短編1話完結。
荒魂に呑まれなかった大嶽丸が大幅にキャラ改変されています。
囲まれた。
村人達が集まる。武器を手にしていた。震えを隠せない。戦意よりも恐怖が上回る。完全に取り囲んでいながら、今にも我先にと逃げ出しそうだった。
「これ、余が悪い……の?」
輪の中央にいる鬼。大嶽丸は、ようやく事態が呑み込めてきた。
「さっきから言ってるけど、盗みに入ろうとする奴がいたのよ。止めようとしたら斬りかかってきてさ。この村の人間じゃないから、流れてきた野党だと思う」
大嶽丸は妹の鈴鹿、そして多くの妖怪を従え、峠近くの村に訪れる。なんと人間との共存を申し入れた。
人妖融和。鈴鹿の夢に、大嶽丸も応じた。
村の民は戸惑いながらも迎え入れる。大嶽丸は人間にはない超常の力で、村のためによく働いた。大嶽丸と鈴鹿の様子を見て、次第に村の空気が変わってきた矢先。
「鎧を壊されちまった。少しはできる奴だったぽいな。だから、このままじゃまずいと、その、思ったから……」
「人殺し!」
震える声で叫ぶ。
「そうだよ……殺したよ」
ただの泥棒ではない、押し込み強盗。生かしておいては村人達が危険にさらされる。村の警備をしていた大嶽丸は、抵抗する賊を殺した。
道理違いはない。盗みを働く賊など、どの村でも殺される。法のない太初の常。
鬼が人を殺した。ただその一点だけが、薄れていた不信感を再燃させた。やはり妖怪は人間の敵だった。かくして村人達は大嶽丸と対立する。
「この、あやかし、め!」
村人の一人が、意を決して槍を突き刺す。あとに続く者が現れ、大嶽丸を次々と刃が襲う。
「待ってやめて意味ないからそれやめて。余にそれ無駄だから」
ひるんだと見た村人達が勢いづく。四方八方から槍が突き刺された。
「今だ、かかれ!」
「かかるな!」
大嶽丸は先頭にいた者の槍を蹴り上げた。槍は宙を跳ね上がり、空に吸い込まれて消えた。
「な、なにをする……」
武術の心得もない槍など、妖怪には歯が立たない。ましてや大嶽丸は、鬼神とも称される、鬼を超えた鬼。刀も槍も弾かれていた。
大嶽丸は死なない。力の源である三本の剣が無限に妖力を生み出す。この剣はそれぞれが自在に動き回り、分身して、さらには壊れようとも自己修復する。大嶽丸は殺せない。
槍で突き刺された程度では、すぐ消える傷ができるかどうか。ただ、意思だけが刺さる。人を殺した鬼への敵意。
「まずな、余は死なんのよ。まあ絶対に死なないかって言うとあれなんだけど、汝らではどうにもならん。やめような。な?」
隙を見た、と思い、背後から刀で斬りかかる。
「衣は、衣はやめろ。本当やめろ!」
声を荒げた。
大嶽丸の着ている服は、村人達により作られた。体格の大きい大嶽丸に合う上衣がなく、二着をつなぎ合わせて、仕立て直し、大嶽丸に贈られた。
賊に鎧を壊され、露出している。異なる色の衣を合わせていた。はじめて着た日は忘れられない。文字通り、肌で感じた。異なっていても合わせられる。
「斬るな。破れる。この衣は、ええい話を聞け!」
迫る刀をつかみ、放り投げる。刀は地平線より遠くに消えた。
村人達はうろたえる。包囲したまま動けなくなる。
「わかったよ。わかってないけど、わかったよ。余はこの村を出て行く」
静まり返った村に、大嶽丸の声が響く。
「鈴鹿も、他の奴らも、引き上げさせる」
鈴鹿は付近の峠にいる。社があり、村のために利用できるか、危険はないかを調べていた。まだ村の騒動は知らない。
「邪魔しても無駄だ。わかるよな。余はもう勝手にする」
恐怖が走る。
大嶽丸は歩き出した。輪になっていた村人が思わず道を開ける。
「余はこの村を守る」
奇妙な決意を口にした。
門の前で足を止めた。目を手でおおう。目と、心の、くすぶる荒魂を抑える。
「まだ……目は、赤くない」
つぶやいて村を出た。少し歩いて、再び立ち止まる。村からさほど離れていない。村人達は不審に思い、物陰から様子を見ていた。
大嶽丸は仁王立ちで空を見上げた。青い目で、遠い空と、遠く離れた人間を思う。
大嶽丸が村を出て数日が経過した。
ほぼ一日中、村の前にいる。とはいえ多少の距離があり、出入りの邪魔にはならない。たまに村の周囲や、近くの山林を見て回る。
峠から戻ってきた鈴鹿と、少し言葉を交わした。なにを話し、なにを思ったのか、鈴鹿は目を伏せて、兄に従う。村の方向に頭を下げ、そして立ち去った。
不気味でしかない。
村人達は恐怖に怯えていたが、どうしようもない。追い払う方法がない。官軍に報告すべきとの声が出た。都までは時間がかかる。
大嶽丸はなにをするつもりなのか、見当もつかない。それがなにより不気味だった。
迫害された村に報復する意思はないようだった。村には近付かず、外に出た村人とも関わらない。ただ立っていた。昼も夜もなく、村に背を向け、遠くを見ている。
山の方が騒がしい。
「なんだ。あやかし……いや、人間だ」
風が吹いたほどもない気配。大嶽丸は手に取るがごとく感じ取れた。
この地方には険しい山が多い。通り道にできないため、山賊の集落が生まれた。人里を追われた者が集まり、規模が大きくなる。
時折、山から出て、近隣の村を略奪する。災害にも似た存在だった。
遅れて村が騒ぎ出す。山賊が近付いている。人を集めた。女子供を隠す。戸締まりをして、農作物を守る。村の入口で待ち構えた。
追い払う力はないが、できる限り被害を防ぐ。
山賊達も心得ていた。殺しすぎては、奪いすぎては、村が立ち行かなくなる。一通り暴れたら引き上げる。
「七十四人いる。人間を殺す気か。何人かは人間に殺されるのかね」
大嶽丸は腕に妖力を集める。三本の剣が現れた。三明剣。顕明連と、大通連と小通連。阿修羅王から譲り受けた。一振りで千人を斬るとされ、大嶽丸に不死を与える。
「余は、汝らを殺さない。なんか駄目っぽいから」
腕を掲げる。
「大通連と小通連を三十本。残り十四本が顕明連でいいか」
剣が飛び上がる。数を増やしながら。空に剣の群れが浮かんだ。人間達は呆然として空を見上げる。村人も、山賊も、何事かとざわめいた。
掲げた手を前方に向ける。
号令だった。剣は山賊に向けて飛来する。剣が空から降ってくる。逃げようと思うより早く、足元に突き立てられた。
七十四の賊と、七十四の剣。一斉に突き刺さる。追って、剣は地から抜け、宙に浮く。刀身をかたむけて、山賊に切先を向ける。
「立ち去れ」
大嶽丸の声が、剣を通して、音もなく山賊の心に聴こえる。
「背を向けろ。振り返れば斬る。いや斬っちゃ駄目なのか。でも肩とか刺す。どうしても聞かないなら、もっと刺す」
山賊達は動転して、互いに顔を見合わせている。足がすくんで動けない。
「さあ、走れ!」
心に喝を入れた。山賊が正気に返る。突きつけられた剣を見る。腰が抜けそうになりながらも、あとずさり、そして逃げ出した。口々に、言葉にならない悲鳴を上げる。
三明剣が消える。近くまで来ていた山賊は、すでに影も残らない。ほんのわずかな時間で、村に日常が戻った。村人達はただ見ていた。
大嶽丸が山賊を追い払った。村を去る時の大嶽丸を思い出す。
村を守る。
確かに村は守られた。さらに大嶽丸は、賊まで含めて誰一人も、人間を殺さなかった。
空気が弛緩してきた。安堵よりも混乱が大きく、なかなか落ち着かない。まだ動き出すには時間がかかる。
村人のうち一人が、村を出て大嶽丸に近付いた。
「おっと、汝は」
村人の顔は覚えている。鈴鹿とともに暮らしていた時の笑顔。人間を殺した時の目。
最初に大嶽丸を槍で刺した男だった。
「あの時は……ごめん。村のためだと、思ったんだ」
「いえ、その……」
「余を斬ろうとした刀は、もう使えないだろ。向こうに山賊の落とした奴があるみたいだ。拾っとけ」
男はつばを飲み、かろうじて言葉を吐いた。
「村……を、助けてくれたのですか……?」
大嶽丸は口を結ぶ。迷いながら言った。
「余なりに、考えてみた。これ、もしかしてまた駄目だった?」
「そんな。い、いえ、そのような」
地が揺らぐ思い。胸中が定まらない。
「大嶽丸。私は村の細工師。主に仮面を作る面工です」
村に伝わる風習がある。祭りや戦争などで使う面。男はそれを作る職人だった。
「そういえばなんか作ってたね」
「なにが起きてるのか。どうすればいいのか、私にはわかりません。ただ、村の皆に、話してきます」
大嶽丸は少し黙る。
「どうすればいいのかは余もわからん。まあ適当に頼む」
面工は村に戻っていった。
村が大嶽丸に守られている。
やがて村人達は理解した。大嶽丸は村の外から、村を守っていた。その後も、付近に出没した山賊や野犬を、奇妙な術で追い払う。妖怪を退治したという噂も聞く。
「感謝する者も多いです」
「ほんとかぁ?」
面工や、他にも一部の村人は、大嶽丸と少しの言葉を交わすようになった。怯えながらも、恐怖以外の気持ちが生まれてきた。
大半は依然として、遠くから様子を見ているだけが、雰囲気が変わりつつある。視線を向けられる大嶽丸には感じ取れた。
意思だけでいい。
村を守るという意思が伝わればいい。一緒に暮らせなくとも、意思は届く。押しつけられる。
勝手にする。返ってこなくていい。そう思うと、返ってくきた。村にいたころより、通じ合えた気がした。
村には戻れない。村人達は、どうしても、また一緒に暮らすとは言えなかった。触れないようにしていた。大嶽丸の力を、知れば知るほど、思う。妖怪の近くにはいられない。
人と和するには、大嶽丸は強すぎた。
大嶽丸も村で暮らそうとは、もう思っていなかった。意思は村に戻せた。それで充分だった。思いが交錯する。
ある朝。村人が気付く。大嶽丸が現れた。柵の前に座っている。柵は大嶽丸が妖怪達と作り、牛馬の管理に用いた。妖怪の腕力で組み上げた。今でも揺るぎはない。
柵の上に、人が縛られている。
「助けて、助けてくれえ」
村に住む農夫だった。太い縄が乱暴に巻きつけられていた。苦しそうにうめく。
村人が集まってきた。大嶽丸が立ち上がる。あの日と同じく、鬼を人が取り囲む。
「おひさしぶり」
村に立ち入った大嶽丸と、柵に縛られた農夫。何事が起きているのか。
「もう来ないつもりだったんだけどね。見ちゃったからには、しかたない。こいつは盗人だ」
皆が固唾を呑む。言葉もなくざわめく。
「野菜やらなんやら、作物を保管してる倉があるだろ。あそこから盗み出してた。どうするよ」
「待て、そんな」
「他の村に売るつもりだったみたいだな。今までも変な時がなかったか?」
大嶽丸の目であれば、山を越えた先の、川底をころがる小石まで見通せる。
倉の農作物については、かねてから不審に思う者もいた。貯蔵量が計算と合わない。驚き、疑いの目が、縛られた農夫に向けられる。
「やめろ、俺は……」
「あん?」
大嶽丸は農夫を見た。ごく一時、目に赤みが差す。
「なんだよ、言ってみろよ。調べりゃわかると思うがな」
村人達に向き直る。
「降ろして、話を聞いてやれ」
縛られた農夫を残したまま、大嶽丸は村を出て行く。誰にも止められない。
翌日。
快晴が続く。不穏な気配もない。大嶽丸は今日も村を出た先にいた。青目で青空を見上げる。
ふと、手をのばしてみた。触れられない。空に手は届かない。神にも近い鬼である大嶽丸も、天の下においては、人となにも変わらない。
面工が来た。大嶽丸が振り返る。
「あの者は、確かに倉から作物を盗んでいました」
「だろ?」
農夫は作物を倉に収めながら、他の者が収穫した野菜ごと持ち出していた。倉に出入りしても疑われにくいため、今まで気付く者はいなかった。
大嶽丸の踏んだ通り、不審な様子が他にも見つかった。今までに盗み取られた作物は、積み重ねると少なくない。
許されざる者の末路を、大嶽丸は聞かなかった。
「なかなか雨が降りません。他の皆も苦しんでいます」
晴天は、時に農村の災厄となる。
雨が振らない日々が、村を悩ませていた。盗みを働いた農夫も、困窮から無法に手を出した。
「なんだ」
「えっ?」
「そんなんでいいのね」
大嶽丸は三明剣を空に投げる。
「な、なにを?」
面工が困惑する。
すぐに空気が重くなった。三本の剣が上空で連なり、大きな輪を描いて回る。空が暗くなる。
雨が降る。
「あ、ああ、雨だ!」
大嶽丸の妖力が、三明剣の霊気を引き出した。三明剣は風雷を自在に呼び出せる。大嶽丸を討とうとした軍勢に、火の雨を降らせた時もある。農耕に必要な雨を降らす程度、造作もない。
天にも人にも、近付かなくとも、意思だけは届けられる。
「ほっとけば何日かで晴れるけど、いらなくなったら言ってな」
面工は、服が濡れることも忘れ、棒立ちになる。
「大嶽丸……」
「ん?」
大嶽丸の青い目が、雨の中でもよく見えた。
地を踏む音が雨に混ざる。村の民ではない。威圧感のある甲冑。重いだけでなく精巧な作り。高価な染料が用いられていた。現れた者の身分を物語る。
「お前が大嶽丸か?」
「大嶽丸か大嶽丸じゃないかで言えば、大嶽丸だ」
「なんだそれ」
雨の村に訪れた若者。鎧だけではない。みずからに神仏の加護を宿していた。
「汝こそ、何奴だ?」
「……坂上田村麻呂。官軍の将だ。お前の話を聞いた」
征夷大将軍、坂上田村麻呂。
「へえ。こんな小僧が、将軍様とはな」
「天才なのでね」
若年にして官位を授かり、すでに武功を上げている。官軍を束ねる将軍。都では、もはや疑う者がいない地位を確立させていた。
大嶽丸にも見て取れた。人間の賊や、並の妖怪とは、比べようがない域に到達している。ただならない客が来た。
「ちょい待て、雨をどかす」
三明剣を手に、大嶽丸が脚を踏み出す。田村麻呂が身構える。大嶽丸は田村麻呂ではなく、雨に向かい、回し蹴り。二度三度。宙を蹴り飛ばした。
突風が吹く。竜巻となり、雨雲を吹き消した。雨天は晴天に変わる。
「雨が、消えた……?」
水たまりすら残らない。田村麻呂が驚く。
「そもそも余が降らせた雨なんよ」
「不死の鬼と聞いてはいたが、これは、ずいぶんと」
拍子抜けした。
いとも簡単に奇跡を起こす。それ以上に、妖力に満ちていながら、妖怪の凶悪な気配がない。
戸惑いのあと、告げる。
「俺は大嶽丸を斬りに来た」
少しの沈黙。大嶽丸が口を開く。
「村に押し入る賊を殺した。なぜ人間達は、余を」
「違う」
征夷大将軍。任を果たす。
「お前が鬼だからだ」
鬼は妖怪。災いを起こす。人間に近付けてはならない。
「鈴鹿は納得してくれた」
布で包んでいた剣を取り出す。
「それ……は」
ソハヤマルの刀身が光り輝いた。鈴鹿の守護霊、ソハヤから生まれる九十九武器。
「鈴鹿になにをしやがった!」
「わかるだろ。これを俺が持っているんだ。鈴鹿から託された」
ソハヤマルは、ソハヤを代償にしなければ作り出せない。大嶽丸を封じる剣。兄妹の夢を、鈴鹿の覚悟が終わらせる。
「……鈴鹿はどこにいる?」
「わからない。もう兄には会えないと言われた」
「将軍様!」
村から面工が現れた。村の面をつけている。
「村の面職人とは、お前か?」
「は……はい」
大嶽丸も面工を見る。
「都には私が届け出ました」
面の下にある表情はわからない。見られたくなかった。知りたくなかった。
「村で話し合いました。私達は鬼とは暮らせません」
「暮らさないよ。余は、村にはもう……」
「大嶽丸」
田村麻呂が言う。
「お前は鬼なんだよ」
鬼だから。
それが始まりだった。鬼だから、妖怪だから、人間とは。大嶽丸がなにをしようとも、変わらない。人から見て、鬼は鬼だった。
大嶽丸の青目に、赤い光が浮かぶ。血の涙にも似ていた。目を閉じ、そして開く。
まだ青い目でいられた。
「余の中には荒魂が抑えつけてある。ソハヤマルで封じたら、ばらまかれちゃうけど、なんとかしてね」
「そうなのか?」
「汝は真実を知らないからな。余の荒魂までは斬れん」
「真実……?」
「ソハヤマルと荒魂の戦いが始まる。荒魂は荒魂を呼ぶから、ずっと続く」
田村麻呂と大嶽丸が向かい合う。意思が重なる。
面工はうつむきながら村に戻った。
田村麻呂はソハヤマルを構える。大嶽丸は三明剣を出さない。輝く剣を見て、ふと口をついて出た。
「これって斬られたら痛いのかな?」
「え、い、いや、どうなんだ?」
田村麻呂も首をかしげる。
「封じるための剣だが、斬るわけだから、痛い……とは思う」
「えっ、じゃあ嫌だよ」
「もうこの際いいだろ。お前どうせ死なないんだから」
「痛くないわけじゃねえんだよ!」
大嶽丸の声が少し震えた。
「死なないからって、痛くないわけじゃ、なかったんだ……」
田村麻呂は、息を長く吸い、細く吐く。呼吸に合わせて時間が止まった。ソハヤマルを握り直す。
「今は斬らせてくれ。お前と鈴鹿の夢が、真実を知る者に届くまでは」
「頼むわ。寝ながら見てるよ」
終わりに交わす、始まりの言葉。
「ありがとう、大嶽丸」
ソハヤマルの軌跡が輝く。太初に歴史が眠る。