雷光。   作:草原山木

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4.自慢話

私の名前は一力(いちりき)(はじめ)、字面だけ見るとカタカナの『カ』を線で挟み込んだように見えなくも無いし、恐らく日本国内において画数の少ないフルネームを持つ人間の中では上位にいると自負している。

 

名前の中に"(ちから)という字が入っているせいで、中高生の頃は大層な巨漢であるという根も葉もない噂が地元に広まった過去があるが、私はどちらかと言えばヒョロヒョロの華奢であり、喧嘩より勉学の方が得意であった。

 

ゴルフ場会員権の価格が億を超え、スキーブームの到来により千葉県船橋市に屋内スキー場ザウスが出来た1993年、当時大学を卒業した私はバブル景気の残り香のおかげか、新卒の売り手市場が色濃かった僅かな時期の隙を着くように、第一志望であった新聞社に入社した。当時の私は野球の番記者を希望していたが、ことスポーツ界において世の中が最も注目し、かつ新聞の一面を飾った時にとりわけ売れ行きが良い競技は相撲だった。

 

正直いってそれまで相撲に関しては何ら興味を抱いたことがなかったし、所詮老人が見る古臭い娯楽だろうと思っていたが、世の中の空気感は後に揃って横綱となる『兄弟関取ブーム』の真っ只中で、私の周りにも男女問わず相撲を見ているという人間がかなりの数いた。

 

流行りに流されやすい私はあっさりと野球への熱を捨て去り、興味本位から相撲の番記者へと立候補した。手を挙げた時、正直いって会社は渋ると思っていたが、若手が相撲を取り上げることで何か新しい視点から記事が書けるかもしれないという期待を込められて、番記者の一員として人事が下された。

 

相撲番として働き始めた当初はそれこそ、両親や地元の友人らに自慢しまくり、有名力士から貰った手形とサインを見せれば羨望の眼差しを集めた。正直いって当時は相撲のことをある種の"自慢するだけの道具"としか見ていなかった。しかしながら、働いていくうちに相撲に対する関心が徐々に高まっていくのを感じた。

 

特に本場所中の真剣勝負の取り組みには、言葉通り手に汗を握るほど熱心な応援と、その熱を帯びるような記事を書くことに1日の大半を費やした。今となっては残業のし過ぎでブラックだと言われるほどのデスクワークをこなしていたと思うが、"24時間戦えますか"がキャッチフレーズとしてCMで放送されていたような時代だ。過労やら労働基準なんか気にする欠片もなかった。

 

その熱気が覚めることなく、もう30年が経った。

50代半ばとなった2024年、この数十年で相撲界は変革を解けた。

 

もちろん悪い意味で。

 

若者の相撲離れ、それに伴う新弟子の減少、暴力沙汰などの不祥事、伝統から来る男尊女卑の空気感。誰もが相撲を見るような時代はいつからか無くなり、古くからの好角家や、一部のコアなファンによって支えられているのが現状だ。

 

日本の国技であるにもかかわらず。

 

再び、日本国民の誰しもが熱狂し、本場所中の取組が連日報道番組で特集され、雑誌、新聞、YouTubeなど多種多様なメディア媒体で取り上げられる日は、もう来ないのだろうか。

 

このまま閉塞的な空気が向こう何十年、それこそ何百年も続き、ついぞや相撲という競技そのものが忘れ去られてしまうという恐怖感を、ここ最近感じている。杞憂であればいいが、いち相撲業界に携わる端くれとして何か出来ることはないかと、常日頃考えてしまうのだ。

 

そんな中、2024年5月。

私は転機を目の当たりにした。

 

それは5月場所の新弟子検査の会場となる両国国技館の一室で起こった事だった。無機質な空間に、身長計と体重計がぽつんと存在し、スーツや相撲協会のジャンパーに身を包む協会員が新弟子を待っている様子をカメラに収めた。

 

報道陣が部屋の片隅に寄りながら、今年入ってきた新弟子の様子を固唾を飲んで見守らんとしていたその時、先頭に並んだ新弟子を見て思わず声を漏らした。

 

「デカイな…」

 

彼のことは多少なりとも知っている。

金子(かねこ) 陽太郎(ようたろう) 宮城県仙台市出身。

 

かの有名な相撲強豪校 仙台市陸奥(むつ)高校の相撲部主将を務めており、全国高校相撲選手権においては団体戦優勝、個人戦2位の実力を有する期待の新人だ。高校在学中に一度だけ取り組みを見たことがあるが、大相撲で活躍する幕内力士にも対抗できそうなほどの突っ張りと、目を見張る巨体を有していたせいか、一度見ただけでかなり強い印象を抱いた。

 

そして新弟子としてここ両国の地に立った現在、そのデカさはかなり増している。

 

タッパもさる事ながら横幅がかなり大きくなっており、この巨体に当たられるだけでも並の力士なら土俵の外に追いやられてしまうだろうというほどの、威圧感を持っていた。

 

「1番 金子 陽太郎(ようたろう)くん」

 

「はい」

 

ハリのある野太い声を響かせながら、その巨体を悠然と身長計に乗せた。

 

「189cm」

 

 

元大関"雪見山"こと肥後親方が身長を読み上げる。

次に体重計に移ると、マスコミ陣からはどよめきが起こった。

 

「体重248キロ」

 

サラリと読み上げられた数値に、思わず苦笑してしまう。

新弟子の時点で200キロ越え。

 

かつて一世を風靡したハワイ州出身の大関は新弟子の際の体重が233キロだったという記録が残っているが、それを上回る数値、しかもその体重を楽々と支えている強靭な足腰、普通じゃない。怪物そのものだ。

 

重量級力士の弱点はやはり、足腰への負担だろう。自らの重みで膝に爆弾を抱える力士は数しれず、あまりにも重すぎて土俵に上がるのも一苦労という力士も居たという。しかしながら高校時代から他を寄せつけぬ巨体を有していた金子くんは、巨体に見合わぬ迫力ある突っ張りと俊敏性を持っており、もはや膝が合金で出来ているのではなかろうかという、あらぬ噂が広まったほどだ。

 

重量級力士の弱点を完全に克服した恵まれたフィジカルは、もはや相撲の神に愛されているとしか言いようがないほどの天からの恵と言えるだろう。

まだ幕下最下位にもかかわらず、彼のタニマチになりたいという有力者はかなりの数存在しているし、将来が本当に楽しみな力士のうちの一人だ。

 

金子くんの測定が終わると、その後続々と新弟子たちが検査を受けて言った。やはり一番目のインパクトが大きすぎたのか、それなりに体の大きい子でもかなり見劣りするように感じる。そんな中…

 

 

「8番 関 勇之助くん」

 

 

そう呼ばれ、姿を現したのは、2m近くある長身と、凄まじい筋肉の鎧を身にまとった超怪物であった。

今回の新弟子検査において最も注目されている新弟子と言っても過言ではなく、先程マスコミにどよめきを起こした金子くんも高校在学中はついぞ、彼に白星をあげることは叶わなかったという。

 

期待の新人、横綱最有力候補、長野が産んだ宝。

 

数々の異名を高校時代から持つ彼は、坊主姿のまだあどけない雰囲気を一切感じさせない、もはや可視化できるほどのカリスマ性を全身にオーラとして纏っていた。彼が一歩進む度に、マスコミが鳴らすシャッターの音が徐々に静まり返っていく。

 

やがて静寂が場を支配した。

 

本来であればカメラに納めなければならないこの状況。

しかしながら、伝説になることが約束されている強さとフィジカルをもちあわせた、怪物を前にして、誰しもがレンズ越しでなく、その目に、この希少な大銀杏を結う前の坊主姿を、肉眼に焼き付けたいと瞬きをする暇もなく、傍観し続けていた。

 

「198センチ」

 

 

「195キロ」

 

身長と体重の測定が終わり、頭を軽く垂れた関を前にして、私はこの光景を目撃できたことが、後世に語り継がれるほどの自慢話になろうことは、容易に想像できた。

 




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