チビで非力で凡才な一般レオナルドが不思議な出会いをする話です。
思いついた勢いのまま
レオナルド・ウォッチは
午前6時に起床し、8時にバイト先に出勤、店長と副店長からの指示を受けつつ、他の従業員と一緒に配達の仕事をこなし、昼の12時に退勤する。
そして昼ごはんをよく通っているダイナーで済ませ、夕方までの時間をフリージャーナリストとして活動する。
ネタがあればすぐに写真を撮り、見た事聞いた事をまとめ、スマホのメモ帳に原稿を書き上げ、撮った写真と共にメールで契約会社に送信して『OK』のサインがあれば収入となる。なければ次のネタ探しだ。
そうして夜になれば自宅に帰り、安い弁当を食べて明日の準備をして就寝する。
これが彼の基本的な1日。
レオナルド・ウォッチの日常であった。
あの日、公園で出会った、不思議な女性を見つけるまでは。
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平日のこの日、レオナルドは午後3時の休息を、片手にある近場で買ってきたホットドッグ、コークと共に過ごすべく、HLにいくつかある公園に来ていた。
草が広がる平地では異界人と人間の子供たちが賑やかにベースボールを遊び、保護者が談笑しながら子供を見守っている広間の外側の遊歩道をレオナルドは歩く。
やがて視線の先には公園中央にある噴水が見え、その周りにあるベンチが視線に入る。
今日のオヤツはここで食べよう、とレオナルドは決め、歩くスピードを速めた。
途中、視線を下にずらした瞬間にスーツ姿の人とぶつかりそうになったが、寸前の所で回避出来た。すみません、と声を掛けつつ振り向くが、
「……あれ? 誰もいない?」
自分の後ろに居るはずのスーツ姿をした人はどこにも居らず、はて、と周りを見渡してもそのようなスーツ姿が特徴の人はどこにも見当たらない。
……疲れてるのかな、僕。
もしくは大変よろしくないものを見かけてしまったのか。
自分にとってこのHLに来る事となった最大の原因である〝とある物〟。それがもしかしたらふとした拍子に〝普通は見えないもの〟を見せてしまったのか。
「気にしない様にしよう……」
深く考える前に思考を切り替える事にした。
別に、この街には〝怪異に等しいもの〟はスーパーの安売りシール以上に溢れているのだから。
とにかく、今は3時のオヤツを楽しむ事が最優先である。
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「──ウキッ」
「あ、ソニック、今朝ぶりだね、元気にしてたか?」
オヤツのホットドッグとコークを6割ほど平らげていると、突如頭の上に自分の良く知っている重さと声が伝わってきた。
彼の名前はソニック。音速猿という種族で、HLに適応している生物の1匹だ。
そして、レオナルドの親友でもある。
音速猿という種族は人間並に賢い頭脳を持ち、それでいて名前が表している通りに音速で移動出来る猿に近い身体を持っている。
しかしながら、その速度を出す為に身体は脆く、HLでは非力なレオナルドでさえ少し力強い握れば、彼らの骨は簡単に折れてしまう程だ。
逆にいえば、身体が脆いからこそ音速で移動して捉えられないようにしているのだろう。
普通彼らは自分達の種族以外とは一定以上の関わりを持たずに生活している。
普段はHLに住む人間、異界人達相手にその自慢の速さを活かして盗みなどを働き、それを金に変えて、食べ物を買ったり、または直接食べ物を盗ったりしているという。
だがソニックはレオナルドが昔あった事件以降、友好を深め、今では親友と呼べる程になっている。
そして、レオナルドとソニックはビジネスパートナーでもある。
「で、どうした? 何かネタ見つけたか?」
「ウキッ!」
「そうか、じゃあこれさっさと食べて現場に行こう! 今日はソーセージ大量にあるからナポリタンにするぞ!」
「──!」
ソニックが目を輝かせた。
その光景にレオナルドは小さく笑い、残ったホットドッグを半分に割って、はい、とソニックに渡す。
ソニックにも3時のオヤツを渡し、レオナルドはソニックと共にホットドッグを口に放り込み、コークをレオナルドが飲んだ後にソニックが飲み干す。
そして残ったゴミを丸めて圧縮し、ゴミ箱に捨てる為に立ち上がった。
ソニックに以前持たせた自前の地図で示した場所は、ここから徒歩10分ぐらい先にあるテーブル席でチェスが出来るカフェだ。
ソニックの話によるとそこでちょっと有名なチェスのプロ選手が足を運び、異界人と良い勝負を繰り広げているらしい。
大きなネタではないが、小さなゴシップ程度にはなりそうなネタだ。
チェスについては一定の理解があるため、ゆっくり行っても写真には納められそうだな、とは思うが、それでも可能性として一気に終わる事が考えられるので、急いだ方が良いかもしれない。
そう決断し、そのカフェに向かう為に顔を振り向ける。
そこでふと、気が付いた。
「……え、また?」
ほんの少し前にぶつかりそうになった、しかしどこにも居なかったスーツ姿の人が、レオナルドの腰掛けていたベンチの背もたれの上の方にしゃがんでいたのだ。
音も聞こえず、気配もなく。
ただの人間であるレオナルドが気付かないならともかく、音速猿であるソニックすら気付けない気配の無さにレオナルドは薄寒い何かを感じつつ、つい観察してしまった。
その顔は今度こそしっかりと確認でき、その〝女性〟の視線は、確かにレオナルドの顔を捉えていた。
女性の着ていたスーツは見た目か、動きやすさ重視なのか、体に沿う様な細い作りになっていて、彼女のスタイルの良さを全面的に主張していた。
そして女性の顔は言ってしまえば端麗であり、彼女のスタイルの良さ、そして顔の良さはこのHLの中でも中々見かけない位には美しいと言える程だろう。
髪の毛はショートのようなロングのような、中間的な、どちらかといえばショートよりの黒髪で、瞳の色は黒寄りの紫色に近い。
そんな女性の顔をついまじまじと眺めてしまったレオナルドは、綺麗な人だなー、と同時に、なんか魂抜けてるなー、という感想を持った。
時間にして約10秒程、レオナルドと女性は互いに顔を見つめ合い、しかし遂にレオナルドがあまりの何とも言えないような空気を(そして女性の顔と体全体をまじまじと見てしまった罪悪感を)なんとかしようとして、
「──あの、大丈夫ですか…?」
きっと、というか確実に聞こえたのだろう。
そして、彼女はレオナルドにそんな言葉を掛けられるとは思わなかったのだろう。
えっ、という女性の驚愕した顔がレオナルドの眼に焼き付いた瞬間、女性の──〝世界が変わった〟。
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レオナルドはその世界が変わる光景を〝見通した〟。
まるで抜けていたパズルのピースが元の場所にはまっていくように、空いた穴に水が飲み込まれて渦が巻くように、女性を中心に万華鏡の景色が広がる様に、まるで魂が抜けているようだ、と感じた女性の体に〝色〟が入り、染まっていく。
そして、それとは逆に女性の体からまた別の〝色〟が飛び出して、四方八方に散らばり、やがてHLの深い霧の中へと消えていく。
その光景を至近距離から見たレオナルドは、まるで〝世界が書き換えられて〟いくようだ、と感じた。
彼女の存在した世界が、いつの間にか彼女のいない世界へと変わり、しかしこの瞬間にまた彼女が存在する世界へと書き換えられたような。
「──え? あれ?」
女性が、声を出す。
なんで、どうして、という感情があるのは、自分の理解を超えたような出来事が発生したからだろう。
レオナルドには何故この人がそれほど自身の状況を疑問に思っているのか理解が出来なかったが、たった一つだけ、思う事があった。
……大変よろしくない事に首を突っ込んだかもしれない…ッ!
この街での厄ネタは自分のようなフリージャーナリストにとっては大金の匂いがする特ネタであると同時に、慎重に扱わない場合、次の日には自分の遺体が路地裏かハドソン川で見つかるのだ。
つまり、レオナルドはこの〝居たはずなのに居なかった女性〟に対して一種の厄ネタのニオイを感じていたのだ。
そして厄ネタに対してレオナルドが取る行動は基本一つだ。
……落ち着けレオナルド、お前は出来る男だ。だからこの女性には取り敢えず、自分はこの街でひっそりと暮らす何の取り柄もない貧相な一般人です、という印象を持たせて、寝て起きた次の日には記憶には残ってないそこら辺の石っころ程度の存在として振る舞うのだ──!!!
逃げ、の一手である。
何せレオナルドはこのHLにおいて、貧弱な人類の中でもかなり弱い部類の人間だ。
喧嘩は勝てず、嵐が来れば逃げて隠れるのが最善手。暴力を振るわれれば終わるのを耐えるしか出来ない。
そんなレオナルドが場合によっては死ぬ可能性がある厄ネタに対して取れる手段は、基本、逃げなのだ。
厄ネタに関わらず、それに近しいものを感じたら出来る限り離れ、そして逃げる。
それがレオナルドの取ってきた行動であり、このHLで培われた危機管理能力だ。
だからレオナルドは女性に対して出来る限り印象に残らない様な行動を取り、出来る限り素早くこの場所から立ち去ろうと心がける。
故に女性がレオナルドに話しかける前に先手を取り、出来る限り無難な一言を言ってから去ろうとして──、
「──ねえ、君」
「何でしょうか……っ!」
出来なかった。
レオナルドは後悔した。自分の人の良さを。
レオナルドは後悔した。自分の目の良さに。
レオナルドは後悔した。
「どうして、私、が──」
「────」
バランスを崩し、後ろに倒れる女性を庇う為に動けた自分の体を。
続かない