何回繰り返しただろうか。
もはや数えることに意味はなかった。
記録するたびに、脳のどこかが削れていくような感覚に苛まれた。
誰が死んだ、どの順番で死んだ、何がきっかけで崩壊した――。
そんな記憶の断片を、何百、何千と抱えたまま、シンタローはまたこの「目覚め」を迎える。
マリーのベッドの上で目を覚ます。
白く清潔なシーツが、ひどく異物のように見えた。
まるで自分だけが汚れていて、ここに存在してはいけない存在だと突きつけられているようだった。
天井の亀裂を目でなぞる。
毎回同じ天井、同じ白い壁、同じ薄い光。
だが、自分の中に積み重なった死と絶望の記憶だけが、現実の質量を与えてくる。
テロリストに撃たれた衝撃――それは毎回、思い出すきっかけだった。
引き金を引かれたとき、冷たい金属の先端が胸を貫く前に、過去のすべてが走馬灯のように溢れ出す。
血の味、焼ける匂い、誰かの泣き声。
視界の端でマリーが絶望の悲鳴を上げ、モモが震える声で名を呼ぶ。
カノが虚ろに笑い、キドが歯を食いしばり、アヤノが首を横に振る。
ただ一つ確かなのは、最後に見えるのは「誰かの死体」で、その度に胸の奥が焼けるように痛むことだ。
「――今度こそ、止めてみせる」
息を呑むように吐き出された言葉は、もう誰に届くものでもなかった。
それでも彼は、繰り返すたびにこの呟きを欠かさなかった。
それは呪いのような、あるいは自分への刑罰のような、捨てられない呪文だった。
彼の目には、鮮やかすぎる赤い光が滲んでいた。
それは燃える夕焼けのように美しく、しかし底なしの狂気を孕んでいた。
「焼き付ける」能力――本来は、記憶を固定し、無限に続くループを覚えていられるための力。
だが何度も死を重ね、繰り返すたびに、その力は「目に焼き付ける」が元々持っていた「目をかける」能力まで獲得していた。
「忘れない」ことが、いつの間にか「伝える」力を得て、暴力的に他人の心を抉る力へと変貌していった。
自分だけが知っているこの地獄の結末を、仲間にも見せるしかない。
「思い出して、一緒に選んでくれ」
それが、追い詰められた彼が選んだ最終手段だった。
メカクシ団のアジト。
マリーの部屋には、透き通るような午後の光が差し込んでいる。
窓際に吊るされた風鈴が、涼しげな音を響かせる。
その音は、まるで死刑宣告を告げる鐘の音のように、胸に突き刺さる。
目覚めるまで看病しようとベッドに座っていたマリーが本をそっと閉じ、こちらに顔を向ける。
彼女の無垢な瞳は、どこまでも澄んでいた。
その透明さが、シンタローには耐え難かった。
あの瞳に、何度「死」を見せてきただろうか。
何度、泣き叫ぶ声を無理やり消してきただろうか。
「……シンタロー、起きたの?」
その柔らかい声に、一瞬だけ胸が痛んだ。
だが、シンタローは起き上がる。
空調の効いた部屋の空気が冷たく、現実感が喉を締め付ける。
ドアの向こうには、仲間たちの気配がある。
気楽そうに笑うカノ、真剣な顔のキド、落ち着かない様子のモモ、それを安心させようと声をかけるセトとエネ―――。
ガチャ、とドアノブが回る音が響く。
白いドアがわずかに開かれ、外からの熱気が一瞬にして流れ込む。
その瞬間、シンタローは全員の気配を敏感に察知する。
頭の奥で、死の記憶が洪水のように暴れ出す。
仲間たちの泣き顔、崩れた笑顔、血に濡れた手、そしてアヤノの赤いマフラー――
「……頼む、思い出してくれ。何度も何度も、俺たちは繰り返してきたんだ!」
声がひび割れた。
喉の奥に血が滲むような感覚。
それでも叫ぶしかなかった。
シンタローの視界に、無数の死のフラッシュバックが走る。
それはまるで、千切れたフィルムを無理やり繋ぎ合わせるような錯乱的な情景。
キドが倒れ伏す姿、モモが銃弾に倒れる瞬間、セトが仲間をかばって血を吐く姿。
そして、誰よりも強く焼き付いている、アヤノのあの赤いマフラーが舞い落ちる瞬間――。
「もう、これ以上、誰も死なせたくないんだ……っ!」
その瞬間、シンタローの「目をかける」が暴発した。
目の奥に溜め込んだ全ての死と絶望が、赤い光となって溢れ出す。
光は空間を歪ませ、部屋の温度が一瞬で変わったように重苦しい気配が充満する。
仲間たちの身体が微かに震える。
キドの目が見開かれた。
彼女の頭の中に、仲間を守りきれずに倒れた自分自身の無数の姿が押し寄せる。
手が、悲鳴をあげるように震える。
「う、うそ……こんな、これが……私……?」
モモは、その場に崩れ落ちる。
「いや……見たくない……こんなの、こんなの、見たくないよ……!」
泣き声が部屋中に響き渡る。
「こんなの……こんなの嘘っす!」
その声は、かえって静けさを際立たせる悲鳴だった。
スマホの中のエネも泣き顔でこちらを見つめ、青い光が細かく瞬いていた。
その表情には、データにはありえないほどの人間らしい哀しさがにじんでいた。
カノは顔を覆い、くぐもった声で笑いながら泣いた。
「……やっぱり……そうだよね……最初から、全部……」
その笑い声は、ガラスを砕く音のように耳に刺さる。
マリーは、小さな手を震わせながらシンタローを見つめる。
「やだ……やだよ、シンタロー……やめて……!」
儚い声は、もう届かない。
その目には、真っ黒に塗りつぶされた世界が映っていた。
だが、シンタローの耳には、もう誰の声も届いていなかった。
赤い光はさらに強く脈打ち、壁にひびが走る。
空気が裂け、窓の外の世界が黒い亀裂に侵食されていく。
「思い出せ……! 思い出してくれ! このままじゃ、誰も救えないんだ!!」
床が軋み、音もなく崩れ始める。
まるで世界全体が息を詰めているかのような、静かで恐ろしい空白。
次の瞬間、その空白は爆発的に破れ、音と色と悲鳴が混沌となって押し寄せた。
キドが床に崩れ落ちる音。
モモの泣きじゃくる音。
カノの割れた笑い声。
マリーのすすり泣き。
スマホから聞こえる必死な声。
すべてが、渦を巻いてシンタローの中に吸い込まれていく。
彼はその中心で、なおも声を上げる。
「これが……これが俺の選んだ答えだっ! 他に……他に道なんてなかったんだ!」
「焼き付ける力」は完全に暴走し、世界の骨組みを噛み砕くほどの衝撃を放つ。
赤黒い空はひび割れ、太陽がとぐろを巻いた蛇が自身の尾を飲み込むような見た目へと変化する。
仲間に伝えた情報が、元のループを保とうとするカゲロウデイズの構造に過剰な負荷を与え、世界そのものを支える何かを崩していく。
街並みは泥のように崩れ落ち、アスファルトの上を黒い血管のような影が這い回る。
蝉の声は悲鳴に変わり、空気は泣き叫ぶように震える。
仲間の声は断末魔のように響き渡る。
「……シンタロー……っ!」
「これじゃ……だめだよ……!」
「一緒に……一緒にいたかったのに……!」
「もう……やめて……っ!」
空間が引き裂かれ、根こそぎ飲み込まれるように沈んでいく。
世界は爆ぜるように砕け、赤は最終的な白に転じる。
崩壊の轟音すらも消え去った後、ただ「終わらせる」という執念だけが、白い虚無に残されていた。
初めまして釜揚げです。
今年の夏も近づいてきましたね。
メカクシティアクターズを見直していた際に、ふと「アニメルートにたどり着く前にループをしすぎた場合」ということを考えてしまい今作の執筆を始めました。
はじめての執筆で拙い所もあると思いますが最後まで読んでいただけると幸いです。