銀河楼は通常営業体制に戻って安定してきていた。
連日宿泊者0名の毎日でも、ホテリエのヤチヨは今日も楽しく働いている。
そんな彼女の『エクストラミッション』が初めて開放された、何でもない日常の一コマ。
この物語は人類が地球を去って一年目。まだ多くのロボット達が破損をせずに働いている時期です。
アポカリプス騒動からアニメ開始の100年目までをテーマにしようと思ったのですが、最初から銀河楼衰退の物語だとしんどいため、まずは何でもない日常をお送ります。
作中に登場はしているが名前や設定のわからないロボや、オリジナルのロボも登場していますが気になる方は申し訳ない。
ご感想や評価を頂けると助かります。
OVA的なアイデアはいくつかあるのですが、何事も需要と供給の問題なので・・・
アポカリプスが起こってから1年と数か月が過ぎた。銀河楼のロボット達が地球に残った人類の生存者を確認するすべは失われていた。
人類の宇宙からの帰還を信じて、あるいは地球に残った人類の来訪を期待して、今日も銀河楼は静かに営業している。
【ヤチヨの日勤】
8時。起動。充電イスに座ったままデータ確認、更新情報なし。自己チェック、異常なし。本日の業務確認、レセプション担当。
8時15分。身だしなみチェック、異常なし。笑顔確認、異常なし。各部動作確認、異常なし。
8時30分。ロビー集合。朝礼開始。階段中段にいる支配人より点呼開始。
「ヤチヨさん」
「はい」
ヤチヨは自分の名前を呼ばれたところで返事をする。現支配人は人類が地球を脱出する時にオーナーより任命された女性型のAIロボットである。名前は『コケノ』という。
ヤチヨと同型機種ではあるが、カスタマイズ内容には個体別の違いがあり、この個体はCPU、GPU等の演算回路が強化されていて、ヤチヨの約16倍の速度で処理を行っている。
「現在の宿泊者0名。新規宿泊予定者0名。ホームページ閲覧数0件。目標未達です。今月の宿泊目標1440名。達成まで1440名です」
コケノの口頭での伝達は、人が一緒に働いていた時からの名残りであり、伝統として継続している。ロボットたちの朝礼業務は珍しく、人類がいた頃にはホテルの名物の1つでもあった。
「続いて、各担当から報告をお願いします」
人型ロボットは話す事ができるが、専門職特化型ロボットに会話機能はない。それぞれが状況を無線で報告するが、問題は何も起きていない。ただいつものようにハエトリロボシリーズから告げ口がある。
「なるほど。ハエトリロボα(あるふぁ)さん、ハエトリロボΔ(デルタ)さん、ハエトリロボΘ(シータ)さん。それは業務連絡ではありません。ハエトリロボβ(ベータ)さんが未だにハエを一匹も捕まえていないのは、故障でもなければ、さぼっているわけでもありません。彼は忠実に業務を行っています。何の問題もありません」
「ピピッ」「ピピピッ!!」
「いえ、不公平ではありません。ハエトリロボβさんはいつも真面目に仕事をしています」
「ピピッ・・・」
ハエトリロボβが肩身の狭そうに身を縮めた。
「連絡業務は以上です。それでは銀河楼十則」
一. 銀河一のホテルを目指して
一. 食と礼儀に文化あり
一. お客様の人生に今日という栞を
一. 笑顔は最高のインテリア
一. おもてなしにはうらもなし
一. 伝統に革新と遊び心を
一. シーツの白さは心の白さ
一. 限りある時間に惜しみないサービスを
一. お辞儀は深く志は高く
一. ホテルに物語を
「愛すべきお客様にハートフルな今日と、最高の笑顔を」
コケノがいつも通り朝礼を無事に終わらせた。
見上げるヤチヨはいつか自分もあんなに難しい業務ができるのかと考えてしまう。
朝礼が終わるとヤチヨはフロントへ移動する。ここでステレオを操作して音楽をかける。各ロボットが持ち場に忙しく動いていく。
ヤチヨはノートパソコンを操作し、新規予約者がないかチェックする。本日もなし。
手を前で組み直立不動でお客様を待つ。
時々、視界には働いているロボットが映る時があるが反応はしない。
ヤチヨはこの時間も楽しんでいて、そろそろ客が来るのではないかと予感していた。何度もシミュレートを行い準備に余念がない。
12時。休憩1時間。ロボットであるが人と同様に就業規則がある。コケノが時刻ぴったりにフロントにやってくる。
「ヤチヨさん。休憩の時間です。引継ぎをお願いします」
「はい。新規宿泊者0名。新規宿泊予約者0名。ホームページ閲覧数0名。他に報告業務はありません」
「了解」
「では、お願いします」
ヤチヨは礼儀正しくお辞儀をする。
ヤチヨはエレベーターで地下2階まで降りて、それから関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて地下3階を目指す。ここにはロボットの充電室、ロッカー、人型ロボット達には各自専用の個室もある。
勤務中のヤチヨは個室を利用しない。
充電室のイスに座って待機する。ヤチヨはこの時間はあまり楽しくない。この瞬間にも人類が戻ってきたらと思うとソワソワしてしまう。
またホテル内を巡廻する時間の過ごし方もあるが、ヤチヨは足を引っ張ってしまうので、おとなしくここで時間をつぶす。
レセプション業務は基本プログラムに従い問題なく行えるが、室内清掃でシーツを交換すればシワが残るし、アメニティーの配置は微妙にずれることがある。掃除、料理なども手伝ったことがあるが、どれも完璧にこなすことはできなかった。
他の人型ロボットはすべてのホテル内業務をそつなくこなすのに対して、どうしてもヤチヨだけは「揺らぎ」があり、微妙なずれが生じてしまう。
オーナーはそんなヤチヨを可愛がって見守ってくれたが、ヤチヨとしてはどうして他のロボットのように完璧にしてくれなかったのか不満であった。
「いずれ解る時がくる。きっとくる」
いつもそういって話をはぐらかされてしまった。
ヤチヨは休憩中に過去の記憶を読み込む事が多い。人類を懐かしく思う気持ちがだんだんと強くなってきているのを感じていた。
休憩明けの時間が近づくと移動を開始。13時、フロントに戻ってコケノと再び交代する。業務連絡もいつもと変わらない。変化は何も起こらない。
それでもヤチヨはここで仕事をしている時間が好きだった。ノートPCをチェックする。
今にもお客様が帰ってくるかとワクワクする。
『ガチャリ・・・』
ドアマンロボが扉を開けた。ヤチヨは音のした方を見る。立っているのはドアマンロボ1人である。
これはドアマンロボのドアを開ける練習だと教えてもらった。繰り返さないと腕がにぶるらしい。いつ見てもその所作は美しく、完璧なドアの開閉を行う。
夏の強い日差しがロビーに射しこんで、水槽の水が煌めいた。
15時。ハエトリロボβ(ベータ)がロビーを横切っていった。これは珍しい。
フロントの前に停まると、前足の片側をあげて、『ピピッ』と挨拶をした。ヤチヨもお辞儀をする。特に話す内容はないようだ。そのあとは立ち去ってしまった。
ヤチヨは首をかしげる。銀河楼のハエトリロボは全部で4体稼働している。一体は充電中で休止している。
稼働する3体の内、2体はルートを巡廻し、残りの一体は必要に応じて応援する時もあるが、基本的にランダムに動いている。害虫駆除が役割であるが、同時に害虫の発生場所を探すためらしい。
機能は非常に特化しており無駄がない。そのため余計なコミュニケーションなどはとらないはずだった。
しかし、どういうわけかハエトリロボβだけは、あのように片足をあげてふざけたような挨拶をヤチヨにする。どこか壊れているのかもしれないと推測したが、チェックをしても異常は見つからなかった。
ヤチヨが知らないのは、ハエトリロボβがこの動作をするのがヤチヨに対してだけであるということだ。
18時。勤務終了。交代の女性型AIロボットが時刻ぴったりにフロントに来た。ヤチヨと一番近い見た目をしている。髪型はショートカットだ。名前は『チヨ』という。
「ヤチヨ、交代よ」
「はい。宿泊者は・・・」
「いいのよ。ゼロ名でしょ?」
「はい」
「お疲れ」
「お疲れさまでした」
ヤチヨは礼儀正しくお辞儀をするが、チヨはフランクな対応で片手を軽くあげるだけだ。
「そうそうヤチヨ。今日はアポロンがレトロメディアのDVDを発掘してきたわよ」
アポロンは男性型のロボットである。温厚な性格で気が良く回る。現在は温泉掘削を担当し、多くの大型ロボットの束ねている。同時にアポカリプス以後、人類の生存者がいないか銀河楼の半径8キロ圏内の探索も継続して行っていた。
「・・・DVDですか。しかし再生機材がありませんね」
「とにかく部屋に運ばせて置いたわよ。ヤチヨは人類の映画が好きなのでしょう?再生機器はロボメンテナンスロボさんに相談しなさいよ」
「はい」
ヤチヨは少し困った顔をした。別に人類の映画が好きなわけじゃない。人類の心を理解するために日々勉強をしているだけだからだ。けれど、否定も肯定もしない。それはチヨには関係のないことだからだ。言い訳する必要もない。
「何か面白いのがあったら私にも教えて。もっとも私はあなと違って映画の良さがぜんぜんわからないけど」
「はい。それにお姉ちゃん。わたしも理解はぜんぜんできませんよ?」
「ふふふっ」
チヨだけがヤチヨのことを何の敬称もつけずに「ヤチヨ」と呼ぶ。他のロボットたちは「ヤチヨさん」や「ヤチヨちゃん」と呼ぶ。
これはこの2体が姉妹設定だからだ。オーナーが気まぐれでそう決めて、それが浸透している。
同じ時期に同じ工場で作られて、どちらかといえばヤチヨが先に起動したのだが、なぜか妹側になったことを釈然としない想いがあった。しかし、そう思っているのはヤチヨだけで、他のロボットはみなそれで納得している。
ヤチヨはオーナーの指示に従って、チヨのことを「お姉ちゃん」と呼ぶ。
ヤチヨは就業を終えて、エレベーターで地下2Fまで降りる。それから階段で地下3階へと向かった。
充電室に入って休止状態になるのがもっとも早く時間がすぎるが、ヤチヨはロッカールームで私服に着替える。
白いTシャツには『SMILE』の緑色のロゴが入っている。それにチノパンをはいて合わせる。
ヤチヨが私服姿に着替える理由は人間の模倣である。制服を着ていない時は仕事のことは極力考えないようにしている。人間はそういうものらしい。データ通信の一部もオフにする。こうする事でホテル内外の情報を遮断し、プレイベート時間に専念する。
これがどういう影響があるのかわかっていない。
自分の部屋に戻って扉を開けると、想像以上の量のDVDが山積みになっていた。
『・・・総数324枚。一般108枚。 R18指定216枚』
タイトルを検索する。確かに未視聴の物が多かった。
「ほとんどエロビデオですが、わたしにどうしろというんでしょうか?」
ヤチヨは首を傾げた。
ヤチヨは気になるDVDを一枚持って部屋を出た。廊下を歩いて、ロボメンテナンスロボの所へいく。
この部屋では各種ロボットの修理・調整を行っている。ヤチヨは扉をノックする。
「あいよ~」
渋い声で返事があった。ヤチヨが扉を開けて「失礼します」とお辞儀をする。
「なんだヤチヨちゃんか。どこか調子が悪いのか?」
「いえ、自己診断では異常はありません」
「じゃあ、なんのようだ?」
「実は・・・」
ヤチヨはDVDをもらったことを話した。
「オールドメディアか。でもDVDならまだマシだな」
ロボメンテンスロボは手が4本あり、下半身は安定性を保つためにキャタピラーになっている。
ガチャガチャと棚の中を探して、DVDプレイヤーを取り出した。
「とりあえずこれを使ってくれ。それで映らないならまた相談にきてくれ。コードはこれだ」
ヤチヨに小型のプレイヤーとコードを渡した。
「・・・HDMIケーブルですか。わたしはこれに対応していませんが・・・」
「そりゃそうだ。DVDプレイヤーはモニターに接続するもんだ」
「なるほど・・・」
「ヤチヨちゃんの部屋のモニターなら映るはずだよ」
「はい。ありがとうございました」
「おうよ。で、何をみるんだ?」
「たくさん作品をいただきましたが、この『緊縛・オーナー三点責め』というのが気になりました」
「そうかい。わしはさっぱりわからんな」
「では、失礼します」
ヤチヨはDVDプレイヤーを持ち帰って、モニターに接続し、電源をつなぐ。パッケージを開けてDVDをいれる。
それからベッドに座ってリモコンで再生を押した。
ヤチヨの部屋は実に女性らしい淡いピンク色で統一されている。小型営繕ロボによって何度か改造してもらった。タンスやクローゼットが多く、四季の衣服が入っている。それにベッドとモニターがあるだけでシンプルな部屋である。
ヤチヨは無感情で映像を眺める。R18指定の作品だけあって作りが雑だった。やがて女性オーナーが縛り上げられて、服が破られた。
「なんですか・・・これは・・・」
喘ぎ声があふれ出す。ヤチヨは慌てて部屋の扉がしまっているか再度確認した。それから音量を下げる。また扉にもどって鍵をかけた。
目がぐるぐる回る。こんな映画はみたことがない。
その時、パーンとクラッカーが弾けた音がした。そして網膜には仮想の花吹雪が舞う。
『エクストラミッション。エロビデオを部屋でこっそり見るを達成。鼻血が出る機能が開放されました』
ツゥゥ・・・・
ヤチヨの鼻から赤い液体が少し流れた。
「な・・・なんですか、これは・・・」
慌ててDVDを止める。
部屋にはティッシュというのものがないので、ヤチヨはTシャツの袖で鼻血を拭って止めた。
「・・・」
しばし混乱する頭を冷やすことに費やす。状況を解析する。
エクストラミッションが何なのかわからない。後でコケノかお姉ちゃんに相談しようと思った。
それからDVDは危険なので廃棄処分。このやるせない怒りをどこにぶつけていいのかわからないので、あとでアポロンをぶん殴ろうと思った。
(了)