがいて───
同じ年を重ねているだけなのに、自分とはまるで別の生き物みたいに見えた。
幼い頃は、それをただぼんやり眺めているだけでよかった。
しかし年齢を重ねるにつれて、その差は現実として重くのしかかってきた。
術師になれず。
普通の人間としても秀でていない。
この世の全てが己を否定しているとしか思えなかった。
だから、なのだろう。
自分より下だと“確信できる存在”を見つけたとき、胸の奥で何かがひどく静かに満たされていくのを感じてしまったのは。
「ははっ。よわっ」
足元に倒れる年下の少女を見下ろしながら、思わずそんな言葉がこぼれた。
血で汚れた石を指先から離すと、石は乾いた土の上に落ち、くぐもった鈍い音を立てた。
土埃がふわりと舞い、その中に赤い斑点が滲む。
その些細な音と、ゆっくり広がる血の色が、胸の奥で何かを満たしていくのを感じた。
ずっと体の底に沈んでいた重たい泥が、静かに形を変えはじめる。
───ああ、そうか。
ようやく理解した。
自分は、ただ一度でいい。誰かより“上”に立ちたかったのだ。
その誰かが呪力を持っていようが、術式をもっていようが年下だろうが、そんな事情などどうでもよかった。
倒れた少女は、何も言い返してこない。
反論も、嘲笑も、失望も返さない。
世界で初めて、自分を否定しない存在が、目の前にあった。
「うっ……ぐっ……」
少女のかすれた声が、土の上に落ちた血の泡のように、かすかに震えながら漏れた。
「お前、術師だろ?なんでそんな弱ぇの?」
許せなかった。
術式があるだけで等級を与えられる目の前の存在が。
───聞いた?五条家の次期当主と同じ学年に、呪力もまともに扱えない子がいるんですって
───五条家の次期当主と関われる子がいるのに、あなたはどうして何も出来ないの?
ただ持ってるだけで大して凄くも無いはずなのに。
どうしてここまで違うのだろうか。
理不尽だとしか思えなかった。
「え……あっ。なん、で……」
倒れたままの少女が、痛みに耐えるようにわずかに眉を歪めながらこちらを見上げた。
その目には困惑と恐怖が混じっていて、何が起きているのかを理解しきれないまま、それでも必死に状況を受け止めようとしている色があった。
「なぁ、どうせお前も俺を見て笑ってたんだろ?そんな可愛い顔しながらよ」
靴底が土を踏むたび、乾いた音が近づいていく。
彼女はそれを聞き取ったのだろう、視線だけでこちらを追い、喉の奥で息を詰まらせた。
あと一歩。
もう逃げ場はない距離だった。
膝を折り、視界に影を落とすと、少女は反射的に身をよじった。傷ついた体を引きずるように腕を伸ばし、地面を掻く。指先に力は入らず、土が崩れるだけだった。
その上に、体重をかける。
逃げようとした動きを封じるように、肩と胴を押さえ込むと、鈴葉は小さく息を呑んだ。
「……や、やめ……」
声にならない抵抗が漏れる。
彼女は呪力を込めようとするも上手く練る事が出来ない。
後頭部に受けた一撃の鈍い痛みが意識を曇らせ、鈴葉自身の未熟さも相まってどれだけ呪力を練ろうとも虚しく離散するだけだった。
それでも、鈴葉は諦めなかった。
押さえつけられた腕を無理に動かし、肩を捻り、わずかでも距離を作ろうと体を揺らす。土に爪が食い込み、浅い溝ができる。喉の奥から、必死に空気を絞り出すような息が漏れた。
「……っ、や……」
声は震え、途切れたが、拒絶だけははっきりしていた。
その抵抗は弱々しく、実を結ぶものではない。それでも、確かにそこには生きようとする意思があった。
───ふざけんなよ。
押さえ込む力を強めると、鈴葉の体が小さく跳ね、息が詰まる。呪力は最後まで形を成さず、地面に落ちた血と土だけが、静かに広がっていった。
その抵抗を押さえつけたまま、彼は一度だけ呼吸を整えた。
そして、懐に手を差し入れる。布越しに触れた冷たい感触を確かめ、指先で掴み取る。
取り出されたのは、使い古されたやや大きめのハサミだった。
刃は鈍く光り、土と血の色を映す。
鈴葉の視線が、それに吸い寄せられた。
何が起きるのかを理解するより早く、恐怖だけが先に立ち、喉がひくりと鳴った。
その瞬間、周囲の音が遠のく。
風も、土の匂いも、痛みもすべてが薄れていき、残ったのは自分の鼓動と、手の中の重みだけだった。
胸の上で、冷たい影が揺れた。
それが刃だと認識するより先に、鈴葉の身体がわずかに強張る。逃げようとして、しかし逃げ場がないことを理解してしまったときの、遅れてくる反応だった。
視界の端で、彼の腕が持ち上がる。
その動きは驚くほど迷いがなく、躊躇もなかった。
ただ「そうするべきこと」をなぞるように、一直線に。
───嫌だ。
声にしようとして、音にならない。
肺に空気はあるはずなのに、喉が動かない。胸が上下する感覚だけが、やけに大きく伝わってきた。
鈴葉は彼を見上げた。
助けを求めるつもりだったのか、理由を問いかけようとしたのか、自分でもわからない。
ただ、そこにあったのは恐怖と混乱と、それでも消えない「生きたい」という感情だった。
次の瞬間。
衝撃が、胸の中心に落ちてきた。
押し込まれる感触。
呼吸が、そこで止まる。
痛みは遅れてやってきた。鋭さではなく、重く沈むような感覚が、身体の奥へと広がっていく。喉から、短く、掠れた音が漏れた。
「……っ」
力が抜け、視界が滲む。
空と、倉庫の影と、彼の輪郭が曖昧に重なっていく。
胸の奥が、熱いのか冷たいのかもわからない。
息を吸おうとしても、うまくいかない。
「なんでっ、お前は持ってて俺にはないんだよッ!」
叫びと同時に、腕が振り下ろされた。
衝撃。
胸の奥で、空気が砕ける。
鈴葉の身体が小さく跳ね、喉から息とも声ともつかない音が漏れた。視界が揺れ、空と影の境目が溶ける。
「ふざけんなよっ!どいつもこいつも!馬鹿にしやがって!」
それでも、彼は止まらなかった。
引き抜き、また持ち上げる。
同じ高さ、同じ角度。
叩きつけるように、重ねるように。
「かひゅッ」
音にならない反応が、かすかに返る。
それを確かめるように、もう一度。
地面に押し付けられた背中が擦れ、土が鳴った。肩を押さえる力が強まり、逃げ道は完全に塞がれる。鈴葉の腕は動こうとして、途中で止まり、指先が空を掻いただけだった。
世界が、細くなる。
鼓動だけがやけに大きく聞こえ、次第に間隔が伸びていく。痛みは、もう一つの感覚に溶けて、区別がつかない。
彼の呼吸が荒くなる。
動作は、次第に速く、そして雑になっていった。
「……なんでだよ……」
言葉は、怒りというより、縋るような調子だった。
返事はない。
鈴葉の視線は焦点を失い、彼を映しているようで、もう何も見ていなかった。胸の上下は浅く、遅く、やがて途切れがちになる。
それでも、彼は数を重ねた。
確かめるために。
否定されない位置に、確実に立つために。
最後の一度を終えたあと、腕が止まる。
しばらく、音がなかった。
風が倉庫の隙間を抜ける微かな気配と、遠くの校舎の気配だけが、戻ってくる。
彼は息を整え、ゆっくりと体重を引いた。
土の上に残された身体は、もう抵抗しない。
勝った、という感覚が、遅れて胸に満ちる。
それは長~く続かず、すぐに形を失ったが───彼は、その違和感から目を逸らした。
その瞬間だけ、彼は自分の心臓の音を聞いた。
耳の奥で、どくん、と鳴る。
世界が静かであることが、急に怖くなる。
土の上に座り込んだまま───いや、もう“座り込んでいる”という表現すら違う。
そこにあるのは、形のまま残された沈黙だった。
つばを飲み込んだ。
喉が乾いているのに、口の中には鉄の味がまとわりついている気がした。実際には、そんなものは自分の中にあるはずがないのに。
視線がふらつく。
倉庫の薄暗さ。
積まれたままの資材。
割れたように散っている土と、訓練に使われていた跡───水を操った名残のような、濡れた線と、乾きかけの痕。
“術師の修練”だった場所が、一瞬で別のものに変わっている。
それを見たくなくて、彼は立ち上がった。
足が少しだけ震えた。
怖いのは、怒鳴り声でも、反撃でもない。
今ここで、誰にも見られていないことが、逆に現実を増幅させる。
「……」
何か言おうとして、やめた。
言葉にした途端、全部が“確定”してしまう気がした。
だから彼は、黙ったまま作業のように動く。
手元を確かめ、握っていたものを懐へ押し込む。
視界の端に、さっき投げ捨てた石がある。血の付着した表面が、土の色に紛れて鈍く光る。拾うべきか一瞬迷って、結局、拾わなかった。
───大丈夫だ。
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
呪力も、術式も、何も使っていない。
ここには“痕跡”なんて、残らない。
そう信じたかった。
彼は倉庫の奥を一度だけ見回し、出口へ向かった。
足音が、乾いた土を踏むたびに短く響く。
その音が、自分を追いかけてくるようで、無意識に歩幅が速くなる。
外に出ると、空が少し傾いていた。
夏の午後は、まだ明るい。
校舎の方から、遠く、誰かの声がした気がした。笑い声だったか、呼びかけだったか。
その“日常”がやけに眩しく、腹の底が冷える。
彼は目を伏せ、裏手の動線へ紛れ込んだ。
自販機の補充員として、ここにいること自体は不自然ではない。
その肩書きが、初めて“鎧”のように感じられる。
だが――胸の奥の満たされていたはずのものは、もうどこにもなかった。
残ったのは、軽くなったはずの身体が、なぜか鉛のように重い感覚だけだった。
随分さきになるけど恋愛描写いる?
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いる
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いらない