トム・リドルが唯一友達になった子、口数が多すぎる。 作:八重歯
パリンと音を立て電球は簡単に砕け散った。
少年はまるで汗をかいたかのようなポーズで額をぬぐい、これまたわざとらしく「さて」と空気を仕切り直した。
「さて、お目覚めの王子様にお知らせです。これはちょっとした夢ってことにしましょう。そうでないと僕が魔法省に──」
「魔法省?」
「……マーリン、僕の守護霊がぺちゃくちゃ切り株だったのをわすれてた!そりゃ情報漏洩もするよね!」
そう言って少年は腰に手を当て自分の足元を見ながら「やべー」とちっとも困ってなさそうに言う。数秒沈黙したあと、決心したように訝しげな顔をしているリドルに向き合った。その表情は混乱し胡散臭そうにこちらを見るリドルを見て楽しんでいる雰囲気すらある。
少し間を置いて、リドルの訝しげな表情に気づくと、少年は突如にっこりと笑いかけた。
「ところで君、名前は?僕はフィンレイ・ノエイン・ルクス・パーシバル・アマデウス・エルリック・トレヴェリアン・ウィンドルミア。覚えた?間違えると君の尊厳に関わるから、慎重にね」
「……トム・マールヴォロ・リドル」
「君の名前サイコーじゃん。記憶の残り方と口の回しにくさがマイルドにミックスしてる。よし、トム・マール。お家に帰ろう」
リドルには何もかも理解不能だった。しかし、その疑問の答えを秘密にされている事よりも、幼子に言い聞かすように優しく言われた事と、差し伸べられた手が何とも癪に触り、煩わしそうに手の甲でフィンレイの手を払いのけた。
「ここはどこだ。あれはなんだ。なんで僕はここにいる」
「ここは僕の部屋。あれはひよこのピヨ。君は──外で気絶してた。なんか面白そうだったから連れてきた」
「嘘だ。それに、普通ひよこはクラッカーから出てこない。うさぎも、猫も入らない」
「押し込んだらワンチャン」
「ない」
「いやいや、こう。ぎゅーっと。圧縮したら」
「そうしたら死ぬはずだ」
「あー。まあね?まあいいじゃん。死ななかったんだからさー。君ってば動物の死体にトキメクタイプ?亡者のリーダーになっちゃう系?」
「……チッ」
リドルはこれまでの人生で一度も味わったことのない感情に襲われていた。言葉が通じない、というよりも通じさせる気がないというか、のらりくらりとかわして流しているというか。そんなコミュニケーションの崩壊だ。
どっちにしろフィンレイの言葉は全てリドルの神経を逆撫でするものだったが、フィンレイはリドルに睨まれても「おや」と思うだけで孤児院の子どもたちのように何かを感じ、怯えて逃げることはない。むしろ、面白がっていた。
「……金貨、謎解きしたらくれるんじゃないのか」
唐突に話題を切り替えたのはリドルなりの譲歩だったのだろう。様々な衝撃で半分忘れかけていた金貨一袋のことを話題に出したが、フィンレイは「は?」という顔で首を傾げる。リドルの額に青筋が立ったのを見て「ああ」と手を叩き机の引き出しを開けた。
「そうそう。報酬だった。忘れてた。はい金貨一袋」
フィンレイはどう見ても大富豪の子どもには見えなかった。服は確かにリドルが着ているものよりも良いものだろうが、一般人は大抵そうだ。至ってシンプルなシャツにズボンで成金や富裕層がするような下品な装飾はついていない。部屋はリドルが与えられた個室の三倍はあるが、家具もそこまで華美なものではない。
特筆すべきなのは、壁一面に本棚があり、壁だけで収まらず天井にも本棚がくっついていることだろう。リドルがそれに気づいたならば三度見必須だが、リドルはフィンレイに警戒心を持って睨みつけていて、流石に天井にまで見ていなかった。
フィンレイが差し出したのは手のひらに収まる程度の麻袋だった。かちゃん、と金属がぶつかり悲鳴をあげた音がリドルの耳にも聞こえ、本当に本物の金貨が入っているのかと不審に思いつつ──期待しつつ──受け取るために手を出す。
「──ってかさ。トム・マール。君本当に謎解きしたの?たまたまロマン感じて電球持ったんじゃなくて?」
フィンレイは何かに気づいたように袋を持つ腕を引き上げ、リドルの伸ばした手は空を切った。リドルは隠すことなく大きく舌打ちし、口を開く。
「チッ!……ロンドン塔、懐中時計、自転車、電球。十月三一日、六時六分。……これでいいか?」
リドルは早口で吐き捨てるように謎解きの答えを初めから羅列すると、フィンレイが目を見開き指が緩んだ一瞬を狙って彼の手から袋を奪った。
想像以上にずっしりとしている。本当に金貨なのか。ただの馬鹿なボンボンか。とリドルはフィンレイを横目で見ながら紐を解き、中に入っていたものを手のひらの上に出した。
「……なんだこれ」
「金貨」
「……こんなの、見たことがない」
「うーん。たぶん、きっと、おそらく、これから死ぬまで見ることになるんじゃない?」
「使えないから、観賞用って事か?死ぬまでに溶かせばいい。それなら売れる」
リドルは冷たく鼻で笑いながら金貨を掌の上で転がす。それはたしかに材質は金のようだったが、見たこともない老人の横顔があった。純金ではなくともそこそこの値段になるだろうとリドルはポケットの中に無造作に袋を突っ込む。しかしポケットの中の小さな手帳が引っ掛かりうまく入らず、リドルは初めてフィンレイから視線を外し手元を見た。
「──違う。君が今日から魔法使いだからだよ」
その言葉は当然のようにリドルの頭の上に降ってきた。「魔法使い」の言葉に、リドルはまた訳のわからない妄言かと苛立ちながら顔を上げる。文句の一つでも言おうと思ったが、ここにきて初めて、フィンレイの真剣な目を見て口を閉ざした。
「魔法、使い?」
「そう。トム・マール。君はマグル──非魔法族が暮らす世界にいる、魔法使いだ。身に覚えがあるんじゃない?何かを引き寄せたり、何かを燃やしたり、あるいは、何かを操ったり」
フィンレイはポケットから黒色の杖を取り出した。それは持ち手の部分に複雑な装飾が施されているもので、リドルは指揮棒か何かか、と考える。フィンレイが意味なく左右に振っている杖を視界の端にとらえながら何と答えるべきか悩んだ。──確かに自分には他人にない不思議な力がある、しかし、何故こいつはそれがわかったんだ。
リドルの警戒が伝わったのか、フィンレイは近くにある机に向かうと「よっ」と軽く跳び机の上に腰掛け、片手を背の後ろに置き足を組んだ。見下ろされていることにリドルの不機嫌度合いがさらに増したがフィンレイは全く気にしない。
そのまま間の空気を楽しむように足と杖をふらふらと揺らしていたが、ニヤリと笑うとおもむろに杖をリドルの方へ突き刺すように動かし、上に杖先を高く上げた。
「安心しなよ。僕も同じことができる」
「なっ──!」
大砲クラッカーから飛び出しリドルの周りに散らばっていたミラーテープや紙吹雪が、フィンレイの杖の動きに合わせて浮き上がる。それは透明な板の上を跳ねるようにぴょんぴょんと跳びまわり、リドルは信じ難い思いでそれを見つめた。
喉の奥が閉まるような、または胸の奥がぎゅっと強く握られたような息もできないほどの衝撃だったが、すぐに奥歯を噛み締めなんとか冷静さを保とうとする。
「そうか、この力は、僕の力は、魔法。……なんで、魔法使いだとわかったんだ?」
「たまたま時間にポートキーを持ったマグルかと思ったんだけど。問題文を書いた紙に魔法かけてたこと思い出したんだ。あの紙、マグルには見えないはずだから」
フィンレイは杖を左右に振る。その動きに合わせてミラーテープや紙吹雪もリドルの視界の真ん前を左右に忙しなく動いた。フィンレイの表情を見るに、これは嫌がらせだ。
リドルは苛立ち右手で大きく振り払う。すると、ミラーテープや紙吹雪は自由落下よりも数段に勢いよく床に急降下し、びたんと張り付いた。振り払っただけのつもりが、リドルは自分の手のひらが熱くなっていることに気づく。これは、不思議な力が感情の昂りで現れた時に起こる現象だった。
「ほらそれー。
「……これが、魔法」
リドルはフィンレイの言葉をまるっきり無視し、自分の手を見つめる。不思議な力があるとは思っていたが、魔法だなんて。
「よかったー魔法使いで。マグルだったらトム・マールの記憶無くさなきゃいけなかったし、魔法省がまた来る羽目になるところ──」
「いろんな魔法があるのか?──教えろ」
リドルは高圧的な態度で食い気味に言うと、フィンレイに一歩近づく。フィンレイは少し面白くなさそうにすっと目を細め沈黙し、口先を歪めると組んだ足の上に腕を置き前屈みになる。二人の距離が僅かに近づいたが、その分心の距離は離れただろう。
「へえ、すっごい。……命令とお願いの区別がつかない人って本当に存在したんだね」
冷ややかな口調と皮肉に、リドルは口を閉ざす。二人の間でピリッとした空気が流れたが、すぐにリドルが冷たく口先を緩めた。
「お前はお願いされる価値があるのか?」
「うん、そう思ってるよ。だって僕に頼まないと、誰も君に教えてくれないだろ」
「……」
これにはぐうの音もでなかった。
リドルは口喧嘩で今まで負けたことはない。それ故に悔しくて唇を歪め睨んだが、フィンレイはその睨みすら心地よいと言うようににんまりと笑うと余裕のある表情で地面に落ちたミラーテープたちに再び魔法をかけ、からかうためにリドルの周りを回らせた。
「まあね?僕ってとーっても心優しい魔法使いだから。僕の名前を全部言えたら魔法界のこと教えてあげるよ。ね?簡単でしょ?」
その言葉に、今度はリドルが勝ち誇った表情を見せる番だった。
「フィンレイ・ノエイン・ルクス・パーシバル・アマデウス・エルリック・トレヴェリアン・ウィンドルミア」
「……ワォ」
「お前は僕に魔法を教える。そうだな?」
フィンレイは降参。と両手を上げて机の上から飛び降りた。「フィニート」と唱えてミラーテープを床の上に落とし、ポケットに杖を突っ込む。
「君、扱いづらそうで素敵だ。僕、そういう厄介案件に何故か異様に懐かれるんだよね」
「なんだ、魔法使いは心も読めるのか?今同じことを思ったばかりだ」
リドルとフィンレイは暫く睨み合っていたが、先に耐えきれずふっと表情を緩めたのはフィンレイだった。目は同類に近い面白い物を見つけた喜びで弧を描き、口元は綻んでいる。
リドルもまた、強く結んでいた口を微かに緩めた。
「何が知りたい?トム・マール」
「まずは、その奇妙なあだ名の意味を知りたいかな」
「え?可愛いじゃん。トミーがいい?それともT.M.?それかマール?マーヴ?」
「寒気がするセンスだ」
「ああ、もうすぐ冬だもんね。暖炉に薪を焼身自殺させよう」
フィンレイは「そーれ」と言いながら杖を振り部屋の奥にある暖炉の中に薪を投げ入れ、ついでに炎の玉を出し、それも投げ入れた。
ごう、と炎が大きくなるのを横目で見ながらリドルは「トムでいい」とぶっきらぼうに呟く。リドルは自分の名前が嫌いだった。それでも馬鹿みたいなあだ名で呼ばれるよりは幾分もマシだった。
「トム。ようこそ、常識が裸足で逃げ出す世界へ!」
フィンレイは劇が開幕を告げるピエロのようにふざけた言葉で言い、両手を広げた。
その時、窓からの光りがフィンレイとリドルに向かって差し込み、まるで物語の始まりのように二人を照らした。