十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十八話 百鬼夜行3

 

 黒く焼け焦げた瓦礫の先に、ソイツは倒れていた。

 

 仰向けに転がり、がらんどうの眼が空を見上げている。

 まだ戦意は消えてはいなかった。呪力の残滓が、微かに燻っている。

 

「……終わりにするか」

 

 そう思って、ゆっくりと歩み寄る。

 寂仄(せきそく)は術式を発動していない。

 

 もう間近まで接近したのに、一向に目も耳も異状はなかった。

 右手に振動のエネルギーを溜め、ヤツを終わらせる。

 

 その時、ぽつりと呟きが漏れた。

 

「……さびしかったんだ」

 

 誰かに話しかけるように――誰にも届かない言葉を紡ぎながら、寂仄(せきそく)が喋り出した。

 

 ――ずっと……誰もいなかった。何を話しかけても、誰も返してくれなかった。

 ――余を抱きしめる者もいなければ、名を呼ぶ者もいない。

 ――死んでも、気づかれない。消えても、悲しむ奴なんて、どこにもいない。

 ――そんなのは、死んでるのと同じだろう?

 ――だったら、せめて、孤独じゃない"死"を、誰かに与えてやりたかっただけだ。

 

 そんな哀れな話を聞かされても、感情は何も湧かなかった。

 哀れみでも、怒りでもない。ただ冷静に、こう言い放つ。

 

「遺言はソレでいいか?」

 

 寂仄はわずかに微笑んだように見えた。

 

「……最期に一言……いいかな?」

 

 その瞬間だった。

 

 ――ドッ!!

 

 地を這うような呪力のうねりが、死にかけの躯から吹き上がる。

 ヤツは、もうまともに動けるわけがない。

 

 だが、周囲に立ち込める影はゆらゆらと蠢いている。

 

 それは寂仄(せきそく)の操る影の手。

 その手が、印を結んでいた。

 

「領域展開――《孤哭幽苑(ここくゆうえん)》」

 

 ぶわりと広がる黒。

 視界が塗り潰され、濃霧が音もなく渦を巻く。

 

 その渦が俺の周囲を取り囲み、世界の端を閉じるように結界を形成していく。

 空気が重い。視覚、聴覚、呪力の感知――すべてがまた、失われ始める。

 

 視界の情報がゆっくりと流れていく。

 走馬灯なのだろうか?

 

 結界が閉じる速度、領域内に流れる呪力の奔流。

 時間の流れが遅く感じる。

 

 だが、この感覚。

 不思議と怖くない。

 

 どころか、身体の奥から、爆ぜるような熱が立ち上がっていた。

 寂仄の領域が展開された、その瞬間――俺の頭の中に、雷が落ちた。

 

 黒閃。呪力の核心。

 あの時、俺は確かにそれを掴んだ。

 

 この身を満たす呪力の奔流。

 まるで、何でも出来そうな感覚。

 

 全能感――それが、今の俺を貫いている。

 

 領域展開。

 

 受けたのは一度だけ。

 経験不足。僅かな知識しかなかった俺に、身体が教えてくる。

 今の俺なら『できる』と。

 

 息を吸い、腰のホルダーからマイクを引き抜く。

 左腕を横に伸ばし、片手で来迎印を結んだ。

 

 親指と人差し指で輪を作り、人差し指の先を親指の第一関節に当てる。

 その見た目は英字の『A』を描いていた。

 

「領ォ域展開!!――《響聲幽囃子(きょうせいゆばやし)》!!」

 

 その叫びと同時に、視界がさらに黒に染まる。寂仄の領域が完全に閉じた。

 辺りは漆黒の濃霧に包まれ、無数の墓標が突き立つ。

 

「……愚かな」

 

 嘲るように、寂仄が笑った。

 

「これが貴様の領域展開か? ふっ、哀れだな」

 

 声が響いた。得意気に、あざけるように。

 

「この空間に入った瞬間、貴様の五感は全て奪われている。今は喋ることも、聞くことも、感じることもできぬはずだ」

 

 寂仄は影の手を操って身体を起こす。

 

「そして、苦し紛れの領域展開。だが、失敗したようだね。現に、余の領域に何の影響もない。この勝負、余の勝ちだ」

 

 寂仄は確信している。この勝負、もらったと。

 でも――俺は笑った。

 

「もう一度聞くぜ? 遺言はソレでいいか?」

 

「なぜ……喋れる?」

 

「クククッ……」

 

「余の孤哭幽苑(ここくゆうえん)は必中のはずだ!」

 

「アハハハハッ!!」

 

 笑いが止まらねぇ。

 "勝った"と思い込んでる奴ほど滑稽なもんはねぇな。

 

「お前には聞こえねぇのか?」

 

 その瞬間だった。

 

 ――ドゥン……ッ!!

 

 結界の奥から、重低音が響いた。

 ビートの鼓動。外から鳴り響くその音が、ここにも伝わってくる。

 

「これは……外からか!?」

 

 ――ピシッ!

 

 鈍い音と共に、結界にヒビが入った。

 一発、また一発と、スピーカーのビートが結界を殴るたびに、音の衝撃波が押し寄せる。

 

――ピシピシッ!

 

 音が響くたびにヒビが増していく。

 そして――

 

 ――ガラガラガラッ!!!

 

 結界は崩壊した。

 

 気がつけば、視界が開けていた。

 紫と銀のスポットライト。

 まばゆい照明と、歓声のような音が渦巻く中。

 

 俺たちは、ライブステージの上に立っていた。

 

「どういう……ことだ……?」

 

 寂仄が呆然と呟く。

 

「その重低音は……お前のスピーカー……結界の、外から……?」

 

 ああ、その通りだ。

 

 ここは俺の領域展開――《響聲幽囃子(きょうせいゆばやし)》。

 周囲一体をまるごとライブ会場へと塗り替えた俺の舞台。

 

 背後に立ち並ぶ巨大スピーカー。

 紫と銀の照明が夜空を切り裂き、京都の街中に俺だけのライブステージが建てられていた

 地鳴りのようなビートが、周囲に響き渡る。

 

「なっ……な、んだ、その領域は……!」

 

「俺も知らねぇよ、ノリでやったら出来ただけだ」

 

「ありえない! 結界で覆わずに(・・・・・・・)、どうやって生得領域を具現化するというのだ!?」

 

「だから、知らねぇっての。俺に聞くな、ノリで理解しろ」

 

 まったく、俺は言語化が苦手なんだ。

 ノリやフィーリングで理解してほしいぜ。

 

 今もまだ、身体が振動するようにスピーカーから重低音が鳴り響く。

 流れ続けるビートが、俺の歌を待ちわびているようだ。

 

 そういや――初めて五条先生と会った時、あの人が言ってたな。

 

『それにね、君の術式……結界術が混ざってる』

『術式に無意識のうちに結界の論理を織り込んでるんだ』

『これ、下手したら領域展開の初期形態に近い現象が起きてる』

 

 俺は端から半端ながらも、領域展開もどきをしていたらしい。

 それを理解せずに、俺はこれまで術式を使っていたってことか。

 

 教えてくれればもっと早く、領域展開を使えてたかも知れねぇってのに。

 

「さあ、ここからは俺のステージだ」

 

 マイクを握り直し、一歩前へ。

 

「冥土の土産に俺の16小節、聴いていきな」

 

京の都で 始まる騒動

常勝続きで 上々だ』

壇上に立てば俺のターン

サタンが見送る、最期の晩餐

 

『孤独の檻じゃ 届かねぇ合唱

圧勝で飾って あげましょう

『七転八倒 かなり不格好

『呪術 高等 専門 学校

 

『呪術の学校 宗教系の場所

早速捧ぐ 祈りの合掌

から意味ない 釈迦説法

『ならシャバに 捧げる ラップの即興』 

 

真っ向から放つ このバース

『声を枯らすまで 叫び散らす

孤立するコイツに 送るバースデイ

幕を閉じる このラストバースで

 

 瞬間、舞台が――爆ぜた。

 

 紫と銀の閃光がステージから炸裂し、

 スピーカーから放たれた音波が螺旋を描いて天を穿つ。

 

 光と音の嵐が、都市を包み込む。

 音の波は観客席――いや、京都を覆う結界そのものに刻まれ、周囲一体の呪霊ごと消し飛ばした。

 寂仄(せきそく)の躯が、音の奔流に巻き込まれて浮かぶ。

 

「ああ……騒がしいのも……存外、良いものだ……」

 

 その言葉が掻き消える前に、音と光が彼を粉砕した。

 塵一つ残さず、呪いは祓われた。

 

 舞台の中央に俺は一人、立っていた。

 

 スポットライトが一条、俺を照らしていた。

 紫と銀の光に包まれたステージの中心。

 夜の街に、微かな静寂が訪れた。

 

 マイクをゆっくりと下ろす。

 

「……終演だ」

 

 吐き出すように、そう言った。

 足元には無数の瓦礫と、崩れた建物の残骸。

 

 空気はまだ呪力で満ちていたが、もはや敵意も、声も、何も返ってこない。

 俺の領域展開の範囲に入っていた呪霊は、寂仄もろとも祓いきった。

 

 静寂。

 まるで、この街がようやく呼吸を取り戻したかのように。

 

 肩の力が抜ける。

 マイクを握る手が、かすかに震えていた。

 でも、それすら――誇らしかった。

 

 ※ ※ ※

 

 百鬼夜行終結後、呪術高専関係各所による審査を経て、阿比留玲(三級術師)は、その功績に鑑み、一級術師への推薦がなされた。

 

 京都市内における百鬼夜行への参戦に際し、阿比留は単独で四級から二級に相当する呪霊を三桁以上祓い、一級呪霊一体、および特級呪霊一体を撃破。

 これらの戦果は、術師としての力量および貢献度において、一級相当と判断されたものである。

 

 一方で同件に付随して、阿比留三級術師は当日行動を共にしていた京都所属の高専術師に対し、明確な衝突および危害を加えた事実が確認されている。

 

 当該行為は任務中における同業術師間の協調性を著しく欠くものであり、上層部の決議により一定期間の停学処分が科されることとなった。

 かくして、阿比留玲は一級術師として推薦されると同時に、術師としての活動権限を一時停止される処分を受けることとなった。





 これまで本作品を読んでくださり、ありがとうございました。
 この作品はここで、一旦の完結とさせていただきます。

 切りの良いところまで書けたら、完結にしようと思っておりました。

 ということで当初の予定どおり、「十中八九、術式ラップ」を完結にしようと思います。
 誤字報告、ここすき、感想などを送って頂き、とても嬉しかったです

 改めて、これで本作品を完結とします。
 これまでご愛読頂き、ありがとうございました。
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