トム・リドルが唯一友達になった子、口数が多すぎる。   作:八重歯

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07 「気が利くなぁ。どうせならついでに死因に『美しくて儚い毒殺劇』って脚色しといて」

 

 

 

 次に二人が向かったのはグリンゴッツだ。グリンゴッツはイギリスにおいて唯一の銀行であり、金や宝石を預けるのなら、ここ以上に安全なところはないだろう。

 グリンゴッツはどの店よりも巨大で、一際高い真っ白な建物だった。磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇には、真紅と金色の制服を着てゴブリンが立っている。白い階段を登りながら、リドルはそのゴブリンをじっと見つめる。小鬼もまた背筋を伸ばし全ての人間を警戒しているという顔つきでリドルを睨んでいた。

 リドルは初めてまともに人間以外の生き物を見た。ゴブリンの肌は浅黒く顔つきは知性を感じさせる。槍のようなものを持つその指は人間の倍ほど長いが、背丈はリドルよりも頭ひとつ分は小さい。子どもに大人の顔がついているような見た目にリドルは無表情ながら不気味さを感じていた。

 

 フィンレイはゴブリンに軽く手を挙げ、ゴブリンも入り口に進んだ二人に向かってお辞儀をした。

 扉を進めば大理石で出来た広いホールがあり、百人を越えるゴブリンが細長いカウンターの向こう側で脚の長い椅子に座り、帳簿に書き込みをし、真鍮の秤でコインの重さを計り、宝石を調べていた。ホールからどこかへ続く扉はまた幾百もあり、リドルはその規模に圧倒された。

 

 

「ゴブリンだよ。英国魔法界の通貨は信用の証し、ゴブリン製だ。グリンゴッツの主だね」

「ゴブリンが主?……あれに金を預けるのか?」

「うん。ここ以外に預けたら、すぐ盗られるよ。しかも盗られた側が悪いって風潮だからね。ここは世界一安全な金庫があるんだ。」

 

 

 「ほら、見て」とフィンレイはカウンターの一つを指差す。ゴブリンとやりとりをしている魔女が、小さな鍵をゴブリンに渡していた。ゴブリンはしげしげとそれを見つめていたが、ぴょんと椅子から降りるとホールから外に続く無数の扉の一つへと魔女を案内した。

 

 

「金庫はね、地下の深ーいとこにある。盗賊除けの罠もたくさんあって、今まで泥棒に入られたことはないんだ。なんでもドラゴンもいるとか」

「……君の家もここに金庫を持ってるのか?」

「もちろん。ウィンドルミア家は代々、金と秘密を溜め込むのが趣味だからね」

 

 

 それだけを言い、フィンレイは踵を返した。

リドルは天井やゴブリン、カウンターの向こうで輝く宝石を順番に見ていたが、遠ざかるフィンレイの足音に引き寄せられるように、彼もグリンゴッツに背を向けた。

 

 

 

 

 続いて二人は魔法動物ペットショップに向かった。扉を開けた途端、獣独特の臭いがツンと鼻を刺しリドルの眉間に皺が寄る。フィンレイは喉の奥で笑いながら「この中はもっと酷いよ、お楽しみ!」とリドルの背を強く押した。

 押されるまま踏み入れた店内は、リドルが今まで入った店のどこよりも騒々しく、混沌としていてた。

 

 店内は狭苦しく、壁は一分の隙もなくびっしりとゲージて覆われている。獣臭に混じり糞尿の悪臭が立ち込め、リドルは思わず鼻元を覆い嫌そうにゲージを見た。強い悪臭でも出て行こうとしないのは、ゲージの中に収まっている動物が見たこともない種類ばかりだからだ。

 

 二又のイモリ、透明なトカゲ、紫色で飛ぶたびにハットに変身するうさぎ。目が幾つもある猫似た何か。

 

 

「飼いたい子がいたら早めにね、明日には売り切れてるか誰かの腹の中さ」

 

 

 片手を広げて言ったフィンレイはさながらサーカスの案内人だった。リドルはその言葉を無視し、店内をゆっくりと進む。何かの毛が落ち、何かの羽が舞っている。フィンレイだったらそれに名前がつけられたのだろうが、リドルにとっては「何か」でしかなかった。

 

 

「ほら見て。『私を飼って王子様!』ってアピールしてるよ」

 

 

 黒と黄色の縞模様の蛇が入ったゲージの前でフィンレイが歌うように言った。自分の尻尾で縄跳びをしているクロネズミを見ていたリドルはそちらへ向けてチラリと視線を向け軽く鼻で笑う。

 

 

「いや、この無礼でうるさい餓鬼はなんだ。私は雄だ──と言っている」

「雄なんだ?パッと見でそれが分かるって、トム君ってば蛇愛好家なの?」

「蛇は嫌いじゃない。雄だって、そいつが言ってる」

「へぇ……」

 

 

フィンレイが低く相槌を打つ。けれどその声には、いつもの軽さとは違う興味の色がにじんでいた。

 

 リドルは何でもないことだと思いながらゲージに入れられた色とりどりの蛇を見る。彼が手を後ろに組み、一歩ずつゆっくりと歩けば蛇は皆鎌首をもたげシューシューと鳴きながら彼を見ようと蠢いた。まるで蛇の王のような光景を後ろで見ていたフィンレイは「なるほど」と独り言のように呟く。

 

 

「トム。蛇の言葉わかるんだ」

「そうだ。去年、森で蛇に話しかけられた」

「へぇ」

「だが、魔法界ではいろんな種族がいるんだろう?蛇の言葉を話すなんて、珍しくないんだろう。ゴブリンも独自の言語があると本に書いてあった」

 

 

 リドルはフィンレイの部屋にある本で、魔法界にはさまざまな亜人や魔法生物が居ると知った。姿形が異なる彼らと会話をできる人間も存在すると、間違いなく記載されていた。蛇の言葉を話す、蛇の言葉を理解する事に関しては書かれていなかったが、魔力もないただの蛇だ。きっと記載する程でもなく、当然のようにいるんだろう。

 

 

「ゴブリン語と巨人語とマーピープル語よりは珍しいかな」

 

 

 フィンレイはピンク色の蛇を見ながら答えた。その言葉にリドルはやや遅れて振り返り、「そうなのか?」と彼にしては素直に疑問を返す。

 

 

「うん。僕が一日中沈黙して言葉を漏らさないくらい、スーパーレアだね」

「……それほどか。お前は蛇語を話せないのか?」

「残念ながら僕は凡才中の凡才。覚えたのは亜人語がやっと。しかも文法間違うと首刎ねられるような妖精の先生に、丁寧に仕込まれたやつ」

「じゃあ……蛇語は無理なんだな」

「生まれた瞬間から自然と理解してるなんて、君ぐらいだよ。魔法生物界における『金のユニコーン級』で夢と偶然の結晶。そういうのを──生粋の異能って呼ぶんだ」

 

 

 からかいと毒を吐き続けなければ呼吸ができないのかと思うほどに、フィンレイの口からは言葉が溢れ続けている。一日一言も話さないなど、きっとこの世で最も起こり得ない冗談だろう。そんな彼が、まるで神秘を語るように、自分の力を「スーパーレア」と言った。

 リドルの胸の内で、静かな歓喜が膨らんでいた。血管の中を魔力そのものが熱く流れるような感覚。誰も持ちえない才能。それはただの『能力』ではなく、『選ばれた存在』であることの証だ。世界がまだ自分を知らず、自分も世界の全てを知らない。けれど今、この一角だけは──間違いなく自分のもので、他の誰にも渡したくなかった。

 

 蛇語という力。これはフィンレイにもない。飄々として、何でも知っていて、時折苛立たしくなるほどに『余裕』を見せる彼ですら届かない場所に、自分は立っている。

 

 その思いに、リドルは思わず背筋を伸ばし、肩をわずかに開いた。無意識のうちに顔に浮かんでいたのは微かな笑みだった。

 自分が『特別である』と証明された。しかも、その証人はフィンレイ──初めて自分を『脅かした』少年である。その甘美な優越は、幼いリドルの心に、何より強い中毒をもたらしていた。

 

 リドルは、その感情が顔に出ていないかと一瞬だけ警戒し、すぐに無表情を作り直す。それでも、胸の奥の熱は消えず、握りしめた手のひらには静かな興奮がまだ残っていた。

 

 

「ねぇトム、もし僕がバジリスクに毒殺されそうになったら、ちゃんと教えてくれるよね?」

 

 

 腰を曲げ低い位置にある白く細い蛇のケースを見ていたフィンレイが顔を上げ唐突にそう言った。その目は懇願や心配の色はなく、からかいの色が強い。

 

 

「……僕が?むしろ笑顔で送り出すよ」

「最低だな!せめて『今夜は毒が回るぞ、気をつけて!』くらいの予告はしてよ。バジリスクの毒って、ものすごいハイパーレア素材なんだよ?瓶とか鍋とか準備がいるの」

「安心しろ。君の遺体から丁寧に回収しておいてやる」

「気が利くなぁ。どうせならついでに死因に『美しくて儚い毒殺劇』って脚色しといて」

「残念だったな。バジリスクはもう絶滅したと本に書いてあった」

「えっ、それは超がっかり。ここ一週間で一番の悲報かも」

 

 

 リドルがゲージの前を通り過ぎるたび、蛇たちは名残惜しそうに鎌首をもたげ、シューシューと微かに鳴いた。まるで王の帰還を祈るが如く、目を細め、舌を振るわせていた。

 

 

「蛇たち、なんて言ってるの?」

「……連れて帰れと煩いな」

「一匹買ったら?僕の魔法薬の材料になるし」

「できた薬を喜んで飲ませてやろう」

 

 

 冗談とも本気ともつかぬ声で返すと、フィンレイは「あはは、甘めにしてね」と笑って扉に手をかけた。錆びた鐘の音と共にドアが開き、強烈な獣臭の海から、ようやく文明圏へと脱出した。

 

 

 

 気がつけば太陽はゆっくりと沈みだし、夕刻の赤い日が石畳を染めていた。数時間前の喧騒が緩まり、穏やかな空気の中、店員たちは軒先に並んでいた商品に魔法をかけ店内へと片付ける。

 

 

「そろそろ帰ろうか」

「あぁ。……ここにはどうやったら来れるんだ?暖炉を経由しないと駄目なのか?」

「確かマグルの世界からでも行く方法はあったよ。使ったことないから僕は知らないけど」

「……そうか」

 

 

 フィンレイはいつのまにか隣に並ぶように歩いていたリドルを見た。

 リドルは目を細め、この光景を目に焼き付け、この日の感動を忘れまいと心に刻んでいた。この世界が、この混沌と未知が複雑に絡み合った世界こそが、自分が生きるべき場所なんだ。

 孤児院では暇な時は図書館に行くか、ロンドンの街を歩いていた。それに深い意味はない。ただの時間潰しか、もしくはロンドンの路地裏でボロ雑巾のようになっている浮浪者を見て安堵するためか。

 それだけで、新たな発見も、心躍る出会いも何もなかった。

 

 だがこの世界は、すべてが新しく、騒がしく、未知で──眩しかった。

 

 空を舞うフクロウや、帽子を風で飛ばされて慌てて追いかける魔女。テラスの隅で魔法新聞を読む老人。街の喧騒の中、リドルはその魔法界の普通の光景を見ながら、ふと思う。

 

 ──ここにいる自分は、孤児院のトム・リドルではない。

 

 

「また、ここに来たい」

「行き方探してみるよ、そうしたらトム一人で来れるでしょ?」

「ああ。──……」

 

 

 フィンレイの髪が歩に合わせて揺れ、赤い太陽の光をキラキラと反射する。その眩しさに、リドルは足を止め、じっとそれを見つめた。

 急に止まったリドルに、フィンレイは不思議そうに振り返る。「トム?疲れちゃった?」と聞いたその声は、フィンレイにしては優しかった。

 一陣の風が吹く。フィンレイは目を閉じ頬を打つ髪を手で押さえた。

 その風に乗って、雪の音のように微かな言葉が確かにフィンレイの耳に届き、フィンレイは目を見開き──すぐに柔く緩めた。

 

 

「トミー坊やは魔法界の空気があってるんだね。ずっとずっと素直だ。そうだ!僕の日記に書いとかなきゃ、今日はトム君が初めてありが──」

 

 

 トムはそれを聞いた瞬間、心臓が強く跳ねるのを感じた。それを隠すように、口先から怒りを装って噴き出す。

 

 

「黙れ!」

「はははっ!」

 

 

 フィンレイは声を上げ、楽しくて仕方がないというように笑い、リドルは今にも呪い殺しそうな目でフィンレイを睨んだ。二人の顔は夕日に染められ赤く、それでいて輝いていた。

 

 

 

 

 

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