深夜のシャーレ   作:粋刺@翻訳

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[作者まえがき]
久しぶりです(4ヶ月ぶりだ…どうして最初の4章を1ヶ月で書き上げることができたのでしょう?)。さて、本日は親しい友人からリクエストを貰ったキリノ編をご紹介します。彼女は心優しい性格ですが、他にもいくつか気になる点があって…

いつものことながら、私が制作予定だと言っている動画よりも、ファンフィクションの方がずっと優れているのが常です。最近はこれらの章を動画化する時間が取れるかどうかさえ分からないです。ファンフィクションの方が優れているというのは、ありがたいことですよね。

コメント欄で生徒のリクエストを自由に受け付けていますが、それはさておき、ぜひ物語をお楽しみください。

[訳者まえがき]
リクエストについてはあくまで原文があるArchive of Our Ounでのことです。ハーメルンでは受け付けておりません。ご了承ください。


【キリノ】最善を尽くします……!

 深夜でのシャーレのお仕事というものは、どうしてこんなにも疲れて果ててしまうのだろうか?仕事量が原因だろうか?いや、そうではない。昼間だってもっと酷い量の仕事を何度もこなしている。アドレナリンのおかげで意識が保たれているにしても、それだけでは説明がつかない。なれば単調さか?この夜間勤務はとても楽しくないものだし、それに……

 

 冗談きつい。いっそのこと謎解きゲームに仕立て上げた方がずっとずっと、残業時間にて書類に判を押し続けるよりも楽しいものになる。だが問題は──終わりが見えない単調な作業だ。

 

 さて、問題が判明したとなれば、解決策を考える時間だ。どんな策があるだろうか?書類に判を押してスプレッドシートを埋めていくのは…この二つを掛け合わせた退屈さに勝るものなんて、過去にもそうそう無い……だろう。ただ命を持たない物にきつく当たりすぎるのも良くはないか。

 

 無論、他も単調たらしめていることは……その単調さから抜け出すきっかけを願うこと。「苦痛に満ちた底なし沼から誰か引き上げくれ」と最後に願ったのはいつだったのだろうか?昨夜……だったのだろうか?三十分前であるのなら、それで合っている。

 

 何であれ、とにかく片付けてしまえば、リンやアオイ、またはあなたの書類が必要となる人にとやかく言われずに済む。待った。これらは一体誰のための書類だ?いや、そんなのどうでもいいか。ミスなくこなしていけば、じきに書類の山はなくなっていくのだから。

 

 ……

 

 何か、何か……ほんの少しでも早く終わらせてくれるきっかけが……

 

ガシャーン!ん?パソコンは落ちていない。あなたが床に倒れ伏したわけでもない。ならこの音は何の音だ?金属製のスプーンが一斉にトレイから落ちたような音だが……ならオフィスの外からか?

 ついに書類仕事から解放されるきっかけがやって来た。あなたは立ち上がり、音の出所を確認していく。何もなかったとしても、書類仕事から逃げてしまっていたことに対する良い口実になる。ドアノブに手をかけて、ゆっくりと、重いまぶたをうごかし、ドアを開ける。

 ドアノブを見つめていた視線は足元へと移り、あなたは腕をさすりながら座り込んでいるキリノを見かける。彼女の右手には割れた皿とコップが、それにコーヒーがこぼれている。あなたは咄嗟にキリノの腕を引いて立たせようとするが、彼女は驚き、飛び退きそうになる。「わっ!?先生!?」

 

"そんな驚いてどうしたの?"

 

「ごめんなさい!音、うるさかったですよね…うっかりこけて──」

 

"音については大丈夫。それよりも破片で怪我はしてないよね?"

 

「あっ、はい。大丈夫です。すぐに掃除用具を持ってきますね!」あなたに支えてもらって立ち上がったキリノ、もう既に走り出す準備をしていた。

 

"大丈夫、私も──"

 

「いえ、本官だけでやりますので!すぐに戻ります!」キリノは走り去っていった――と思ったのも束の間、すぐにつまずいて再び床へ。こぼれたコーヒーで滑ったのではなく、ただ床との相性が悪かっただけだった。彼女は手をついてまたすぐに立ち上がり、振り返らずにまた走り出す。ただ呆然と立ち尽くし、その下の小さな惨状を見つめるあなた。その惨状を観察すると、割れた皿の破片は大きく、数が少ないため、全部拾い上げるのに大した時間は掛からない。狭い廊下のおかげでこぼれたコーヒーも大きく広がることはなかった。そのため最悪と言える程のものではなかった。

 

 ふふっ、どうしてこの程度の惨状に気を重くしているんだい?普段なら、散らかっているか否かだけなのに。それにしても、今回は本当に仕事以外の出来事へと簡単に集中出来る。とはいえ、その時間はそう長くは続かないが。

 やがて、あなたはデスクへと戻る。どのみち気を逸らしていても、仕事はある。だからキリノを待ちながら取り掛かった方がいい。

 

 五分ほど経過した。十分とは言えないものの、処理済みの書類の山は着実に成長している──ほんのわずかではあるが。キリノが歩いて入ってくる音がすれば、片手にはホウキ、もう一方には割れていない新品のティーカップと皿があった。その様子にヒヤリと感じるあなたをよそに、両手に物を持ちながらキリノは歩いてくる。そしてなんとか(奇跡みたいなものだが)机に置いて、そしてホウキを持って部屋の隅へと移動する。

「遅くなってすみません!」

その手にあるホウキはどこから持ってきたのかは見当もつかないが、それでも五分という時間は予想していたものよりも二倍速かった。「先生!お手伝いの準備が出来ました!」

 

"どうしてキリノはシャーレに?"

 

「あっ、それは……本官はこの辺りで夜間パトロールをしていたら、先生のオフィスだけ灯りがついていたので、それで先生の様子を確認しに来ました!」

 

"そんなことができるんだ。"

 

「それは……シャーレに登録されて先生に許可を頂いているので、自由にオフィスへ出入りできます」許可なんてものは出したのだろうか?その口ぶりからだと出した様子だが、明確な形で出したのだろうか?「先生!何かご指示はございますか?」

 

"ヴァルキューレに戻らなくていいの?"

 

「本官が所属する交番はその、ここからだと少し遠くて……」とため息をつけば、あなたの目の前に鎮座する書類を見やる。「わぁ……書類がたくさん……書類仕事はあまり好きではありませんが、それでもよろしければお手伝いを──」

 

"その必要はないよ。それよりもぶらぶらするのはどうかな。ここにいてくれるだけで十分ありがたいから。"

 

「その……十分と言えない様子ですし、本官はまだいけますが、本当に手伝わなくて良いのでしょうか?」キリノが淹れてくれたコーヒーを一口すするあなた。いつものコーヒーマシンから淹れたものにしては少々苦みを感じる味わいだった。好みではないが、恐らく考えすぎだ。見上げれば、じっと待機しているキリノがいる。書類仕事をキリノにも分けることにためらいはないが、だがそれだと違う気がする。だから書類仕事は好きではないと言ったのだろうか?そもそも書類仕事が好きな人なんているのだろうか?いや、そうじゃない……何か()()()に対してのためらいを感じる。だがその何かが判明する頃にはもう一週間の仕事は終わっていそうだ。

 

まあいいか。

 

"キリノ、席に座って今日のことを話してみて"

 

「はっ、はい」と椅子を見つけて座り込むキリノ。「話すといっても、どのようなことを……?」

 

"何でもいいよ。パトロール中の出来事とか、こういう事件が発生したとか、そういうのかな。"

 

「はい。では今朝、起床して歯磨きを……」

 

そういう意味の()()()ではない。モーニングルーティーンが話してもらいたいものとは大きくずれているが、話が長くなるのならそれでいい。

 

「……近くのドーナツ屋さんで目玉商品があったのですが、それが半額で!ですが買ってみれば半額にしていた理由が分かったんです……味がいつもと比べてイマイチで……今日は本調子ではなかった思います……」

 

「……そしてショッピングモールを出ようとしたら猫を見かけたんです!つい後を追ってみると見失ってしまって、気が付けばパトロールのコースから外れてスラムの方へ行ってしまいました!」

 

「……公園でお年寄りの方々がチェスをしていましたが、これがもう白熱した戦いでして!ですがよくしゃべっていた方がうっかりミスで負けてしまって……」

 

「二度目の休憩を取りに交番に戻ったら、上司に られているフブキがいました。多分またどこかでサボっていたんでしょうか?」

 

「……パトロールが終わればシャーレの近くにいたので、せっかくだからパトロールを延長して立ち寄ってみようと思い、それで今ここにいるわけです!」

 

一日の出来事を誰かに尋ねてもそんなに多くは話してくれないと思っていたが、キリノはたくさんの思い出を話してくれた。もしかしたらノアに次ぐ記憶力の持ち主かもしれない──そう思うが、何か……違う気がする。

 

"全て今日のパトロールであったことなの?"

 

「はい!本日のパトロールは長丁場でしたが、それだけ長く街の安全が保たれるのなら大丈夫です!」

 

 ほう……あなたも記憶には自信があるほうだと思っている。特に何百人にも渡る生徒たちの動きを把握していなければならないとなれば尚更だ。だがキリノが話してくれた内容には一度も犯罪への対応した場面が出なかった。キヴォトスを歩いていて、一度も犯罪行為に遭遇した日はない。にも関わらず、キリノの話した内容は注意深く行うパトロールというより、気楽なお散歩と行った方がしっくりくる。流石に詳しくは覚えていないが、話の大部分は半額になったドーナツだった。パトロール中にスラムに行ってしまったのは一体何だったんだ?チェスのプレイヤーの反応を事細かに伝えていたこともだ。興味深い考察だ……

 

 だが重要なのは──仕事の手助けになってくれたという事だ。キリノの話を楽しみながら、あなたはほとんどの書類を片付けていた。話自体が長かったのか、それとも退屈な時間を誰かと共有することで仕事が早く進んだのだろうか?キリノを見れば、まるで胸の内(もしくはそれに近しいもの)を語り尽くしたかのような軽い息をついていた。もう一度息を吐いて、あなたを見る。「先生の方はどうでしたか?」

 

 あなたの番か。だがキリノと一緒に話した方が誰とも話さないよりもいい。

 

"今日はまずミレニアムからの要請が来て……。"

 

 気付けばあなたは話すことに夢中で手が止まっている。そのままキリノと話し合って、ふと時計を見れば我に返る。

 

"おっともうこんな時間だ。机片付けるね。"

 

「あの!私もお手伝い──をっ!?」立ち上がろうとした矢先、キリノはデスクにある書類へと転びそうになる。キリノの手は咄嗟にデスクを押さえ、もう片方はあなたの手を押さえていた。「うわっ!ごめんなさい先生!」

 

"大丈夫……。"

 

 大丈夫……どうしていつもこんなことが起きてしまう?キリノは体勢を立て直し、あなたが片付けていく様を見守っていた。片付けが終わると、キリノは何か待っているかのようにぽつんと立ち、部屋を見渡していた。

 

"キリノ、どうしたの?"

 

「……もっと先生をお手伝いしたかったのですが、転んでばかりで……」ああ、いつものキリノだ。ただそばに座っていてくれるだけでも大いに助かることをあなたの生徒たちへ伝わるだけでも――十分に救われる。「まだ他に出来ることはありませんか?」

 

"今夜は本当に頑張っていたよ。だから大丈夫。"

 

「ですが……」あなたは外を見る。あー……もう終わろうか。あなたはソファのひとつへ向かい、横になる。そして軽く手を振って、キリノを呼ぶ。

 

「本当にいいのでしょうか……?」あなたは手を下ろし、静かに目を閉じる。体を落ち着けていると、もう一つのソファから布の擦れる音が聞こえてきた。全てをこの夜に任せて、あなた明日へと向けた休息を取る。

 

おやすみ。




[訳者あとがき]
毎度のことながら来週土曜に次を投稿します
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