真名判明
アイルランド館のキャスター
真名
小泉八雲
アイルランド系、ギリシャ生まれの随筆家、また日本研究家。
日本にて民話の蒐集を行い、『怪談』『知られぬ日本の面影』などの作品に纏め上げた。
吹雪はとうに消え去った!! 我が神がもたらす風は全てを吹き払う、そう、このあばら屋の屋根さえも!!
神の威光は尽くの地面を照らし、悪しきものを焼き尽くす!!
されども妖怪変化、なおも止まることはなし。確かに妖は夜に出ずことが多いが、しかして昼にもまた生きるもの。
折れた柱のその隙間、割れた床板のその隙間。恐れは新たな物語を生み、物語はまた形を持つ。
「クソ、アイツら好き勝手やりやがる!!」
狼我殿は舌打ちを1つ。現在立ち並ぶは雪女、そして人型の霊魂が5、6ほど。
相対するはランサー、人形3体を引き連れ、霊魂を蹴り、また殴る!! おお、たった今、ランサーの短槍が雪女を裂いた!! 忽ち消え去る雪女、見事なり!!
しかし、それだけ。無尽蔵に物語は沸き出ずる。
ランサーを見咎めて、霊魂はその形を変えた。赤と青が描き出すは、見るも醜き大蛙。
「次は蛙か!! 今度は、何の物語だ……?」
「指揮が疎かだ、基田狼我!! とにかく倒せばいいのだろう、次はどうする!!」
「悪いランサー!! まずアイツには迂闊に近づくな、全員距離を取って
しかし動き出すにはいささか遅い。
大蛙は口を大きく開き、手近にいた人形に齧りついた。一瞬のことだった。人形を腹まで咥えこんだ大蛙は、がく、がく、と顎を動かし、その土塊を噛み砕く。
「しまった!! 遠距離攻撃手段、何かないか!!」
「ならばこれがある」
ランサーの手には、投石機があった。大蛙の口から弾けた土器片を掴んで、放つものの、所詮はただの石礫。
否、ランサーが放つは眩き神秘の石礫!! それは怪異の皮膚へ突き刺さり、貫通!! そして我が神の威光、傷口の中まで照らし出し、太陽光が火を灯す!!
「凄いな、本当に火が出てる」
醜き大蛙は、炎をその身から上げながら崩れ落ちる。空気が抜けた紙風船のようにしぼんでしまう。
しかしその潰れた身体からは、今度は無数の蟹が出る。その甲羅には、人間の顔にも似た模様。いわゆる平家蟹と呼ばれる蟹である。
無数の平家蟹、ランサー目掛けて走り出す。それらは音を立てて鋏を鳴らし、一塊の波となって、一斉に襲いかかるのであった。
しかし!! その瞬間床板に開く亀裂!! 揺れる大地、砕ける地面!! 破壊された大地のその溝に、蟹はあえなく飲み込まれていく。これもまたシヴァ神の御業、オム・ナマ・シヴァヤ!! オム・ナマ・シヴァヤ!!
「シヴァ神、婚礼、花婿、スンダラル・テヴァラム」
「……器用なものですね。推理しているんですか? セイバーのことを」
「あー、悪い、つい」
マスターと狼我殿の視線が交わる。走る緊張、何とも気まずい。だがマスターも齢29の大人の女性、きっとここでも大人の対応を
「煩いですねセイバー!!」
これは失礼した。……筆が乗ってしまって。
「……まあ、これは仕方ないですね。彼の真名は、スンダラムルティ・スワミ。シヴァ教における聖詩人、シヴァ神の永遠の花婿」
「悪い、知らない」
「後で調べてください。日本語の資料があれば、ですが……本当はなるべく、言いたくなかったんですけど」
しかしそれにしても我がマスターは心配性だ。我の人生に、弱点なぞ1つもないというのに!!
「万全を期すためです。情報のアドバンテージを確保しておきたかったんですが」
しかし、連作というものはなんともやりづらい。異国の神をこうも持ち込まれると、私の話が潰れてしまう。ならばこうする他はありません。
再び冷たい風が吹き、空から一筋、何やら白くぼやりとしたものが降りてきます。
「っ、何か来た、上からだ、下がれランサー」
「見えている!!」
後ずさるランサー。降りてきた靄は地面に至り、積み上がり。人のような姿を形作り。
「──これでは勝負がつきません。腕尽くの手ですが、こうしましょう」
なんと。靄は変貌し、再びキャスターの姿が現れた。
しかも此度は、恐らく先程まで見えていたキャスターとは異なる。分身なれども分身でなし、この領域を支配する本物のキャスター!!
そのキャスターが、ランサーの目の前に現れ、どこからともなく取り出した刀を構え。
「剛僧『回龍』、ここに」
その発言をした刹那。
柱、屋根材、砕けた怪異。その全てより、赤青の粒が滲み出る。キャスターを覆い形を作る。
瞬く間に構築されるは和装の甲冑!!
「ミャクミャクの、鎧」
「次から次へと、器用なものだな、キャスター!!」
「参ります」
踏み込むキャスター!! 日本刀の一撃が振り抜かれ、それをランサーが受け止める!!
高らかに金属音が響き、ランサーは更に後退。今の一撃は、キャスターの細腕でありながら、異常な腕力としか言いようがない!!
「セイバー!! もういいでしょう!! 貴方も降りてきて、ランサーに加勢を!!」
む、そう言われては仕方ない。我としてもこのような振る舞いが出来るのはキャスターの空間に便乗してのこと、二度はない経験なのだが──
──しかし、必要とあればそうしよう、そう、マスターと我の勝利のために!!」
「はい、お疲れ様でしたセイバー。早く加勢を」
「人遣いが荒いマスターだ。待たせたなランサー!! オム・ナマ・シヴァヤ!!」
その一声と共に、再出現したセイバーは地面を蹴り、そのただ一度の踏み切りで、勢いよくキャスターへと斬り掛かった。
キャスターは咄嗟にランサーを蹴り飛ばしてセイバーの一撃を受け止め、ぐいと踏み込み弾き飛ばす。
戦いの場は文章の紙面上から3次元のあばら屋へ戻り、もう空からの声は聞こえない。
「やっと静かになった」
狼我の口から安堵が漏れた。
しかしそれにしても。交戦するサーヴァント達を見つめながらも、狼我は考える。
不思議なことは。
「どうしてキャスターがミャクミャクを使うのか、そしてどうしてキャスターはミャクミャクの力を使えているのか」
それが疑問。あまりにも不条理だ。何しろ、当たり前のことだが、小泉八雲とミャクミャクの間に関連はない。
なら何故?
「何故か、ならわかるで」
不意に、声がした。
狼我が振り向けば、部屋──今となっては部屋の残骸としか言いようがないが、その残骸となった部屋の片隅で、美琴が目を覚まして、狼我を見ていた。
「何故ミャクミャクを使うのか、ならな」
「アンタ、もう大丈夫なのか」
「うん。状況なら、見て分かったで」
そう呟き、続けて。
「ミャクミャクは、聖杯や」
「あ?」
そんなことを言う。
「狼我クンには言うてへんかったけど、万博聖杯戦争において、聖杯はマスコットの内部に設置される慣例があるんや。……今回は、東ゲート前のミャクミャク像がそれやった」
そういえば、聖杯の場所がどこなのか、前に聞いたことがあった。あの時は伏せられていたが、なるほど。
「なら、キャスターのマスターは、そのミャクミャク像から聖杯を持ち出して、使っているってことか?」
「多分な。無理やりミャクミャクからぶっこ抜いてきた聖杯やから、ミャクミャクの形が残ってるんやろ。……こないなことになるから、聖杯の場所は一応機密にしとるはずなんやけど……」
そう眉を顰める美琴。
狼我も考えてみるが……あえて、キャスターに機密を漏らしかねなない人物に、1人心当たりがある。
GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION の監督役、井室 錬。
「……まさか、アイツ、お漏らししたか?」
美琴も同じ結論に至ったらしい。
しかし、改めて考える。『何故』ミャクミャクであるか、の結論は出た。しかし、『どうやって』ミャクミャクを扱っているのか、それがわからない。
キャスターについて、改めて考え直す。小泉八雲。ラフカディオ・ハーン。その作品の特徴は。
「そうか──キャスター、小泉八雲は自ら小説を書いた作家じゃない、日本の民話を蒐集し、世界へ送り出した英霊だ。なら、もしそれが、かつて蒐集した民話に限らないのだとしたら?」
美琴に目を向ける。美琴はその視線に気づいて、狼我の発言が問い掛けであると理解する。考える。
「ミャクミャクが民話? いや、ミャクミャクは単にマスコットであって──
そこまで言って、言い淀んで。
美琴は思案する。ミャクミャクというキャラクターにとって、民話、物語、それに類するものは、本当に何もなかったか?
「──ちゃうな、確かに、公開したての頃は、なんやネットの連中がふざけて、やれ因習村のミャクミャクさまだ、と。いや、それだけで?」
「……理解しました、キャスターにとっては、きっとそれだけで十分だったんですね」
美琴の呟きを聞いていたのだろう、横で話を聞いていたキャンディが、口を差し挟む。
彼女の目は目の前で戦うセイバーとランサー、そしてキャスターを捉えたまま、しかし答えを見いだしていた。
「キャスターは個人の語る小規模民話を蒐集してきた。ならば、複数人の語りで生まれた
「キャスターは、ミャクミャクさまという最新の民話を経由して、聖杯のリソースを引きずり出した。そういうことか」
辿り着いた、それが答え。
キャスターには、ミャクミャクという存在を活用する性能があり。ミャクミャクという存在は、聖杯と直結していた。逆に、キャスターが今聖杯を扱うためには、ミャクミャクという形を経なければならなかった。
今起きている事情の回答は、それだ。これをどこまで錬が手引きしたかは、わからないが。
「しかし!! 相手が悪かった!!」
セイバーの叫びが上がり、狼我の思考を裂く。
再び視線を前に向ければ、今も戦闘の真っ最中。
「神の恩寵を受けし我が身と、異邦より来たりし黄金の王!! 敵うものなど、いようものか!!」
「王を後に置くとはなんたる驕りか!! しかし赦す、今はキャスターを誅伐せん!!」
連撃、次ぐ連撃。
セイバーが振るう光の剣、そしてランサーが振るう黄金短槍。剣戟はいずれもキャスターの鎧を掠め、一撃が触れるごとに火花が散る。キャスターを覆う赤青の粒が、少しずつ、しかし確かに砕け散る。
「なんという強さか。鬼神のようだ、しかし。『幽霊滝の伝説』」
キャスターはその場を飛び退き、代わりに地面を突き破って、巨大な腕が現れる。やはり赤青の粒で構成された奇怪な腕、それはぐにりと折れ曲がり、セイバー目掛けて迫りくる。
セイバーは、その掌底をしかと見つめて。
「ならば!! 我が神よ、我が触れるものすべからく黄金となしたまえ、オム・ナマ・シヴァヤ!!」
助走をつけ、衝突!! 掴みに来る腕を殴り付けた。
瞬間、腕はたちまち変質を開始する。赤青の色は失われ、金色に書き換わる。動きを止め、ただの金塊へと変貌し。
「そして黄金ならば王のもの!! 神官王の威光にひれ伏すがよい!!」
そして割り込んだランサーが、一括と共に腕を破砕!! 折り取った金塊を振り回し、キャスター目掛けて投げ付けた。
キャスターは怯むことはなく、金塊を一刀の元に斬り伏せる。が、しかし。
視界が金塊に奪われた一瞬で、勝負は決まっていた。
「併せよセイバー!!」
「いいだろう!!」
両断された金塊の向こうに、キャスターは見る。
既に大きく振りかぶられた光の剣、黄金の槍。
それは同時に、全く同時に。
キャスターの身体を、破断した!!
「どうしてっ、及ばない!!」
「ジブン今何て言った!?」
「本末転倒も良いところです!!」
「道を切り開くって、言われても!!」
「……魂の数が、足りないのか」
「疑似宝具装丁──民話再演・ミャクミャクさま」
14話 ミャクミャクさまの民話
「アンタは──岡本、太郎か?」
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