万博聖杯戦争 7日目 昼
時計を見た。そろそろ昼になる。
今日は万博での労働はない。狼我は少しの散歩を済ませ、その辺りの自販機で購入したボトルのコーヒーをちびちびと飲みながら、東ゲート前までやってきた。
入場者の合間を縫って、ゲート横の少し奥まったエリア、ヤマト運輸運営の荷物預かり所の近くまで進む。
そこが、今日の集合場所だった。
「狼我クン、こっちやで!!」
声の方を見れば、旗が振れている。
旗にはこう書かれている。
『国連館御一行様』
振っているのは当然美琴だ。
「遅かったな? はい服装チェック」
「別に、時間通りだろ」
美琴に言われるがまま、その場で回転。全身を見せる。彼女曰く、部外者から見て違和感を持たれないような格好をしろ、とのことで。
昨晩の戦闘の中で立ち上がった、聖杯戦争参加者同士での意見交換会企画──セイバー曰く、聖杯問答。この聖杯問答について美琴に話したところ、彼女はなんと一晩で具体的な企画を纏め上げた。開催地、スケジュール、その他諸々の手続きを迅速に完了し、朝にはもう各陣営が参加するだけ、の状態まで仕上げたのだ。
だから狼我はここに来た。もう既に、セイバー陣営、ランサー陣営、そしてライダー陣営も、近くに立って待っている。サーヴァント達もそれらしい私服を取り繕っているので、なるほど、部外者からはただの観光客集団に見えるかもしれない。
「はいチェック終わり」
「問題なしか?」
「うん。ま、ジブンはええわな、別に。普通に日本人やし。で、バーサーカーは? 霊体化しとる?」
「いや。後で向かうって言って、どこかに」
言いながら、周囲を見回す──見回しかける。
そうし終える前に、彼は凍りついた。
なにしろすぐ後ろには、黒尽くめの大柄な人型が立っている。もう暑い時期になるのに、真っ黒なローブか、衣服なのか、よくわからないもので全身を覆い。頭には何やら茶色い、カゴのようなものを被っていた。
「……バーサーカーか?」
頷くように揺れるカゴ。
そのまま、黒の塊は両手を広げて。
「服装の確認を頼みたい」
「…………一応聞くけど。なんそれ?」
「虚無僧だ」
「わかるけど。時々駅前に立ってるしな、坊さん」
なるほど虚無僧。傍らの狼我も納得した。巨大なカゴを被ったシルエットには、どこか既視感があったのだ。虚無僧のコスプレか。なんで?
「その服はどこから?」
「手縫いをした」
「いや器用やな。霊体化じゃアカンのか?」
「殺生な。勘弁してほしい。私とて、万博会場を出るのは初めてだ。歩きたい。頼む」
「懇願やん」
どうやら昼間にも実体化したいあまり、大急ぎで衣装を仕上げてきたようだ。
普段あまりにも異常な見た目だからと、昼間は霊体化しているようバーサーカーに頼んでいた狼我だが、若干反省する。思い返せば、バーサーカー抜きで食事をした時などは、声色がどこか拗ねていた。サーヴァントは食事は不要なはずなのだが。
「……ま、ええか。人前で脱いじゃアカンからな」
「分かっている」
「じゃ、出発するで!! ウチに着いてきてな」
───
大阪万博会場の最寄り駅は、Osaka Metro 中央線 夢洲駅である。駅から出れば東ゲートに即アクセス、迷うことはない。
ただし狼我にとっては、この駅に入るのは初めてのことだった。……何しろ万博へは不法侵入をしたのだし、それからは万博内で住み込みで働いていたので、乗る機会がなかったのだ。
だから今、緑色のシートに腰掛け地下鉄に揺られている今も、どこか狼我は落ち着かなかった。
辺りに視線をやってみれば、真横に座る美琴と目が合う。
「……地下鉄なんだな、移動」
「まーなあ。流石に一晩で公用車は借りれへんし。特に今回の万博は車とかの使用厳しいからな」
そう言いながら、手慰みに旗をパタパタと振る美琴。この旗も、きっと一晩で仕上げたのだろう。
「それにしても、随分張り切ってるな」
「当たり前やん、ウチはこれを待ってたんや!! ほんまおおきに、狼我クンはデキる子や」
ニコニコと笑って、彼女は狼我の肩を叩く。今朝からずっとそうだったが、とにかく機嫌がいい。元々、サーヴァントの情報を知りたがっていた彼女だ。正しく念願叶ったり、といったところか。
そして感慨深げに、こんなことを言う。
「まさか狼我クンが飲み会の発起人やれるとはな──飲み会とか参加してたんか? 大学で」
ひくりと、狼我の眉が振れた。
その情報は、教えていない。
「通ってたんやろ? 大学」
「……調べたのか」
「そら調べるわ、気になるからなあ。せやけど正味、そこまで情報は得られへんかった」
彼女は肩を竦めるが、しかし狼我の内心は穏やかではない。
まあしかし、当然のことか、とも思う。ここまで情報を求めている彼女が、基田狼我という人間のことを、調べないはずがない。
「基田狼我。出身は愛知県日進市、24歳無職。小中高は地元で過ごす。えーと……なんやっけ、英会話コンクールの賞、受賞してたみたいやな? 英検の取得履歴もあった」
確認するかのように、美琴の瞳は狼我を見据える。狼我は動かない。が、決して否定ではない。否定はできない。
「地元公立高校を卒業後、名古屋市にある大学の外国語学部に首席合格。でもその翌年退学して、以降は情報ナシ。こんだけや」
一瞬、沈黙。それから。
「……ウチ不思議やねん」
彼女は、純粋な。
改めての疑問を、提示する。
「狼我クン、改めて、なんで万博に不法侵入するようなことしたん?」
瞬間。
狼我の沈黙をつんざくように、地下鉄の中にアナウンスが響く。なんてことはない、駅到着のアナウンス。
どうやら、次の駅は阿波座らしい。
「おっと、乗り換えや」
───
Osaka Metro 御堂筋線 なんば駅。『国連館御一行様』はそこで地下鉄を降りて、地上に出た。
狼我は美琴の振る旗をぼんやりと追って、ただ歩く。彼は大阪を知らない。道が分からない。ただ周囲のビル群を見回しながら、形のない感慨に耽っている。
「セイバー、私には判るぞ」
バーサーカーの声が耳に届いて、振り向いた。
バーサーカーとセイバーが肩を寄せ合って、何やら話をしているようだった。あの地下鉄だけで、随分と仲良くなったものだ。
「その衣装、タミルの花婿衣装だろう。そうだろう、とてもデザインが良い」
「貴殿はお目が高いとみえる!! いかにも、私こそ──
「駄目。駄目。やめてください、セイバー!!」
そこに割り込む、セイバーのマスターらしい女性。オレンジの肌にロングの黒髪、やはりいつかの晩に見た女性が、推測通りセイバーのマスターだったらしい。
彼女はいかにも苦々しげに、セイバーの肩を引っ掴んで。
「真名に繋がることを言っては、いけないと、何度も、私は」
その視線が、狼我にも向く。
「バーサーカーのマスター!! 貴方でしょう!!」
「……はい」
「サーヴァントの手綱を握ってください、ルールだったでしょう? 今回のプログラム中は、互いに関する恣意的な調査を禁ずる!!」
「……だそうだ、バーサーカー」
「すまない。つい、気になってしまって……」
バーサーカーの被ったカゴが、しょぼくれたように俯いた。
そう、今回の聖杯問答にはルールがある。これもまた、この会が聖杯戦争の妨げにならないように、と美琴が制定したものだ。
曰く、各参加者による互いの陣営に関する恣意的な調査を禁ずる。
曰く、神秘の漏洩を防ぐため一切の魔術の発動を禁ずる。
曰く、正当な理由なしに監督役の指示を破ることを禁ずる。
曰く、楽しまないことを禁ずる。
……妙な条項もあったものだ。きっと、今朝の美琴のテンションは、おかしなことになっていたに違いない。
「なあセイバーのマスター」
「何です」
「アンタ、楽しそうじゃねえな」
「やめてください。……こんなもの、私は参加したくなかった」
気の毒に。口には出さないが、そう思った。
そういえば、他の面子はどうだろう。狼我は前方に目を向ける。
「あれ食べたい、お好み焼き!!」
「まあ待てや。ちゃーんとあるからな」
「やった」
ライダーと美琴が話している。あの2人も、多分初対面だったはずだが、随分と気安い。まあ仲が良いのは良いことだ。
別の方向に目を向ければ。
……ランサーのマスターを挟んで、ランサーとベンドレが互いにちらちらと見合いながら、全員無言で歩いている。仲が悪い。昨晩も一触即発の空気だったのだ、こうなるのも必然か。
何か声でもかけるべきだろうか。狼我は口を開きかけて、
「皆、こっちやでー!!」
すぐに閉じる。
再び前を見れば、美琴が挙げた手の先で、はたはたと旗が振れていた。
同時に、これまでよくわからない路地を進んでいた彼らだが、不意に開けた場所に出る。
空間を埋める雑踏。周囲を見回せば、人、人、人、看板、スターバックスの看板、ロッテリア、大きな蟹。
大きな蟹?
「あっ」
気づきがあって、声が漏れる。狼我はここを知っている。いつかのテレビで、見たことがある。そう、ここは。
視界の中で、いかにも美琴が誇らしげに、両腕を広げて。
「ここが天下の台所!! 大阪なんばの道頓堀や!!」
なるほど、ここが道頓堀!!
看板だらけの空間は、確かに何かで見覚えがある。目の前には水路があり、橋が掛かっていた。名前だけは知っていたが、きっとあれが堀なのだろう。
少し歩いて、目の前の橋──
「美琴殿、提案がある」
「ん? なんやセイバー」
狼我につられたように戎橋に上がった面々の中で、セイバーが口を開く。
その手には誰のものやら、スマートフォンが1つ。
「記念写真を撮るべきじゃないか?」
「…………あんなセイバー。神秘の秘匿ってもんがあってな?」
「別に問題はないだろう? 今の我々は観光客だ、そうじゃないか? そうだろうバーサーカー」
「ああ。是非撮ろう。是非」
「なんやねん、しゃーないな」
───
あちらこちらと見て回りながらの歩みとなったが。美琴の案内によって、一同は路地の奥まったところ、1軒の店の前に到着した。
先程までとはうってかわって、なんとも寂れた雰囲気だ。表の道では聞こえていた雑踏の喧騒も、ここへは全く届かない。空気が少し湿気っている。
「着いたで皆!! ここが今回の会場や」
そう言われるが、しっくりこない。提灯が提がっているので店であることはわかるのだが、それがなければ単なる古民家だ。
ただ美琴がずんずんと店の奥に進んでいくので、着いていく他はない。
「なんだこの店」
「ウチも来るのは初めてやけど、なんかオススメらしいで」
「誰の?」
「国連館の誰かやあらへん? 秘密の会議とかには向いてそうやし」
そのまま、大広間らしい部屋に入室する。部屋の真ん中には巨大なテーブルと、それを取り囲むように椅子が置いてあって、テーブルの真ん中には何やら鉄板が埋め込まれていた。
テーブルの片隅には具材もある。キャベツ、豚バラ肉、小麦粉、山芋──
「このデカい鉄板とか中々ええやん。皆、席教えるさかいに座ったってな!!」
「なあ、これ、なんだ?」
「見れば判るやろ、お好み焼きや。ウチが作ったる」
……不思議な光景だ。
鉄板の上で生地が立てる音に耳を傾けながら、全くシンプルに狼我は思った。
不思議だ。聖杯戦争の最中に、大真面目な面でサーヴァントが鉄板を囲んでいる。いやまあ、虚無僧のカゴを脱いだバーサーカー以外は、普通の人間のように見えるのだが、しかし。昨晩ああも戦ったのだ、どこか夢みたいな心地がした。
ソースの塩味がかった香ばしい匂いがする。粉物の匂い。
「はいお待ちどう」
狼我も皆も鉄板の上を眺めていたが、いつの間にか時間が過ぎて、気づけば既に更に乗ったお好み焼きがどさりと目の前に差し出されていた。それも、結構量が多い。
真横に座った美琴が、狼我の方を見ている。早く食えということだろうか。箸で切り取って、まずは一口。
「な、狼我クン、どや」
「美味い」
別に、不味いかも、などとは端から思っていなかったが。望外に美味い。鼻腔を貫くソースの匂い、キャベツの歯応え、肉の旨味。
「うん、美味い」
また一口。狼我は美琴のことを大阪府民だと思っているが、大阪府民というのは皆こういうのが得意なのだろうか、とぼんやり思う。
そんなことを考えながら、黙々と食べ進めて、半分ほどに行ったところで。
美琴が不意に口火を切った。
「ほな聞かしてもらおか、ジブンらの望みを」
そのように、周囲に宣言した。
そう、これは聖杯問答。互いの望みについて共有する場。決して美琴は、それを忘れてはいない。
彼女は少し考えて、それから、セイバーの方に目を向けた。
「セイバーとそのマスターからで」
声を掛けられて、セイバーのマスターは。
「……それは、監督役の指示?」
「まあな。ハナからそういう話やったやろ? まずマスター、ジブンの名前は?」
「名前は、なるべく言いたくないです。所属が分かってしまうので」
顔を顰めたまま、鉄板の上を眺めている。
彼女の指摘は正しい。狼我はアサシンのマスター、住持のことを思い出す。あの時は美琴に名簿を見せてもらって、彼の名前を特定したのだ。名前が判れば所属が判る。サーヴァントの真名に繋がる。
「そうピリピリせんでも、名前で検索できるのなんてウチくらいやで。バレへんバレへん、第一呼びづらいやろ、毎度毎度だれだれのマスター、なんて」
だから、今の美琴の言葉は、割と欺瞞だ。
狼我は美琴の言葉を否定しようか、少し悩むが。
「…………サバラガムワ・ウダプッセワラ・キャンディ・ルフナ・ペレイラ」
「…………キャンディさんでええ?」
「構いません」
それよりも、セイバーのマスター──キャンディが、諦めるほうが早かった。
名乗りを終えて、改めて彼女は肩を落とす。本当に乗り気ではないらしい。それでも参加したのは、セイバーに押し切られてだろうか。
「ほな、望みを教えたってや」
「では我から語ろう!!」
きっとそうなのだろう。話を振られたセイバーは明朗に、強く高らかに声を上げ。勢いのまま、己の望みを公開する。
「我が望みは1つ!! 我が神にして我が友、シヴァの教えを全世界に──
「セイバー!! 信仰の情報は真名に──
「今!! 示すべきは願いの強さだろう、我がマスターよ!! 聖杯戦争においてサーヴァントとは願いを持って喚ばれる者、願いを隠しては勝てるものも勝てぬ。正しく信ずる望みならば、それは声に出すべきだ!!」
マスターの制止すらも上塗りし、セイバーは語る。そこには一片の迷いもなく、言葉に詰まることすらもない。すらすらと、何か本でも読み上げるように、語り続け。
「我はシヴァ神の教えを衆生へと広める者!! しかし我には時間がなく、神の教えは散逸した。我は聖杯戦争を勝利した暁には、このサーヴァントの肉体でもって、再び衆生へ語りを行う!! それが今ここにいる、我の望みだ」
そこまで言い終えて。セイバーはどこか得意げに美琴を見る。真横のキャンディは苦い顔。
「これで良いのだろう、美琴殿?」
「……まあな。セイバーの望みは現界延長、特定宗教の流布、と。キャンディさんは?」
「……」
「マスター?」
「わかっています、セイバー。……私達の望みは、南アジア地域で発生している対立関係の解消、そして地域全体の発展です」
苦い顔を保ちながら、キャンディはそれだけ言った。すぐに口を閉ざす。
やはり、南アジア。狼我も、最初からそうかとあたりを着けていたが、目測は正しかったようだ。
「へえ、南アジア。……インドとかか?」
「これ以上は差し控えさせて貰っても?」
「かまへんで。十分や」
美琴も満足したようで、そこで会話を切り上げる。それから少し思案したあと、今度はランサーとそのマスターに目を向けた。
「次、ランサー陣営。嬢ちゃん、お名前は?」
「アマウタ。アマウタ・キスペ」
「アマウタちゃんな? かわええ名前やな」
ランサーのマスター。昨晩、GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION の監督役である錬の誘いに乗り、米国パビリオンを攻撃した少女。
彼女の名前はアマウタ・キスペ。狼我も頭の中で情報を更新する。明るい部屋の中で見ると、いよいよただの少女に見えた。
美琴はアマウタと、それからランサーを見比べて。
「ほなランサー、ジブンの望みはなんや?」
「王国復興」
「王国?」
「王が望むものだ、国と民に決まっていよう」
「……シンプルでええな」
端的に、それだけで会話が止まる。
続けて美琴はアマウタに目を向けて、
「嬢ちゃんは?」
「おかねがほしい」
「はあ」
また会話が止まる。
数秒の沈黙が流れて、美琴は再び口を開き。
「なんで?」
「おとうさんと、おかあさんと、おばあちゃんと、みんなで、ずっとくらす」
「……ジブン、国の代表じゃなかったか? なんや、そんだけ?」
きっと拍子抜けだったのだろう、肩を竦めた。
ランサーはそれを見咎めて、テーブルに手を付き身を乗り出す。
「その発言は愚弄か? 貴様」
「ちゃう、ちゃう。ただ、そんだけってのは変やと」
「やはり愚弄ではないか!!」
「ああもう!! だっておかしいやろ、万博聖杯戦争は皆、国を挙げて参加しとるんや。家族だけで収まるわけないやろ!!」
怒鳴りの応酬。サーヴァント相手でも美琴は譲らない。それは監督役の権限故か、あるいは単に肝が据わっているのか。
ランサーは美琴に一理を認めたようで、座り直す。
「……その辺りは、現行政府の者共の小賢しい取り決めが諸々ある。詳細は王も把握していない。とにかく王のマスターは望みを言った、これ以上の詮索は王への無礼だ」
それから、お好み焼きを全部まとめて一口で頬張った。
美琴もちびりと水を軽く飲み下して、それから。
「そうは言ってもなあ、嬢ちゃん」
よせばいいのに、ぽつりと切り出す。
「聖杯って凄いねんで? せっかくの力や。もっとこう、広く、世界中を幸せにできると思わんか」
「どうでもいい」
「どうでもいいて、また」
アマウタは会話を拒んでいた。考えを変えるつもりがないという、それだけかもしれないが、とにかく強硬だ。
美琴は掛ける言葉を失って、眉間を抑える。
その苛立ちが、今度はまた別の人間に伝播した。
「……ベンドレ・ウェドラオゴ、だ。いいか」
「ん? どした?」
呼ばれてもいないのに、ベンドレが割り込む。その目は険しい。
「オマエの、今の発言は……気にかかる。まるで……願いの、そうだな、値踏みをしている、ように見える」
それは、非難の凝視だった。
「危険な望みの排除が、目的のはずだろう。それ以上は……過干渉だ」
「……」
ベンドレの発言を受けて、美琴は口を閉ざす。しかし発言の撤回はしない。それをアマウタとランサーは見ていて、キャンディは冷めた目で全体を俯瞰している。セイバーは小さく嘆息し、ライダーはお好み焼きを咀嚼しながら、天井を眺めている。バーサーカーは……バーサーカーの表情は分からなかった。ただそこにいる。
なんだか、淀んだ空気だ。
狼我はお好み焼きの一切れを口に入れたが、もう味がしない。そうだ、こういう空気は、凄く嫌いだ。
ここには嘘がある。企みがある。それぞれに願いがあり、それがために互いを疑い、腹を探り合っている。
気がつけば、狼我は立ち上がっていた。どうして立ち上がったのかも、何をすればいいのかも、わからなかった。
「狼我クン? どうした?」
「……トイレだ」
椅子を引いて、踵を返す。トイレがどこかは知らないが、きっと探せばあるだろう。とにかく、5分くらいは、席を外そう。
そう考えていて。
しかし、気づく。
「あれ」
──この部屋には、出口がない。
それはおかしい。だってついさっき、そこに入り口があって、そこを入って入室したはずだ。どうしてそれがなくなっている?
辺りを見回す。普通の部屋だ。普通の部屋のはずだが、不安が募る。窓がない。扉がない。改めて見れば通気口もない。
一体、この部屋はなんだ?
「バカどもめ!!」
唐突に、どこからか声。
周囲を見回す──部屋の片隅、ロッカーが開いて、1人の男が出てくるところだった。
金髪、青眼。外国人だ。恐らくはヨーロッパの人間と見える。背は高く、身なりは小綺麗、だがしかし。
その目は強く見開かれ、怒りに満ちている。
「誰だアンタ」
問い掛けには答えない。あるいは聞こえていないのか。出てきた男は青筋を立てたまま、テーブルに着いた一同へ。
「もう我慢ならない」
吐き捨てる。
「我慢ならない、アホ面並べて何をぐだぐだ話してる!! 聖杯戦争はっ!! こんなものじゃあない!!」
「いきなりなんや」
「聖杯戦争で政治をするな!! 必要なのは、正義じゃない、正当性じゃない、欲望だ!! これは、聖杯戦争は、魔術師が、根源に至るための儀式だろ!!」
両手を振り乱して、男は叫ぶ。
右腕の先、手の甲へ、狼我は視線を向ける。誰もが向ける。
令呪がある。
「──サーヴァントのマスターだ、恐らくは──」
バーサーカーが、推測を述べるその前に。
男は令呪を天井に掲げ。
令呪、赤熱する。
「キャスター!! 令呪をくれてやる!!」
赤い光が漏れ出して、宙をたゆたい壁へと溶ける。サーヴァントの姿は見えず、ただ壁が軋む音、撓む音。
「壁が歪んでる?」
「天井もだ、まさか、この部屋自体が?」
「謀りか!! 最初から、術中だったとは──
部屋の全てが、緊縮する。
「全員飲み込め!!」
その言葉が聞こえたのと同時に。
狼我の視界は、暗く埋まった。
「……雪山か?」
「ある大変寒い夕方、男はひどい吹雪に襲われた」
「どうしてアンタはここにいる」
「だがここには我もいる!!」
「この話、読めたぜキャスター」
「しかし人が居る処、物語が終わることはないのである」
12話 キャスター・イン・ミャクミャクハウス
「我が故郷、タミルの風を、ここに!!」
【挿絵表示】