約束を、手放して   作:猫間黄泉

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第一話「2人のやくそく」

 水平線が焼けるように輝く頃、海の潮風を乗せた春のあたたかい風が2人の少女の髪を撫でる。

 

 少し背の低い少女、めいはとても幼い頃から喘息を抱えていた。小さな体で一緒懸命に呼吸をするめいの隣には、いつももねが居た。

 

 2人は姉妹のように、毎日、遊びに出る。桜が舞う春には桜の木の下で花見をし、蒸し暑く蝉の鳴き声が鳴り響く夏には木陰で涼み、物静かで好奇心をくすぐられる秋には落ち葉を踏みしめながら散歩をしたり、綺麗な雪の結晶が舞い落ちる寒い冬にはこたつでココアを飲んだり。何をするにもずっと2人で居た。

 

 町外れの丘の上にそびえ立つ桜の木。桜の木の下で花見をする2人の少女。この場所は2人にとって、秘密の遊び場だった。そんな中、もねはめいにこんな約束をする。

 

「私達がおっきくなったら、絶対、ぜーったい! ここの桜を見に来ようね!」

 

「それまで、私がずうっと一緒に居てあげる!」

 

 めいは咳込み、もねは背中をさする。

 

 めいはもねの手を掴んで、そっと手を繋ぐ。

 

「嬉しいな……絶対、やくそくだよ?」

 

 めいを心配するもねは、その言葉を聞いて答える。

 

「うん! やくそく!」

 

 そう言って、繋いだ手を強く握りしめて、橙色に溶けゆく空を眺める。

 

 それから時が経って――

 

 中学に上がっても私達は変わらない日々を過ごしていた。

 

「あれ? めい、今日委員会あるよね?」

 

「ケホッ……うん……そうだよ」

 

「大丈夫? 私着いてこうか?」

 

 もねは咳き込みながら答える私を心配する。

 

「大丈夫……ケホッ……」

 

「もう……強がらなくていいから」

 

 そう言って、もねは私を支えてくれた。

 

「昔より悪化してるんだから、遠慮しないで」

 

「……うん、ありがとう」

 

 そう、私の喘息は昔より悪化している。咳は酷くなり、呼吸も少し荒くなった。

 

 それでも、少しでももねと同じように、みんなと同じように生きたくて、病院暮らしをするのはやめた。本当は病院で休んでいた方がいいんだけど……

 

 でもちゃんと、週に3回ほど病院には通っている。

 

 そして――私はもねに、隠し事をしている。

 

 もねを……心配させたくないから。

 

 そんな、5月が終わった。

 

 それから、7月のとある日曜日。夏休みに入ってからは病院で休む事が多くなった。

 

 もねはずっと、私の隣に居てくれている。

 

 蒸し暑くて溶けそうな夏は、今の私にとって苦痛でしかない。

 

 昔のようにもねと外を歩いて、遊ぶことも、この暑さでは難しい。

 

「また、一緒に散歩したいな...」

 

 私が思わずそう言葉を漏らすと、「そうだね...」ともねは私を無理に励ますのではなく、ただただ私に同情して……じっと窓の外を見る。

 

 病院にいる間、私はずっと絵を描いて暇を潰していた。

 

 昔から絵を描くのが好きで、もねと一緒に絵を描いて遊ぶ事もあった。

 

 絵を描いている私を見て、もねは少し笑みを浮かべながら私の描いた絵に色を付ける。

 

 私が線画を描いて、もねが色を塗る。まさに一心同体だった。

 

 やっぱり、何をするにも2人で一つ。昔からずっとそうだ。

 

 だからこそ、2人で散歩をして遊んだり出来ないのが辛い。出来るなら、今までのように……いや、今まで以上にワイワイ遊びたい。

 

 それでも、もねが隣に居てくれるから、私は笑顔でいれる。

 

 2人で笑い合えたら、それでいいんだ。

 

 さらに10月、私の喘息はもっと酷くなった。

 

 今は、無理して学校には行っていない。というより、行けないという方が正しいかな。

 

 そんな無理が出来ない程、喘息は私の体を蝕んでいる。

 

 そんな中、もねは相変わらず学校の帰りにお見舞いに来てくれる。

 

 呼吸困難で会話をするのも難しい私は、もねと話も出来なくなった。

 

 辛い。

 

 もねはいっつも、学校での事を私に話してくれる。

 

「でね、そしたら先生が……」

 

 咳をしながらも、私は頷いたり、笑ったり。こんな状況でも、もねは私が楽しく過ごせるようにしてくれた。

 

 そんな生活が続く。

 

 静かな秋の季節に、もねが彩りを加えてくれるように。

 

「喘息、良くなるといいね……!」

 

 ふともねはそんな言葉を私に投げる。その言葉には、少し涙がかかっていた気がした。

 

 呼吸するので精一杯な私は、答える事は出来ない。でも、私はその言葉に勇気付けられた。

 

 また2人で遊べるその時まで...

 

 ――1月

 

 私は今年で16になるけど、まだ学校には行けないでいる。

 

 寒い冬。私は病院で横になって過ごす。

 

 あの時の隠し事、まだ萌音(もね)には言っていない。俄然、言うつもりもない。

 

 私がしている隠し事。

 

 私の症状は良くならない。そう医師に言われた事。

 

 この事を伝えてしまったら……萌音が悲しんでしまう。

 

 絶対に回復しない訳ではないと言われたけど……

 

 今の状況からしてどうしようもない事なんて、私には分かる。

 

 今でも萌音は、横で手を繋いで、私を温めてくれる。

 

 あたたかい萌音の手。冬の寒さで青くなった私を、優しく包み込むようにして……

 

 もう喋る事は出来ず、どうしたらいいか分からないまま、私は萌音と目を合わせられずにいる。

 

 昔は秋の方が静かだったのに、今では冬の方が冷たくて、重くて、静かだ。

 

 死ぬのは怖い。それでも、運命には逆らえない。

 

 ただ死を待つだけだという事を知りながら、萌音と目を合わせる事なんて出来なかった。

 

 どうしても、私が居なくなった後に悲しんでいる萌音の姿が目に浮かぶから。

 

 約束くらいは……果たしたいな……

 

 もう4月の上旬。

 

 桜が咲き始めて、私は高校生になる。芽依(めい)も高校生になる――

 

 はずだった。

 

 私は芽依の親から、芽依が突然発作を起こして亡くなったと聞いた。

 

 その瞬間、私は耳に傾けていたスマホを落として、数秒間放心状態になった。まるで私の体の一部が無くなってしまったかのように、動けなかった。

 

 驚き、悲しみ、怒り。

 

 多分、感情がぐちゃぐちゃになって、ショートしたんだと思う。

 

 私は芽依の最後に居合わせる事は出来なかった。悔しい……

 

 それから、私は入学式に行った。本当なら、芽依だって……

 

 新しい生活の始まりのはずなのに、私の人生は終わってしまったんだと錯覚するほど、私にとって芽依の損失は大きかった。

 

 昔によく芽依と遊びに行っていた丘の上にある桜の木。

 

 私はここに来ただけで涙が溢れた。

 

「約束だって言ったのは……芽依の方だったじゃん……」

 

 そんな事を呟いても、芽依はもう戻らない。

 

 私を慰めるように、春風が私に向かって吹く。

 

 泣きながら桜を眺める私に当たる風は、芽依の体温のように暖かい。

 

「思い出すなぁ...」

 

 あの時も、芽依が手を繋いでくれたっけ……

 

 

 

 故 柏原 芽依(かしはら めい) 4月3日 午後1時8分 永眠

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