二七〇〇年の亡霊   作:相良平一

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誰かもすなるマルチ投稿といふものを、私もしてみむとてすなり。


三八年の決着_1

《1991/3/5 19:03 小松基地》

 心臓を逆撫でするかのような、甲高いサイレンが鳴り響いた瞬間、アラート待機中の三人は、脱兎の如く駆け出していた。

 緊急発進(スクランブル)要請だ。待機室の扉を跳ね開け、すぐ隣の格納庫(ハンガー)に駆けながら、蔦谷は悲鳴に似た胸騒ぎを抑えることが出来なかった。

 蔦谷の駆るF-4EXファントムSは、三機並んだうちの一番奥に駐機されている。彼はキャノピーの縁にかかった梯子に飛び移ると、素早い身のこなしでコクピットに滑り込んだ。

 ヘルメットと酸素マスクを、手早く着装。バイザーを下ろすと、彼の顔面は完全に遮蔽された。整備班が梯子を取り外すのを待って、戦闘機を起動すると、碁石のように並んだメーターが、一斉にちかちかと発光する。

 キャノピーが閉まりきると、パイロットは外界と完全に切り離される。これから、飛ぶのも、戦うのも、死ぬのも一人だ。

 畢竟、人生というのはそういうものであって、戦闘機の中か外かは関係ない。蔦谷に、戦闘機を教えた男の言葉だった。

 強化アクリルの中のくぐもった沈黙は、そう長くは続かない。エンジンを点火した途端、司令班からの通信が割り込んできた。

「小松1班、こちら小松CP。」

「小松CP、こちら小松1班揚羽。通信良好。」

 先陣を切って、ハンガーから機体の顔を出しているので、蔦谷から直接彼の顔を見ることは出来ない。だが、揚羽はその可憐そうな苗字とは裏腹に、巨岩か熊かとばかりの屈強な大男だ。きっと、コクピットの中で、窮屈そうに操縦桿を握っているに違いない。

 もう一人の待機パイロットは、亀井と言う。揚羽とは対照的に、亀井はほっそりとした女性隊員だった。大和撫子の見本のような容姿の彼女は、しかし、男性顔負けの膂力と負けん気で、基地の中でその名を馳せていた。

「1班、こちらCP了解。目標はコード《ディノステラ》及びアンノウン各一体。戦闘目標は市街地への進行阻止、火器使用は任意とする。」

 情報は少ないが、それだけで十分だった。考えるのは、彼らではない。

「小松1班了解。敵生体の市街地侵攻を阻止します。」

「以降は管制指示に従え。通信終わり。」

 揚羽機、そして亀井機の後ろに、蔦谷は機首をピッタリとつけ、誘導路に侵入した。

 ノロノロとタキシングを続けながら、素早く、しかし正確に各部の点検を行う。射出座席、駆動系、姿勢制御、ブレーキ、揚力補助装置、レーダーと通信設備、計器、武装制御、そしてキャノピーのロック。全て正常だった。

「Komatsu tower, this is Butterfly three. All check green. Request clearance.」

 蔦谷は、管制塔への交信を開いた。管制がなければ、戦闘機は飛び立つことができない。本能のまま飛び交う、鳥や虫とは勝手が違うのだ。

「Butterfly three, this is Komatsu tower. Cleared to action, upper ten to standard angels and down to battle angels at Fukui five.」

「Butterfly three, cleared to action, upper ten to standard, battle at Fukui five.」

「This is Komatsu tower, read back is correct. Butterfly three, line up, runway eleven.」

 ここまで3分弱、訓練通りだ。進入すると、滑走路は誘導灯の線によって闇から切り取られ、それがまるで、浮き上がっているように見えた。

 離陸許可を得て、蔦谷の駆る戦闘機は、虎が暗闇で獲物を待ち構えるように、そのエンジンの回転数を上げていた。

「Butterfly three, wind three hundred at one knot, runway eleven cleared for takeoff.」

「Runway eleven, cleared for takeoff!」

 離陸許可の復唱は、まさに鬨の声だった。蔦谷が声を上げた途端、左前の視界が紫に照らされた。先行する揚羽機、亀井機の、オーグメンターの炎だ。

 二つのスロットルを押し込むと、主脚のライトに照らされた範囲が、徐々に速度を増して後ろに流れていく。

 スロットルを最大、更に押し込む。座席に貼り付いて一体にさせられるような、強烈な慣性に耐えながら、蔦谷は大気を引き裂く轟音の中に飛翔した。

 

 基本高度(standard angels)に到達した後、蔦谷たちは編隊を組んだ。揚羽が先頭、その後ろに、亀井と蔦谷が並び、二等辺三角形を作る形だ。

 翼を傾け、彼らは機首を西へ向けた。

 少し飛ぶと、そこは海の上である。黒くてらてらとした水面が、ファントムの下に広がっていた。潮の匂いが、コクピットの中まで漂ってくるようだった。

 怪獣が出れば、市街地でも容赦なく、時には建物の隙間を縫って飛ぶことすらある防衛隊の戦闘機だが、単なる移動の時に、そんな曲芸は不要だ。こうやって制限の何もない空を飛ぶ方が、時間と燃料の節約になるし、ついでに苦情も抑えられる。

「小松1班、こちら鯖江CP。ヒトキュウヒトマル出動した。以降作戦指揮権は我々が保有する。送れ。」

(鯖江基地が出るのか。)蔦谷は黙々と飛びながら、そう思った。

「CP1、こちら小松1班了解。」

 部隊を代表して、揚羽が答える。蔦谷が沈黙を守っているのは、指揮権限がないからでもあった。

「小松1班、現在、怪獣は2体とも敦賀市の人口密集地へ進行中との入電あり。進行阻止作戦を伝達する。」

 市街地に向かっているのか。何らかの方法で、奴らは人のいる方向を察知しているのかもしれない。

 だが、今の彼らに重要なのは、誰かの命が脅かされているという事実だけだった。

「二手に分かれ、2体の目標を各機攻撃。アプローチごとに目標を交換して攻撃の均等を取れ。我々の照明弾投射を以て作戦終了とする。送れ。」

「小松1班了解。」

「通信終わり。健闘を祈る。」

 鯖江の司令班は、最後に、規定にない激励を付け加えた。

(人類解放軍時代の生き残りだろうか。)

 蔦谷は、戦闘機の師匠を思い出す。自らの言葉通り、孤独に死んだ彼も、戦いの前には似たようなことを言っていた。

 『滅亡の十年』と、後に呼ばれることになる時代。人類は、多くの犠牲を払い、国家体制すらも喪失しながら、それでも武器を取り、命を繋いだ。怪獣が我が物顔で闊歩する、その脚元で、瓦礫の中から誰かを助けだし、時には死体を背負ってキャンプに戻った日々が、蔦谷の少年時代なのだ。

 あの地獄から、たった八年。人類は初めて、力を振るうことによる平和を獲得した。

 戦闘機は旋回し、陸上に影を落としながら、それを少しずつ大きくしていった。

 見えたのは、一面の田園風景だった。最近になって開発されたものだろう、地面に記された直線の群れは、まだ自然の一部にはなっていなかった。

 三機は、流れる川をなぞるように、山に向かって飛んだ。

「お前ら、そろそろ敵勢力圏に入る。」

 揚羽の通信だ。通信機があるのに、直接声を届けようとしているかのような、恐ろしい大きさの声だった。

「俺、そして蔦谷と亀井で分けるぞ。欠員が出たら一機で一体だ。最初は、俺がアンノウンを射つ。誘導弾は二撃目以降に回せ。いいな?」

 欠員が出たら、というのが、あり得ない想定どころか、当たり前のように起こるのが彼らの職場(せんじょう)だった。操縦桿を握る手が、ほんの僅かに痙攣する。武者震いだと、蔦谷はそれを錯覚した。

「亀井、了解。」

「蔦谷、了解。」

 言い切った途端、通信機から、砂嵐のような耳障りなノイズが押し寄せ、蔦谷は反射的に通信装置のスイッチを切った。

 

 怪獣の『勢力圏』とは、その個体が放つ通信妨害波の効果範囲を指す。編隊は、怪獣のすぐ近くまで迫ったのだ。

 この妨害波が、飛行隊が怪獣退治の要たり得ない理由である。機体同士の通信がとれないので、密な連携が難しく、また本部との連絡もつかないので、一度出した作戦の修正が難しいのだ。

 ここから先は、頼るもののない孤独な戦いだ。鋼鉄の鳥を己が身体として、死線のすぐ上を飛び交うのだ。

 果たして、目標の姿はそこにあった。田畑を踏み荒らし、その存在感を主張していた。

 一体は、蔦谷などにはあまりにも見慣れた怪獣だった。

 恐竜を想像してもらいたい。化石ではなく、「失われた世界」や「ゴジラ」で描かれるような、太い二本の足、尻尾、剥き出しの筋肉で造られた胴体を持つ、おそろしいモンスターだ。あれの頭頂部に、巨大で透明な結晶体を嵌め込んだのが、ディノステラだと思ってもらえればいい。

 結晶体の中は影のようになっていて、ただ貼り付いているだけのようにも見えるが、あそこからマイクロ波を放射するので、ただの飾りでは決してない。

 もう一体の方は、誰にとっても、全くの未知の存在だった。

 シルエットは、ナマケモノを無理矢理地面に立たせたような姿だった。それを、地衣類か海藻に似たもさもさとした構造物が覆い隠している。目や口などの器官も、そのせいか、見ることはできない。

 極め付けは、色だ。絵の具でもくぐったのか、その体色は一様にくすんだ金色だった。

 ただ、相手が奇怪な獣であることは、これに始まった訳ではない。

 揚羽が、尾翼端の白色灯を、二度点滅させるや否や、編隊を離れ、地面に向かって飛び込んだ。作戦開始だ。無言ながら、僚機はその意図を汲んだ。

 蔦谷は機首を持ち上げ、鼠色の翼を月明かりに翻すと、急旋回して、照準の中心でディノステラの頭部を捉えた。

 亀井も同じように、機首の正面で怪獣を見据える。コクピット越しのひと刹那、二人は目を交わした。

 銃撃。曳光弾とマズルフラッシュで、怪獣の顔が大きく照らされた。

 100発近くを撃ち込み、怪獣と正面衝突しないように、操縦桿を強く引いて、機首を水平やや上に戻す。強烈なGが、蔦谷の体を座席に叩きつけた。口から、少し息が漏れる。

 2機は怪獣を通り過ぎ、ゆったりとした円弧をさっとなぞって上昇した。

 敵を確認すると、怪獣には傷一つついていなかった。機「砲」と呼ぶべき代物だが、蔦谷も、もとより機銃で怪獣が斃せるとは思っていない。初撃の目的は、相手にこちらの存在を気づかせ、足を止めさせることだ。

 目論見通り、二匹は、上空を飛び交うモノを敵と判断した。

 蔦谷は亀井と並び、機体の底で空気を擦りながら、正反対に旋回する揚羽と交差した。

 キャノピー越しに敵を睨み付けていた蔦谷は、翼端灯で亀井に合図を送ると、正面で、今度はアンノウンを捉えた。

(こいつも、まずは機銃だ。様子を見よう。)

 操縦桿のボタンを押し込むと、機関砲の撫でるような銃声が轟く。

 光が突き刺さると、正体不明の怪獣はその動きを不気味に止めた。

 反撃するでもなく、たじろぐでもなく、ただ、歩みを止めただけ。効果があるのかないのか、何を企んでいるのか、さっぱりわからない。

 それは、あまりにも不気味な姿だった。まるで、幻を撃っているような――蔦谷の背筋に、つうっと寒気が走った。

 機首を持ち上げ、怪獣との直撃を避けながら、蔦谷は思わず、誘導弾の発射スイッチに指をかけた。

(……いや、ダメだ。)

 任務は、あくまで足止め。あまりにも数が出た故に、対処法が確立されているディノステラだけならまだしも、正体不明の相手までいるのだ。惜しみなく弾薬を使っては、戦車部隊の到着を待たずに撤退しなければならないかも知れない。

 二羽の鋼鉄の鷹は、その獲物の上を再度旋回した。揚羽に、攻撃続行の可否を問うためだ。

 翼端灯が、緑色に点滅した。撃ち続けろ、ということだ。

 先程よりも大きな円を描いて、蔦谷は、機体をディノステラの正面に向けた。

 敵の顔面に照準し、機銃を吠えさせる。突き刺さる閃光が、敵は目の前にいると教えてくれた。

 目を細めたディノステラの額に、微かな燐光の瞬きを認めた時、蔦谷は反射的に操縦桿を倒した。急制動に耐えきれず、視界がひっくり返したジグソーパズルのようになる。

 ディノステラの攻撃は、頭頂から前方に照射する高出力マイクロ波レーザーであり、その前兆として、結晶体が発光するのだ。

 一瞬だけ可視光を放つのは、敵を照準するためとも考えられている。だが、パイロットにとって大事なのは、そのような理屈ではない。光を見過ごした場合、体液が沸騰して即死するという事実だ。

 茹でられることも、亀井と衝突することも、計器が狂うことも回避した蔦谷は、機体と自身の体を落ち着けながら安堵した。

 追撃を避け、高度を上げながら、蔦谷は大地を睥睨しようとした。そして。

「……え?」

 誰にも聞かれないことを知っていながら、蔦谷は思わず呟いた。

 二匹の怪獣の背後に広がる、森。山の影に隠れて、今の今まで気が付かなかったのだが。

 照明の中に浮かび上がるその影は、毒々しいまでの()()に輝いていた。




誤字脱字、また有り得ない描写等がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。
金色の怪獣の見た目は、『帰ってきたウルトラマン』一話のザザーンを金色の絵の具のバケツに突っ込んで前傾させた感じです。
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