ちなみに、ただの深夜ノリの思いつきでそのままに書いたので、だいぶ強引に終わらせてます。ごめんちゃーい。
もう7,8年はハーメルン見てたのに、ここでは未だにアカウントも投稿もなかったので投下。設定も特に考えず、アカウントを作ったから折角ならと、深夜のノリで推敲すらなく書いたので、続きはありやせん。
なので、かるーく読んでくださいな。
その夜、壁の向こうから男の大声がした。
「夢を持つことが成功の第一歩です!!」
僕はカーテンの隙間から空を見た。月はぼんやりしている。たぶん、こんな夜に“成功の第一歩”を踏み出しているのは、日本中でこのアパートの一室
だけだろう。
もちろん、僕の部屋じゃない。
隣の部屋、203号室からだ。
それは毎晩のようにやってくる。夜の1時、あるいは2時。
「君は素晴らしい資質を持っている!」
「限界は、幻想だ!」
「挑戦こそが、人生だ!」
「だからこそ、夢は現実になる!!」
僕は限界だった。寝たい。ただそれだけだ。
が、隣人は僕の睡眠より、こんな深夜に夢の大切さを叫ぶことを選ぶ。
大学に入学し上京してきたばかりだが、これがこの東京という所なのだろうか。いや、違う。そんな東京があってたまるか。
最初の夜は、何かの冗談だと思った。ラジオかYouTubeか。
2日目は、誰かが酔っているのだと思った。酔ってイーロン・マスクだか、スティーブ・ジョブズだかを憑依したのだと。
3日目には、気づいた。いや、薄々気づいてはいた。あの声の主は、ある種の希望的観測に基づいた予想であったラジオでも、YouTubeでも、酔った人間の声でもない。ただただうるさいシラフの人間だ。しかも明らかに、同じ声だ。つまり、毎晩、同じ人物が、別の自己啓発本?を音読しているということになる。
その日、僕は203号室の壁に向かって「寝かせてください」と声を出した。僕の決断と勇気とは裏腹に、その時口から出た声は、思いのほか小さなものだった様に思える。
もちろん返事はない。ただ、「夢に向け、やるか、やらないか、だ!!!」という声が返ってくるばかりだった。
どっちでもない選択肢は存在しないのか。ゆるやかにやりたいとか、ちょっと考えてからやりたいとか、そういう選択肢はないのか。そして"夢だ夢だ"というが、キミの言うその夢とはなんなのか。
しかも困ったことに、その声が妙に元気づけてくるのだ。
「君は君のままでいい」と言われると、「ああ、そうなのかも」と思ってしまう。流石は自己啓発男と言ったところだ。でも啓発された結果として“君のまま”であったとしても、そもそも睡眠が取れないってのは、さすがに本末転倒だろう。
そして今日で7日目。
つまり、僕は一週間連続で、“夢を語る隣人”とともに夜を越えている。これはある意味、合宿だ。そう、自己啓発合宿。勝手に隣室で開催されている自己啓発セミナーに、毎夜欠かさず、勝手に参加させられている状態。金は払っていないが、睡眠は差し出している。
いや、そろそろ文句を言おう。
僕だって大学生だ。人として生まれ、この方18年と6ヶ月。そこそこ理性的な生き物のはずだ。
壁の薄さと声の大きさに耐えてきたのは、共存の美徳という名のクソだった。これ以上は無理だ。
僕は、スマホの電源を消し、イヤホンを取り外し、スリッパを履いた。
上京する際に祖母から貰ったふわふわとした感触のそれは、決戦にはやや向かない気もするが、仕方あるまい。しかし、これはなかなかの優れもので、靴底を付け替えれば外でも使える屋内外両用なのだ。なにそれすげ、そんなのあるんだ。って感じだ。この機能を使えば、少なくとも、今日の雨で未だにぐしょぐしょに濡れた靴を履くよりはマシだろう。水分は苦手なのだ。
なけなしの勇気を胸に廊下に出ると、湿った絨毯のような匂いがした。
僕のアパートは築40年の木造、壁は紙のように薄く、風呂はたいていぬるい。壁の模様がちょっとだけアスパラガスに似ている以外は、まったく特徴のないアパートだ。
203号室の前に立つ。
決戦を前に僕の鼓動は今日イチ速まるが、中からは相変わらず、誰かに向かって語りかける声が聴こえる。
「今日もお疲れ様。みんな本当にがんばってるよ」
相手の様子を窺うべく、僕はドアに耳を当てる。こうすると、自分の鼓動がより鮮明に聞こえる。
すると部屋の中からは…
「少しだけ、勇気を出してみよう」
……そうだ、なけなしの勇気を胸にドアの前まで来たのだ。後はそれを振り絞るだけ、「少しだけ勇気を出してみよう」。僕の健やかな睡眠のために。
気づけばまたも、あの自己啓発男に心を揺さぶられかけた自分自身に、若干の苛つきを感じながらも、僕は深く息を吸って、ノックした。
コン、コン、と優しく二回。怒ってるけど、丁寧な人間を演出するノック。
すると、声がピタリと止んだ。
静寂。深夜2時が、世界に戻ってくる。
やがて、ドアがゆっくりと開いた。
そこにいたのは、パジャマ姿で、耳にAirPodsをつけたまま、満面の笑みを浮かべる男だった。
意外なことに太っているが、身長は僕と同じくらい。170cm中程といったところか。思いの外、顔は優しそうだ。少し寝癖がついている。だが、目が深夜とは思えぬほどに覚醒している。何かを達成した人間の目だ。いや、たぶんまだ何も達成していないのに、その目をしている。…やはり、イーロン・マスクか誰かを憑依していたということは、間違っていなかっry)
「どうも、こんばんは!」
彼は笑顔で言った。
「……音、聞こえちゃってました?」
僕が頷くと、彼は申し訳なさそうに頭をかいた。けれど、その目は全然申し訳なさそうじゃなかった。
すると続けて語り始める。
「いやー、つい声に出しちゃうんですよね、読まないと響かなくて。脳に。あと、僕、耳からも入れたい派で」
耳からも入れたい派?一体何を?成功をだろうか?
「人によっては、うるさいって思うかもしれないって、わかってるんですけど……でも、人生ってそういうもんじゃないですか?」
……急に語り始めて、彼は一体なんなのだろうか?
「隣の誰かのうるささの中で、自分の静けさを見つける――みたいな。僕、それを“共鳴”って呼んでるんですけどね」
彼は今一度、「共鳴」の意味を辞書で引くべきだ。
そしてその瞬間、僕は悟った。
これは長い戦いになる。
…あれから約4年近く経ち、大学も卒業目前の今思い返してみると、人生を変える出会いって、もっとドラマチックなものだと思ってた。
ロマンチックとか、運命的とかそんな言葉が合う様な。でも実際は、僕にとっての人生を変える出会いとは、パジャマ姿で夢を叫ぶ隣人に文句をつけに行ったというものだったのだろう。
〈完〉
ありがとうございました。続きを書かずにここで止めたら、隣人が思ったよりただのやべー奴になってしまった。
ただ、この出会いはきっと隣人の彼にとっても、良い方向に人生を変えるものになるはずですよ。過去に色々あったけどそれをこの出会いを通じて払拭して成長する的なアレですよ。アレ。