トム・リドルが唯一友達になった子、口数が多すぎる。 作:八重歯
リドルはフィンレイが押し付けた丸椅子に座り、改めて部屋の中を見渡した。
フィンレイの部屋は色々なものが家具の上に積み上げられ雑然としていた。家具は至ってシンプルで、洋服ダンスに机、本棚があるが、棚の上にはガタガタと揺れる箱があり、その上にサボテンが鉢ごと並び今にも落ちそうになっている。ローテーブルの上には埃を被った金色の大型天体模型が鎮座し不思議な軌道を描き、見たこともない生き物の動くミニチュア模型が窓枠に飾られている。今窓枠に収まっているのは、彼らが眠りかけているからだろう。
壁に沿ってずらりと並ぶ圧迫感のある本棚には入りきらなかった本が無造作に隙間に押し込められていた。
リドルは知性のない人間が嫌いだった。自分がわざわざレベルを下げて会話するのも嫌だし、そんな低レベルな人間に関わることも嫌だ。しかし、先程の会話やここにある本の数を見ればフィンレイがなかなかに知性を持つ少年なのだと理解できる。あのふざけた皮肉や冗談は腹が立つが、何故か嫌な気がしないことも事実で、リドルはそれを見透かされないように奥歯を強く噛み表情を無くした。
だが、フィンレイはリドルの方を見ずに部屋の中をあっちへこっちへ移動して何かを集めていた。ようやく落ち着いたかと思えば今度は机の上で作業を始める。何をしているんだ、と覗き込んだリドルは、お湯の入ったやかんとティーポット、そして上品そうな二つのティーカップを見た。リドルは紅茶を淹れる暇があるのなら早く魔法について教えてくれ、と言わんばかりの目でフィンレイを睨む。一言教えを乞えばフィンレイはすぐに魔法界のことを教えてくれるだろうが、それでも自分から言うことができないのが、トム・リドルだ。
フィンレイはリドルの鋭く、それでいて冷たい視線を受けても全く気にせずお湯をティーポットに注ぎ入れる。その動きは無駄がなく優雅で、それでいて挑発的だった。
「とりあえず紅茶でも飲む?──マグルと魔法使いでもこれは一緒の万能ツールのはずだけど」
紅茶を淹れ、後ろにいるだろうリドルに向かってフィンレイは軽く声をかけた。
「いらない」
「おや、君は飲んだ方がいいよ。紅茶は感情と言葉を包むカバーの役割がある」
止まらない軽口に、リドルは目を細める。「何を企んでいる?」と低い声で唸るように聞けば、フィンレイは心外だと片眉を上げなが
振り返った。その両手はティーカップを一つづつ掴み、そのうちの一つをリドルの目の前に差し出しパッと離す。
リドルは微動だにせずカップを受け取らなかったが、そのカップは落ちることなくリドルの目の前でふわりと浮遊した。慌ててカップを掴むだろうと思っていたフィンレイは面白くないと思いつつ首を傾げる。さらり、と髪が一房流れ、また耳にかけ直した。
「企んでて欲しいの?トム、君は学ぶ気はあるんだろう?でもお願いしたくない。なら、このお茶会に付き合うべきだね、魔法界でもティータイムは特別だから」
リドルは顔を歪め返す言葉を探したが、代わりに手を伸ばして紅茶を取った。途端フィンレイは満足そうな視線をリドルに向けた。
フィンレイのことは気に食わない。しかし、今までこの力について誰も知らなかった。それを魔法だと言い、同じような──いや、認めたくはないがより洗練された力を持つフィンレイから、魔法について、魔法界について教わりたかった。
紅茶を一口飲む。毒が入っていたり、奇妙な味だったりするかと思ったが以外にもそれは飲み慣れたいつもの味に近かった。
紅茶を黙って飲むリドルを見たフィンレイはにんまりと満足げに笑い、椅子の上に胡座をかいて座り直した。
「よし。それじゃあ始めよう。ようこそフィンレイ先生の真面目な魔法講座へ!第一講のタイトルは……えーっと、『狂気と紅茶でできた国の歩き方』かな」
「不愉快な名前だ」
「でも、ちょっと興味惹かれるでしょ?」
リドルは返答する代わりに片眉を上げた。フィンレイは杖を取り出し、「さて、じゃあ何について教えようか」と仕切り直し、杖を複雑に動かした。
空中に光の粒で構成された羽ペンが現れ、勝手にくるくると動き出す。空間に描かれた金色の光が文字となる様子に、リドルは魔法の力の無限性を見た。
「魔法界の歴史──は、三日はかかるからやめておこう。何が知りたい?質疑応答形式にしよう」
「魔法使いは何人いるんだ?」
「おーっといきなり国家統計?うーん知らないけど今までトムの周りに魔法使いいた?それが答え」
「……かなり少ないのか」
「まーね。魔法使いは圧倒的絶滅危惧種でマグルが多い。だから、僕たち魔法族はマグルにバレないように暮らさなきゃならないんだ。世界がびっくりするのももちろんだけど、マグルの武器やばいじゃん?あれ将来的に魔法族に匹敵する気がするんだよねー僕調べでは」
「力を持つものが、隠れ暮らしているのか?」
「共存。棲み分け。お互いがお互いを見無かったことにしてるってかんじ。もし『隣の家の赤ん坊が空を飛んでました!』って騒いだら翌日には魔法省の魔法事故災害部がご訪問!『こんにちはー記憶を消しに来ましたー!』ってね」
光る羽ペンは空中に『講座その一、魔法使いとマグルについて。マグルは魔法界を知らない。魔法界は認知してるけど興味なし』と書く。リドルは暫く考え込んだ後、慎重に言葉を選んで問いかけた。
「魔法使いはどうやって生まれる」
「うーん、基本は遺伝っていうやつ。でも親がマグルでも魔法使いが生まれることはあるよ。逆に、魔法使いの親から何の力もない子が生まれることもね」
今度は『魔法使いは純血、半純血、マグル生まれの三つ。マグル生まれはレア。能力には差が無いと言われがちだけどそれは強者の謙遜』と書き、その金色の文字はしばらく経ってからふわりと溶けて消えた。
「君は明らかに魔法族の血を引いてるねー」
「……なんで、そう思う」
リドルは一口紅茶を啜り、カップの蓋越しにフィンレイを見る。フィンレイは飲み干したカップを高く掲げ上下に振り、「んあー」と言いながら上を向き口を開け最後の一雫まで飲もうとしていた。
「あぁ?えーと。君って自覚して力使ってたタイプでしょ」
「……そうだ」
「やっぱり。自分の未知の力に恐怖してたっていうよりも、制御して利用してた顔してる。それってはちゃめちゃにやべーんだよ。だってまだ──何歳?」
「八歳」
「タメじゃん。──まあともかく、自分の力が魔法ってわからないままにある程度意識的に使うなんて『やべー』以外ないよ。感情の昂りで窓が割れたり、高いとこから落ちて無傷だったりする程度はあるあるだけどさー。普通杖を使わないと思い通りの魔法使えないし、まあ八歳なら杖使っても普通無理だけど、魔力って大体十一歳くらいから安定するからね」
リドルはフィンレイの言葉に心の奥の枯渇していたものが満たされる気がした。やはり自分は特別なのだ。それは魔法界であっても──魔法という特別な力を持つ者の中でも、かわらない。
「君って将来は英雄か闇の帝王って肩書き背負ってそうだね」
「黙れ」
「おいおいおいやめろよ!君が本気で言うと僕の口が消えるから」
フィンレイは口がぞわぞわと震える感覚に慌てて自分の口を押さえ「ストップ!」とリドルに待ったをかけた。口を消す、という魔法がある事にリドルは少し意外そうな顔をしつつ、意識的に「フィンレイの口を消したい」と思ってみた。しかし、先程の焦り顔のフィンレイを見てストレスが軽減したからか、心の底からの強い思いは残念ながら湧いてこず、形のいいフィンレイの口はついたままだった。
ふと、今までの会話を改め違和感が一つ浮かび上がる。
「……なら、お前も異常って事か」
その言葉に、フィンレイは物語に出てくるチシャ猫のようににんまりと笑う。大きな目は薄く弧を描き、楽しげだが確かな狂気が見えていた。
「ご名答!出会ったのが僕でよかったね。僕は君と同類であり、行儀のいい異常者だ。多分君は一生分の運を使い果たしたよ」
「お前と会ったことで消える運ならない方がマシだ」
「僕と会ってラッキーと思ったの?もちろんアンラッキーの方さ」
フィンレイはくつくつと笑うと、空中に『次の質問は?』と書いた。
「その、杖はどこで手に入れられる?」
「ダイアゴン横丁にあるオリバンダーの店だよ。ま、君を選ぶ物好きな杖があるのかはわからないけど」
「杖が、僕を選ぶ?」
「オリバンダー曰く、そうらしい。僕は杖の魔法には詳しくないんだよね。杖の術って文献にあんまり乗ってないし」
魔法使いの杖、それがあればより強大な力を得ることができる。リドルは食い入るようにフィンレイの杖を見ながら言った。
「ダイアゴン横丁は、どこにある?」
「買いに行っても売ってくれないよ」
「……なぜ」
「十一歳にならなきゃ売ってくれないんだ。オリバンダー曰く、杖はガキが嫌い」
「じゃあ、なんで……」
「これは、裏ルートでゲットしたから。僕の杖じゃない。『奪っちゃった♡』ってやつ。……僕の奪おうとするなよ?」
今にも飛びかかりそうなリドルのギラついた目を見て、フィンレイは眉を寄せ杖をポケットの中に差し込んだ。リドルは隠された後もじっと杖を見ていたが、今飛びかかって杖を奪ったとしても、魔法に詳しいフィンレイに勝てるかわからない、と判断しようやく──かなり名残惜しそうに──杖から視線を外す。
「どうすれば奪える?」
「この流れで言うわけないでしょ。君、なんかだんだん遠慮なくなってるね」
「魔法のことを教えるんだろう?」
「魔法はね、強盗のやり方は強盗に聞いてもらっていいかな」
リドルは無言で空になったカップを差し出す。フィンレイは小さく笑った後、机にあるポットを取りそのカップの中に紅茶を注いだ。
「魔法はどこで学ぶんだ?」
「イギリスでは殆どの子どもはホグワーツ魔法学校に行く。十一歳になったら入学許可証が届くんだ、魔法史、薬草学、魔法薬学、呪文学、変身術……他にも色々あるけど世界の半分くらいは教わるよ」
「お前も……僕も、か?」
「多分届くんじゃない?僕は行かないけど」
フィンレイはあっさりと言うと、自分の空っぽのカップに紅茶を注ぐ。リドルは何故学校に行かないのか、と聞こうかと思ったが、それほどフィンレイに対し──今は──興味はなく、頭の中で魔法学校について想像を膨らませた。
自分は本当にその魔法学校から手紙が届くのだろうか。だが、学校に通う金や、教材を揃える金はあるだろうか。今のスクールは、国から援助があり通うことができている。しかし、魔法界の魔法学校の援助を、マグルの国がするとは思えない。マグルは魔法界のことを認識していないのだから。
リドルはポケットを押さえる。ちゃり、とかすかな音がした。
フィンレイに、どのくらいの金額があればホグワーツ魔法学校に通い続けることができるのかと聞こうと思ったが──貧困の内にいる事や両親がいない事を告げるのは、変えようない事実とはいえリドルに取って屈辱的だった。大体の人間が孤児だと知ると気の毒そうな目で見て、若干の優越感にひたるのだ。その柔らかい蔑みの目を、リドルははらわたが煮えくりかえるほど嫌悪していた。
「……魔法界での通貨について教えろ」
「おや、『教えろ』せめて『教えろください』くらい言って欲しかったけど、まあいいや」
フィンレイは指を一つ立てた。
「まず、魔法界の通貨は三種類ある。金貨、銀貨、銅貨。一番上がガリオン。報酬に使ったやつ。床に転がってても誰も文句言わないくらい高貴な顔してる」
二本目の指を立て、くいっと折り曲げる。
「次がシックル。銀貨。銀ってだけで人狼が避けていきそうだけどそんな効果ないみたい」
三本目の指を立て、ばらばらに動かした。
「最後がクヌート。銅貨。最下層。お釣りとか、子どもがヌガー買うときとか、落としてもあんまり気にしないやつ。ある意味で一番現実的だね。換算は、29クヌートで1シックル。17シックルで1ガリオン。つまり、1ガリオン493クヌート。魔法界の経済部門は面倒くささが恋人なんだって」
「……1ガリオンで何が買える?」
「あー。君が今までいた世界で言うと、1ガリオンが5ポンドくらい。でもマグルの価値観で買い物しない方がいいよ、結構めちゃくちゃだから」
フィンレイはくつくつと笑うと、急に何かを思い出したように「あ」と呟きリドルの腕時計を杖先で突いた。
「トム。門限とか、ない感じ?割と誘拐されても自己責任な時間帯だけど」
「何? 外は明るいだろう?」
「あー、うん。魔法界あるある。時間も天気も、基本気まぐれ制だから。この窓、昨日は夕焼け出してたけど、実際は豪雨だったし。おしゃれな嘘ってやつ。流石にポートキーに時間を飛ぶオプションはついてないよ」
腕時計の針は午後七時前を指していた。門限の六時からもう一時間近く過ぎてしまっている。流石に、リドルに対し無関心を心掛けている職員たちも無視できない時刻になったといえるだろう。
帰らなければいけない。まだまだ聞きたいことや得たい知識は山ほどあったが、リドルは琥珀色の紅茶を見下ろし、目を伏せ吐息と共に呟いた。
「……魔法界に、孤児院はあるのか?」
「こじいん?えーと、子ども向け病院みたいなもの?魔法界での病院は人間と魔法生物で分けられてるよ」
フィンレイはきょとんと不思議そうな顔をしていた。フィンレイのことを深く理解しているわけではない。ただ、言葉にからかいや冗談を混ぜることはあれ、概ね真実を伝えているとリドルは考えていた。だからこそ、そのフィンレイの表情は物語っていたのだ、何よりの答えを。
「……いや、いい。もう帰る。どうすれば元いた場所に戻れるんだ?」
「あー。ロンドン塔の近くだよね。うーんと……あったあった。これ」
机の引き出しの中をごそごそと探っていたフィンレイは何かを握ったまま両方の手を突き出した。意図的に何かを隠し悪戯っぽい表情でリドルを見る。
「さーてトム。ここが運命の分かれ道。どーっちだ?」
差し出された拳を見て、その後リドルは一呼吸分置いてフィンレイを見る。そのまま何となく、直感で左手を指差した。
途端、フィンレイはニヤリと笑い、指をそっと綻ばせる。
「君ってやっぱり強運だね、それとも凶運?」
フィンレイが広げた手のひらには、小さな古ぼけた鍵があった。「どうぞ」と促され、リドルは無表情でそれを手に取る。
「ドアの鍵穴に右に回せば、あら不思議──ロンドンの電話ボックスへ直通。左に回すと……残念、ハズレ。僕の部屋だ」
フィンレイの指が部屋の扉を指した。
「──僕の部屋。来るも来ないもどうぞご自由に。ただし、非常識はちゃんと脱いで入ってきてね」
リドルは無言で小さな鍵を握りしめる。その鍵は冷たく、じんわりとリドルの手のひらにある熱を奪っていく。ゆっくりとフィンレイの目を見て、その目の中に自分を害する悪意が全く無く、ただ興味や楽しみだけがある事を知った。窓から光が差し込み、フィンレイのプラチナブロンドの上を撫でる。きらり、と輝きリドルは眩しげに目を細めた。
「ちなみに稀少なる秘具はそれだから」
その一言に、リドルはふっと鼻先で笑った。