新たに華音と、お寿司に飢えていないサリエラさんを仲間に加えた俺たち。
妖星兵器デミウルゴスを動かすために必要な六祖は、禍撫のみとなった。
頼れる戦力として、他の六祖や七大天使も仲間に加え入れたいところだ。
しかし、禍撫が協力してくれるようになり、デミウルゴスを動かせるようになった時点で、一旦はロストルム村へ戻る予定になっている。星喰いがいつ襲来するのか分からないので、ミニマムストーンの巨大結晶を搭載する作業を優先して行う予定なのだ。
……なのだが。
「やったりますわよ! やったりますわよ!」
「やるなやるな!」
ポケット魔王城の会議室にて。
禍撫に会いに行く前に、作戦会議を行うことになった。その理由……いや、原因は、言うまでもなくウチの脳筋お姫様系スライムにある。
「はあ……。一応、話は聞いておきましょうか。エクレア、どういう腹積もりです?」
イリアス様が頬杖をつき、じとりとエクレアを見つめる。
その黄色いスライムボディの中には、なぜか大量の武器が詰め込まれていた。
さらに、その両手には虹色に輝くブーメランまで握られている。
どう見ても物騒な装備だ。しかし、エクレアはそんなイリアス様の視線にもまったく動じない。
それどころか、むしろ胸を張り、堂々とした様子で言い放った。
「今こそ! ワタクシがスライム族の頂点系お姫様となるため! ポケット魔王城の住民を率いて、禍撫さんとエルベティエを打ち倒しますの!」
俺はその発言を聞いた瞬間、深い深いため息をついた。
集まった他の面々も似たような反応をしている。手を叩いて称賛しているのはミクリとブラディ、それからシェーディと釣られて拍手する華音くらいのものだ。
一応、俺は“平和的”に事を進めるための話し合いだと、事前に通達していた。
しかし、エクレアの中にある『平和』という言葉には、どうやら俺たちとは少しばかり解釈の相違があるらしい。
「まずは、穏健派に潜入させている配下のベスに麻痺毒を泉の水源へ混ぜ込ませますわ! そして! 混乱している隙にワタクシたちが怒涛の猛攻を仕掛けますの! これで勝ちですわ! プルプルですわ~!」
「駄目に決まってるだろ!」
「ふぇ~! はにゃしなしゃいな~!!」
俺は立ち上がり、エクレアのほっぺをむにっと引っ張った。
スライムらしい、プルプルとした柔らかな感触が指に伝わってくる。そして、空いている片手でエクレアの体内に詰め込まれていた武器を、ポイポイと引き抜いていく。
ブーメランに剣、槍に斧。さらには見覚えのないマキナ型の武器まで続々と出てくる。
……いったい、どれだけ仕込んでいたんだ。
「シェーディ、頼む」
「…………!」
「な、何をいたしますの! ワタクシは諦めませんわよ! あのクール気取りの澄ました青をふっ飛ばし! すべてのスライム族のお姫様として、この混沌に満ちた世界を──ああ~」
「これでよし。エクレアのことは抜きにして、話を進めよう」
俺の呼びかけに応じて立ち上がったシェーディがエクレアを抱きしめ、そのまま骨抜きにした。
さっきまであれほど勇ましく騒いでいたエクレアが、シェーディの腕の中ですっかり大人しくなっている。その隙に、俺はエクレアの提案をさっさと頭から追い出し、改めて話し合いを進めることにした。
「しかし、ヴェーク。この黄色いポンコツエセお姫様はエルベティエの幼馴染でしょう? しかも、現在はスライム族の半数を率いている……無視はできないでしょう」
「イリアス様……でも、この調子ですよ?」
「ああ~、癒されますわ~」
「あたしもあたしも~!」
俺はそう言って、エクレアを親指で指し示す。
いつの間にか華音までシェーディの抱擁に参加しており、二人でほっこりとした笑顔を浮かべていた。
……完全に癒やしの時間になっている。
その様子を見て、魅凪も楽しそうに口元を緩めていた。
「イリアスの言う通りだ。私たち家族の言葉が一切響かぬとは言わんが、やはり禍撫には同族の言葉が一番だろう。エルベティエに関しても、おそらくその傾向であろうな」
魅凪はそう言って腕を組んだ。
以前、エクレアからエルベティエさんとの関係を詳しく聞いたことがある。
同じ場所で生まれ、生まれた時期もほぼ同じ。小さいころの二人は対照的で、エルベティエは真面目で大人しかったが、破天荒でお転婆なエクレアに振り回される関係だったらしい。
そして、クイーンスライムの座を巡って、お互いに争った過去がある。
エクレアはその争いで敗北したことをきっかけに、筋トレに励むようになったそうだ。
エクレアからすれば、因縁の相手であり、腐れ縁。
しかし、以前、武王杯で戦ったあとに俺と話した感じだと、エルベティエ側はエクレアのことを大親友だと認識しているように感じた。
合一後に発生した穏健派と過激派の戦いでも、犠牲になったスライムはいないようだし、きちんと話をすれば許してくれると思う。
話し合いで問題になるかもしれないのは、やはり禍撫のほうだ。
「エルベティエは許してくれると思うんですけど、禍撫さんのほうはどうでしょう?」
「正直なところ、あまり気にしておらぬと思うぞ。同族同士の軽い戯れ程度に感じているだろう。のう、華音」
「ああ~」
「だそうだぞ」
「今のは返事ではなかった気がするんですが……。まあ、いいです」
少なくとも、俺よりも禍撫について詳しい魅凪がそう言っているのだ。
それに、このお姫様スライムは特異な存在ではあるが、一応は同族。スライムはスライムだ。
禍撫がまったく言葉を聞いてくれないということもないだろう。
問題は、どこまで素直にこちらの話を聞いてくれるか、だが……。
「でしたら、こういうのはどうでしょう? 過激派と穏健派……その争いに終止符を打つという名目で、話し合いの場を設けるのです」
ラファエラが片手を上げ、提案を述べる。
「そこに我々もついて行き、禍撫やエルベティエに接触。そして、和平の“ついで”に我々の目的をお伝えするというのは」
「良き案だよ……ミクリの忠実なる手下の天使よ……」
「うふふ……。ありがとうございます」
「ぐぎぎ……」
ラファエラは膝に乗せたミクリを撫でる。
その横では悔しそうにするガブリエラの姿があった。
ラファエラの提案は、今の状況では妥当なものだった。
これなら、いきなり訪問するよりも警戒されにくいだろう。まずは穏健派と過激派の争いを終わらせるための話し合いという形を取れば、こちらの目的を伝える機会も自然に作れる。
ラファエラの言葉に、ポケット魔王城内の他の面々も次々と賛同し始めた。
「よし、ラファエラの意見を採用しようと思う。誰か、他に意見はあるか?」
「異議あり! 大アリだ! 話し合いなどという野蛮な方法ではなく、ここは穏便に戦争で──ヴァァァァァッ!!」
俺はブラディの顔面を掴み、そのまま窓から放り投げた。
彼女は頑丈だし、細かいことは気にしないタイプなので、三十分後にはケロッとしているだろう。修羅世界での冒険中でも、唐突に野心を見せることがあったが、このような対応をすることで落ち着いている。
「これでよし」
全員の意見がまとまった。
そう思っていると、なぜか皆の視線が俺に集まっていることに気がついた。
「みんな、どうしたんだ? あっ、鎧が汚れたりしてたか? さっき、色んな魔物の子と雪だるまを作ってて……」
「いえ、別に汚れていませんよ。……やはり師弟でしたか」
「以前、このような目に天界であったような……。うっ、頭が……」
イリアス様がジト目でこちらを見ており、ガブリエラが額を押さえて苦しんでいる。
俺は首を傾げながら、ポケット魔王城のみんなに解散を言い渡した。
・・・・・
「左ストレートでぶっ飛ばしますわ! 左ストレートでぶっ飛ばしますわ!」
「やめろやめろ!」
俺たちは、多くのスライムたちの故郷であるウンディーネの泉、その近くまで来ていた。
この周辺も合一の影響を受けており、土地は季節外れの雪に覆われている。
白い雪が一面に積もり、木々の枝にも薄っすらと雪が乗っていた。吐く息も白く、鎧越しにも少し肌寒さを感じる。足元の雪を踏みしめるたび、ぎゅっ、ぎゅっ、と小さな音が響いていた。
そんな寒さとは裏腹に、俺の腕の中には妙に熱のこもったスライムがいる。
正確には、熱くなっているのは体温ではなく、その精神のほうなのだが。
「話し合いまでには落ち着けるという話ではありませんでしたか? どう見ても興奮状態にしか見えませんが」
「うーん、そうなんですけど……」
ジタバタと暴れるエクレアを、俺は後ろから抱えるようにして必死に押さえ込んでいる。
どうにかして俺の腕から抜け出そうとしているらしいが、これがなかなか力強い。下手をすれば、このまま俺ごと吹き飛ばされかねない勢いだ。
黄色いスライムの身体が、腕の中でびよんびよんと伸び縮みしている。
イリアス様のけだるげな声と冷たい視線に耐えながら、俺たちはウンディーネの泉へと向かっていた。
ラファエラの提案通り、話し合いの場を設けることには成功した。
エクレアの妹であり、穏健派にも顔が利くプリンに手紙を持たせ、エルベティエさんのいるウンディーネの泉へ送り込んだのだ。
そして、プリンから話を通してもらったことで、無事に今回の話し合いへとこぎ着けることができた。
……できたのだが。
「ですわー! ですわー!」
「エクレア、もはや言葉までなくしたの……。ワガママは駄目……」
「…………!」
「前から思ってたけど、エクレアってすげーよな。こんなに自我が強ぇスライムなんて、多分、世界中を探してもいねぇぞ。まさにド級のスライム、ドスライムだな!」
「うむ!」
力の同盟のみんなで宥めているが、ずっとこの調子だ。
一度は話し合いに納得して大人しくなるのだが、一晩寝て起きれば怒りが蘇ってくるのか、すっかり元通りになってしまう。
何なら、お昼寝を挟んだ場合でも復活する。
こちらとしては、たまったものではない。
「エクレア……今は大人しくしてくれないか?」
「嫌ですわ! ワタクシはラ・モード家のお姫様として、スライムの頂点に君臨しなければなりませんの! 今がゼンザイメチャクウの機会ですわ!」
「千載一遇じゃない……? 食いしん坊みたいになってる……」
「ぺこにヴェペリア、元気にしてるかな……。ともかく、もうすぐ指定された場所だから、大人しくな? スライムの頂点を目指すのは今じゃなくて、これからだっていいだろ? 星が喰われたら、元も子もないんだから」
「……それは、一理ありますわね。分かりましたわ、今は大人しくしておきますわ~。では、会場に着くまで仮眠を取りますから、お姫様抱っこに切り替えていただけますこと?」
「寝るな寝るな。……昨日もこんなやり取りしてた気がする」
とりあえず、また説得できたようなので、エクレアを地面に下ろす。
これでようやく大人しく歩いてくれるかと思った──その直後だった。
「甘いですわね、ヴェーク! このままワタクシが先行して、会談を台無しに──ぶべぇ!?」
猛ダッシュで走り出そうとしたエクレアに、横から植物の蔓が伸びる。
そのまま足を絡め取られた彼女は、勢いよく前へつんのめり、顔面から雪の積もった地面へと倒れ込んだ。
白い雪が派手に舞い上がる。
「そんなことだろうと思いました。小イリアス様、これでよろしいですか?」
「ええ、よくやりましたね、駄天使。あなたの階級を見直し、ピーマンよりやや偉い存在とします」
「そ、それは階級が上がったので──いえ、何でもありません。ありがとうございます」
ガブリエラがペコリと頭を下げると、イリアス様は満足げに頷いた。
……ピーマンより上というのは、喜んでいいことなのだろうか。そんな疑問が頭をよぎったが、口には出さなかった。
「むふふ、よく見ればこの子もなかなか……」
「ひええええ!! エルベティエがたまにする目と同じ目をしていますわ! ワタクシを見ないでくださいまし!」
倒れたエクレアを、ラファエラが優しく抱きかかえて撫でている。
先ほどまでの勢いはどこへやら、エクレアはラファエラの腕の中でジタバタと抵抗しているものの、蔓でガチガチに拘束されているせいで、自由に動き回ることはできなくなっていた。
……このまま大人しくしてくれれば助かるのだが。
そう思いながら、俺は前方へと視線を向ける。
白銀の世界の向こうには、これから顔を合わせることになる穏健派のスライムたちがいる。
そして、その中心にはエルベティエと禍撫がいる。
今回の話し合いが、どんな結果を迎えるのか。
こちらにはこちらの事情があり、向こうにも向こうの事情がある。
ましてや、エクレアがこの調子だ。
俺は小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせるように、静かに前を向いた。
・・・・・
ウンディーネの泉の手前まで来たところで、ポケット魔王城から魅凪と華音を呼び出す。
泉の周りには雪が積もっておらず、合一前とあまり変わらない様子の森林が広がっている。白銀の景色が続いていた道中とは違い、穏やかな空気が漂っていた。
話し合いの場に指定されているのは、泉の前。
俺たちは木々をかき分けながら、指定された場所へと向かう。そして、ついに木々の向こうからウンディーネの泉が姿を現した。
そして、そこには──。
「ずんどこー! ずんどこー!」
「わわわわ~い! わわわわ~い!」
「イヤッハー!! 燃え上が~レ~! 踊レ踊レ~!!」
「…………!」
「負けを認めるから、せめて静かにして……」
大きく轟々と焚かれた炎の周りで、スライムたちが跳ね回っている。
その横には鉄格子が置かれており、中で目に包帯を巻いた白黒姿の魔物が、見るからに疲れ切った様子でくたーっと座り込んでいた。……よく見ると、跳ね回るスライムたちの中にはトンベリ娘と、龍のような姿をしたスライムまで混ざっている。
「どういう状況なんですかね、これ」
「あなた、困ったらいつも私に質問しますよね。やめたほうがいいですよ、それ。もっと自立をしなさい、自立を」
「だって……いつも自分のことを全知全能が云々って言ってるじゃないですか、イリアス様。それに、人を導くのは自分の責務だって」
「……いいでしょう。この全知全能の女神たるこの私が、この状況を説明してあげましょう。あれは……蛮族のお祭りです」
そう言って、イリアス様がドヤ顔でこちらを見る。
……説明になっているような、なっていないような。もしかしたら、穏健派なりに俺たちを歓迎でもしてくれているのではないかと思い、俺はスライムの事情に詳しそうなエクレアを見る。
しかし、当のエクレアも疑問符を浮かべたような表情をしていた。
どうやら、彼女にも何が起きているのか分からないらしい。
「やっぱり野蛮ね~、スライムって。やっぱり植物が一番クールでオシャレで──」
「華音」
魅凪が華音の名前を呼び、ある方向に向かって顎をしゃくった。
その先にある地面から──二人のスライムが、ゆっくりと染み出してくる。
「久しぶりね……」
「……」
現れたのは、エルベティエと禍撫だった。
以前、グランドノアで出会ったときよりも、なんだか……やつれてしまっている気がする。
肉体的には以前よりも凄みを感じるのだが、雰囲気がずっと寂しげだ。
エルベティエは、こちらを見ているようで、どこか遠くを見ているような目をしている。相当なストレスが溜まっているのではないだろうか。
「随分と……ジメジメしておりますわね! エルベティエ! ワタクシがすこーし見ない間に、ナメクジにでも転職しましたの? 一人で抱え込むことも多いですから、カタツムリのほうが正しいかもしれませんわね!」
エクレアはズンズンと歩いて、エルベティエに近づいていく。
止めようかと思ったが、横には禍撫がいるのだ。
それに、エルベティエとエクレアの関係を考えれば、俺が余計な口を挟むのも違う気がする。
そう考え、俺はひとまず様子を見ることにした。
「合一したあと、ワタクシの派閥と戦うときもそうでしたわね。上の空で、随分と腑抜けてしまったこと。クイーンスライムの面汚しですわ~!」
「……私は……」
エクレアらしくない、悪辣な口調に俺は少し違和感を覚える。
ただ、本気で貶しているというよりは、あえて挑発するように言葉を選んでいるように感じた。
しかし、対するエルベティエはどこか上の空だ。
話しかけられているというのに、エクレアに視線すら向けていない。
「……むう。どうしてそんなに落ち込んでいますの? らしくありませんわねぇ。まったく」
「……だって、私は数多くの命を……」
「あなたが何をしようと、ワタクシの腐れ縁であることに変わりありませんわ。例え、多くの間違いを犯してしまったとて……ですわよ」
そう言って、エクレアはエルベティエのスライムボディを、ぽん、と叩いた。
すると、エルベティエはようやくエクレアのほうを向く。
その瞳には、ほんの少しだけ光が戻ったように見えた。
エルベティエが行ったことは、イリアス様から聞いている。
魔界陣営の行った合一計画──世界中の知能ある生命をすべて殺し尽くす作戦。人々の魂を救うためとはいえ、行ったことが虐殺であることには間違いない。今、こんな風に元気がないのは、やはり後悔の念からだろうか。
「ちょっと世界を滅ぼしてしまったくらい、なんてことありませんわよ。ワタクシの仲間には、目を離すと何もかも食べちゃいそうな魔物だって居ますわよ? まあ、最近は家庭が出来て、お行儀が良いですけれど」
「……」
「そういえば、シェーディは実際に世界を滅ぼしたことがあるのでしたわよね?」
「…………!」
「『結果的にそうなっただけ! ハスターが全部悪いじゃんね! ウチは悪くねぇっ! ウチは悪くねぇっ!!』だって」
「ほら、お友達が出来ましたわよ! 笑顔になりなさいな、エルベティエ! いつまでもジメジメしている暇はありませんわよ~!」
そう言って、エクレアがエルベティエの頬をつまむ。
そのまま、無理やり笑顔の形に変えた。
「……はあ。あなたは本当に能天気で、底抜けに明るくて、考えなしのお姫様ごっこが好きな小さな子……。スライム族の集合意志はどこにあるのかしらね……」
エクレアはその言葉を受けて、むっとした表情を浮かべる。
しかし、エルベティエは笑顔を固定されたまま、そんなエクレアに向けて言葉を続けた。
「大人になったのね。昔はそうやって、他のスライムを気づかえるような子じゃなかった……」
「同い年ですわよ! ワタクシたち!」
「……ふふ……。ええ、そうだったわね……。ありがとう、エクレア……。久しぶりに会えて、元気が湧いてきたわ……」
エクレアはエルベティエの顔から手を離す。
しかし、エルベティエの口元には、まだ笑みが浮かんでいた。それを見たエクレアは、一瞬だけホッとしたように表情を緩める。
「良かったわね……エルベティエ……。苦労をかけさせた私が声をかけても、あなたには届かないと思っていたから……」
「禍撫様……」
ずっと口を閉じていた禍撫が、静かに口を開いた。
そして、安堵の表情を浮かべている。
なんだか、とても良い雰囲気だ。
これなら、俺たちはこのまま平和的な話し合いに入れるんじゃないか。
そんな期待が、胸に浮かんだ。
思ったのだが──。
「私からもありがとう、エクレア……。それに、魔界でもあなたには、アイドルの先生としてお世話に──」
「──今こそクーデターの刻ですわよ~!! プリンセススマッシュですわ~!!」
振り返ったエクレアが拳を振り上げ、そのまま禍撫に殴りかかる。
予想だにしない行動に、俺たちは一言も発することができず、その場で固まった。……やっぱり駄目だった。
「まだまだ甘いわね……」
「──イ゙ェアアアア!!」
禍撫は華麗に身を捻る。
その瞬間、エクレアの拳は空を切った。
勢いを殺せなかったエクレアは、そのまま泉へと突っ込んだ。
奇妙な断末魔のような声を上げながら、盛大な水しぶきが上がる。そして、そのままエクレアの黄色い身体は、ぶくぶくと水の中へ沈んでいった。
「……あー、えっと……その。すいません……エクレアがご迷惑を……」
俺はとりあえず、謝罪の言葉を口にする。
あまりにも唐突な一連の流れだったため、謝る以外にできることがなかった。
「いいのよ、慣れてるから……」
すると、禍撫はクスクスと楽しそうに口元を押さえた。
クールで涼しげな印象なので、こういった表情を浮かべるのは、なんだか意外に見えた。
・・・・・
「うふふふっ……。エクレアは変わらないわね……。私たちに敗れたあと、合一したと聞いたから、どうなってるのかと思ったのだけど……」
スライムたちが作ったらしい、簡素な木の椅子に俺たちは腰掛けていた。
テーブルを挟んで対面するのは、禍撫とエルベティエ。
そして、なぜか謎のトンベリ娘も当然ですと言わんばかりに、堂々と席についている。
泉から引き上げられたエクレアも、白目を向いて意識を失ったまま、そちら側の席に座らされていた。
「魔界でも、こんな感じだったんですか?」
「ええ、そうね……。週に七回くらい、私の領内でクーデターを起こそうとしていたわ……。肩書は、スーパーアイドル兼革命家といったところかしら……」
「兼業できるものなんですか、それって……」
イリアス様が、呆れたような感心したような声を漏らす。
魔界でもエクレアは自由奔放だったらしく、どうやらこちらの世界とあまり変わらないらしい。
「むぅぅぅぅん……ミクリだって負けてない……! ミクリも魔界じゃ有名人だった……! サイバーヤマタイシティの伝説として、カクテルの名前にもなってる……!」
「へー、そうなのか? アタシは向こうに居なかったから、全然話に入れねぇや」
「ミクリちゃんは凄いですね……」
「うふふ、素晴らしいです」
「むふ~……」
ミクリの話に、アイシスが少し残念そうな様子を見せる。
そんなアイシスとは対照的に、ミクリはガブリエラとラファエラに褒められ、見るからに得意げな顔になっていた。
「うーむ、流石はエクレア! 我の城を高頻度で乗っ取るだけある! やはり、どの世界でも大物は大物!!」
「そういうもんなのか……? まあ、今は置いとこう。俺たちが来たのは、手紙に書いてあった通り、あなたに協力してほしいからなんです。星喰いっていう、とんでもない敵が迫っていて──」
「もちろん協力するわ……。この星を守ることは、同胞を守ると同じこと……。それに、あなたはエクレアの仲間……。力を貸すに値するわ……。……同時に、あの蛭蟲の恋人でもあるらしいけれど……」
禍撫はそう言って、少し複雑そうな表情で俺を見る。
ぺこと禍撫はあまり仲が良くなかったらしく、魔界では数百年前に大規模な争いになったことがあると、魅凪から聞いていた。
ただ、一番争いが多かったのは、領地が隣り合っていた華音だったようだが。
「ふーん、どんな心変わりをしたのかしら? あなたが仲間以外に目を向けるなんてねぇ」
「世界はこんなにも変わったのよ……。私だって変化くらいするわ……。仲間から見放されているあなたには分からないかもしれないけど……」
「む~、もうその話がよそに流れて……ふんっ! そんな安っぽい挑発には乗らないわよ! ねっ、シェーディ!」
「…………!」
華音は隣に座るシェーディにハグをし、そのまま頬擦りする。
そんな様子を見て、禍撫は意外そうな顔を浮かべた。
「変わったのは、あなたもじゃない……? 横の子のおかげかしら……」
「そうよ! 新しく増えたママのおかげよ!」
「……???」
禍撫は目を丸くして、宇宙を見つめる猫のような表情を浮かべ、首を傾げる。
俺はシェーディと華音の間に何があったのか、簡単に説明した。
「そ、そう……。まあ、二人が納得してるなら、私は何も言わないわ……。邪神様はどう思われるか分からないけど……」
「まあ、それは我も心配ではあるな……」
魅凪が、酸っぱいものを食べたような顔をした。
確かに、娘が突然『お母さんが増えた』などと言い出して、知らない魔物を連れてきたら、誰だって困るだろう。
「……先程から気になっていたのですが、隣のトンベリ娘はなんです?」
「この子は……新しく増えた同胞よ……。空からこの泉に降ってきたんだけど……皆に好かれて、泉に侵略してきた子を一緒に撃退してくれたから、新しく仲間に迎え入れたの……」
「…………!」
待ってましたと言わんばかりに、禍撫の隣にいたトンベリ娘が席を立つ。
腰に手を当てて胸を張るその姿は、とても堂々としている。他のトンベリ娘と同じようにローブ姿なのだが、その胸元には『すらいむ』と書かれたゼッケンがついていた。
「…………!」
「…………!」
「ヴェーク、翻訳をしなさい」
「ええっと、相手……ムースは『私はスライムだ。誰が何を言おうとスライムなんだ』って言ってます」
「そうですか。翻訳して聞くまでもなかったですね……」
なんだか迫真の様子で、そう主張しているトンベリ娘──ムース。
その姿からは、並々ならぬスライムへのこだわりが感じられる。
それに対してシェーディは、『また反抗期の子が出ちゃった!』と驚いた様子を見せている。
……反抗期なのだろうか、これは。俺にはよく分からない。
「はあ……。このふしぎないきものと関わると、脳がふわふわになるような気がします」
「シェーディのハグは世界で一番ふわふわな気分になるから仕方ない……」
イリアス様の言葉に対し、ミクリがコクコクと頷く。
隣のアイシスが怪訝そうな表情を浮かべ、テーブルに突っ伏した。
「そういう問題かー? これー?」
「んんっ……雑談はここまでにしておきましょう。本題に入りませんか? とは言っても、ほとんど話し合いの必要はないようですが」
ラファエラが咳払いをして、話を本題へと戻してくる。
ただ、スライムたちの争いについては、和平のために話し合う必要すらなかった。
元々、エクレアが一人で突っ走っていただけで、グランドールについて行ったスライムたちは、旅行程度にしか考えていなかったそうだ。それに、派閥同士の衝突についても、皆が本気で争っていたわけではなく、戯れのようなものとして受け止めていたらしい。
「ヴェークに言った通り……私は全面的に協力をするわ……」
「私も禍撫様と同意見よ……。今度は同胞と幼馴染、それと世界を救うためにこの力を使いましょう……」
「良かった。ありがとう、二人とも。じゃあ、早速──」
その瞬間だった。
俺の腰に引っ掛けていたマキナが、けたたましい音を上げる。
突然の着信音に、全員の視線が俺へと集まった。
音源は、陽絹が小型化してくれた水晶端末──表示されているのは、シンギュラリティの連絡先だった。
文章ではなく、音声での会話を求めている。
その時点で、俺にはおおよそ何が起こり始めたのか予想がついた。
「どうしたんだ?」
『──星喰いがこっちに向かい始めた!!』
その言葉に、その場にいた一同の表情が一斉に引き締まる。
さっきまでの穏やかな空気が、一瞬にして消え去った。
どうやら──決戦の時が、近づいているようだ。