万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

18 / 31

真名判明

コモンズAのセイバー
真名
スンダラムルティ・スワミ

シヴァ教における聖詩人、聖典『テヴァラム』の一部を記述した宗教家。
彼はシヴァ神最良の友とも称され、テヴァラムにおいてはシヴァ神との物の貸し借りを行った様、多くの奇跡を行使した様が記述されている。



17話 ゼノフォビア

 

時刻は22時10分。コモンズD近くのベンチで、狼我はペットボトルのコーヒーを飲んでいた。まだ、ゲート前では来場客達が帰りの電車を待っている頃合いだろう。万博聖杯戦争が始まるまでには時間がある。

 

 

「待たせたな、マスター」

 

 

声がして、狼我は顔を上げた。バーサーカーの声だ。

実際、バーサーカーはそこにいた。──頭からカゴを被り、真っ黒な衣装で全身を覆った姿ではあったが。昨日も見せられた虚無僧スタイルだ。手には何やら袋を提げている。

 

 

「……またそれか」

 

「昼の話し合いを私も聞いていたのだが、あまりにもマスターが美味しそうに食べているものだから、つい、な」

 

 

そう言いながらバーサーカーは狼我の隣に腰を下ろし、カゴと僧衣をばさりと脱いだ。そして袋からスコーンの入った箱を取り出す。きっとテイクアウトした物だろう。

 

 

「怪しまれなかったのか、それ」

 

「店員の青年に、滅茶苦茶に弄り倒されたよ」

 

「そうか」

 

 

スコーンを2つに割って、バーサーカーは片方を狼我に差し出した。狼我は受け取り、そそくさとクロテッドクリームを塗り付ける。あとジャムも。バーサーカーも同様にして、一口でスコーン半分を口内へ。

……どうやって食べているのか、狼我は不思議でならないが、知るのもなんだか怖いので、掘り下げないことにする。

 

 

「それでだ、マスター」

 

 

バーサーカーは2つめのスコーンに手を伸ばしながら、切り出した。

 

 

「セイバーの発言について、どう思っている?」

 

「……」

 

 

きっと、昼間の発言のことだろう。

昼間、あの英国パビリオンのレストランにて。セイバーは確かに、狼我が、嘘をついていると言った。恐れがあるとも。

 

 

「俺に嘘なんかない」

 

 

スコーンをコーヒーで飲み下してから、狼我はそう言った。

 

……昼間の間、結局米国パビリオンで働きながら、ずっとそのことを考えていた。

嘘。恐れ。思いつくことが、全く無いかと言えばそうではない。例えば今朝、美琴からセイバーの所属がスリランカであると暴露されたこと。それを知りながらも狼我は、セイバーとキャンディに、知った事実を伝えられなかった。明確に嘘をついたわけではないが、隠し事ではある。

 

 

「でも、それが嘘だってんなら、セイバーはあの場で指摘すれば良かった話だ。知ってたならな」

 

「そうだな。……第一、彼はより深いところを探ろうとしていたように、私は思う」

 

「深いところ?」

 

 

狼我がバーサーカーの方を見やれば、どこから取り出したのか、緑茶のペットボトルを丸1本飲み干しているところであった。飲み干して、また続ける。

 

 

「嘘といっても、色々あるだろう。自らの利益のためにつく嘘。咄嗟につく嘘。誰かを守るためにつく嘘。計算してつく嘘。あるいは、そうだな……自分を騙すために、自分につく嘘」

 

「……」

 

「マスター。セイバーは、人を導くと言っていた。ならば、ここで言う嘘は、自分に対してついた嘘じゃないか?」

 

 

狼我は心なしか顔をしかめて、ペットボトルの蓋を閉めた。バーサーカーが、割とキッパリその推論を述べたことが気に食わなかった。まるで、バーサーカー自身にも思い当たる節があるかのようだ。

 

 

「知らねえ、そんなもの、俺は」

 

 

吐き捨てる。

それから、空になったスコーンの箱を引っ掴んで、適宜分別してゴミ箱に捨てた。

 

 

「マメだな、マスター」

 

「するべきだろ、分別は」

 

 

再びベンチに腰掛ける。

バーサーカーと2人並んで、もう会話は思いつかない。

 

 

「あ、いた!!」

 

 

背後から、声が飛んできた。振り向けばライダーがいて、2人へ向けて歩み寄る。

……ライダーしかいなかった。これまでは、ベンドレも一緒に顔を出していたのだが。

 

 

「……ベンドレのオッサンは?」

 

「マスターなら来てないよ」

 

 

ライダーもそう言いながら、狼我のもう片方の隣、ベンチにひょいと腰を下ろして。

 

 

『事務局より連絡。全来場客の退去、及び一般スタッフの退去が完了しました。本日の夜明け予定は4時43分、聖杯戦争を開始してください』

 

 

万博聖杯戦争 8日目 夜

 

 

アナウンスが終わって、十数秒。3人は同じベンチに腰掛けたまま、黙っていた。

万博聖杯戦争の戦闘は、サーヴァントに接敵してから始まるもの。敵がいなければ動く必要もあまりない。だから狼我は、すぐすぐ警戒をする必要はなかった。

 

ライダーが敵ではない、という、前提の上での話である。

 

 

「あんなコト言われたらさ、気になるよね」

 

 

口火を切ったのはライダーだった。

 

 

「マスターも気にしてたよ、嘘の話。ローガくん、そもそも不法侵入の不審者だしね」

 

「……それは、そうだが」

 

「アタシ達に嘘ついてる?」

 

「俺は嘘をついてない。……多分」

 

 

多分、だ。狼我自身、確信は持てない。

 

 

「秘密にしてることは?」

 

「……それは、全く無い、わけじゃ、ないが」 

 

「じゃあそれじゃない?」

 

「……言いづらいことは、誰にだってあるだろ」

 

「そうだけど」

 

 

一呼吸置いて。

 

 

「それを言ったら、ベンドレのオッサンはどうなんだ」

 

 

狼我はそう反駁する。セイバーが指摘したのは、狼我とベンドレの両方だ。ベンドレも、何か指摘される嘘を抱えている、ことになる。

聞かれれば、ライダーはそっぽを向きながら肩を竦めて。

 

 

「……ま、聖杯戦争に参加してる時点で、うーん、ちょっと訳ありなんだとは思うよ?」

 

「……」

 

「でも具体的なとこは知らない。わざわざ言うことじゃないんだろうね」

 

 

また、しばらくの沈黙。

 

 

「ま、アタシは別に、嘘をつきあったままでも良いと思うんだけど。なんだろうな、政治ってそうじゃない?」

 

「それはそれでどうかと思うがな、ライダー。対立せずに馴れ合う調和に価値はあるのか?」

 

「え、なにバーサーカー、そこで突っかかってくる?」

 

 

狼我も俎上に載っている身なので口を閉ざしているが、ライダーの発言には頷き難いものがあった。

狼我は企みを嫌う。嘘。偽り。誤魔化し。取り繕い。全ての欺瞞を嫌悪する人間だ。……だからこそ、自分が嘘つきだと言われれば、非常に気持ちが悪いのだ。

 

 

「ていうか、ローガくんもアタシのマスターも気にしすぎなんだよ。別にセイバーが何言ったって、大したことじゃないでしょ?」

 

 

そこまで、ライダーが言ったところで。

 

ざ、と。足音が立つのを感じた。後方からだ。

3人が視線を向ければ、そこに。

白い衣装、花輪の首飾り、1本の剣。

 

 

「奇遇だな、こうも早々に相見えるとは」

 

「っ、セイバー!!」

 

 

狼我はベンチを飛び退いた。姿勢を低く身構えて、そのすぐ前にはバーサーカーが立つ。ライダーも同様にして、バーサーカーに並び立った。

真向かいでは、現れたセイバーが剣を構えて。

 

 

「夜に会ったからには、そうだな。オム・ナマ・シヴァヤ!!」

 

 

その一言と共に、セイバーの剣が光を帯びる。その剣はシヴァ神も振るう直刃剣カンダ。信仰の力、神の恩寵の具現。サーヴァントが、夜に遭遇したからには。始まるのは戦いだ。

セイバーはふうと息を吐き、その後の一跳びで、一気にバーサーカーへ接近する。

 

 

「バーサーカー!!」

 

「受け止める!!」

 

 

光の軌跡が弧を描く。セイバーの振り下ろす光を放つ刀身は、両腕を広げて踏ん張るバーサーカーの胸元へと衝突。しかし真正面からの攻撃を受けた上で、バーサーカーは揺るがない。返すように、セイバーへと貫手を突き出し。セイバーもそれを寸前で躱す。一瞬の攻防。

だがここまでは、セイバーの想定通りの流れ。

 

 

「ここからだ」

 

 

セイバーはバーサーカーに食い込んだ刀身を支えにしてその場から跳躍、空中で身を捩り──バーサーカーを飛び越える。

バーサーカーを飛び越えた、その先にいるのは。

 

当然、狼我だ。

刀身の光が、狼我の頭上に閃く。

 

 

「っ、マスター!!」

 

「嘘だろ──

 

 

狼我、咄嗟にバックステップ。

──足りない、躱しきれない。危機に瀕した脳髄は、一瞬で剣の軌道を計算し、悲鳴を上げる。躱せない、どうすればいい。

 

 

「っ、ヒョウの皮(ゴアグリーム)!!」

 

 

視界の外れから、そんな声。何か、物体が風を切って飛ぶ音。

これしかない。

 

 

「やってやる!!」

 

 

狼我は飛んできたライダーの宝具、ヒョウの皮(ゴアグリーム)を引っ掴み──その1枚越しに、振り落とされるカンダの刀身を自ら掴んだ。

腕の骨越しに振動が狼我の全身を走り、咄嗟に舌を噛んで意識を保つ。

 

 

「ほう、止めて見せるか──脅しに留めるつもりだったが、流石だな狼我殿!!」

 

「アンタのことも気に食わねえ、デタラメなことを言って!!」

 

 

直後、バーサーカーのラリアット。セイバーを狼我から引き剥がし、薙ぎ飛ばす。セイバー、数メートル分吹き飛ばされながらも倒れはせず、再び剣を構え直し。

 

 

「ふむ、デタラメとは?」

 

「一日考えたが、やっぱりそうだ。俺はアンタに指摘されるような、嘘を抱えた覚えはねえ。恐れなんか──

 

「否、貴殿は恐れている」

 

 

狼我の発言を、セイバーが叩き斬り、そして──解らないのであれば、と。セイバーは端的に、言葉を続けて。

 

 

「外国人を、恐れている」

 

 

その一言は。夜の万博会場、大屋根リングの下に、思いの外反響した。

 

 

「…………なんだって?」

 

「貴殿が我らを調べるように、我がマスターもまた貴殿を調べている。基田 狼我という人間を。そして我も、この目で貴殿のことを見た」

 

 

その上での結論だ、とセイバーは言う。

 

 

「貴殿は、外国人を恐れている」

 

 

いわゆる、恐怖心というものには。合理的、あるいは非合理的を問わず、様々な種類が存在する。例を挙げれば、

 

先端に対する恐怖心(アイクモフォビア)

集合体に対する恐怖心(トライポフォビア)

海洋に対する恐怖心(タラソフォビア)

死に対する恐怖心(タナトフォビア)

 

外国人に対する恐怖心(ゼノフォビア)

 

 

「あっていいはずないだろう、そんなもの!!」

 

 

怒号が、狼我から溢れ出る。

 

 

「それは差別だ、偏見だ、過ちだ!! 抱いていいはずがない感情だ!! 俺にそんなものはない!!」

 

「理屈でない場所の話をしているのだ、狼我殿」

 

「何がだ!!」

 

「衝動的な恐怖の話だ。貴殿は本能的に外国人を──異邦より来たる者を恐れている。普段は抑えていても、ふとした時、油断していた時に、その恐怖は顔を覗かせる。自覚はないか?」

 

 

言葉を受けて思考が駆け巡る──思い当たる節は、ゼロではないあってはならない。

 

 

「衝動的な恐怖心。それを拒絶する理性。貴殿を形作るものはその両面だ。その(カルマ)が故に、貴殿はここにいる」

 

「他人のことを、知ったふうに!!」

 

 

頭の中で、火花が弾けた。

狼我は握っていたヒョウの皮(ゴアグリーム)をぐるぐると右腕に巻き付けて、その拳を握り固めて、地面を蹴る。それは思考を経た判断ではなく、剥き出しの激情。

 

だが。

駆け出してすぐ、巻き付けたはずのヒョウの皮(ゴアグリーム)が、腕をすり抜け飛んでいく。本来の持ち主、ライダーの元へ。狼我はその抜け出す反動で、思わず右の膝を地面に着いて。

 

 

「ダメ、ローガくん。そうやって使うものじゃない」

 

「チッ!!」

 

 

ライダーと目が合って、強く舌打ち。狼我は数歩後退り、しかしセイバーから目を離さない。

 

 

「もうたくさんだ、テメェの説法は聞きたかねぇ!!」

 

「落ち着けマスター!!」

 

 

狼我を庇うように、あるいは狼我の視線を遮るように。バーサーカーが割り込んで立つ。

 

それならそれで、ちょうど良い。

 

 

「──令呪を以てバーサーカーに命じる!!」

 

 

狼我の握った右の拳の、令呪が1画赤熱する。

 

 

「宝具を使え、すぐにだ!!」

 

 

令呪の命令権を、行使する。

 

エネルギーが赤い光を滲ませて、拳を漏れ出て地面を伝い、バーサーカーへと流入する。『宝具を使え』と、令呪の命令が、バーサーカーに染み渡る。

受けて、バーサーカーは振り向いて。

 

 

「──宝具だな?」

 

 

その確認と共に、両腕を開き。

 

 

「──何が進歩だ、白々しい」

 

 

詠唱を、開始する。

 

 

「何が調和だ、言い訳がましい。何が発展だ、忌まわしい」

 

 

狼我はバーサーカーの後ろ、大屋根リングの柱の1つに手を衝いて、息を整える。整えながらバーサーカーの詠唱を聞く。バーサーカーの宝具、昨日も見せたあの高火力光線ならば。短期決戦、一撃でセイバーを焼き切ることも可能なはず。

 

 

「何が未来だ、悍ましい」

 

 

──いや、これは、違う。

 

 

「待った、違う、そっちじゃない!!」

 

「人類に進歩なし。過去より生まれ、過去より流れ」

 

 

もう遅い。既に命令は入力された。『宝具を使え』とだけ指示された、バーサーカーの詠唱は止まらない。狼我はバーサーカーに取り付いて、何とかしようと揺さぶるが、バーサーカーは動じない。いつもそうであるように。

勢い余って、狼我は後ろに倒れ込む。顔を上げる。

 

 

「全ては原点たる黒き過去より出づるもの」

 

 

目が合った、と感じた。

バーサーカー──太陽の塔の、その背の黒い太陽は。白い双眸は。狼我を、じっと見据えている。

 

 

「君もまた、立ち返れ。『太陽の塔・黒い太陽(たいようのとう くろいたいよう)』」

 

───

 

 

 

「……」

 

 

気づいた時には、狼我はそこにいた。

 

バーサーカーの宝具、太陽の塔・黒い太陽(たいようのとう くろいたいよう)

それは過去を見せる宝具。民族単位の過去を見せる宝具であるが、同様に個人の過去も見せられる。

だから狼我は理解している。

ここは、己の過去であると。

 

周囲を見回す。青く晴れ渡った空、板張りの床。道の端には白帆が張られて屋根を成し、空の上にはロープウェイが架線され、ゴンドラがゆったりと移動するのが見える。草と、水と、温もりの匂い。

 

何時ぶりだろう。この匂いを知っている。この感触を知っている。そこがどこなのか、狼我はもう知っている。

──20年前から、知っている。

 

ここは。

 

2005年、愛知県長久手市。

 

 

「────愛・地球博」

 




「クソ、なんで、こんなことをした」

「令呪のおかげだ、マスター」

「アンタは何がしたいんだ」

「恐怖へ、立ち向かわなければならない」

「俺の過去に、立ち入るな──!!」

「そう、岡本太郎も言っていた」


18話 愛・地球博の亡霊


「巨大な────モリゾー?」



【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。