【書籍化】イカサマが闇のカードゲーマーに通用した   作:レイトントン

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下僕に対しても報酬は要る

 電話相手が誰か。そんな質問に答える必要は本来ならないが、ガキってのは後ろめたいこと以外は聞かれたら答えちまうもんだ。

 インカムを付けてるならこちらから指示も出せるが、突発的な訪問に対してそこまでの準備を整えることはできなかった。

 

 だが、俺は焦ってはいない。

 

『知人からです。試合惜しかった、と励ましを貰いました』

 

 アヤメはぼかしながらそう答える。良くもないが悪くもない返答だ。

 

『ふむふむ。それは良い友人を持ったね。時に、友人からの電話はまだ繋がっている……なんてことはないよね?』

 

 随分と切り込んでくるな。確信でもあるのか、それとも単なる直感か。

 だがまあ、想定の範囲内だ。

 

『いえ、もう切っていますよ。なんなら、通話履歴を確認しますか?』

『はは、そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。疑って悪かったね、立場上色々懸念することが多くてさ』

『大変なんですね。VS連盟の副会長さんというのは』

 

 引いたか。ま、仮に通話履歴を見られていたとしても問題なかったがな。

 プライベート用とは別に俺との通信用で、アヤメとキリヒコには2台目の携帯を持たせている。費用は俺持ちで。

 今繋がっているのも当然連絡用の携帯だが、プライベート用の携帯にも履歴に残るよう、一度掛けておいた。

 さらに連絡用の携帯は控室のロッカー内、見つかりづらい場所に隠させている。隠蔽工作は十分。

 

『じゃあ、ボクはこの辺で失礼するよ。また夜に、前夜祭でね』

『はい。お誘いありがとうございます』

『ぜーんぜん! ミカドにはギリギリで届かなかったけど、キミの実力は彼にも引けをとっていなかったよ。ぜひキミにも参(・)加(・)してほしい』

 

 そう言って、ケネスは控室から出て、扉を閉じた。

 そこから5分待ち、俺はアヤメの控室に向かう。通話は繋ぎっぱなしだ。切るのは控室に着いてからだな。

 

 ケネスの待ち伏せがある可能性も考慮していたが、その様子もない。念のため控室周辺も確認してから、アヤメの控室に入る。

 

「よう。よく——」

「すみませんでした!!」

 

 出会い頭に先ほどの成果を褒めようとした矢先、先制で土下座をかまされる。

 あー……まあ、命令違反は事実だ。いや、デッキ内容を勝手に変えた方か? どちらにせよ、とりあえず謝罪を受け取っとておくか。褒めは後でも良いだろ。

 

「まず謝罪から入るとは結構なことだ。いいぜ、申告せずデッキ内容を変えたことについては、言い訳を聞いてやる。座って説明しな」

「は……はい!」

 

 アヤメは頭を上げ、控室の椅子に座り直す。

 そして、ミカドとの試合で起きた現象について話し始めた。

 先ほどの盗み聞きした会話の通り、VSの途中で山札の一番上のカードが輝き出し、そのカードを引いたところ自分でも入れた覚えのないカードが現れた。

 

 そして、そのカードこそ披露した『共鳴召喚』の礎となるカードだった、とのことだ。

 なかなか興味深い内容だ。

 

「ミカドも『帝王召喚』とやらを使っていたが、同じ現象が起きていたと思うか?」

「はい。橘も、山札を見つめて少し驚いていた様子でした」

「なるほどな。カードの発光現象……奇妙な話だが、そこで引いたカードは特殊な召喚方法とやらに関連するものとなる、と」

「……信じてくださるんですか?」

「第三者、ケネスの話がなければ疑ってたかもな」

 

 それに、コイツに教える気はないが、俺自身が発光現象を体験したということも大きな要因となる。俺は引かずに済ませたが、引いていたらどうなっていたのかは気になっていたところ。

 ケネスの盗聴をしておいて良かった。結果、疑うフリをするという面倒なワンクッションを挟まずに済む。

 下僕相手だとしても、情報開示を全て行う気はない。俺が同じく山札が光る現象に遭遇していることなど、こいつが知る必要はないからだ。

 

「ついでに言えば、お前が意味もなく俺の命令に背くとも思えない」

「…………恐縮です」

 

 しかし、なかなか有用な情報だな。山札発光現象については、ケネスもしっかり把握しているようだし。

 使えそうだ。

 

「元々引くはずだったカードはどうなったんだろうな」

「私のデッキのカードが一枚、いつの間にかデッキケースの中に……」

 

 そう言ってアヤメは、カードを一枚差し出してくる。別に、なんの変哲もない普通のカードだ。闇の力のようにカードテキストが書き換わったわけではなく、山札が増えたわけでもない。カードごと入れ替わったということか。

 その条件も気になるところだ。本来引くはずだったカードと入れ替わっているのか、それとも何かカードを選別する要件でもあるのか。

 

「良いだろう、俺の報告なしにデッキ内容を変えた件については不問としておく。で、わざわざ俺に命令させといて橘に負けた方だが……」

 

 それについて言及すると、アヤメはごくりと喉を鳴らした。

 

「目を閉じろ」

「え……」

「いいから黙って閉じろ」

 

 アヤメは俺の命令に対し、やや戸惑いつつも素直に従う。心なしか頬に赤みが差してるようだ。

 

 俺は右手をアヤメの額の前まで上げ、曲げた中指に力を込めて、それを親指で抑える。

 そして——親指を離した。

 

 勢い良く放たれた中指が、アヤメの額にぺし、とぶつかった。

 

 

 

 いわゆるデコピンってやつだ。

 

 

 

「あれ……あの、罰は……?」

「もっと派手な罰を与えようかと思ったが、さっきのケネスへの立ち回りがほぼベストだったからな。罰はナシにしといてやるよ。正直驚いたぞ、よくやった」

「ッ……ありがとう、ございます!!」

 

 アヤメは心底嬉しそうに、ばっと頭を下げた。試合が始まるまでは好感度を落とすつもりだったが、こうも結果を出されると難しいな。

 良い働きの相手を褒めずに冷遇することは、結果的に下僕の労働意欲をも奪うことになる。褒めるところは褒めなければならない。人事考課は適切に行う必要がある。

 

 何かしら失敗したらその時に責任を追求してやればいいか。

 

「お前の働きによって、わざわざ無理してハルに挑む必要もなくなった。ほどほどに良い勝負して負けるとするか」

「ハクトさん、本当にVSに対する情熱がないですね……」

「勝てるならそれに越したことはないが、負ける確率の方が高いのに手の内を晒す必要もないだろ」

 

 優勝賞金やレアカードは確かに魅力的だが、ジャッジに囲まれた中でイカサマをするリスクに見合うものではない。

 視線誘導や心理誘導を駆使して無理やり通すことは不可能ではないが、リスクを安全圏まで排除することはできそうもない。賭けるには分が悪い状況だ。

 

 それで言うならケネスに発信機を付けるのも中々リスクある仕事ではあるが、準備した上で接触さえできてしまえば、後はそう難しくない。発信機はかなり小型だし、工夫の余地はある。

 

「前夜祭でも頼むぞ、アヤメ」

 

 肩に手を置いて、激励の言葉をかけてやる。現状、アヤメから俺への好感度はかなり高い。調整をする前に、仕事の成功率を上げるため利用するだけ利用しておくつもりでのことだった。

 

「もちろんです。必ず、必ずハクトさんのお役に立ってみせます」

「おう。……ああ、そうだ。何か欲しいものがあれば言いな。今回の働きはかなりデカかったし、ボーナスを出してやる」

 

 キリヒコに対してはナユタに引き合わせるという褒美を与えてやった。これだけ成果を出したなら、当然アヤメにもボーナスの一つくらい与えてやるべきだろう。

 現状のモチベーションは十分なのだろうが、長い目で見れば、成果が報酬に結び付いていると実感させておくのは必要な手順と言えるだろう。

 

「ボーナス、ですか」

「ああ。キリヒコの望むものは簡単に予想が付いたが……お前のは正直分からん。遠慮しがちだからな。物欲も薄そうだし」

 

 両親が死んで親戚の家で暮らしている内、欲求を表に出すことが苦手になってしまったのだろう。

 アヤメは物欲を表に出しづらい傾向にあるように思える。

 ただし、欲がないわけじゃないだろう。でなければ、闇のカードなんかに手を出すこともない。

 

「私は、ハクトさんの下僕として仕事をこなしたまでですし……ボーナスなんて」

「仕事には報酬が与えられて然るべきなんだよ。もちろん、なんでもって訳にはいかねえけどな」

 

 金銭を要求される可能性はあるが、まあ仕方ない。キリヒコには自分の生活費は自分で稼がせてるが、まだ学生のコイツに対してはそうもいかない。

 最低限の生活費はランニングコストとして支払っている。なんでも言うことを聞く人材を雇っていると考えれば格安も格安だ。

 多少ボーナスとしての支払いは、許容範囲だ。俺の快適で文明的な金銭に苦労しない生活を維持するための必要経費としておく。

 

「報酬……報酬、ですか。……ッ」

 

 アヤメは考えを纏めようと、顎に手を当てた。が、その指先には包帯が巻かれており……爪を剥がれた指先が隠されている。顎に触れ、痛みがぶり返したか、僅かに苦悶の表情を浮かべた。

 

「まだ痛むか。そりゃそうだな。渡した痛み止め持って来てるか?」

「だ……大丈夫です。ちょっと疼いただけですから」

「そうか。お前がそう言うならそれ以上俺から言うことは……」

「あ」

 

 俺の言葉を遮って、アヤメは何かに気付いたとばかりに声を発した。彼女は慌てて自らの口を左手で塞ぐ。

 

「なんだ?」

「い、いえ、その……なんでも」

「なんでもないことはないだろ。言ってみろ」

 

 さっきのケネスとの会話では相当上手く誤魔化していたのに、今は下手だな。気を張っていないからか?

 怪我の痛みでで思考が乱れたのもあるのかもしれない。クルルエルとのVS中、珍しく失言してたしな。

 

「……さっきの、ボーナスのこと、なのですが…………」

「おう」

「その……えっと…………」

 

 えらく歯切れが悪い。加えて、アヤメの目は泳ぎ、耳まで赤くしている。口元も、持ち上げた手で隠してしまっている状態だ。

 そんな彼女をじっと観察していると、やがて意を決したように、不安そうに震える瞳がこちらを射抜いてきた。

 

「……ハクトさんっ!」

「なんだ」

「痛みが引くまで、手を……握っていて貰えないでしょうかっ!?」

 

 極度の緊張からか、上擦った声で、アヤメはそんな些細な要求をしてきた。

 

 

 

 …………

 

 

 

 面倒くせぇ……!

 

 

 

 もうちょい……もうちょい隠せよ恋心ってヤツを……!

 

 分かり易すぎるんだよ!!

 クソがっ……ここまで好感度が上がっていたとは……!

 

 ……いや、いくらなんでもあからさま過ぎないか? 何かの罠って線もある。

 大体、高校生3年生という年齢で手を握ってもらうだけで満足するのはウブ過ぎ……いや、こいつ家庭の事情もあり恋愛経験がないって言ってたな。

 それにしたって恋愛方向の情緒が育っていなさすぎやしないか? こいつもまあまあVS馬鹿だから、その影響なのか?

 

 ……まあ、そのことは一旦置いておこう。罠ってのはさすがに考え過ぎだろう。

 手、特に包帯を巻いてる方に毒針を仕込んでいる、なんて可能性もあるが、一度包帯を外させた上で距離を取って確認すれば済む。

 

 それよりも、今はこの要求を飲むかどうかだ。

 これ以上好感度を上げたら面倒な反面、さっき口にした言葉を翻すのも、上司としての信用に関わる。特に報酬に関わることは。

 

 しかし……できればやりたくない。

 別の報酬に誘導してみるか。

 

「痛みが引くまで、なんつってたけど、試合もあるし最大5分な。それでもいいのか?」

「ええ、もちろん構いません」

 

 いや、構えよ。たった5分だぞ。

 

「しかし、もったいないだろう。もっと別の……ほら、お前空港に着いた時サングラス買ってなかっただろ? 思えば俺も無神経だった。自費じゃあの値段は手を出しづらいよな。今回はお前への報酬だ、もちろんハイブラのやつを——」

「いえ、サングラスは大丈夫です」

「……なら、レアカードはどうだ? 金かかるだろ」

「…………確かに、レアカードは欲しいですね」

 

 良し、食い付いた。ビーチでもVSしたがるコイツにはこっちだったか。

 あとはレアカードに誘導するだけ、と思っていたところ、アヤメは厚かましい要求をしてくる。

 

「その、両方じゃダメですか?」

 

 ダメに決まってんだろ!!

 

 こいつ割と図太い性格してやがるよな……下僕の癖に。

 

「ダメだ。報酬は与えると言ったが、複数だなんて言った覚えはねえぞ。ちなみに俺のオススメはレアカードだ。金銭的価値は比べるまでもないからな」

「……分かりました」

 

 おお、分かってくれたか。

 まあそうだよな。レアカードの価値に比べれば——

 

「では、今回はレアカードは諦めます」

 

 

 

 

 なんでだよ!!!!!

 

 

 

 

「ハクトさんは金銭のために動いているわけですし。わざわざ私のためにお金を出してもらうのは……生活費まで出していただいているのに、これ以上貰えません」

 

 遠慮しなくていいタイミングで遠慮してんじゃねえよボケがよぉ……!

 

「そんなこと気にすんじゃねえよ、報酬だっつってんだろ」

「今回、ターゲット相手に上手く立ち回れはしましたが、橘には敗北しました。手を握っていただくだけで、十分過ぎます。その、早くしないと、ハクトさんの試合になってしまいますよ」

 

 クソッ、こいつ時間制限を逆手に取ってきやがった。中々やるじゃねーか。

 

「……まあいい、ほらよ」

 

 俺は諦めてアヤメの手を取った。試合まで暇だし、その試合もどうせ負け試合だ。事前準備も要らないだろ。付き合ってやるか。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺の手を逆に握り返して、アヤメは微笑んだ。

 してやられたな。

 

 ……ケネスへの対応といい、俺への切り返しといい。コイツ、何か変わったか?

 光るカードが関係しているのか、それとも橘との試合を通して、自分の中で何かに区切りが着いたのか。

 

 下僕の能力向上は本来歓迎すべきことだが、それが俺に向けられるようなら困り事だな。

 成長に至った経験ごと、アカネから受け取った腕輪で記憶を消してやろうかとも考えたが、共鳴召喚は大々的に試合で使用しちまっている。ケネスに前夜祭に呼ばれたのも、これが要因であることは明白だ。

 

 記憶を消したとて、アヤメとその周囲との交流で齟齬が出る。やるだけ損だな。

 好感度問題は一度棚上げして、前夜祭のためのモチベーション向上のためと割り切ろう。

 

「……」

「どうした?」

 

 アヤメは、じっと自分の手を包む俺の手を見つめていた。

 

「温かいなと思って。誰かに手を握ってもらったのなんて、何年ぶりでしょうか」

「ああ、家族がいないって言ってたな」

「ハクトさんは、ご家族はご存命なんですか?」

「母親の方は知らないが、父親は死んでる」

 

 別に知られて困る情報でもないので、素直にそう口にする。どうせ元居た世界の話だ。コイツに話したところでなにも起こり得ない。

 

「……! そう、だったんですね。ご病気、ですか?」

「いや、事故だ」

「事故……」

 

 そういや、こいつの両親は交通事故だったか。

 両親との仲も良好だったらしいし、親戚の家も居心地が悪かったらしいし、そりゃ災難なことだ。

 

「ハクトさん。私、前夜祭でも必ずお役に立ってみせます」

「ん? ああ、頼りにしてるわ」

「はい。お任せください」

 

 急に更なるやる気を見せ始めたアヤメは、彼女の右手を包む俺の手を、左手で握った。

 

 なんだか知らんが、モチベーション向上に成功したなら結構なことだ。

 

 

 

 さて、仕込みは上々。途中トラブルはあったものの、計画に支障はない。

 そう、仕込み。準備だ。段取り八分仕事二分、ってな。仕事の成否は準備の質で決まる。それで言うなら、俺の成功は揺るぎない。

 

 DSは俺を篩にかけるつもりだったようだが、きっちり仕事をこなしてたんまりと報酬を貰うとするかね。








ひとまず三章は終了です。
四章は大会の続きから!
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