「ほら、次はこっちのお店に行きましょ~♪ マ──シェーディ!」
「…………!」
牢屋から出て、すっかり元気を取り戻した様子の華音。
そんな彼女は、シェーディと手を繋ぎながら、グランゴルドの市街地を楽しそうに歩き回っていた。
俺と魅凪は、少し距離を空けた場所から、その二人の様子を見守っている。
突然、自分が母親だと宣言したシェーディ。
だが、その姿はどう見ても親には見えない。むしろ背丈では華音のほうが高く、傍から見れば華音のほうが母親に見えてしまう。
そういえば、ぺことヴェペリアも同じように親子が逆転して見られやすい。
ヴェペリアは俺の血を引いている影響なのか、ぺこよりも背が高く、大人びた雰囲気を纏っている。そのせいで、初対面では親子が逆に見られることも珍しくない。
そして、そのたびにぺこは不機嫌になる。
機嫌を直してもらうために食事の量と種類を増やす羽目になるのだ。俺は辛い。だが、頑張って耐えている。
「どうなってるんですかね……」
「分からぬ」
イリアス様は考えることを放棄し、『二人の様子を見てなさい』とだけ俺たちに告げた。
本人は情報を集めると言ってイヌエルとプルエルをポケット魔王城から呼び出し、街中を散策している。他のメンバーたちも似たようなことを口実にして、それぞれ好き勝手な行動を始めてしまった。
「このままでは──邪神様の脳が破壊されてしまう。ヴェーク、なんとかしてシェーディとやらを引き剥がせぬか? 最悪、無理やり離すことも考えねば」
「うーん、それは難しいんじゃないですかね。力の同盟でぶっちぎりに強いのがシェーディですから。ここは対話でなんとかしないと」
「……ほう。蛭蟲や、あの熱い拳を持つアイシスや異界のドラゴン、不死鳥を魂に宿すお前よりもか?」
「そうですね。あのほうちょうを喰らえば、俺の師匠でも無事では済まないでしょう」
「ルシフィナが? それは……」
魅凪は驚いたような表情を浮かべ、華音と楽しげに話すシェーディへと視線を向けた。
上機嫌なシェーディからは、危険な雰囲気など微塵も感じられない。だが彼女は、黄衣の王を退け、娘たちと力を合わせれば世界すら容易く滅ぼせるほどの存在だ。
今はハスターとの戦いで弱体化しているとはいえ、混沌の尖兵すら容易くあしらえる実力者。
そんなシェーディは、華音から差し出されたアイスクリームを美味しそうにぺろぺろと舐めている。その微笑ましい光景を見ながら、魅凪は感心したように息を吐いた。
「“極限の脱力”。我も理論だけは構築し、武術書に記したが……実践することはできなかった技法。よくよく観察すれば、シェーディはそれを常に維持している……」
「そんな凄そうなことを、ずっとやってるんですか……。いや、でも言われてみれば……」
シェーディは、いつも『くたー』としている、とよく言っている。
思い返せば、修羅世界で冒険していた頃、何度か彼女が吹き飛ばされる場面があった。
だが、そのたびにゴムボールのようにぽいんぽいんと跳ね返り、ダメージを受けた様子はまったくなかった。
魅凪の話と照らし合わせれば、あれは極限まで脱力することで衝撃を受け流していたのかもしれない。
「それに、あの体の動かし方を見るに、常にカウンターを意識している……。この我が注意深く見なければ気づかぬほど自然体……。今度、シェーディとも訓練を行いたいものだ……」
「そう言われれば、“宵の明星”を最初に覚えたのもシェーディだったな……」
「ルシフィナのカウンター技のアレンジだったか。ならば、習得が早いのも理解できようぞ」
魅凪によるシェーディの分析は、聞けば聞くほど興味深い。
このままずっと耳を傾けていたいところだったが、気がつけば二人の後ろ姿は少しずつ遠ざかっていた。
「行きましょう」
「ああ」
俺たちは一定の距離を保ちながら、二人の後を追って歩き続けた。
・・・・・
二人はヤマタイ街の寿司屋でお寿司を買うと、大きな池のほとりにあるベンチへ腰を下ろした。
どうやら、そこで昼食にするらしい。
「あのお店の特上寿司、あたしのお気に入りなんだけど、どう?」
「…………!」
「気に入ってくれた? ふふ、よかった♪」
シェーディは無表情のまま、しかしその瞳だけをきらきらと輝かせる。
そして、上等なシャリと新鮮なネタで握られた寿司を、もぐもぐと頬張っていく。その様子を眺めていた華音は、満足そうに微笑むと、自分の分の寿司へ箸を伸ばした。
「ふーむ、シェーディはなぜ……あそこまで華音を気に入っているのだ? ヴェーク、何か分からぬか」
「……うーん。実は、思い当たる節があって……」
俺は、シェーディが普段からよく口にしていることを魅凪へ伝えた。
『ヤンチャな子ほど可愛い』『手のかかる子ほど可愛い』──わくわく温泉ランドで彼女の声が聞こえるようになってから、何度も耳にした言葉だ。
華音は、まさにシェーディの言う理想そのものだった。
非常に手のかかる幼稚な雰囲気を残すグリーン──。俺の言葉を聞くと魅凪は難しい顔を浮かべ、顎に手を当てながら口を開く。
「しかし、シェーディには娘がたくさん居るのだろう? ほら、そこのトンベリ娘も」
「わっふぅー! わっふぅー!」
「…………!!」
魅凪の視線を追うと、顔を真っ赤にしたワイティエルとトンベリ娘がいた。
二人は肩を組んで仲良く歩き、片手には酒瓶を持っている。
……天使の方をよく見れば、城を案内してくれたウイスキーだった。
どうやら真っ昼間から酒盛りを楽しんでいるらしい。さらによくよく見てみると、同じように酒に酔ったアイシスとブラディが肩を組み、彼女たちの後ろをふらふらとついてきていた。
少し目を離しただけで、すぐにこれだ。
俺は見なかったことにして、会話を続ける。
「ええっと、そうなんですけど……。シェーディ曰く、娘たちは生まれたときから手のかからない子しかいなかったそうで……」
トンベリ娘は、生まれた瞬間からある程度自立しているらしい。
食べ物は自分で確保し、十分な強さも備えているため、誰かの庇護を必要としない。たまに鈍臭い子が生まれることもあるが、数多くいる姉たちの誰かが自然とフォローするため、いつの間にか立派に成長していくそうだ。
それに加えて、税金の計算までできるようにするらしい。
「……待て。税金? トンベリ娘は混沌の深淵に住んでいるのだろう? 誰に納税しているのだ?」
「ご近所さんの、頭に宝箱をかぶったミミック娘たちが集めているそうですよ。支払いを拒否したら、長い手足を使った格闘術で襲いかかってくるとか……」
「ミミックが……格闘術を?」
「俺も聞いていて、よくわかりませんでした。どうしても払いたくないときは、眠りの粉を投げつけて対抗するとかなんとか……」
納税されたゴールドは、混沌の深淵町内会の共有資産として積み立てられているらしい。
ほかにも、ご近所同士でキャンプをするときの食材代に充てられたりもするそうだ。それと、シェーディは焚き火用の薪を誰よりも綺麗に割れるらしく、ご近所では"薪の女王"というあだ名で呼ばれているとか。
「……解らぬ」
「そうですよね。シェーディの話は真面目に聞いてると、脳が酷く疲れるんですよね……。それに、話を聞くたびによく理解できなくなって──あっ」
少し目を離した隙に、華音とシェーディの姿がどこにも見当たらなくなっていた。
・・・・・
慌てて周囲を探していると、ミクリとラファエラの二人に出会った。
ミクリは両手にチョココロネを握り、口の周りをチョコでベタベタにしながら幸せそうに頬張っている。その姿を見つめるラファエラは、恍惚とした笑みを浮かべ、少しヨダレを垂らしていた。怖い。
……よく見ると、その少し離れた後ろにはガブリエラの姿もあった。
血涙を流し、自身の得物である鞭をガジガジとかじりながら、ヨロヨロと二人の後をついて歩いている。すごく怖い。
「ミクリ、ラファエラ。華音とシェーディを見なかったか?」
「さっき見た……。あっちに歩いて行ったよ……」
「酒瓶を持ったトンベリ娘を見て何か話していましたので……酒場へ向かったのでは?」
「そうか……ありがとう」
俺は二人に礼を言うと、言われた通り酒場へ向かった。
店には入らず、路地裏へ回って小窓から中の様子を窺う。
「──これは」
「あまり……いい雰囲気ではないですね」
小窓から見えるのは、カウンター席に座るシェーディと華音の姿だった。
しかし、その周囲には、どこか意地の悪そうな植物族たちが何人も集まっている。彼女たちは怒りを露わにし、華音へ次々と言葉を浴びせていた。
「どのツラを下げて──わたくしたちの前に現れたのです!?」
「あなたのお陰で植物貴族は日陰者……! こうして昼間から安酒をあおるだけの生活よ!」
「なによ! 全部あたしのせいだって言うの!?」
「そうではありませんか! せっかく、わたくしどもの権威を高められると思っていましたのに!」
華音が反論しても、植物族たちの非難は止まる気配がない。
彼女たちは華音の独裁政治の下で甘い汁を吸っていた連中なのだろう。つまり……決して褒められた連中ではない。
華音はサリエラさんに敗れ、少し前まで幽閉されていた。
聞いたところによると、彼女を助けようとした植物族は両手の指で数えられるほどしかいなかったらしい。
目の前にいる連中は、自らの保身を優先し、真っ先に降伏した魔物たちなのだろう。
戦いを避けること自体は悪くない。だが──自分たちの主を見捨ててまで保身に走るのは、あまり気持ちの良いものではないと俺は思う。
「六祖なのに……ここまで言われ放題になるものなんですか?」
「……いや。少なくとも我は、たとえ没落したとしても、このような扱いは受けぬだろうな。今の混沌の世では、六祖とて軽んじられておるのだろう。それに華音の場合は──あまりにも印象が悪すぎる」
魅凪は眉間に皺を寄せ、静かな怒気を漂わせている。
内心では自業自得だと思っているのだろう。それでも、妹がここまで言われ続けるのは気に食わないようだった。
俺は……どうだろうか。
華音に対しては複雑な感情がある。魔界での振る舞いを聞けば、素直に好きになるのは難しい。それでも、ぺこの姉である以上、家族として、義理の姉として受け入れたいという気持ちはあった。
「パーティだって何度も開いてあげたし……植物園だってみんな喜んでたじゃない! 少し地位が変わったからって……そんなに言うことないでしょ!」
「あなたという存在は今の私たちにとって、ただの圧制者です!」
「金輪際! わたくしたち植物貴族に関わらないでください!」
華音は何か言い返そうとする。
だが、植物族たちの怒号にかき消され、その声は届かない。
悔しさを滲ませる華音を見て、俺は助けに入るべきか迷った。
魅凪へ目配せをすると、彼女は静かに首を横へ振る。華音自身が向き合わなければならない問題だと判断したのだろう。
……一度くらいは本人に考えてもらうべきなのかもしれない。
俺と魅凪が無言で様子を見守っていると、不意に植物族の一人が酒瓶を掴み、華音へ向かって投げつけた。
「悲しそうなふりをして、同情でも買うつもりですか!? 早く出ていってくださいな!」
「──」
驚きに目を見開く華音へ、酒瓶が一直線に飛んでいく。
大したダメージにはならないだろう。彼女は六祖──世界でも指折りの実力者なのだから。
「…………!」
しかし、その酒瓶の前へ割って入ったのはシェーディだった。
彼女は一瞬で華音の前へ踏み込むと、大きく両腕を広げ、その小さな体で華音を庇う。
ガシャン、と酒瓶が砕け散る。
飛び散った酒がローブを濡らし、シェーディは頭から酒を浴びてびしょ濡れになった。
「──!! この!!」
一瞬で怒りが爆発した華音は、腰の鞭を引き抜き、酒瓶を投げた植物族へ振りかぶる。
しかし──。
「えっ、どうして……」
シェーディが素手で鞭を絡め取っていた。
自慢だと言っていたローブが少し裂け、その下から覗く腕は、華音の鞭をびくともさせず押さえ込んでいる。突然の仲間割れに植物族たちは言葉を失い、華音も何が起きたのか理解できず、目を大きく見開いていた。
「…………」
シェーディは静かに鞭を華音へ返す。
そして植物族たちへぺこりと頭を下げると、何も言わず華音の手を取り、そのまま酒場を後にした。
・・・・・
二人が向かった先は、昼食を食べていた大きな池のベンチだった。
シェーディはポンポンとベンチを叩くと、その隣に腰を下ろす。そして、濡れた髪を手で払いながら、華音を手招きした。
それに応えるように、華音も無言で隣へ座る。
そして、じっと池の水面を眺めたまま──ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「はあ、本当にサイアク。せっかく楽しい気分だったのに……。ごめんね、シェーディ」
「…………」
シェーディは華音を見ることなく、自らのローブを絞った。
その反応に、華音はぴくりと肩を震わせ、怯えたような表情を浮かべる。そして、悲しげな顔のまま話し始めた。
華音は、自分は植物族たちのために力を尽くしてきたつもりだったと語る。
そのために人間を支配下に置き、街を改造した。周りの言うことを聞き、皆を喜ばせてきたつもりだった、と……。
「どうしてなんだろう。みんなが喜んでくれると思って、あたし頑張ったのに……。今は責められるようになっちゃった」
「…………」
不意にシェーディが俺のほうを向く。
そして、小さく手招きをして俺たちを呼び寄せた。シェーディのことだから、こちらが尾行していることなど最初から気づいていたのだろう。魅凪も頷いたので、俺たちは二人へ歩み寄った。
「シェーディ、これ」
「…………」
俺は道具袋からタオルを取り出し、シェーディへ手渡した。
彼女は礼を言ったあと、自分の尻尾をゴシゴシと磨き始める。
……濡れた髪を拭くために渡したのだが、本人は尻尾のほうが気になるらしい。
どうも、尻尾磨きは乙女なギャルの嗜みだとか何とか。
「……なによ、魅凪。まだつけて来てたの? お説教でもする気? 沙蛇みたいに」
「いや、今はせん。弱っている相手に説教するほど、我は無粋ではない」
「ふーん、そう。じゃあ何? 手下に嫌われたあたしを笑いに来たわけ?」
不機嫌そうに振る舞う華音。
だが、その表情にはあまり覇気がなく、本当に落ち込んでいることが伝わってくる。
「…………」
「シェーディが『本当に"みんな"が喜ぶことをしたのか』って」
尻尾を磨き終えたシェーディが、じっと華音を見つめる。
華音は口を開こうとして、何か言いかけては口ごもり、そっと目を逸らした。それが、何よりの答えだった。
「……だって、人間なんて弱いんだから、玩具にしたって別にいいじゃない。あたしのモノなんだから、あたしが好き勝手しても──」
「…………」
「『じゃあ、ウチが華音を玩具にしてもいいのか?』」
「そ、それは……」
シェーディは無表情のまま、ただその瞳だけを真っすぐ華音へ向ける。
華音は言葉を失い、唇を噛み締めた。
シェーディは強い──六祖であっても、そう簡単に勝てる相手ではない。
だからこそ、力がすべてという強者の理屈に従えば、この場で下の立場にいるのは華音のほうだった。
「…………」
「『今までの行いが、自分に返ってきただけ。それが嫌なら、ちゃんと相手のことを考えないと』」
シェーディの言葉を俺が通訳すると、華音はうつむいたまま黙り込んだ。
敵対した相手には容赦がない。だが──根本のところでは、シェーディは誰に対しても優しいギャルなのだ。
華音のやってきたことを聞いて、何も思わなかったはずがない。
それでも彼女は責めることはしなかった。ただ、本当の母親のように寄り添い、これから先を一緒に考えようとしている。
「……あたし、どうやったら嫌われ者じゃなくなるかな?」
「…………」
「『それは分かんない。でも、ウチが一緒に考えて、手伝ってあげる』」
シェーディがそっと華音の手を握る。
その小さな手は、驚くほど優しく華音の手を包み込んでいた。華音は俯いたまま、その手を静かに握り返す。
「やっぱり、あたしのママだったわね……。ありがとう、シェーディ。これから、近くで見守ってくれる?」
「…………!」
シェーディはコクコクと何度も頷き、尻尾を揺らして嬉しそうにしている。
華音もそんなシェーディを見て微笑むと、ぎゅっと抱きしめた。
やり方を間違えているけど、誰かに認められたい子みたい──。
シェーディはそう俺に伝えてきた。俺も付き合いは浅いが、華音がそんな子であることがなんとなく分かった。
「我としては……なんとも複雑な気持ちではあるが。華音、お前が少しでも成長するのであれば、邪神様も喜ぶだろう。無論、我もだ」
「魅凪……」
「地に足をつけ、目下のことに意識が向くようになれば、自ずと周囲の目も変わろう。だが、忘れるでない。我はお前の姉である──そして、姉たる以上……我も助けるぞ、妹よ」
華音は顔を上げ、どこか照れくさそうに笑った。
俺はその光景に少し胸を打たれていると、不意にシェーディが立ち上がり、ダブルバイセップスを決める。
「…………」
「ヴェーク? シェーディはなんと言っている?」
「『それはそれとして、服を汚されたのは腹が立つから、体が一週間くらい虹色に光る薬をお酒に盛ってきたじゃんね☆』って」
「……ぷっ、あははっ、あはははっ!! いい気味ね!」
華音は腹を抱え、足をバタバタさせながら笑い出した。
シェーディも満足そうな顔で、一緒になってゲラゲラと笑う。魅凪は苦笑いを浮かべ、小さくため息を吐いた。
「台無しであるな……」
「まあまあ。向こうも非のある相手ですし、いいんじゃないですかね」
華音とシェーディはひとしきり笑うと、再び腕を組み、街中へと繰り出していった。
魅凪と俺はその後ろ姿を見送ったあと、自分たちも情報収集へ向かうことにした。
・・・・・
結局、あまり役立つ情報を手に入れることはできなかった。
収穫といえば、虹色に光る不思議な植物族が叫びながら走り回っていたという話。それと、街にいたアリ娘たちが、どこかへ行ってしまったという話くらいだ。
アリ娘たちの件は気になるところだが、優先すべきことがある。
今の事態さえ解決すれば、そちらの調査にも向かえるだろう。
「それは……通らないよ……ロン……!」
「はあ!? またなの!? こんなのインチキよ! ノーカウントよ! ノーカン! ノーカン!」
「おいまたかよ! エヴァ! さっきから見苦しいぞ~!」
「そうであるぞ! 卑しき拳を持つエヴァよ! 大人しくチューっと吸われるがよい!」
ポケット魔王城へ戻った俺たちは、また娯楽室でのんびりと過ごしていた。
ミクリにエヴァ、アイシスとブラディは麻雀に興じている。牌の一部が透明になっており、どうやら特殊なルールがあるらしい。
エヴァは顔を真っ赤にして『ノーカンだ!』と腕を上げて何度も叫ぶ。
対するミクリはしたり顔でニヤニヤとしている。……なんだか麻雀卓を囲む面々の顎が妙に鋭くなっている気がするが、きっと俺の気のせいだろう。
「なんとも野蛮な遊戯ですね……」
「考案者の隣に座って、それを言うか? ……まあ、否定はせんが」
ラファエラの言葉に、魅凪は眉をひそめる。
だが、思うところがあったのか、それ以上反論することなく、グラスを揺らしてワインを口にした。
「あれって、どういうルールなんですか?」
「名は魅凪麻雀……点数を精気に換算し、点棒を失うたびに精気を吸われるというルールでな。最初に定めたルールでは、相手が死ぬまで勝負は続く。今は、クタクタになるまで吸われるだけに変わっているようだな」
麻雀卓へ目を向けると、嫌がるエヴァをアイシスとブラディが羽交い締めにしていた。
そしてミクリがエヴァのほっぺに唇を当てたかと思えば、ラーメンを啜るような音が部屋に響く。しばらくすると、エヴァは白目を剥き、そのままぐったりと椅子に身を預けた。
「ああっ! ミクリちゃんのキス……羨ましい……」
そう言って、ラファエラは両手を頬に当てる。
先ほどまで彼女も魅凪麻雀に参加していたのだが、わざとミクリに振り込み続け、キスをねだりまくった結果、卓から追い出されてしまった。
それに加えて。
精気を吸われているにもかかわらず、逆に肌ツヤが良くなっていく姿があまりにも不気味だったことも、追放の理由の一つである。薄々気がついていたが、ラファエラは変態に分類される存在のようだ。
「……」
最初はガブリエラも参加していたが、今は床の上で干物のようになって転がっていた。
しかし、その顔には幸せそうな笑みが浮かんでいる。……たぶん、大丈夫なのだろう。
「魅凪も結構、昔はヤンチャだったんだな……」
「……まあな」
「そーよ! そーよ! 昔の魅凪は、あたしと変わらないくらい乱暴だったんだから! 男なんて全部自分の食べ物だ~みたいな!」
「…………!」
俺たちはテーブル席に座り、酒を飲みながら談笑していた。
先ほどまで、俺たちもババ抜きをして遊んでいたところだ。
『常にポーカーフェイスだから、ウチ最強☆』と豪語していたシェーディ。
だが、一度も勝つことはできなかった。
確かに表情はまったく変わらない。
しかし、尻尾だけはブンブンと忙しなく揺れ続け、感情が駄々洩れだったのである。数分前まではすっかり拗ねていたが、お寿司とヤマタイ酒を差し出されると、今ではすっかり上機嫌になっていた。
「六祖の昔の話……気になるな。聞いても?」
「いいわよ~! そおねぇ……昔は結構、仲は良かったほうじゃない? あたしだって禍撫とよく遊んでたし。今思えば、邪神様ってママって感じじゃなくて、不器用なパパみたいだったかも?」
「我は……何も言わん。当時、邪神様は古竜族との戦いにかかりきりで、我らはその下で暮らしていた。くく、あのころの玉藻は随分と内向的であったな……」
そう言って、華音と魅凪は遠くを見るような目をした。
その表情はどこか寂しげで、それでいて懐かしさを滲ませている。
「じゃあ、ぺこはどうだったんですか?」
「……」
「……」
俺がぺこのことを尋ねると、二人はそろって黙り込んだ。
……今ではかなり丸くなっているが、やはり昔から大問題児だったのだろうか。そんなことを考えていると、二人は困ったように唸り始めた。
「子どものころの蛭蠱って……どんな感じだったかしら。魅凪は覚えてる?」
「……いや」
魅凪は腕を組み、考え込む。
一方の華音も、人差し指でこめかみをトントンと叩きながら、必死に記憶を探っていた。
「我が最初に覚えているのは、玉藻の尻尾を齧っていた姿だ。仕返しに陰陽術で火だるまにされ、禍撫が呆れた顔で消火していた……」
「あたしもそうね……。でも、それってあたしたちが結構大きくなってからじゃない?」
「……うむ。古竜族との戦争が終わり、しばらく経ってから……であるな。しかし……竜、竜か……」
二人はどこか困惑した様子で顔を見合わせる。
俺は違和感を覚え、首を傾げた。話を聞く限り、姉妹たちは幼いころから一緒に過ごしていたはずだ。
それなのに、ぺこが幼いころどんな子だったのか、誰もはっきり覚えていない──。
「まあ、昔の話だから……曖昧になるのも仕方ないんじゃないですか?」
「そうかしらね……。まっ、禍撫に聞けばいっか。同族のことなら、怖いくらいよく覚えてるし。家族のことも覚えてるでしょ」
「……そうだな。それに、邪神様も混沌の使者に討たれたとの話であるが、復活の可能性は大いにある。聞きたい話もできたことであるし、イリアスに尋ねて、何か策はないか聞かねばならんな」
二人が納得したところで、シェーディが足をパタパタと動かし始めた。
小柄なせいで足は床に届かず、椅子からぷらぷらと垂れ下がっている。その姿は、ラファエラから大好評である。
「…………!」
「へぇ、そんな種族も……」
「弟! 翻訳!」
「ママ友がもっともっと欲しいって。一応、近所にはたくさんのキノコ娘たちのお母さんがいるみたいで。普段は温厚らしいんですけど、怒らせると、とんでもない威力の右ストレートが飛んでくるとか……」
「混沌の奥底で暮らす植物族……気になるわね! シェーディ、もっと聞かせて~!」
華音は席を立つと、シェーディを抱き上げ、そのまま自分の膝の上へ乗せた。
そして頭を優しく撫でながら、うっとりと微笑む。シェーディはされるがままになりつつも、楽しそうに尻尾を揺らしていた。
そんな二人の様子を眺めながら、魅凪は小さくため息をつく。
その表情は呆れというより、どこか安心したような穏やかなものだった。
「さて、ヴェーク。次は禍撫であるな……」
そう言って、俺はステージへちらりと視線を向けた。
そこでは、エクレアとサキちゃんがマイクを片手に歌いながら、楽しそうに踊っている。
「出来る、出来るかなあ……」
エクレアは合一後、過激派を率いて禍撫とエルベティエに戦いを挑んでいる。
スライム族は身内に優しい傾向がある。だから……許してくれるといいのだが。
「ふ……それはお前次第だな。少なくとも華音はなんとかなったではないか」
「シェーディのお陰でしたよ」
「だが、連れてきたのはお前だ。ふふ……次もお前の冒険を楽しみにしているぞ、義弟よ」
魅凪は目を細め、穏やかな笑みを浮かべた。
次の目的地はウンディーネの泉。
エクレアによれば、そこに禍撫と幼馴染のエルベティエが滞在しているらしい。
一筋縄ではいかないだろう。
俺はこれから起こる出来事に思いを巡らせ、小さくため息をつく。だが、その胸には不安と同時に、わずかな期待も芽生えていた。