万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

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10話 ランサーと捧げられし八人

 

ランサーとそのマスターによる、米国パビリオンへの襲撃。既に狼我はその渦中にあった。

すぐ隣ではバーサーカーとランサーが睨み合い、少し先ではランサーの眷属と思しき人形達が相変わらずパビリオンの壁を探っている。

──いや、既に何か見つけたようだ。壁の一部が開き、何かの設備が露出している。多分配電盤の類だ。

 

 

「監督役!! 見ているんだろ!!」

 

 

狼我は周囲を見回す。マレーシア館、アイルランド館、あるいは背後の大屋根リングか。それらしいところを探して、しかし昼間の男はいない。

代わりに。

 

 

「ウチのこと呼んだー!?」

 

「アンタじゃない!!」

 

 

大屋根リングの下、ミャクミャクハウスの脇を抜けて、美琴が駆け込んでくるのが見えた。

そのまま彼女は駆け寄ってきて、立木の合間、ランサーのマスターの元へ。

 

 

「ちょっとちょっと!! ジブンやろランサーのマスター!! 反則反則、パビリオン壊しちゃ駄目だって」

 

「いいよ」

 

「よぉないんだって」

 

「いいの」

 

 

押し問答。息を切らして駆け込んできた、大人の女の剣幕にも眉一つ動かさず、少女は譲らない。

 

 

「ぜんぶこわして、おーさまがかつよ」

 

「あぁもう──

 

 

美琴が頭を抱える。無理もない、彼女にとってはきっと想定外の事態。頭に手をやり、俯いて、視界には床しか映っていない。

──周囲への警戒を怠っている。ここが戦場だと、忘れている。

 

風を切る音。

 

 

「危ない!!」

 

 

狼我は咄嗟に美琴の手を掴み、強く引いた。

直後、割り込んでくる人形の腕、身体。

一瞬後にはもう既に、ランサーの人形の1体がランサーのマスターを抱き上げて、こちらから距離を取りつつある。

 

 

「ひあっ、あっ、あぶ、あっ」

 

「大丈夫か」

 

 

手を引くのが遅れていたら、酷い事故を見るところだった。

美琴を立たせる。状況を報告するべきか。

 

 

「もう1人の監督役に会った」

 

「……バンダイナムコの?」

 

「ああ。アイツは言ってた、アーチャーを倒せって。そのためなら、そうだな、()()をしても良いって言ってた」

 

 

工夫。狼我はそう表現したが。

つまりは今起きているこの事態も、アイツのせいだ。

 

 

「呆れるわ、なんてこと吹き込んだんや!! 文句言ってくる」

 

 

美琴の舌打ち。そのまま彼女は後ずさり、マレーシア館側の大通りへ。

 

 

「居場所知ってるのか」

 

「わからへん!! でも多分ガンダムパビリオンにおる!! どうせスタジオかなんかあるんやろ!!」

 

 

なるほど、スタジオ。中継しているのだから、確かにそれはありそうだ。

納得する間にも、既に美琴は走り出している。パビリオンの合間に消えて、姿は見えない。最後に言葉だけが反響して、

 

 

「狼我クン、ここを頼むわ!!」

 

 

さて、どうしたものか。

狼我は改めて、ランサーに目を向ける。

 

黄金鎧のランサー。真名は不明。

武器は手にした黄金の武器、ランサーであるからには恐らく短槍だろう。

そして特筆すべきは人形達。改めて数えてみるが、現在見えるのは6体だ。3体は米国パビリオンの壁に取り付いて何かしらの工作を行い、1体はランサーのマスターを抱き上げてパビリオン脇で待機。そして2体はそれぞれ棍棒と大盾を携えて、ランサーと共にバーサーカーと交戦している。

 

 

「なんか人形増えてないか、バーサーカー!?」

 

「実際増えた、マスター!! しかも、かなり戦いが上手い」

 

 

人形の棍棒を回避しながら、バーサーカーが返答する。今までになく、必死さを感じる声色だ。

 

バーサーカー・太陽の塔の戦闘方法は純粋な体術だ。洋の東西を問わずあらゆる武術の技術を取り入れた、ある種無国籍武道とでも言うべき体術。人ならざる建造物としての圧倒的体幹、概念的質量から繰り出される徒手空拳は、命中すれば圧倒的な破壊力を期待できる。

しかし、それでも徒手空拳。

武装を持ち、距離を保つ相手。攻撃を往なし、クリーンヒットをさせない相手。正面からの殴り合いを拒否する立ち回りを取られると、バーサーカーは攻めかねる。

 

今は、ちょうどそれだった。

距離を保つ棍棒、攻撃を往なす盾、その向こうにいるランサー。

バーサーカーは動けない。状況は膠着し、その間にも、米国パビリオンへの細工が進む。

 

どうしたものか。立木の合間に身を屈め、狼我はその様子を伺っている。

 

また、駆け寄ってくる足音があった。

馬の足音だ。

 

 

「ローガ!!」

 

「ローガくん!!」

 

 

首を動かさず、視線だけで背後を見る。

ライダーとベンドレが白馬を降りて、こちらへ駆け寄るのが見えた。

 

 

「これは……何事だ」

 

「ランサーだ。アーチャーを倒すために、そこのパビリオンを壊しに来た」

 

 

そう伝える。

当然のようにそう伝える。

 

それから、思い至った。

 

 

どうして俺は、万博を守ってるんだ? 

 

 

そうだ。考えてみると、そこからおかしい。狼我は気がついた。何しろ彼の望みは、万博を壊すことのはずだからだ。そう彼自身が言ったのだ。

美琴と話して、その流れで、ランサーとの交戦を続けていたが。これは、矛盾だ。

 

 

「じゃあ今はランサーと戦って、パビリオンを守ればいいのね?」

 

 

すぐ脇ではライダーが鉄の槍を取り出して、身構えている。いつでも飛び出せる姿勢。彼女は狼我に問い掛けて、しかし狼我に声はない。

何を答えても、間違っている気がした。

 

 

「……ローガくん? 聞いてる?」

 

「ライダー、やるぞ。……バーサーカーを、援護する」

 

「ん、任せてマスター。行ってくる!!」

 

 

走り出すライダーの、背中を見る。

背中を見て、まだ、声が出ない。

 

何か、矛盾がある。

それを狼我は判っていて、しかし何故そうなのかは解らなかった。狼我は自分で自分が解らない。解らないまま生きてきて、生きてこられて、しかし今、自分の矛盾に衝突した。

万博が嫌いだ。何故か憎くて、壊したい。しかし今の今まで守っていた。そして──今も、守るべきじゃないかと、どこかで思う己がいる。

この感情を、言語化できない。

 

 

鉄の槍(キブガ)!!」

 

 

狼我を1人残して、局面は進む。

助走と共に放たれたライダーの槍は、人形の大盾に弾かれた。彼女は逸れた槍を呼び戻し、勢いそのままランサーに突撃。受けてランサーは数歩飛び出て、直接ライダーの槍を、己の短槍で受け止めた。

1つ、鋭く金属音。

 

 

「増えたか、ライダーだな!?」

 

「まあね、よろしく!!」

 

 

打ち合いは互角。ライダーは飛び退き、バーサーカーに合流する。

 

 

「バーサーカー、調子はどう?」

 

「難しい。ランサーの動きはあれで手堅い。私1人では攻め手に欠ける」

 

「わかった、じゃあアタシも手伝えば良い?」

 

「──いや、それは違う」

 

 

バーサーカーの視線をライダーが追う。

視線の先にはパビリオンの壁。露出した壁面内部と、4体の人形。

 

 

「マスター!! あっちの壁、なんかいる!!」

 

 

飛んでくる声を受けて、ベンドレはすぐ側の狼我に視線を落とす。問い掛ける。

 

 

「ローガ、あれは」

 

「──ランサーの仲間だ。多分、ランサーが操ってる。狙ってるのは、多分、米国パビリオンの配電盤だ」

 

 

聞かれて、狼我はそれだけ絞り出した。

自分のことだけ考えたいが、戦場はそれを許さない。狼我の意識は内省から引き摺り出され、再び状況を観察する。

 

既にランサーが、投げ槍の姿勢を取っている。

肩にはヒョウの皮を纏い、傍らには既に白馬がいる。バーサーカーはライダーを庇うように、ランサー達に向いて立つ。

昨晩のアサシン戦を想起する。あれは、宝具発動の構え。

 

 

「じゃあここから、一網打尽!! マスター、魔力回して!! 纏めて貫く!!」

 

 

ライダーの身体がしなる。引き絞るように、狙いが定められ。

あとは、放つだけ。

 

 

 

 

 

「──駄目だ!!」

 

 

そこに、拒絶。ベンドレの声だ。

彼の視線は、ランサーの人形達の中、

 

 

「あそこには、子どもがいる……!!」

 

 

抱えられたランサーのマスターに向いている。

釘付けになって、離れない。

 

 

「あれはマスターだ、オッサン」

 

「それが理由に、なるものか……!!」

 

 

視線はそのまま。ベンドレの脚は前に動いた。数歩、また数歩、立木の合間から出て。

 

 

「オッサン、何を──

 

 

狼我の声は届かない。ベンドレはその時にはもう既に、地面を蹴って駆け出していた。

走っている。一直線に、米国パビリオンの壁面、ランサーのマスターの方向へ。

 

 

「ほう?」

 

 

ランサーは、当然察知する。ベンドレを顎で指し示し、傍らにいた人形2体が、拘束しようと移動する。それをバーサーカーとライダーが押し留めて。

 

ベンドレは走って、ランサーのマスターの元へ──到達する前に、近くにいた別の人形に突き飛ばされる。ベンドレの身体は地面を転げ、しかしすぐに立て直し。

 

 

「…………だれ」

 

 

ランサーのマスターが、人形の腕の上からベンドレを見下ろしていた。

ベンドレは問いかけには答えない。ただ、一言、強く。

 

 

「危ないことは……してはいけない……!!」

 

 

少女を抱き上げた人形の1体に、歩み寄りながら。

ベンドレは目を剥いている。何か、強い意志がある。遠巻きに、未だ陰から観察している狼我には、それ以上のものは読み取れなかった。

何かに、確かに、怒っている。

 

だが、ベンドレの言葉を聞き届けて尚、ランサーのマスターは動じない。返す言葉は端的に。

 

 

「でも、ほしいものがあるの。だからここにいるの」

 

「それでも、

 

「おじさんも、そうでしょ?」

 

 

これは会話ではない。観察しながら、狼我はそう感じた。ベンドレも、ランサーのマスターも、主張だけがあって、会話が成り立っていない。

 

更には、そこに割り込むように。

 

 

「カハハハハハハッ!! 良い!! 良い度胸だ、貴様!!」

 

 

哄笑しながら、ランサーが接近する。

ベンドレはランサーを睨み、しかしランサーは意にも介さず。

 

 

「ライダーのマスターか、貴様は。名は?」

 

「……ベンドレ・ウェドラオゴ」

 

「憶えたぞ」

 

 

ランサーは、攻撃するつもりはないらしい。短槍は持っているが、構えてはいない。ただ堂々と、悠々と、いかにも王であるように、立つ。

そう、ランサーは常に泰然自若。口調は激しいが、しかし行動は常に冷静。一歩引いた目線で、戦場を俯瞰している。

 

対するベンドレは、ランサーを見て。

 

 

「ライダー」

 

 

拳を握っていた。右手の拳を握っていた。

ランサーを強く凝視して、拳は小さく震えていた。

 

ベンドレの右手には、令呪がある。

 

 

「ほう。使うのか? 今ここで?」

 

「オマエは……今、倒すべきだ」

 

「敵意か。何故だ?」

 

 

ベンドレの唇が、確かに振れて。

 

 

「幼い、子どもを。戦いに……巻き込むな……!!」

 

 

そう、怒りを吐き出した。

 

 

「異なことを言う。王がマスターを無理に戦いに駆り立てたとでも?」

 

「いいや、もしオマエでは、ないとしてもだ。国も、王も、軍も、親も。……子どもを、使うな」

 

 

なんだか、意外だ。狼我は思う。彼には、ベンドレも理知的な人間に見えていた。同盟を提案してきたことも然り、これまでの立ち回りも然り。冷静な行動ができない人物では決してない。

だが今は違う。今、彼は無謀な相手へ敵意を向けた。本来避けるべき、格上の存在への威嚇。

 

ベンドレ・ウェドラオゴが何故そうまでして怒るのか、狼我には計り知れない。

しかし、何かはあるのだろう。ベンドレはただの人間で、相手は超常のサーヴァントで、そのスペック差すら忘れてしまうほどの、何か。

 

今だって、まだベンドレはランサーを凝視して、その目を逸らすことがない。

 

 

「マスター」

 

 

観察する狼我のすぐ横で、声がした。

バーサーカーだ。気づけば狼我のすぐ横まで下がってきていて、問い掛ける。

 

 

「どうする?」

 

 

どうする、と。

この状況に直面して、どう動くのか、と。

 

 

「そうだな」

 

 

問われるまでもなく、狼我は頭の中で弾き出す。ランサーとライダーが今ここで衝突して、どうなるか。

 

最悪は、ベンドレが殺される。ランサーとその仲間はベンドレのすぐ近くにいて、ライダーが追いつくより前に殺害できる。当然ルール上、マスターの殺害は出来ないはずだが、今まさにランサー陣営はルールを破っているところだ。

しかしランサーが、仮に殺しをしないとしても。最善でも、ベンドレはランサー討伐と引き換えに令呪を失う。ランサーを倒せずただ令呪を使う可能性も高い。ライダーがランサーに敗北すれば致命傷だ。

バーサーカーで介入することを考える。しかし、それも間に合うかどうか。宝具詠唱の時間すら、ロスタイムとして大きすぎる。ランサーを下手に刺激すれば、事態の悪化を招くかもしれない。

 

ならば。

 

今思いつく、最善は。

 

 

狼我は立ち上がる。歩き出す。ゆっくりと、しかし堂々と。靴音を立て、己に視線を集めるように。

 

 

「待てよ、皆!!」

 

 

言葉を選び、両手を広げて、視線を感じて。

 

 

「────話し合いをするぞ!!」

 

 

言い放つ。

 

 

「ランサーのマスター!! 何がしたいのか中身を話さねえと、そこのオッサンは納得しねえぞ!!」

 

 

続けざまに。

 

 

「オッサンも!! 今この場で脅しても怖いだろ!! 日と場所を改めるべきだ」

 

 

更に続けて。

 

 

「そしてランサー!! ずっと気になってたが──」

 

 

歩み寄る。ランサーに歩み寄る。

ベンドレとランサーの距離よりも、さらに近づくほどに踏み込む。距離を詰める。そして。

 

 

「──アンタ、このやり方で勝っても、アンタの願いが叶わねえだろ。本当にこれでいいのかよ」

 

 

ランサーの顔が間近になる。

聖杯戦争の最初の晩が、少しだけ狼我の脳裏を過った。あの晩は本当に、ランサーに殺されると思ったし、事実そうだった可能性もある。

しかし。今の狼我は違う。恐れていないわけではないが、しかし、怯える必要はないと確信している。

 

 

「このやり方で強引にアーチャーを倒せたとして。マスターには監督役から何かあるんだろうが、アンタは違う。願いを叶える権利は得られず、聖杯戦争は終わっちまう」

 

 

そう、怯える必要はない。

何故ならこれは、互いに利のある交渉だからだ。

 

 

「仕切り直さねえか、ランサー」

 

 

受けて、ランサーは。

 

 

「……王の理解力を侮るな、バーサーカーのマスターよ。その程度、王は元より承知している」

 

「……」

 

「第一、王への奏上であれば端的に語れ。あまりに長いと寝てしまう」

 

「……いいぜ、じゃあ一言で」

 

 

やはり。ランサーは、交渉のテーブルに着いた。

狼我は確信し、一呼吸置いて。

 

 

「飯に行こう」

 

「気に入った!!」

 

 

ランサーはにやりと笑って、バン、と狼我の肩を強く叩いた。そのまま踵を返して、米国パビリオン壁面の人形達の元へ。手で何か合図を出して、それを見て、人形達も作業を止める。

心臓の鼓動の音が、今になって耳に届いた。交渉が成り立つことは確信していたが、それはそれとして、やはり、これは怖い。

 

しかしひとまず、目先の危機は去った。はずだ。

 

 

「オッサン」

 

 

立ち尽くすベンドレに、一声掛ける。

ベンドレは未だ、まるで怒りのやり場がないと言わんばかりに、令呪のある右手を開いたり握ったりしているが、それでも。

 

 

「…………すまなかった」

 

「別にいい」

 

 

再び、ランサーの方を見る。

狼我自身、勢いで結構なことを言った気がするが、飯に行くには準備がいる。とりあえず日程から決めなければ、そう思って。

 

 

「あれ」

 

 

……おかしい。

 

撤収体制になったはずのランサーが、改めてこちらを向いて、人形が3体、こちらに武器を構えている。大盾の人形、棍棒の人形、そしてもう1体は長い棒──旗竿だろうか。

 

 

「おい、ランサー」

 

「貴様の提案は気に入った、バーサーカーのマスターよ。しかし、ただ方針を変えるのでは王の面子が立たん」

 

「…………つまり、また戦えと?」

 

 

状況を察したのだろう、バーサーカーが狼我の前に飛び出てくる。続いてライダーも。再び睨み合いの形。

 

 

「えー、今の流れで戦うの? もう十分だって思うんだけど、アタシは」

 

「王に意見をするならば、相応の儀式を経なくてはな。3体だ。破壊してみせよ」

 

 

破壊しろ。

 

その言葉を聞いて、そういえば、と狼我は思い出す。

聖杯戦争の最初の晩。バーサーカーが召喚されざまに顔面を破壊した、ランサーの人形の1体。

あの人形の姿が、今はない。

 

まさか、と思う。思いついて、問う。

 

 

「いいのかランサー。俺の勘だが──その人形、壊れたらもう使えないんじゃないか?」

 

 

その問いに、ランサーはまたにやりと笑う。目を見開き、歯を剥き出しにする好戦的な笑みは、それでいて楽しげで。狼我の問いにはこう答える。

 

 

「生命には使い時があるのだよ。彼らの使い時は今だ、全霊で打倒し、王に力を示してみせよ!!」

 

「どうあっても、やるしかないってか。バーサーカー」

 

 

バーサーカーが頷き、身構えた。ライダーも槍を構え、攻撃に備える。狼我とベンドレは数歩下がって、姿勢を低く。

臨戦態勢。

そして対面、ランサーは。

 

 

「我が生贄、黄金の墳墓に捧げられし輩よ」

 

 

短槍を正面に掲げ、何かを呟く。

 

詠唱だ。

 

 

「その身に王の輝きを受け、今こそ価値を示すが良い。汝らが王と共にあるように、王もまた汝と共にある」

 

 

伴って。ランサー前方、3体の人形が光を帯びる。黄金の輝きが体内に満ち、身体の継ぎ目から光線が漏れ出る。

 

 

「人形たちが、光ってる」

 

「生贄、黄金の墳墓……なるほど。ランサーの人形、あれは、全て自律駆動型の宝具だったのか」

 

 

宝具の真名解放。それは宝具のフルスペックを引き出すプロセス。ランサーの宝具こそは、彼に付き従う人形達。否、人形の姿はサーヴァント化に伴う仮初のもの。その正体は。

 

 

「奮戦せよ!! 『捧げられし八人(ワカ・ラハーダ・ナカリイー)』!!」

 

 

その正体は、ランサーの死後の同伴者として、墳墓に捧げられた殉葬者。男も女も隔てなく、選ばれ死んだ生贄達。

王、ランサーは宝具として、祖国の民を持ち込んだのだ。

そしてそれは、今。

 

人形達は四肢から光を漏出させながら、3体同時に、相手へと──突撃する!!

 

 

「──来る!!」

 

 

バーサーカーが前に出て、両手を広げ、3体の拳を受け止める。──いや、受け止められてはいない。3体の躯体を弾き飛ばしこそすれ、反動で大きく数歩後ろによろめく。

バーサーカーがこうも押し負けるのは、これが初めてだ。

 

 

「距離を取れ、バーサーカー!!」

 

 

咄嗟に、指示が狼我の口を衝いて出る。

 

 

「バラバラで戦ったほうがいい、アンタは盾の人形だ!! 囲まれるな!!」

 

「承知した!!」

 

「ライダー!! 棍棒の奴を相手してほしい!! あと旗竿の奴、止められるか?」

 

「やってみる!! 巻き付いて、ヒョウの皮(ゴアグリーム)!!」

 

 

左右に散開するバーサーカーとライダー。ライダーは走りながら纏っていたヒョウの皮を投げ飛ばし、それは一直線に旗竿の人形に巻き付いた。全身を縛られ、転倒する旗竿の人形。

 

残りの2体、棍棒と大盾は、それぞれバーサーカーとライダーを視界に捉えて。

 

 

「アナタはこっち!!」

 

 

ライダーが、棍棒の人形へと飛び掛かる。棍棒は反射的に襲撃を回避し、そのままライダーと交戦開始。大盾の方はそれを見て、バーサーカーへと走り出す。

ここまでは順調。狼我も人形と距離を取りつつ、バーサーカーの近くへ走る。

 

走りながら、観察する。

黄茶けた土の人形、ランサーの自律駆動型宝具。その身体スペックは、先程までより上昇しているように感じた。とにかく、動きが機敏だ。体内全てに満ちた黄金色の光が、そうさせているのだろうか。

 

しかし、それにしても。

生贄。黄金の墳墓。宝具の名称。ランサーがどの国のサーヴァントか、ヒントが揃いつつある。

 

バーサーカーに、追いついた。

 

 

「バーサーカー」

 

「マスター、触れて解ったが、あの人形は土器製だ!! 造形で言えば恐らく南米、アンデス文明の系譜の──

 

「後でいい、後でいい!! 集中しろバーサーカー、来るぞ!!」

 

 

一足遅れて、大盾の人形が突貫してくる。盾を前面に強く構え、風を纏って走り来る。シールドバッシュだ。

バーサーカーはそれを見て、向き直り、姿勢を低くし、タイミングを計り。

 

 

「受け止める!!」

 

 

正面衝突。

砂埃が立ち、地面が揺れる。バーサーカーは揺るがず、しかし人形も動じない。突撃が通じなかったと見るや否や、すいと後退して間合いを取る。

だが。

確かに狼我は確認した。今の正面衝突で、大盾が一部砕けたことを。砕けた上で、内側から漏れ出る光を受けて、ヒビ割れが修復されたのを。

 

 

「自動修繕か」

 

 

修繕は真名解放の効力だろうか。しかし、そもそもあの人形が物理衝撃で砕けることは、最初の晩に判明している。

だから狼我は、バーサーカーと大盾の1対1を狙っていた。棍棒や旗竿とは違い、大盾ならばバーサーカーの攻撃自体は当てられる。問題は、どのように当てるか。

バーサーカーへ視線を飛ばす。

 

 

「バーサーカー、盾全面、同時に殴れるか」

 

「やってみよう。魔力を貰うぞ、マスター」

 

 

バーサーカーはそれだけ応えて、深く踏み込み。

 

一気に、人形の大盾に距離を詰め、掌底を押し当て。

 

 

「『手の洞窟』、張り手っ!!」

 

 

炸裂音、無数!!

 

ずだだどん、と、幾重もの音が一瞬で弾け、大盾の表面に大量の手形が打ち込まれた。大盾は衝撃に耐えきれずに粉砕、エネルギーは人形本体まで貫通し、その胴体まで貫通した。

最早、修繕どうこうではない。形も保たぬ爆裂四散。

 

狼我は、まだ詳細を把握していないが。今の攻撃もまた、1970年当時の太陽の塔に存在した展示の引用である。太陽の塔の内部に存在した、古代人が洞窟に刻み込んだ無数の手形。それを纏めて、束ねて、固めて。一息に、土器の壁に衝突させたのだ。粉砕は当然の事象と言えた。

 

 

「なるほど、砕けたぞマスター」

 

「よし、ようやく1体──っあ!!」

 

 

瞬間。

ずきり、狼我に痛みが走る。具体的にどこが、というよりは、全身にバチリと電流が走ったような感覚。不意の痛みに、狼我は思わず膝を付く。

 

 

「マスター、安静に。恐らく長期戦で、君は魔力を消耗している」

 

「……やっぱりか、なんか疲れてきたとは思ってたが」

 

 

なるほど、この疲労には理由があったか。狼我は1人納得する。何事にも代償は必要だ。

魔力とは生命力から変換するもの。サーヴァントを動かすために、マスターは生命力を支払うものなのだ。

 

狼我自身、バーサーカーの戦いに併せて、体力を消耗する感覚自体は常にあった。具体的な理由は分からなかったが、そういうものだろうとは察していて、だから、この戦いだって避けたかった。時間を確認する。今日の戦いは、いつになく長期戦だ。

しかし、そうは言っても。

 

 

「でも、バーサーカーは、戦わないわけにはいかないだろ」

 

 

横目でライダーの様子を見る。棍棒の人形と戦っていて、決着は着いていない。

そしてライダーがヒョウの皮で抑え込んだ旗竿の人形も、もう既に拘束から逃れつつある。

 

 

「早く行け」

 

「承知した」

 

 

走り出すバーサーカー。それを目で追って、狼我も再び立ち上がる。生命力が削れるといっても、結局起こる事象は疲労に過ぎない。この程度なら、まだ耐えられる。

ベンドレに合流しよう、狼我は1歩踏み出して。

 

瞬間。

 

 

視界の中、旗竿の人形に、穴が開いた。

 

 

1つ、2つ、幾つもの穴。貫く穴。

遅れて、無数の着弾音。

そしてそれは、決して人形だけに放たれたものでなく、地表全てに無差別に降り注ぐ。

 

それは月の石の雨。

放った主は、宇宙(そら)にいる。

 

 

「っ、アーチャー!!」

 

 

天を仰げばそこにいる。闇夜に浮かぶ宇宙飛行士。アメリカ館が召喚したアーチャー、ニール・アームストロング。

 

 

「ここで来やがったか、ここで!!」

 

「隠れろマスター、次弾が来るぞ!!」

 

 

なるほどそうらしい、目を凝らせば幾つもの粒、月の石の弾丸が、アーチャーの周囲に浮かんでいる。

 

バーサーカー、ライダー、共に後退。ランサーの人形2体は既に今の攻撃で打ち砕かれ、機能喪失、土器片と化していた。狼我とベンドレは咄嗟にバーサーカーの陰に入り、身を屈める。しかしこれで安全かどうか。

アーチャーの指先が、小さく振れる。

 

 

「また来るぞ」

 

 

息を呑む。

 

直後。

 

 

「オム・ナマ・シヴァヤ!!」

 

 

掛け声が闇夜に轟いた。それと共に、頭上を何かが飛んでいったのを、狼我は感じる。

 

飛んだ何かに目を凝らす。2つある。2つのそれはゴツゴツとして、細長い。どうやらアーチャーの周囲を飛んでいるようで──いや違う、アーチャーの周囲の、月の石を砕いている。

アーチャーも無抵抗ではなく、2つの塊へ手をかざす。途端に月の石は炸裂し、火花が飛び散り、塊を焼く。塊の1つは炸裂を回避したが、もう1つはもろに食らって墜落。

 

墜落してきたそれを、遠巻きに見て。 

 

 

「……ワニだ」

 

 

爬虫類の堅牢な皮膚。整列したキバ。それは、明らかにワニだった。宙を舞っていたそれは、既に力を失い動かない。しかし、明らかに異常なワニなのは一目で判る。

何しろ、そのワニには上顎をはじめ、背中側の身しかない。脚も、腹も、下顎もない。どこかの線で真っ二つに裂かれたようで。

 

いわば──ワニの半身(はんみ)だ!!

 

 

「その話、我も乗ろう!!」

 

 

高らかな叫びが、唐突に響く。背後からだ。視線を向ける。

 

男の姿が、1つあった。全身に纏う白い衣装、花輪であろう首飾り、褐色の肌。そして手に携えた1本の剣。

狼我はもう、その姿を知っている。

 

 

「──セイバーかっ!!」

 

「貴殿らと相見えるのは初めてか。左様、此度はセイバーとして現界した者だ」

 

 

セイバー。3日前にアサシンと交戦していたのを見たことがあったが、ハッキリと姿を見るのは初めてだ。

もしや、と思って周囲を見回す。──いた。3日前に遭遇した、推定セイバーのマスターと思しき女性も、大屋根リング下からこちらの様子を伺っている。

 

 

「それよりだ、貴殿ら、祝宴をやるのか?」

 

「祝宴? ……ああ、さっきの話か? いや祝うことはねえよ、ただ話を聞くだけだ」

 

「否、我が出席するからには全て祝宴、どちらにせよ宴会ではあるのだな!! 我も混ぜてもらおう!!」

 

「ああ?」

 

 

突然、何を言うかと思えば。

 

 

「聖杯を賭けた者同士、祝宴の場で語らおうとは実に良い!! 互いの覚悟と資質を問う場、これを聖杯問答と呼ぼう!!」

 

 

セイバーは堂々と、当然のように、そう言い放つ。そして、天を仰いで。

 

 

「貴殿もどうだ、アーチャー!!」

 

 

セイバーの声の先を追って、狼我も再び天に目を向ける。ちょうど入れ違いに、もう1つのワニの半身──今度は下顎含む下半分の半身だ──が墜落してきた。アーチャーはまだ身動ぎもせず、空中1点に静止して、地上の全てを見下ろしている。

 

それから、一言だけ、こう答えた。

 

 

「僕は悪いけど遠慮するよ。この服、脱げないんだ」

 

 

瞬間、ふ、と。

アーチャーの姿は消え失せる。

 

後に残るはセイバー、ランサー、ライダー、バーサーカー。そしてそれぞれそのマスター。

聖杯問答の、面子が定まる。

 




「皆、こっちやでー!!」

「万博会場を出るのは初めてだ」

「あれ食べたい、お好み焼き!!」

「随分張り切ってるな」

「当たり前やん、ウチはこれを待ってたんや」

「聖杯戦争はっ!! こんなものじゃあない!!」


11話 道頓堀聖杯問答


「ほな聞かしてもらおか、ジブンらの望みを」



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