ボリュームは短めで、あまり計画的には書けなかったのだが、ライブ配信で執筆しながら「手を握りあう系の小説が読みたい」といったリクエストをもらったので対応した。
妥協案として、セリカ編を執筆した。このシリーズはしばらく更新していなかったから、これで十分だろう。
単にそういう気分ではなかったため、ツンデレ猫はなし。
[訳者あとがき]
またしても遅れてしまいました。申し訳ございません。
新しい一日がやってきたら、新しい災害もやってくる。これが先生のコーデックスなのか?まるであなたから欲しているかのようだ。そう、これは誰が仕向けている?厄災に赴かずに、二十四時間、一日を過ごしてみよう。出来るだろうか?
捻じれ曲がった平和と安息の定義──書類仕事で汚れてしまった心はそこから無駄に夢を思い描き、その定義通りならそんな一日過ごせる、とあなたは強く
だが、その夢をほんの一片でも現実に出来ると
今日は何もかも上手くいっていないと言える。どうしてか?『上手くいった』と言える出来事といえば、昨日ハルカが
「先生また大げさになりすぎ」しばしの沈黙、最後から二番目の時刻が訪れる直前、時計の針が最後の音を刻む。ようやく、仕事が終わった。それも時間通りに。チクタクチクタクと、その後にはドンと書類の山(完璧に記入済み)が容赦なく叩き込まれる。叩き付けた張本人は──強気・無敵・猫耳のアルバイターだった。
「こんな量の仕事をこなせると思えないけど、たった水2滴のために一ヶ月間も手足がないままで不毛な砂漠をさまよっているみたいに話すはやめてもらえるかしら」成程、
"うん。おわったね。"
「はぁ……また針小棒大なこと言って……」彼女はあなたのデスクから立ち上がり、ソファへふらふらと歩き始め、近づく程に歩みは遅くなる。ついに座れる範囲内に入った時、脚を放り出してその上にどさりと腰を下ろす様子が見える。まるで米粒がねばねばに溢れた大釜に沈むかのように、彼女はゆっくりと沈んでいく。「全身痛い……コーヒー淹れてきてくれないかしら……」
"淹れてくるのはそっちだよ。"
「あー……はいはい」転げ回ると、一回違う方向に転んで床の上に真っ逆さまに倒れれば、手足を広げてうめき声をあげる。「二度と当番として呼ばないでくれるかしら……」
"大したことないって言ってたけど、あの時のやる気は?"
「デスクから離れたときに消えたの。まだ仕事が残ってるのなら、立つ前にやっておいた方がいいわよ。じゃないと全部出来なくなるから」そんなよく考えられたアドバイスは気にせず、(なぜならずっと前から同じことを何度も体感しているからだ)あなたは立ち上がりすぐに『布団はどこだ早く行かねば』状態に陥る。布団でぬくぬく出来る黄金の道しか見えない。だがそうしたくとも、あなたは無理だ──彼女にはあれだけの借りがあるのだから。
彼女に歩み寄り、目の前で屈み、座れば、手を差し伸べる。
"おいで、アビドスまで送るよ。"
まるであなたがプロポーズでも(それに近いけど)したかのように、顔をしかめる彼女。彼女は息を吐き、肩をすくめてあなたの手を取る。彼女を立ち上がらせれば、ドアの方へ体を傾ける。そうして旅路が始まろうとした矢先、妙な力があなたを引っ張った。手が離されるであろう所に振り返る。しかし実際には、手を離せば倒れてしまいそうなほど強く握りしめられた、その感触だけが残っていた。「ったく……」
彼女の身を引き、シャーレからアビドスへの旅路を始めるべくドアの前へと向かう。
……
さて、シャーレから『アビドスへ歩く』ことは、ただ単に『アビドスへ歩く』ことではないことをはっきりさせておこう。普通、アビドスへの旅路はバスがメインで徒歩はほんのわずかだ。だが、もし深夜10時以降もバスが運行している地域であれば、あのゴミ箱のクーポンで当選できる可能性もゼロではないだろう。とはいえ、これだとあまりにもアレなので、シンプルに『アビドスへ歩く』ということにしよう。彼女だけ、または二人のどちらかを選ぶとなれば、常に寛大な賢者であるあなたなら、この王女を城まで案内するのが当然の務めではないだろうか。
あるいはそのようなものを。
「冷えるわね……」彼女の手の震えが伝われば、身体全体が震えているようだった。そして彼女全体の姿を見ても特に驚くことではなかった。
"何か着ればよかったね。"
「勝手に言ってなさいよ……」ふむ、あなたは冷たい風に対する耐性を身につけたのか。きっと終わりが見えない書類仕事の過酷さが、あれ以上冷えるものなどないという衝撃が肉体に叩き込まれているのだろう。
だから夜なんてどうってことないと感じることができる。いずれにせよ仕方がないことだ。あなたは彼女の手を引っ張り、反対の手で腕をつかみ、自分の方へ引き寄せながら腕を肩へと回し、もう片方の手で彼女の手をしっかりと握りしめる。「ちょっと何……」
"あったかくなった?"
「……少しは」外套の暗闇の下なら、見栄っ張りになる理由なんてない。そんな彼女に慣れていける……でもいつもこんな感じだとそうでもないのだろう。何事も中庸が良い。
手を取り合う手、肩へと添う腕、あなたたち二人はアビドスへ歩み続ける────極めて単純ながらも、同時に実現不可能な文章。アビドスのことではない。あれは現実になり得る。しかし、あなたを突き放すような人とここまで親密に、ここまで近くにいるなんて、まるで夢、幻想だ。
……ただし……特別なものでは……ない……
ぴたりと、あなたの足は止まる。前へ進むと思っていたのか、彼女は、突然の停止に驚いて体勢を崩し、あなたからずり落ちそうになる。一方のあなたは、受け身ながらも彼女の慣性に抗ってなんとか支えようと奮闘する。「どうしたの?」
ひときわ穏やかな夜だ。どうしてそんな夜を無下にして、必ず離れ離れになってしまう場所へ行こうとする?何だ?放っておきたいのか?それだと違う、だろう?
肩に添えていた腕を下して、一歩、そして数歩、距離を取る。唐突な動きに不意を突かれたのか、手を握りしめたまま、何も行動をせず、彼女はそこに立ち尽くす。両手でぎゅっとはさみ、あなたはそれを自分の顔に近づける。
"わっ、手だけで氷漬けになりそうなぐらいにつめたいね。"
眉をひそめる彼女――だが困惑、悪意、失望、そういった類ではなかった。そう、どちらかというと……切望だ。「顔、あったかい……」
"かなりあったかいよ、触る?"
あなたの温もりに包まれるのがごほうびだと言わんばかりに、彼女の手を離し、自分の手を差し出す。そして彼女は何か違う答えを探すかのように、そわそわと──数秒か、数分か、数時間か、辺りを見回せば、一歩踏み出す。
鏡のように、彼女は手を伸ばし、あなたの腰回りにぎゅっと抱きしめる。
そしてお返しに、あなたはセリカの身体を腕で包み込む。冷たくも、愛で満ちた夜の空気──そんな中で彼女を抱き寄せる。
……
彼女はさらにぎゅうっと抱きしめ、シャツの上で呟きだす。「つめたい。噓つき」
軽く抱き返して、自分の顔を彼女の頭にすり寄せるあなた。
"おしおきするの?"
顔をお腹に埋め、あなたを一歩よろめかせる彼女。「これでどう」
長い夜になりそうだ……それも、ようやく心の底から歓迎できる夜に。
[訳者あとがき]
深夜のシャーレ、もといLate Nights at Schaleは8月23日時点では9話で更新が止まっております。そのため次回の拙訳の投稿は原文が更新されてからになります。そのためひとまず完結ということになります。今までご愛読して頂きありがとうございました。