ようこそ多重人格者がいる教室へ   作:炙りカルビ

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プロローグ:告白

 

 

 

「綾小路君、少し時間もらえる?」

 

 放課後。オレは不意に声をかけられたことでこれから帰ろうと鞄へと伸ばしていた手がぴたりと止まる。

 その声の方へ顔を向けると、その声の主である彼女は、端正ではあるが一切考えの読めない表情でこちらを見つめていた。

 

「……あ、ああ。問題ない」

 

 あまりに突然の来訪にオレは断る勇気もなく、数瞬の沈黙の後に僅かに言葉を詰まらせながらそう言うと、彼女は一言「付いてきて」と言ってから教室を出ていく。

 

 彼女のこの行動は、彼女の入学してからの言動を知るクラスメイトから少なくない視線を集めてしまうのは必然だったといえるだろう。

 彼女が声をかけた相手があまり目立たないオレだったのも理由の一つかもしれないが……。

 

 オレは奇異の目で見られることを無理やり気にしないようにして彼女の背中を追う。

 

 高度育成高等学校の生活が始まって今日でちょうど三週間。オレは今、この学校に来てちょっとした危機に直面しているかもしれない。

 ここまで頭を悩ませる理由は目の前を歩く女子生徒、夜葩美月(よひらみずき)だ。

 

 初めて目にした印象は温和な雰囲気を纏った生徒で、さらに付け加えるなら整った顔の持ち主だった。クラスにも容姿の優れた生徒は多いように思うが、その中でも彼女の顔が相対的に見て綺麗な部類に入ることは分かる。

 それは入学当初、夜葩に対する男子の反応から見ても明らかだったと言える。

 

「………」

「………」

 

 お互いに無言のまま、校舎内を数分ほど歩いた。気まずい沈黙の中、不意に夜葩が歩みを止める。オレもそれに倣って足を止めた。

 

 この様子だと夜葩は気付いてないようだが、遠くからこちらを伺っている気配がある。誰かはわからないが恐らくオレ達を追ってきたのだろう。あれだけ目立っていたら当然かもしれない。オレ達が足を止めたと同時にあちらの動きも止まった。

 一先ずオレは意識を追ってきた人物ではなく夜葩へと戻す。

 

「夜葩、今回の目的を聞く前に一ついいか?」

「………なに?」

「これからするのは何か大事な話か?」

「ええ、そうだけど…」

「なら場所を変えた方がいい。誰かがオレたちを見てる。聞かれたくない話なら尚更だ」

「………」

 

 オレが目線で誰かがいる場所を伝えながら言うと夜葩はそちらを一瞥する。

 

「あの曲がり角?それならこっちの声も聞こえないだろうしこのままでいい」

「……分かった。夜葩がそれでいいならオレからは何も言わない」

 

 確かに夜葩の言う通りこちらの会話を聞くには距離が空きすぎてるし、あちらが動きそうな気配もない。こちらが移動すれば何かしら動きがあると思うが、夜葩がここでいいと言うならもう気にしなくていいだろう。

 

 そして、ここまで夜葩と会話を重ねてみて感じるがやはり違和感が拭えない。

 こうやって夜葩と話す事自体久しぶりだが、その喋り方、雰囲気、態度がオレが初めて喋った時の面影は今の夜葩からは感じられない。

 

 この夜葩の変化に気付いたクラスメイトは少なくないはずだ。

 その変化した際の夜葩は決まって近寄り難い雰囲気を纏う。今の夜葩はマシだが、少し前はあの櫛田でさえ何度かアプローチを試みていたが距離感を掴みきれていないように見えた。

 

 わざわざオレが気にする事ではないかもしれないが、入学式の日に交流を深めてしまった分、余計に話しかけていいか否か距離感がとても難しかった。オレがコミュニケーション能力が乏しい事もあり夜葩にどう接していいか分からず、ちょっとした危機と言った理由はそこにある。

 

「話しづらい事ならオレからは無理にとは言わないぞ」

「……ごめん。もう、大丈夫」

 

 そして、ここでオレは先程から何かを言いだそうとしてどこか葛藤するように開いた口を閉じるという行動を繰り返している夜葩に声をかけた。

 対する夜葩は一度考え込むように瞳を伏せるも、意を決したように深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。

 

「判断は綾小路君に任せる。だから驚かないで聞いて。私は───」

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 四月。喜びや新鮮さ、それと共に驚きが多くあった学校のシステムについての説明。それらがつつがなく終わり、学校という集団において極自然な流れで始まった自己紹介。

 その場において、その生徒はかなりの存在感を放っていたと言えるだろう。

 

「初めまして。夜葩美月っていいます。好きな事は、とにかく人と話すことです!……昔から気持ちが浮き沈みする事が多いんですけど、そういう時にぜひ気にせずどんどん話しかけてくれるととっても嬉しいです。まずはクラスのみんなと仲良くなりたいです。これからよろしくお願いします!」

 

 その言葉には惹きつけられる何かがあった。それを証明するように、教室内に拍手が響く。

 櫛田桔梗(くしだききょう)という生徒もとても印象深いがこちらも負けず劣らない……いや、単に周りから注目されるという点においては抜きん出ていたように思える。

 

 まず、第一印象からしてその綺麗な容姿は目を惹く。それに加えて今の喋りから分かる彼女の快活さや溢れ出る愛嬌、何故だか惹き込まれるその存在感は注目するなという方が難しいだろう。

 

 もう一つ理由を挙げるとするなら面倒見の良さ、だろうか。

 自己紹介というものは人生において何度も経験するが、決して慣れるものでもない。どうしても緊張してしまうという人が多いはずだ。このクラス内においてもそれは例外ではない。

 何人かの生徒は言葉を詰まらせたり、声が小さかったりと上手く自分の言葉を伝えきれていないようだった。

 

 そこで存在感を放つのが夜葩だった。

 

 夜葩は生徒が言葉に詰まったりすると「ゆっくりで大丈夫だからね?」等と声を掛けてすかさずフォローに入る。

 人によってはこういった声掛けで余計に委縮しやすいように思うが夜葩のそれには一切の不快感はなく、善意で言っているのが見ても分かる。夜葩自身の天性の魅力なのかそれを聞いた生徒は例外なく励まされ、何とか最後まで自己紹介をやり切る。

 ここでも夜葩はやり切った生徒に向けて「お疲れ様っ!これからよろしくね!」だったり「それ知ってる!今度話そうよ!」などと言って、気持ち良いくらい共感を示してくれる。言われた側からすれば嬉しいに違いない。

 

「次は……そこの君、お願いできるかな?」

「え?」

 

 この自己紹介におけるもう1人の進行役、平田洋介(ひらたようすけ)がオレに次の自己紹介を促したことで、周りからの視線が集まる。

 これは……まずいな。他人のことばかり考えていたせいで、自分の自己紹介のことを忘れていた。

 

 やはりここは無難にいくべき場面なんだろうが、そもそも自己紹介の無難ってなんだ?

 仮に夜葩や櫛田の自己紹介が無難だとしたら文字通り格が違う。真似をしろと言われてもオレに到底出来る気はしない。

 それに、こうして考えている間にも教室内の沈黙の時間が流れていく。

 周囲からの視線も集まり場の空気に耐えられなくなったオレは、音を立てながら慌てて席から立ち上がる。

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。えー……得意なことは特にありませんが、早く仲良くなれるように頑張りたいと思います。……えー、これからもよろしくお願いします」

 

 教室内に広がる沈黙。

 なるほど。これが失敗ってやつか。

 

 オレは思わず夜葩の方へと視線を向けた。

 意図せずの行動だったが、さっきまでの夜葩の行動を見て、オレの自己紹介に対してどういう対応するのかが気になった。

 

 ……いや、正直に言おう。本人との交流すら無く非常に身勝手だが、助けてくれというSOSの意味合いを込めて視線を向けてしまった。この空気を変えてくれる一縷の希望に縋って。

 

 そうして視線を向けた時、夜葩は何故かオレのことを茫然と見つめているように見えた。

 

「……っ!…よ、よろしくねっ。綾小路君!」

 

 しかしそれも一瞬の事でオレと目があった途端にさっと目を逸らし慌てたようにそう言った。

 

「綾小路くんだね。これからよろしく。仲良くしたいのはみんな同じだ。一緒に頑張っていこう」

 

 オレがそそくさと座ると同時に平田がそう言うと、まばらながらパチパチと拍手が聞こえてくる。

 

 その後も夜葩や平田達が中心となって自己紹介は進行していく。途中で何人かの生徒が教室から出て行ってしまった事を無視すれば、とてもスムーズに終わったと言えるだろう。

 

 オレはさっきの夜葩の様子に違和感を僅かに感じたものの、特に気にすることなく今この場ではフォローを入れてくれた夜葩と平田に感謝する事にした。

 

 

 

 

 

 その日の放課後。自己紹介も終わって各々が帰路に就いたなか、オレはちょっとしたトラブルに巻き込まれていた。

 

「おい、お前ら一年か?そこは俺らの場所だぞ」

 

 自己紹介の時に教室から退出していった生徒の一人、須藤とオレががコンビニで偶然出会い、外で話をしていたところ同じくコンビニで買い物をしたであろう男子生徒三人組が突然声をかけてきた。

 

「んだよお前ら。邪魔だから失せろ。ここは俺が先に使ってたんだよ」

 

 三人組の挑発気味な物言いに須藤も突っかかる。

 嘲笑が混ざる三人組はまだいいが、それに触発された須藤の物言いはどんどんとヒートアップしていき、終いには食べかけのカップラーメンを叩きつける始末。

 この様子を見るに、須藤の怒りの沸点はかなり低いらしい。

 

 しかしその後、危ない場面はあったものの暴力沙汰になること無く事なきを得た。

 最終的には三人組が先輩だと判明したが、オレ達がDクラスだと知るや否やニヤニヤと笑みを浮かべ、「『不良品』」や「地獄を見る」だったりと含みのある発言を残してその場から去っていった。

 

「あークソが。女といい二年といいうぜぇ連中ばっかだぜ」

 

 二年生が来る前に堀北にいいように色々と言われたストレスもあるだろう。須藤は隠すこともなく文句を口にし、散乱したカップラーメンを片付けないまま帰っていった。

 

 オレが周りを見渡すと、今までの一部始終を記録していたであろう監視カメラがコンビニの外壁に設置されているのを見つける。

 

「放置は後がまずい、か」

 

 オレは落ちているカップを拾い上げようとして手を伸ばす。

 

「それ、手伝うよ!」

「ん?」

 

 しかし片づけを始めようとした矢先、突然掛けられたその声にオレは顔を上げる。

 

「……夜葩か?」

 

 その人物を見たときオレは思わず目を見張る。

 そこにいたのはクラスで一番と言っても過言ではないほど存在感を放っていた生徒、夜葩美月だった。

 

「覚えててくれたんだ。たしか、綾小路君だよね?」

「ああ、そっちこそ覚えてたんだな」

「そりゃもちろん。自己紹介が印象的だったからね。すぐに覚えちゃった」

「そ、そうか」

 

 あれはオレの自業自得だが、こうして夜葩みたいに周りの注目を集めた人物から言われるとなかなか気恥ずかしいものがある。

 それに、夜葩の態度的にあの自己紹介を弄ろうとする様な悪気はないように見えるのが余計かもしれない。

 

「あっ、ちょっと無神経だったかも。気にしてたらごめん……」

「いや、あの時助けられたオレからすれば感謝してる。夜葩こそ気に病む必要はない」

 

 オレの反応を見てか、夜葩は自身の発言でオレが自己紹介の事を気にしていると考えたようで、申し訳なさそうに謝る。

 礼を言うタイミングなんてないと思っていたところにやってきた絶好の機会。夜葩に対してオレは、なるべく夜葩自身が自分のことを責めないように自己紹介の時の感謝も混ぜて言葉を掛ける。

 

「綾小路君がそう言うなら……気にしない事にする」

「そうしてくれるとありがたい。それにしても、夜葩は何でここに?」

「えっとね、学校の外にある施設を見て回ったんだけど、その途中でさっきの言い合いが聞こえて向かってみたら…」

「さっきの場面に出くわして今に至るわけか」

「そういうこと。それにしてもさっきの喧嘩、大丈夫かな…」

「夜葩が気にするほど大きな問題はないはずだ。ただの口喧嘩だけだったしな」

 

 実際、本当に夜葩が気にするようなことではない。

 大方、夜葩は須藤と上級生達が後々喧嘩するかも知れないという事を心配しているのだろう。

 最終的にあの場では両者仲良くとはいかなかったが、学年が違うということから敢えて絡みに行くという事はない筈だ。

 

「そうかな、あの男の子って自己紹介の時に途中で教室から出て行っちゃった子だよね?遠目から見ても仲直りしたようには見えなかったし、クラスメイトとしてはやっぱり心配だよ……」

 

 夜葩はオレの言葉を聞くと伏目がちにそう口にした。

 オレは気にする事ではないと思っていたがどうやら夜葩は違うらしい。

 こうして面と向かって話してみるとよくわかる。夜葩は自身の人を惹きつける魅力に加えてかなり情に厚い。

 自己紹介の時の須藤の言動はあまり褒められたものではないが夜葩はその事に関しては気にしていないようで逆に心配しているらしい。

 これこそが夜葩の魅力の一つなんだろう。

 

「綾小路君…?どうかした?」

「いや、夜葩は人に好かれる性格をしているなと思っただけだ」

「あはは、そう言ってくれるのは凄く嬉しい。けど……」

 

 オレの言葉を聞くと恥ずかしさと困惑を合わせたような曖昧な表情になる夜葩だったが、最後の方は何か思い詰めた表情になり不自然に言葉を区切る。

 

「私が皆んなから好かれても仕方ないよ…」

 

 不自然に言葉を区切って暫しの沈黙。その沈黙を破って聞こえた小さな呟きにはどこか哀愁のようなものが漂っていた。

 

「……夜葩、それはどういう──」

「そ、そういえば!さっきの子は名前はなんて言うの?」

 

 オレが夜葩の発言の意味について聞こうとした時、夜葩は遮るように強引に話を変えた。

 

「……須藤だ。下の名前は知らない」

 

 夜葩の発言について少なからず気になるが、本人が言いたくなさそうなら無理に詮索する必要もない。

 オレは考えを切り替えて素直に名前を教える。

 

「そっか。須藤……須藤君。うん、覚えた。よしっ、それじゃあ話がかなりずれちゃったしそろそろ片付け始めよっか」

「ああ、そうだな」

 

 やはり夜葩の発言には尾を引かれるものの、そのことについて聞き出すことはしなかった。

 夜葩もそこからは須藤達の話題を引っ張る事もなく、夜葩の言葉通り元々の目的である後始末に二人で取り掛かった。

 

 

 

 

 

「綾小路君、連絡先交換しようよ」

 

 掃除もそろそろ終わる目処がつきそうな頃。夜葩から言われた言葉は思っても見ないものだった。

 

「オレなんかでいいのか?」

 

 オレは思わず片付けの手を止めてそう聞き返す。

 対する夜葩はもう片付けが終わりそうで手元のゴミをまとめながらこちらに喋りかけていた。

 オレも止まってしまっていた手を動かし、夜葩と会話しながら掃除を再開する。

 

「全然平気だよ?私としても友達が増えるのは嬉しいから。綾小路君はどう?もう誰かと連絡先交換したりした?」

「いや、まだだな。夜葩こそどうなんだ?」

「私は今だとクラスの半分、くらいかな」

「それはまた、凄いな……」

 

 正直、予想は出来ていた。

 夜葩の性格を考えれば、その人数は少ないんじゃないかとも思える。

 それに未だ誰とも連絡先を交換していないオレからすれば、その夜葩の社交性は素直に尊敬する。

 

「そう?綾小路君ってこうやって話すと自己紹介の時と違って結構印象変わって話しやすいし、もっと積極的にみんなと話してみたら簡単に友達出来ると思うけどなぁ」

「そういうものなのか?」

「そういうもの……だと思う、よ?」

「何でそんな自信無さそうなんだ?」

「言い切れるほど私って人生経験ないなぁって思いまして…」

 

 夜葩はそう言ってるがオレからすれば大いに自信を持っていいほどの実力がある。

 確かに人生経験の歴においては同じだが、友達作りにおいては圧倒的に夜葩の方が経験もあるだろう。正直言って羨ましいぐらいだ。

 

「……ふぅ。片付けも終わったし交換しちゃおっか」

「そうだな」

 

 掃除も一段落したところで夜葩がそう口にし、オレたちは端末を取り出す。

 今更だが、堀北や須藤と連絡先を交換しとけば良かったのかもしれない。須藤はともかく堀北は絶対に交換してくれる未来が見えないが…。

 

「……よし、ちょうど連絡先も交換できたよ。これからよろしくね!」

「ああ、こちらこそ。そういえば夜葩はこれからはどうするんだ?」

「んー、日用品とか欲しいし買い物行こうかなって。綾小路君は?」

「オレはこのまま寮まで帰るつもりだ」

「そっか。じゃあ今日はここでお別れだね。またね、綾小路君」

 

 そう言うと、夜葩は軽く手を振りながら特に多くを話すこともなくあっさりと別れ、寮とは別の方向へと歩いて行った。

 

「………そういえば、あまり目を合わせてくれなかったな」

 

 オレは遠くなっていく夜葩の背中を見つめながらふと気になった疑問を口にする。

 しかしその疑問に対して深く考えることはせず、オレは人生初となる寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 学校生活が始まって五日目。

 朝、教室に入って分かる違和感。その原因を探すとすぐに見つかった。

 

 昨日まではその席の周りには多少なりとも人だかりができていて良い意味でとても喧しかったと言える。だが今はその喧しさはどこにもない。

 その原因は言わずもがなだろう。

 

「堀北、聞いてもいいか?」

「………」

「堀北、聞いてもいいか?」

「……読書しているのが見て分からないのかしら?」

 

 オレはすでに席に座って読書をしている堀北に話しかけた。

 無視することも含めて予想していた返答とほぼ同じでこちらの様子はいつも通りのようで安心する。

 

「……手短に済ませなさい」

 

 堀北は溜息を吐いてそう言うが手元の本からは目線が離れていない。早く済ませてくれ。言葉以上に行動からそういう意思がありありと表れていた。

 

「夜葩に何かあったのか?」

「さてね。私が来た時からあの状態よ」

「そうか」

「気になるなら他を当たったらどう?」

「残念ながら、今教室でオレが話せるやつは丁度目の前にしかいない」

「惨めね」

「それだけは堀北に言われたくないな」

 

 相変わらず辛辣な堀北に言い返す。

 もし池や須藤がいれば聞いてもよかったが今日の登校は遅いようでまだ教室にはいない。

 

 それにしても、問題は夜葩の様子だ。

 少なくとも昨日までは普通だった。しかし今はどうだろうか。あの人を引き付ける快活さは鳴りを潜め、沈黙を貫いている。それと、どことなく夜葩が不機嫌そうに見える。

 その不機嫌そうに見えるのが原因だと思うが、微妙に話しかけづらい。

 

 しかしクラスメイト達が夜葩の様子に二の足を踏んでいるその時、一人の生徒夜葩に近づいて行った。

 

「夜葩さん、今日はもしかして調子が悪い?」

「………そう見える?」

 

 やはり流石の社交性と言ったところだろうか。

 声を掛けた櫛田に対して夜葩は数秒呆けたように櫛田の顔を見つめてから覇気がない声で返事をする。

 

「う、うん。本当に平気?元気なさそうだけど…」

「……そんなことないよ」

 

 夜葩は笑みを櫛田に向けそう言うが、その笑顔がどこかぎこちない。調子が悪いと言った方がまだ納得出来る。

 確かに自己紹介の時に気分の浮き沈みが激しいと言ってはいたが、もしかして今がその状態なんだろうか。だとしたらまさかここまでとは思ってなかった。

 

 そこからの一日は夜葩と関わった生徒たちが心配するも、本人が問題ないと言っている手前、あまりしつこく追及することも出来ず心配する側からしたらなんとも煮え切らない時間となった。

 

 

 

 

 そして次の日、夜葩は学校を休んだ。

 その事を知ってクラスメイト達は、やっぱり昨日は夜葩は体調が悪くて無理して学校に来ていたという結論に落ち着いた。

 

 一つ思うのは、夜葩が居ない教室はどこか活気に欠ける。

 クラスの中心人物として平田、櫛田、軽井沢、夜葩が思い当たるが、未だ入学当初でクラス内で生徒間の交友関係もしっかりと築けていないなか、誰とでも分け隔てなく接することの出来る夜葩が不在なのは、それだけ夜葩という存在の偉大さが伺える。

 

 しかし、次の日も、その次の日も夜葩は学校を休んだ。

 何人か仲の良い生徒が夜葩に連絡したらしいが誰一人として連絡が返ってこないらしい。

 酷い体調不良だったらこのぐらい休むのもあり得る話だが流石におかしい。

 流石にこの夜葩の状況を心配しているようで女子達を中心として朝から何かを話し合っていた。

 

 話し途中の内容は分からなかったが話し合いの結果、最終的に夜葩の所へ見舞いに行く事が決まったらしい。それに櫛田が抜擢された。当然と言えば当然だろう。櫛田は夜葩に負けず劣らずで顔が広い。それに、女子の部屋に男子が上がり込むのも色々と不味い。最悪体調不良だった場合、大勢で押しかけないという点でも、この櫛田一人という人選は実に合理的判断だったと言える。

 

 オレからも夜葩に連絡を入れておく事にした。

 夜葩なら心配の連絡を入れたとしても迷惑になる事はない筈だろう。

 オレは未だに慣れない携帯を操作し夜葩に向けて心配している旨を打ち込み、メールの送信ボタンを押した。

 

 

 

 

 次の日。櫛田が夜葩を心配していた人たちを集めて昨日のことを話し合っていた。

 

「少し体調を崩しちゃったみたい。心配させてごめんて言ってたよ」

 

 櫛田から面と向かって聞いた訳じゃないが、話している場所が教室内なため、聞こうと思えばその会話は聞き取ることが出来る。

 

 聞こえてきた内容によると櫛田が言う分には夜葩は体調を崩していたらしい。

 クラスメイトからの連絡に返信しなかったのは、寝込んでいて連絡を確認する余裕がなかったようだ。それに加えて充電もなくなっていてそもそも連絡が来ても気付けなかったらしい。

 それを聞いた生徒たちは総じて安堵したような雰囲気になる。

 

 しかし、クラス内で夜葩を心配する雰囲気が弛緩していくなかただ一人、報告をしていた櫛田の様子がどこかおかしく見えたのは、オレだけだろうか……。

 

 

 

 

 

 あれからまた数日が経ったある日、ようやく夜葩からの返信が来た。

 正直かなりホッとしている。メールを送ってみたは良いものの、櫛田からの報告を聞いただけでだけで夜葩本人からは一切音沙汰がなかった。

 あまり他の生徒との交流が無いオレからすれば嫌われたんじゃないかとすら心配していた。

 

 早速オレは夜葩からの返信を確認する。

 

『心配掛けてごめん。今日から復帰する』

 

 夜葩とメールでのやりとりはそれほど多くないが、夜葩にしてはどこか事務的な字面に感じる。

 それでもメールの内容よりも復帰の知らせにオレは素直に安堵していたが、登校してきた夜葩に対してオレはまたも違和感を覚えた。

 

 確かに前の状態が体調不良だったならそれは治ったように思える。

 そして違和感を感じたのは、その体調不良が快復したということを差し引いても今日の夜葩は入学式の夜葩とはどこか雰囲気が違うように思えた。

 病み上がりという事を考えたとしても何かが違った。

 

 根拠もない。確証もない。

 

 前と比べて喋りづらさは無いが、前の夜葩にあったあの愛嬌が無いように感じる。

 現に今もクラスメイトと話が弾んでいるらしく笑ってはいるが、あの夜葩特有の花咲く笑みではない。

 逆に言えば今の夜葩はらしかった(・・・・・)とも言える。

 入学時の夜葩は目を惹くその綺麗な容姿に加え、愛嬌があるといったギャップがあって、とても注目されていた。

 しかし今はその容姿相応の仕草や喋りをしているように思えた。

 形容するなら端麗さを感じさせる雰囲気だったと言える。

 

 話をしたかったが、久しぶりの復帰ということもありさらに言えば抜き打ちテストだったのも重なってテスト中以外は必ず誰かが夜葩の傍にいた。

 そんな状態では話すことなんて出来るはずも無く、今日は諦めて帰ろうと鞄に手を伸ばしたその時──、

 

「綾小路君、少し時間もらえる?」

 

 突然、オレはその夜葩本人から声を掛けられていた。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

「………何だって?」

 

 放課後。夜葩に連れられてやって来た空間。沈黙が支配する中、オレの疑問が沈黙を破る。

 夜葩から発せられた事実はあまりに突飛なものだった。決して理解出来なかった訳ではない。

 そう、ただあまりにもオレの予想とはかけ離れていて、それでいて、思わず聞き返してしまった。

 

「……聞いてなかったの?私、解離性同一性障害なの。分かりやすく言うなら多重人格ってやつよ」

「………それは、」

「ごめん、勝手に呼び出されて色々と聞きたい事はあると思うけどまた今度にしてくれる?時間は作るから」

 

 そう言うと、夜葩は踵を返し、来た道を戻っていく。オレはその背中を黙って見つめることしかできなかった。

 夜葩の言う通り確かに聞きたいことはある。だが夜葩の言った精神的な疾患は扱いが難しい。そこに対しオレが矢継ぎ早に疑問を口にするのは色々と問題があるのも事実だ。今は話してくれたという事で納得すべきだろう。

 

 そうこう考えているうちに、夜葩の背中は見えなくなっていた。さらにこちらを伺っていた人物の気配も既に無い。

 

 オレはまたも沈黙が訪れた空間で夜葩の言葉を思い出しては様々な疑問が降って湧いて出ていた。

 

 なぜオレに喋った?

 

 他に知っている人は?

 

 本当の人格は?

 

 そもそも、多重人格自体が本当のことか?

 

 夜葩の意図が分からない。しかしこれらの疑問もオレ一人ではどうしようもなく夜葩に聞かなければ解消されないものばかりだ。

 だからこそ、堂々巡りになっているこの思考を切り替える。疑問は尽きないが夜葩自身が後で話すと言ったからにはそれを待つのが賢明だろう。

 

 オレは教室に置いたままの鞄を取りに一度戻り、その後はどこに寄る事もなく寮へと帰った。

 

 

 

 

 

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