万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

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1話 ハンパク 夜の太陽

 

『ハンパク運動』というものがあった、らしい。

 

1969年、大阪万博を翌年に控えた大阪で、その大阪万博に対して否を唱える運動があった、らしい。

大阪万博を推し進める当時の政府、社会への不満。怒り。憤り。それをぶつける運動があった、らしい。

 

青年、基田 狼我(もとだ ろうが)は、ハンパク運動について、その程度しか知りはしない。

彼はまだ25歳である。中程度の身長に中程度の体重、どこにでもいそうな、大学生めいた男である。

 

だが、今、ここに。

彼がいることは異常だった。

 

 

「──着いた」

 

 

満月が照らす夜。真夜中。

波の音。潮の味。ぐしょ濡れの体。

見上げるものは巨大な柱。木の柱。それは何本も続いていて、その柱の天辺では、ぐるりと弧を描いて、橋桁が連なっている。

 

そう彼は。

 

大阪万博、大屋根リングのすぐ下にいる。

 

狼我はなるべく静かに、波紋を立てないように気を使って、背中の防水カバンを触る。感触的に、何かを落としたりはしていなさそうだ。

 

カバンの中身は、カラースプレー。派手な活動をするのなら、こいつでどこぞの壁に向かって、それらしいことを書くのがいい。

 

さて、何を書こうか。

 

鼻より下は全て水に沈めて、狼我はゆっくり水を掻く。

ここまでどうやって来たのかは、彼自身よく覚えていない。計画を思い立った段階では、搬入のトラックに忍び込んだはずだったのだが、どこかのタイミングで水に落ちて、こんなことになっている。カバンが防水で良かった。

 

万博の岸部、そのギリギリに設置された金網にまで、狼我はそろそろとたどり着いた。

まだ、監視に見つかってはいない。

 

……というか、監視がいない。

 

不思議なこともあるものだ、あるいは万博は警備員を雇えなかったのか。

 

ひちゃ、と。水音を地面に立てて。

 

 

「ふう──」

 

 

ゆっくりと、息を吐く。舗装された地面に立つ。

狼我は確かに、大阪万博への不法侵入に成功した。

 

なら、これからは?

 

ノープランだ。

そもそも狼我には、ここがどこかも解っていない。とりあえず、あらかじめ印刷しておいたマップを開く。

 

 

「日本館は……あっちか」

 

 

とりあえず、日本館にでも行ってみよう。

壁に何を書いてやろうか。

政党への批判? それとも税制への怒り?

バンクシーの真似でもしようか、いやそうするには画力が足りない。しかしそれならどうするか。

不満がないってわけじゃない。でも文字に起こすと、途端に矮小化してしまう気がして。狼我はここにきて、自分の頭が整理できていなかった。

 

 

整理できていなかった。

だから気づかなかった。

 

今から横切ろうとする道の少し先から、戦闘の音がしていることに。

 

 

聖杯戦争が、既に始まっていることに。

 

 

 

万博聖杯戦争 1日目 夜

 

 

 

「──は?」

 

 

基田 狼我が違和感を感じたのは、通路を横切っている最中。何かの破片が、頬に当たったためだった。

小さい欠片だが、それなりの速度だったし、結構痛かった。彼は咄嗟に頬に当たったそれを掴む。左の掌の上のそれは、黄茶色の塊。陶器の破片のように見えた。

 

おかしいのは、それが真横から飛んできたことだ。

 

どうして?

 

その疑問に思い至って、ようやく、狼我は己の左、破片が飛んできた方を向く。

 

 

「──はぁ?」

 

 

眉を顰めた。だっておかしい。

視界の先、何十メートルか先。

いくつかの人影が、戦っている。

 

 

「王の目を欺けると思ったか、墓荒らし(ワッケーロ)!! 許可も取らずに王の身辺を荒そうなどと二千年早いッ!!」

 

「──」

 

 

ハッキリと見える人影は、2つ。

1つは、全身に鎧を纏った男。いや、狼我にはそれが鎧なのかもわからない。とにかくゴテゴテ、ギラギラと、月の光を反射する装飾。それを纏った1人の男。それが、真向かいを向いて叫んでいる。

そしてその真向かいにはやはり男。しかしこちらは全身黒く、シルエットしかわからない。いや、少なくとも、何やら長い棒を持っている。あるいは槍か。

そしてその2つの周囲でも。何やら幾つか、シルエットの塊が飛び交っていた。

 

 

「その立ち振る舞い!! 貴様、暗殺者(アサシン)だな?」

 

「──」

 

「返答はなしか、無礼者!! ……しかしまあよい、暗殺者(アサシン)とはそういうものか。この場で倒せば、気にするものでもあるまいよ」

 

 

アサシン。鎧の男は真向かいの黒い男を指してそう言った。その単語には、狼我も聞き覚えがある。

しかしおかしい。ここは、令和の日本のはずだ。暗殺者なんてまさか、まさか。

 

 

「──喧しいな、槍兵(ランサー)

 

「カハハハ、ようやっと喋りおった!!」

 

 

今度はランサー。アサシンと呼ばれた方が、鎧の男を指して呼ぶ。不思議な話に思えた。槍持ちは黒い男の方に見えたからだ。もしかしたらもう片方も槍を持っているのかもしれないが、狼我には目を凝らしてもよく見えない。

しかし、凝視にも意味はあった。分かったこともある。

先ほどからランサーとアサシンの周りを飛び交うシルエットは、2勢力。片方はランサーの周囲を護るように並ぶ、黄茶色の陶器らしい素材でできた、上半身だけの人形たち。そしてもう片方は、アサシン同様に黒い姿をした、俊敏に駆け回る半透明の影。

 

いや、だからといって、狼我に理屈が判るわけではない。彼には何も理解できない。

 

 

「……なんなんだよ」

 

 

そんな吐息が、口から漏れて。

 

それが不味かった。

 

 

「またか!! 初日から騒がしい、墓荒らし(ワッケーロ)どもめ!!」

 

 

ランサーと呼ばれた方が、唐突にそんな叫びを上げる。一瞬だけだったが、その意識が狼我に向いたような、そんな悪寒を彼は感じた。

そして、実際そうだった。ランサーはアサシンを見据えて動かないが、その周囲に居た人形が一体、狼我の方へ近づいてきている。

 

まずい。

 

狼我は板バネが如くその場を駆けた。見えてる騒ぎの反対側へ、急いで、急いで。あれに捕まれば、何が起こるかわからない。いや、少しだけ想像できて、なおさら恐ろしい。

捕まったら、とりあえず死にそうだ。

 

物陰に転げ込む。そこは大屋根リングへと登るエスカレーターの真下。ベンチと給水器の狭間に身を埋め、息を潜める。

しかし既に遅い。遠くからはカシャリと足音。否、あの人形に脚はなかったのだから、これは鎧の擦れる音か? そんなことを脳裏で一瞬考えて、狼我はすぐに舌を噛む。今はそれどころじゃない。どうすれば逃げられる? 逃げようがない。

ここから走って、逃げ切れるとは思えない。しかしきっとここにも気づかれている。

カシャリ。音が耳障り。

 

考えにもならない考えが巡る、狼我の脳裏に、ふと。

 

 

──素に銀と鉄。礎に石と契約の大公── 

 

 

そんな言葉が、侵入してきた。

 

 

──降り立つ風には壁を。四方の門を開き、各国より出で、万博を巡る大輪は循環せよ──

 

 

「……なんだ、これは?」

 

 

頭の中に、誰かの声が入ってきた。誰かの言葉が入ってきた。まるで骨伝導イヤホンでも着けたみたいに、はっきりと流れ込んできた。

それだけではない。

何も描かれてはいなかったはずの地面に青白く光が走り、円を描く。

 

 

──巡れ(みたせ)巡れ(みたせ)巡れ(みたせ)巡れ(みたせ)巡れ(みたせ)──

 

──循環するつどに五度。満たされる刻もまた循環す──

 

 

「なんだ、なんだ、なんだ!!」

 

 

カシャリ、カシャリ、また音が近づく。そうだというのに止まらない。

何が起きているのか、ずっと狼我は解っていない。覚えているのは、ただ命の危機。そして混乱。

 

 

──告げる。汝の身は我が下に、我が命運(いのち)は汝の剣に──

 

──聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ──

 

 

「うるさい、黙れ、静かに、静かに、黙れっ……!!」

 

 

混乱する脳裏にあってなお、誰かの声だけは克明に。何か、とんでもないことを起こしている。

 

 

──未来を此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者──

 

──されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。されども我は共存する者──

 

 

バチリ、右手の甲に痛みが走る。ふと目を落とせば、真っ赤な何か、入れ墨のようなものが刻まれて。

顔を上げればもう既に、青白い光は魔法陣めいた図形を描き終えて。

 

 

──汝三大の言霊を纏う七天──

 

 

「──大阪・関西万博へ来たれ、天秤の守り手よ──!!」

 

 

最後にはとうとう堪えかねて、唇は脳内のそれをなぞっていた。

 

そんな中でも。

 

カシャリ、カシャリ、カシャリ。

音が近づく。近づく。近づく。

近づいて、エスカレーターに手を掛けて、覗き込む。黄茶けた陶器の顔が、何もない双眸が、狼我を探して覗き込む。

 

その顔面へ、一撃。

 

 

魔法陣から現れた、ナニカが。

その拳を捩じ込んで、壊してしまった。

 

 

「   」

 

 

狼我は最早声も出ない。完全なる絶句であった。

魔法陣から現れたそれを、目で追うことしかできなかった。

 

 

『事務局から緊急連絡!! 今すぐ万博聖杯戦争を中断してください!! 外部からの立ち入りがありました!! 繰り返し──

 

 

追って、そんなアナウンスがかかり始める。

ぞくり、とする感覚は狼我にもある。逃げなければ、とも思う。だがそれよりも。

今目の前にいるコレに。

狼我自身を見下ろすコレに。

目を惹きつけられて、離せない。

 

 

「──ハンパクか」

 

 

目が、離せないのは。

 

 

「懐かしいな」

 

 

美しいからか。

醜いからか。

頼もしいからか。

恐ろしいからか。

 

 

「お、お前っ、かっ、関係者だなっ、万博の」

 

 

少なくとも、最初に狼我に理解できたことは、それだった。

明らかに異常なことだったが、異常が過ぎて、そんなことしか飲み込めなかった。

目の前のそれは未だに狼我を見下ろして、人であるかのように嘆息する。

 

 

「べらぼーな怯え方だ、まあ、間違いではないか」

 

 

そう、人であるかのように。

だって、目の前のコレは、明らかに、人じゃない。

 

 

「だが、そうだな」

 

 

コレは。

 

白い身体。

赤いライン。

黄金の顔。

そして胸元に白い顔。

コレは。

 

 

「私は、いちばんのハンパクだ」

 

 

コレは、大阪万博だ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

狂戦士(バーサーカー)、太陽の塔。君を、私のマスターにする」

 

 

まだ、満月が出ている。

白く、眩く、まるで太陽であるかのように。

 





「監督役の照野 美琴や」

「万博には夜の顔がある」

「どうして俺がマスターに?」

「ここにいるなら、戦うってことでいいんでしょ?」

「君の指示に従おう」

「まずはここで1人、景気づけ!!」


2話 万博聖杯戦争 2025 大阪・関西


「気をつけろ、降ってくるのは月の石だ!!」



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