真名判明
コモンズAのセイバー
真名
スンダラムルティ・スワミ
シヴァ教における聖詩人、聖典『テヴァラム』の一部を記述した宗教家。
彼はシヴァ神最良の友とも称され、テヴァラムにおいてはシヴァ神との物の貸し借りを行った様、多くの奇跡を行使した様が記述されている。
時刻は22時10分。コモンズD近くのベンチで、狼我はペットボトルのコーヒーを飲んでいた。まだ、ゲート前では来場客達が帰りの電車を待っている頃合いだろう。万博聖杯戦争が始まるまでには時間がある。
「待たせたな、マスター」
声がして、狼我は顔を上げた。バーサーカーの声だ。
実際、バーサーカーはそこにいた。──頭からカゴを被り、真っ黒な衣装で全身を覆った姿ではあったが。昨日も見せられた虚無僧スタイルだ。手には何やら袋を提げている。
「……またそれか」
「昼の話し合いを私も聞いていたのだが、あまりにもマスターが美味しそうに食べているものだから、つい、な」
そう言いながらバーサーカーは狼我の隣に腰を下ろし、カゴと僧衣をばさりと脱いだ。そして袋からスコーンの入った箱を取り出す。きっとテイクアウトした物だろう。
「怪しまれなかったのか、それ」
「店員の青年に、滅茶苦茶に弄り倒されたよ」
「そうか」
スコーンを2つに割って、バーサーカーは片方を狼我に差し出した。狼我は受け取り、そそくさとクロテッドクリームを塗り付ける。あとジャムも。バーサーカーも同様にして、一口でスコーン半分を口内へ。
……どうやって食べているのか、狼我は不思議でならないが、知るのもなんだか怖いので、掘り下げないことにする。
「それでだ、マスター」
バーサーカーは2つめのスコーンに手を伸ばしながら、切り出した。
「セイバーの発言について、どう思っている?」
「……」
きっと、昼間の発言のことだろう。
昼間、あの英国パビリオンのレストランにて。セイバーは確かに、狼我が、嘘をついていると言った。恐れがあるとも。
「俺に嘘なんかない」
スコーンをコーヒーで飲み下してから、狼我はそう言った。
……昼間の間、結局米国パビリオンで働きながら、ずっとそのことを考えていた。
嘘。恐れ。思いつくことが、全く無いかと言えばそうではない。例えば今朝、美琴からセイバーの所属がスリランカであると暴露されたこと。それを知りながらも狼我は、セイバーとキャンディに、知った事実を伝えられなかった。明確に嘘をついたわけではないが、隠し事ではある。
「でも、それが嘘だってんなら、セイバーはあの場で指摘すれば良かった話だ。知ってたならな」
「そうだな。……第一、彼はより深いところを探ろうとしていたように、私は思う」
「深いところ?」
狼我がバーサーカーの方を見やれば、どこから取り出したのか、緑茶のペットボトルを丸1本飲み干しているところであった。飲み干して、また続ける。
「嘘といっても、色々あるだろう。自らの利益のためにつく嘘。咄嗟につく嘘。誰かを守るためにつく嘘。計算してつく嘘。あるいは、そうだな……自分を騙すために、自分につく嘘」
「……」
「マスター。セイバーは、人を導くと言っていた。ならば、ここで言う嘘は、自分に対してついた嘘じゃないか?」
狼我は心なしか顔をしかめて、ペットボトルの蓋を閉めた。バーサーカーが、割とキッパリその推論を述べたことが気に食わなかった。まるで、バーサーカー自身にも思い当たる節があるかのようだ。
「知らねえ、そんなもの、俺は」
吐き捨てる。
それから、空になったスコーンの箱を引っ掴んで、適宜分別してゴミ箱に捨てた。
「マメだな、マスター」
「するべきだろ、分別は」
再びベンチに腰掛ける。
バーサーカーと2人並んで、もう会話は思いつかない。
「あ、いた!!」
背後から、声が飛んできた。振り向けばライダーがいて、2人へ向けて歩み寄る。
……ライダーしかいなかった。これまでは、ベンドレも一緒に顔を出していたのだが。
「……ベンドレのオッサンは?」
「マスターなら来てないよ」
ライダーもそう言いながら、狼我のもう片方の隣、ベンチにひょいと腰を下ろして。
『事務局より連絡。全来場客の退去、及び一般スタッフの退去が完了しました。本日の夜明け予定は4時43分、聖杯戦争を開始してください』
万博聖杯戦争 8日目 夜
アナウンスが終わって、十数秒。3人は同じベンチに腰掛けたまま、黙っていた。
万博聖杯戦争の戦闘は、サーヴァントに接敵してから始まるもの。敵がいなければ動く必要もあまりない。だから狼我は、すぐすぐ警戒をする必要はなかった。
ライダーが敵ではない、という、前提の上での話である。
「あんなコト言われたらさ、気になるよね」
口火を切ったのはライダーだった。
「マスターも気にしてたよ、嘘の話。ローガくん、そもそも不法侵入の不審者だしね」
「……それは、そうだが」
「アタシ達に嘘ついてる?」
「俺は嘘をついてない。……多分」
多分、だ。狼我自身、確信は持てない。
「秘密にしてることは?」
「……それは、全く無い、わけじゃ、ないが」
「じゃあそれじゃない?」
「……言いづらいことは、誰にだってあるだろ」
「そうだけど」
一呼吸置いて。
「それを言ったら、ベンドレのオッサンはどうなんだ」
狼我はそう反駁する。セイバーが指摘したのは、狼我とベンドレの両方だ。ベンドレも、何か指摘される嘘を抱えている、ことになる。
聞かれれば、ライダーはそっぽを向きながら肩を竦めて。
「……ま、聖杯戦争に参加してる時点で、うーん、ちょっと訳ありなんだとは思うよ?」
「……」
「でも具体的なとこは知らない。わざわざ言うことじゃないんだろうね」
また、しばらくの沈黙。
「ま、アタシは別に、嘘をつきあったままでも良いと思うんだけど。なんだろうな、政治ってそうじゃない?」
「それはそれでどうかと思うがな、ライダー。対立せずに馴れ合う調和に価値はあるのか?」
「え、なにバーサーカー、そこで突っかかってくる?」
狼我も俎上に載っている身なので口を閉ざしているが、ライダーの発言には頷き難いものがあった。
狼我は企みを嫌う。嘘。偽り。誤魔化し。取り繕い。全ての欺瞞を嫌悪する人間だ。……だからこそ、自分が嘘つきだと言われれば、非常に気持ちが悪いのだ。
「ていうか、ローガくんもアタシのマスターも気にしすぎなんだよ。別にセイバーが何言ったって、大したことじゃないでしょ?」
そこまで、ライダーが言ったところで。
ざ、と。足音が立つのを感じた。後方からだ。
3人が視線を向ければ、そこに。
白い衣装、花輪の首飾り、1本の剣。
「奇遇だな、こうも早々に相見えるとは」
「っ、セイバー!!」
狼我はベンチを飛び退いた。姿勢を低く身構えて、そのすぐ前にはバーサーカーが立つ。ライダーも同様にして、バーサーカーに並び立った。
真向かいでは、現れたセイバーが剣を構えて。
「夜に会ったからには、そうだな。オム・ナマ・シヴァヤ!!」
その一言と共に、セイバーの剣が光を帯びる。その剣はシヴァ神も振るう直刃剣カンダ。信仰の力、神の恩寵の具現。サーヴァントが、夜に遭遇したからには。始まるのは戦いだ。
セイバーはふうと息を吐き、その後の一跳びで、一気にバーサーカーへ接近する。
「バーサーカー!!」
「受け止める!!」
光の軌跡が弧を描く。セイバーの振り下ろす光を放つ刀身は、両腕を広げて踏ん張るバーサーカーの胸元へと衝突。しかし真正面からの攻撃を受けた上で、バーサーカーは揺るがない。返すように、セイバーへと貫手を突き出し。セイバーもそれを寸前で躱す。一瞬の攻防。
だがここまでは、セイバーの想定通りの流れ。
「ここからだ」
セイバーはバーサーカーに食い込んだ刀身を支えにしてその場から跳躍、空中で身を捩り──バーサーカーを飛び越える。
バーサーカーを飛び越えた、その先にいるのは。
当然、狼我だ。
刀身の光が、狼我の頭上に閃く。
「っ、マスター!!」
「嘘だろ──
狼我、咄嗟にバックステップ。
──足りない、躱しきれない。危機に瀕した脳髄は、一瞬で剣の軌道を計算し、悲鳴を上げる。躱せない、どうすればいい。
「っ、
視界の外れから、そんな声。何か、物体が風を切って飛ぶ音。
これしかない。
「やってやる!!」
狼我は飛んできたライダーの宝具、
腕の骨越しに振動が狼我の全身を走り、咄嗟に舌を噛んで意識を保つ。
「ほう、止めて見せるか──脅しに留めるつもりだったが、流石だな狼我殿!!」
「アンタのことも気に食わねえ、デタラメなことを言って!!」
直後、バーサーカーのラリアット。セイバーを狼我から引き剥がし、薙ぎ飛ばす。セイバー、数メートル分吹き飛ばされながらも倒れはせず、再び剣を構え直し。
「ふむ、デタラメとは?」
「一日考えたが、やっぱりそうだ。俺はアンタに指摘されるような、嘘を抱えた覚えはねえ。恐れなんか──
「否、貴殿は恐れている」
狼我の発言を、セイバーが叩き斬り、そして──解らないのであれば、と。セイバーは端的に、言葉を続けて。
「外国人を、恐れている」
その一言は。夜の万博会場、大屋根リングの下に、思いの外反響した。
「…………なんだって?」
「貴殿が我らを調べるように、我がマスターもまた貴殿を調べている。基田 狼我という人間を。そして我も、この目で貴殿のことを見た」
その上での結論だ、とセイバーは言う。
「貴殿は、外国人を恐れている」
いわゆる、恐怖心というものには。合理的、あるいは非合理的を問わず、様々な種類が存在する。例を挙げれば、
「あっていいはずないだろう、そんなもの!!」
怒号が、狼我から溢れ出る。
「それは差別だ、偏見だ、過ちだ!! 抱いていいはずがない感情だ!! 俺にそんなものはない!!」
「理屈でない場所の話をしているのだ、狼我殿」
「何がだ!!」
「衝動的な恐怖の話だ。貴殿は本能的に外国人を──異邦より来たる者を恐れている。普段は抑えていても、ふとした時、油断していた時に、その恐怖は顔を覗かせる。自覚はないか?」
言葉を受けて思考が駆け巡る──思い当たる節は、ゼロではないあってはならない。
「衝動的な恐怖心。それを拒絶する理性。貴殿を形作るものはその両面だ。その
「他人のことを、知ったふうに!!」
頭の中で、火花が弾けた。
狼我は握っていた
だが。
駆け出してすぐ、巻き付けたはずの
「ダメ、ローガくん。そうやって使うものじゃない」
「チッ!!」
ライダーと目が合って、強く舌打ち。狼我は数歩後退り、しかしセイバーから目を離さない。
「もうたくさんだ、テメェの説法は聞きたかねぇ!!」
「落ち着けマスター!!」
狼我を庇うように、あるいは狼我の視線を遮るように。バーサーカーが割り込んで立つ。
それならそれで、ちょうど良い。
「──令呪を以てバーサーカーに命じる!!」
狼我の握った右の拳の、令呪が1画赤熱する。
「宝具を使え、すぐにだ!!」
令呪の命令権を、行使する。
エネルギーが赤い光を滲ませて、拳を漏れ出て地面を伝い、バーサーカーへと流入する。『宝具を使え』と、令呪の命令が、バーサーカーに染み渡る。
受けて、バーサーカーは振り向いて。
「──宝具だな?」
その確認と共に、両腕を開き。
「──何が進歩だ、白々しい」
詠唱を、開始する。
「何が調和だ、言い訳がましい。何が発展だ、忌まわしい」
狼我はバーサーカーの後ろ、大屋根リングの柱の1つに手を衝いて、息を整える。整えながらバーサーカーの詠唱を聞く。バーサーカーの宝具、昨日も見せたあの高火力光線ならば。短期決戦、一撃でセイバーを焼き切ることも可能なはず。
「何が未来だ、悍ましい」
──いや、これは、違う。
「待った、違う、そっちじゃない!!」
「人類に進歩なし。過去より生まれ、過去より流れ」
もう遅い。既に命令は入力された。『宝具を使え』とだけ指示された、バーサーカーの詠唱は止まらない。狼我はバーサーカーに取り付いて、何とかしようと揺さぶるが、バーサーカーは動じない。いつもそうであるように。
勢い余って、狼我は後ろに倒れ込む。顔を上げる。
「全ては原点たる黒き過去より出づるもの」
目が合った、と感じた。
バーサーカー──太陽の塔の、その背の黒い太陽は。白い双眸は。狼我を、じっと見据えている。
「君もまた、立ち返れ。『
───
「……」
気づいた時には、狼我はそこにいた。
バーサーカーの宝具、
それは過去を見せる宝具。民族単位の過去を見せる宝具であるが、同様に個人の過去も見せられる。
だから狼我は理解している。
ここは、己の過去であると。
周囲を見回す。青く晴れ渡った空、板張りの床。道の端には白帆が張られて屋根を成し、空の上にはロープウェイが架線され、ゴンドラがゆったりと移動するのが見える。草と、水と、温もりの匂い。
何時ぶりだろう。この匂いを知っている。この感触を知っている。そこがどこなのか、狼我はもう知っている。
──20年前から、知っている。
ここは。
2005年、愛知県長久手市。
「────愛・地球博」
「クソ、なんで、こんなことをした」
「令呪のおかげだ、マスター」
「アンタは何がしたいんだ」
「恐怖へ、立ち向かわなければならない」
「俺の過去に、立ち入るな──!!」
「そう、岡本太郎も言っていた」
18話 愛・地球博の亡霊
「巨大な────モリゾー?」
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