深夜のシャーレ   作:粋刺@翻訳

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[作者まえがき]
近頃ミサキへの愛のプレミアが……


【ミサキ】荘厳なるこの夜を、ともに

 深夜のシャーレ。その言葉からして楽しく時間を過ごせるものでないと分かる。どうして?そもそも深夜で過ごすオフィスを楽しみにしている人などいるのだろうか?あなたをハメやがった上司が陽気な声でおやすみと言って手を振って抜け駆けする光景を思い出して欲しい。つまりはそういうことだ。楽しくない。ではどうすればいいか?今回はどんなものでも構わない。だがまず初めに、今夜付き添ってくれる当番がいれば良きかな。とはいえ何の連絡も無しに当番が欠席されるのはほとんどないが、今回は起きた。果たして誰だろうか?

 

 ……ミサキ?その……来なかった理由が特になかったとしても大丈夫だ。彼女は生活は常に問題だらけで、シャーレですることよりも千倍の量が襲い掛かっている。書類に判を押したり、汚い手書き文字を清書したり、ただうろうろしていたり……そう……ミサキが来なくて大正解だった。そういえば……今何をしているんだろう?

 

 モモトークを開くべくあなたの手はタブレットへと伸びる。だが視界の端に時間が映り、その手が止まる。一時間足らずで深夜に突入する。何を考えている?確かに、夜番をしながらあなたのメッセージを見る確率は高い。だがそれでも彼女に任せるしかないのだ。埋め合わせをするのなら、思考が回る翌朝にした方がいい。

 

 そうは言っても、オンライン状態になるのは何か妙だ。

 

ヴーッ

 メッセージだ。連絡先リストの一番上には、ミサキ?

 

[もうすぐ着く]

 

 何だ?確認のために返信しようとした矢先、コンコンとドアからの音があなたの気を引く。タブレットを置いて、応対するべくドアの前に立つ。

 

 あれから数夜経験した後、ドアの向こうにいる人物を当てるのはもうお手のものだ。おっと、今回は「ピザの配達員」や「カイザー…的な?」のような見当違いの憶測ではない。そうしてあなたはそっとドアを開ける。

 

 あなたの不-不安(安心)通りに、ミサキが立っていて、まっすぐと肩をなでおろすあなたを見据えていた。「来たよ」

 

"ミサキ……。"

 

 ふっと鼻を鳴らすミサキ。「来ちゃいけないって顔してるけど、何なの?」

 

"当番の時間は……十二時間前だよ。"

 

「十一時……午後?」と外を見る。「分かった。私のミスのせいでまた先生に……」彼女は振り返る。「これ以上迷惑をかける前に出ていく」

 

"どこに行くの?"

 

「今いる隠れ家。暗いと更に見つけづらくなる」

 

"夜遅くに行くのは良くないから、朝まで待った方がいいよ。"

 

「なら朝まで何すればいい?」

 

 そうだな、本来はミサキの当番ではないから、今日の仕事量は控えめだ。それに……

 

"入って。当番を始めよう。"

 

「え?」

 

"当番をやりたくなかったから来なかった。そうだよね?"

 

 単なる軽い冗談。ミサキのことだから……

 

「別に」とあなたの横を通り過ぎて入っていく。妙だ。自虐が返ってくると薄々期待していた。でもこれで気分転換になったのなら、むしろ大歓迎だ。あなたがドアを閉め、本格的に夜が始まる。デスクに座って仕事を再開する準備をすれば、部屋の中を観察しているのか、はたまた考えごとをしているのか、目の前にいるミサキはただ意味もなく歩き回っている。

 彼女の表情から判断するに、どちらでもないようだ。もしももっと早く来ていたら、その日の書類整理を手伝ってもらえたのだが、不在だったため、午後いっぱいあなただけでやらざるを得ず、結果としてミサキにはやることがないどころか、あなたとしては大幅に予定が遅れている。ある意味都合がいい。

 

「何すればいい?」

 

 万事休すか……

 

"コーヒー一杯淹れてきてくれないかな?コーヒーメーカーは廊下を進んだ先のラウンジにあるはず。"

 

 ミサキはドアの方へ向き直り、目を閉じるとゆっくりと息を吐く。どんなに考えても、彼女の考えが分からなかった。「わかった」そう言って彼女はドアの方へ歩き、あなたのオフィスを出て行った。

 

(二十……七秒?)

 どこかの生徒とは違い、あなたの記憶力はかんぺき~ではない。普通は八秒で終わる歩行がミサキにとってはまるでカタツムリのようにのっそりとしていた。気付けばあなたはデスクから立ち上がり、ドアの方へと歩みを進めている。いつもこうなら特段気にするようなことではないが、何か違和感を覚える。念のため、彼女が遠くへ行かないうちにと、1分ほど待ってから部屋を出て後を追うことにした。

 

 当然だがミサキを信頼していないからこんなことをしているわけではない。もしそうなら、わざわざ彼女を視界から遠ざける必要などないだろう。いや、ここで起きているのはもっと地味で、華やかさとは程遠い、ごく平凡なことだ。端的に言うと心配だ。隠すことなど何にもない。キヴォトスの端から端まで二往復するほどに、ミサキは君を心配させているのだ。

 彼女はキリノのような不器用さもムツキのような無邪気さも持ち合わせていない。(正直なところ、いきなりそんな風になれば面白いのだが)彼女には何か、心配せずにはいられないところがある。信頼はできるのだが……何かがおかしい。

 

 あなたの足取りは追いつこうとする思考を待たない。のんびりと、しかし足早にラウンジへと向かっていく。身体の力を抜けと訴える身体。何が起こっているか見るために早く行けと訴える身体。そんなのが半分半分ある。これもまた特に大それたことではないが、どうせ想像するのなら、もっと壮大なものにしておいた方がいいだろう?ミサキのことだから雰囲気を台無しにしちゃうのかもしれない。ならば先に雰囲気を盛り上げておいた方がいいだろう……

 

 さて、ラウンジへの入口だが……開いている。不思議だ。開いているのになぜ照明がついてないのだろう。いくつかの家電からは微かな明かりが漏れており、注意深く耳を澄ませば、遠くで柔らかくて魅惑的なコーヒーメーカーの作動音が聞こえる。だが、ミサキは?あなたは中に入り、照明のスイッチに手を伸ばす――その直前、本能からして手、いや全身が前へと引っ張られる。

 条件反射のように、ミサキの小さな叫び声を耳にすると、あなたは彼女の姿を見ずに(あるいは見なくても)一目散に駆け寄る。ここには何度も来ているのでコーヒーメーカーの位置は把握しており、つまりはミサキも近くにいる──ただしそれは足元を見下ろしてからだ。

 

"ミサキ!大丈夫!?"

 

 身をかがめてで顔を見ようとするが、この距離でさえ見分けはつかない。幸いなことに、この近さのおかげで、鼻をすする小さな音がはっきりと聞こえてくる。「いたい……」

 

 あなたは咄嗟に前に進み出て彼女の姿を捉え、しっかりと抱きかかえて二人で立ち上がる。立ち上がれば、ミサキの頭が自分の胸に近づいてくるのを感じる。「ひりひりする……」

 

 あなたはドアの方へ目を走らせ、急いで部屋から飛び出す。その間ミサキはずっと、あなたの腕にしがみついたままで、それもただ手をつなぐだけでなく──まるで幼い少年に壮大な世界の物語を語って聞かせるかのように、腕の中にしっかりと抱きついている。そして廊下に差し込む外の光のおかげで、ようやくミサキの顔をその目で見れる。彼女の目には薄い赤い輪が縁取っているようであり、包帯には奇妙な染みがついている。

 

"火傷したの?"

 

 ミサキの頭が胸に押し当てられ、軽くうなずくような仕草をする。「包帯に染み込んできて……ずっとひりひりする」

 

 もう何も言う必要はない。あなたの反応にミサキは顔を上げて応える。あなたはオフィスへ戻り始める。包帯は……救急箱は?オフィスに入ると、近くの救急箱のところへ向かい、壁から取り出して、ミサキををもう一方の腕に抱えたまま自分のデスクへ向かう。彼女の反応はよくわからないが、次の出来事を待つように、相変わらずぼんやりと前を見つめている。あなたはミサキを椅子に座らせる。

 

"両腕を広げて。"

 

 ミサキは腕をデスクの上に広げると、手首から腕にかけて走る傷跡がよりはっきりと見えるようになる。

 

"包帯を外してくれるかな?"

 

 救急箱をいじれば、ミサキ腕の包帯を解き始める音が聞こえる。せめて医療関係者……セリナやセナ、あるいはミネやハナエでも良い。あなたはこっそりミサキの腕に目をやり、包帯と同じように腕に刻まれた無数の切り傷に目を止める。

 

"まだ痛む?"

 

 ミサキは首を横に振る。「ただの火傷だから……」あなたはため息をつき、救急箱から包帯ロールを取り出し、彼女の腕を持ち上げながら、できるだけ元の巻き方にするように包帯を巻いていく。とにかく、腕がきちんと覆われていればそれでいい。片方の腕を見れば、そちらの包帯は明らかに古くてもうぼろぼろだ。包帯を軽く叩くと、ミサキはこちらを見てからそれを剥がす。腕を押さえて同じ作業を行い、終わる頃にはミサキの腕はすっかりと見違えていた。「ありがとう……」

 

"ちょっと気になってたんだけど、包帯を巻いたままどうやってシャワーを浴びてるの?濡れないの?"

 

 顔をしかめるミサキ。「シャワーは……そんなに……」おおっと。愚問だった。これ以上変な質問をしてしくじる前に、まずミサキを抱き寄せてドアの方を指差し、立たせる。

 

 休憩室に案内図がある。そこからシャワー室が見つかるはずだ。

 

「ちょっと──」

 

"シャワーはいつも生徒に使わせているんだ。ほら、ミサキ。"

 

「でも──」

 

"服は更衣室前の棚に置いてあるよ。"

 

「先生──」

 

"早くいっておいで。早くしないと風邪を引いちゃうよ。"

 

 ミサキがまた何か言おうとして遮ろうとする前に、あなたはすぐに彼女をドアの方へ押しやる。やがて彼女はあなたの前を歩き、ドアの向こうへ消えていった。ああ、ミサキ。

 

 ……

 

 仕事だ!

 

 ああ!こいつはいい。こんな責任が与えられていたことを忘れる機会が与えられたのは良いことだが、完全に忘れられたという意味ではない。違う、違うな、むしろ思い出させる機会を待っていたのだ。そして今、一時的にではあるがミサキは手の届かないところにいる。そこに誰か忍び寄ってくると思うか?あなたはデスクに座り、仕事を始める。ミサキは当番だから、戻ってきた時に手伝わさせることに気後れしなくてもよい。さあ、引き続き頑張ろう……

 

 順調に仕事を進めていると、ドアノブが揺れる音が聞こえる。あなたは立ち上がり、急いでドアの方へ向かい、立ち止まればすぐに開かれる。

 

 ……?

 

 あなたは目の前の人物が分からない。この方は……ミサキか?何か違う。完全に乾かしていないせいか、髪も顔はいつもより明るく、ほんのりと湿っている。そして何よりも……彼女がこんな伝統的なセーラー服を着ているなんて、想像もできなかった。ミサキらしくないが、実際に着てみれば意外と様になる。彼女のスタイルではないが、こうして見てみると確かに悪くない。

 

「先生」

 

 わぁ。

 

"ん、何かな?"

 

「ジロジロ見てるけど、何か変?」

 

"全然!むしろ今までで一番きれいだよ!"

 

「あ……ありがと……」ミサキは脇に下がり、部屋に入っていく。あなたがドアを閉めて振り返ると、彼女は窓の外を眺め、街の景色を見下ろしている。

 

"いい景色だよね。"

 

「そりゃ……ここから見れば素敵だよね」眉をひそめるミサキ。「皆、葉っぱでかき集めただけのベッドで寝ているのに、私だけ……」

 

"皆もそろそろシャーレの当番になるよ。"

 

「……」ミサキはあなたの方へ向くが、その視線はあなたの後ろの床に向けられている。「ごめん」

 

"ええと?"

 

「先生を手伝うはずだったのに、逆に時間を奪ってしまったから」

 

 今夜の『傍にいてくれるだけで充分にありがたいことを気づいていない生徒』特集、今回は特別ゲストとして戒野ミサキをお迎えしています。

 あなたはその特別ゲストに近づき、肩にポンと手を置く。そしてあなたを不思議そうに見上げる。

 

"お疲れ様。"

 

「え……?」

 

 あなたは微笑みかける。

 

"ミサキが一緒にいてくれるのは、夢にも思わなかったほどの恵みだから。"

 

 あなたをじっと見つめ、まるでどこまで真剣かを分析するかのように、しばらくそのまま見つめている。やがて彼女は視線を下ろし、前のめりになる。あなたはミサキを抱きかかえ、頭がもう一度あなたの胸に押し付けられるのを感じる。

 

「本当にありがとう」

 

 そう……仕事は後回しでいいんだ。

 




[作者あとがき]
…というわけで、「美岬への愛と支援」基金への私からの寄付をここに記しておきます
*今回は文字数にして約200単語*1と、現時点で最長である。

[訳者あとがき]
遅れてしまい申し訳ございません。少し諸事情があってしまったせいで再び投稿が遅れてしまいました。以後気を付けます。

*1
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