万博聖杯戦争 2日目 昼
「ウチは監督役の
狼我の目の前で、スーツの女性はそう名乗った。
ここは大阪・関西万博、国連館。その控室。
狼我と、彼が呼び出してしまったらしい
「もう、話を聞いてもええか?」
「ああ」
狼我はずっと緊張していたが、しかし奇妙な安心感もあった。一晩寝かせてくれただけでもかなりの温情だったし、朝には何やら菓子パンが出た。
少なくとも殺されることはなさそうだ。
しかし、ただで返してもらえるわけもないのだが。
ふと、横を見る。
己同様に、椅子に腰掛けているバーサーカー──太陽の塔を名乗った、奇妙な人型。それが背筋を伸ばして鎮座している。
明らかに奇妙なのはこの太陽の塔のはずだったが、美琴と名乗った女は真っ直ぐ、狼我の方を見つめていた。
「とりあえず、自己紹介頼むわ」
「基田 狼我」
「……そんだけ?」
単調に名乗れば、目線が険しくなる。
美琴の顔が少し近づいた。赤みがかったボブカットの茶髪、青色のインナーカラー、白目がちな瞳。どことなく香水めいた、清涼感のある匂いがした。
「2000年生まれ、24歳。無職」
仕方なく情報を補足する──彼に付け足せる、彼の情報は、その程度だった。
別に記憶喪失というわけではない。彼には何もないのである。少なくとも、彼の認識の中においては。
「なんでここに来たん? いや、予想はつくけれど」
尋問は続く。
何故ここに来たか? ……そうだった、カバンはどこに、
「スプレー缶にヘルメット。べつにジブンが初めてやないで? 万博に悪いことしようとするやつはようさんいるんや」
なるほど。
狼我のカバンは既に、美琴の足元に転がっていた。内部も確認されたようで、スプレー缶が覗いている。
狼我がやろうとした行動は、見透かされている。
「聞ぃたんは、なんでここに来たんか、ちゅうことや。なんでや?」
何故、ここに来たか。
即ちどうして、万博を害そうとしたのか。
そんなもの、狼我の答えはこれしかない。
「……ムカついた」
「何に?」
「……………………わからない」
そうとしか、答えようがなかった。
「はぁ……ま、ええわ、そこは」
深く溜息を吐いてから、美琴は不意に立ち上がった。気分転換とばかりに、その場でぐいと伸びをする。それから。
「ほな、そっちのサーヴァントについて聞こうか」
耳馴染みのない言葉を言う。
「サーヴァント……?」
「なんも知らんっちゅうわけやないやろ? 召喚したんやから」
美琴は軽めの口ぶりだが、そんなことを言われても、狼我にとっては何が何やら。
横にいるバーサーカーを見てみるが、助け舟を出してはくれないようで、ただ虚空を見つめている。
「ジブンが参加したのは万博聖杯戦争。万博会場にて行われる、5年分の国の趨勢を賭けた魔術儀式やねん」
万博聖杯戦争?
国の趨勢を賭けた魔術儀式?
「参加国として選抜された国がそれぞれ
知らない単語が積もっていく。
これ以上は不味い。本能的に、彼は察した。
「待ってほしい、待って──魔術って、なんの話だ?」
「────そこから知らんのかいな」
曰く。この世界には魔術がある。
曰く。魔術を使う者は今も社会の裏側に存在している。
曰く。万博すらも魔術儀式の対象である。
万博には夜の顔がある。即ち万博聖杯戦争。
5年毎に開催される万博の、その会場にて行われる魔術儀式。
あらゆる願いを叶える万能の願望器、聖杯──に、限りなく近しい魔術的アーティファクトを万博会場に顕現させ、その所有権を各国で争う儀式なのだという。
7つの国が参加権を獲得し、7人のマスターが、7体のサーヴァントを召喚する。サーヴァントの戦いに勝利した最後の1騎と、そのマスターは、聖杯によって願いを叶える権利を手にする──
「──諸々省略すれば、こんな説明になるやろ」
「……なるほど?」
「分かってるんだかわからへん顔やな」
一応理解したつもりだ。少なくとも、聖杯戦争なるものの意味くらいは。
しかしそうなると、いよいよ疑問も1つ。
選ばれた国の選ばれたマスターがサーヴァントを召喚するというのなら、それなら。
「なら、どうして俺がマスターに?」
「そらウチが聞きたいねん、なんでこないなことに……バーサーカーの召喚に心当たりは?」
首を振る。
「まあ無いわなあ」
んー、と美琴が頭を抱える。
ぶつぶつとしばらく何やら呟いていたが、内容は理解できなかった。右へ傾き、左へ傾き、不意に顔を上げて。
「普通なら警察に引き渡すところやけど、こうなってしもたらもうそうもいかへんし」
それから続けて。
「ジブンにはここで万博聖杯戦争に参加してもらうことにするから──せやな、とりあえず住み込みで働いてもらう」
「は?」
「仕事をしろっちゅうこっちゃ」
───
大阪・関西万博、東ゲート。
「はいただいまの時間、退出口は左側となっておりますー……」
警備員の制服に着替えさせられて、狼我は来場客の誘導を行なっていた。全く本意ではないが、拒否権はなかった。
客観的に見れば、悪いことばかりではない。というか救済措置だ。狼我の不法侵入は無かったことになり、万博内での寝食が一応保障され、最低賃金ながらも給料が出る。
対価は昼間の労働。そして、万博聖杯戦争への参加。それだけと言えば、それだけ。だからこそ狼我自身、不思議でならない。
どうして彼を、そのまま万博聖杯戦争に参加させたのか。恐らくは、そうではない選択肢もあったはずなのに。
「はいただいまの時間、退出口は左側となっておりますー……左側ですよー……」
どうしようもなく、仕事を続ける。
顔を上げれば、狼我の目の前を、何人も何人も行き交っている。
視界の左側には、公式ショップへ並ぶ人集り。右側には、パビリオンへと向かう人の群れ。遠くではミャクミャク像前で写真を撮らんとする行列もある。
こんなものが見たいわけじゃなかった。見たいわけはなかった。にこやかな親子連れが目の前を横切って、堪らず舌を噛む。
だが、どうしてこんなにも嫌なのか、彼自身言語化出来なかった。
「なんだってこんなことに……」
『マスター、聞こえるか?』
「うわぁっ!?」
苛立ちの隙間に声を挟まれたものだから、素っ頓狂な声を上げてしまった。
頭の中に声がする。バーサーカーの声のはずだ。
「なんだこれ?」
『念話、という魔術だ』
「念話ぁ?」
『口に出さなくてもいい、マスター。念じるんだ』
『……こうか?』
試しに頭の中で応答する。間違ってはいなかったようで、バーサーカーの肯定がまた頭の中に響いた。
『……これ魔術なの?』
『そうだ。サーヴァントとマスターは、魔力のパスで繋がっている。それを使った魔術だ』
『サーヴァントとマスター……』
照野の話を思い出す。
今、狼我はマスターで、バーサーカーがサーヴァントのはずだ。マスターがサーヴァントに指示し、聖杯戦争を戦わせる。
『なあ、太陽の塔。──お前、太陽の塔だったよな?』
『その通りだ。だが私のことは
『そうなのか?』
『説明しよう。そうだな……聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは主に7騎。それぞれ、
『お前はバーサーカーなんだな? なんか、そんな感じしないけど』
『そういうバーサーカーもいる、というだけだ』
バーサーカーは狂戦士のクラス、大抵は大なり小なり狂気を抱えており、程度によっては言葉すら失っているのだと、続けて語る。
今回はそうでなくて良かったと、ぼんやり狼我は考えた。
『さて、この7騎のサーヴァントは、それぞれ世界史において活躍を残した存在。いわゆる英霊というものだ』
『太陽の塔も?』
『少なくとも、この大阪・関西万博においてはそうなるらしい。多分、特例だと思うが』
まあ……分からなくもない。納得できなくもない。
英雄とは言えないだろうが、日本において太陽の塔を知らない人間はまずいない。ましてや、大阪万博の中においては。
誰もが知っているなら、それはきっとある種の英雄の類と、言えなくもないのだろう。多分。狼我は自己解釈し、1人納得する。
『話を戻すが、サーヴァントは世界史に存在した偉人が多い。つまり、サーヴァントの名前が判れば、その人生について調べられることになる。何をしたかも、その弱点も』
『弱点もググれば出るってことか』
『そういうことだ。だから、サーヴァントはクラス名で呼称される』
『つまり、伏せられている名前を当てれば、戦いが有利に進むのか』
『そういうことだ』
伏せられた名前は、
この真名を当てることが、ある種勝利への鍵になることもあると。そこも納得した。
バーサーカーの説明はわかりやすい。ひとまず、ここまで聞いた話は全て理解ができる。納得できる。
『……いや、お前、妙に詳しいな』
『まあ私にとっては、別に初めての聖杯戦争というわけでもないからね』
そうなのか。
いや、そういうものなのか?
なんだかおかしいような気もするが、知識のない狼我にはどう指摘すれば良いのかもわからない。
今できることは、ただ東ゲート前に立ち、人の誘導をすることだけだ。
何時この仕事は終わるだろうと、時計を見る。まだ、昼過ぎくらいでしかなかった。
22時の万博閉場まで、そして来場客が皆帰るまで、勤務は続く。
そして、勤務が終われば──
───
万博聖杯戦争 2日目 夜
退場していく何千人もの人間を見送って、狼我は深く深く溜息をついた。
やっと終わって、そして、始まる──万博聖杯戦争が。
『事務局より連絡。全来場客の退去、及び一般スタッフの退去が完了しました。本日の夜明け予定は4時45分、聖杯戦争を開始してください』
近くのスピーカーからの、美琴の声がそう告げた。念話でこれまで会話していたバーサーカーも、その声に呼ばれて実体化する。
万博聖杯戦争。そのルールを思い返す。
聖杯戦争は、万博閉場後から夜明けまで行う。
サーヴァント対サーヴァントでの戦闘である。
万博設備への攻撃、及びマスターやスタッフへの攻撃は禁止される。しかし偶発的にマスターへ攻撃してしまった場合は許される。
サーヴァントが1騎になるまで、毎晩聖杯戦争は執り行われる。
「バーサーカー」
「どうしたマスター」
バーサーカーを引き連れて、東ゲート前から大屋根リングへ向けて、狼我は歩いていた。昼間の間は気づかなかったが、こうして2人だけになると、万博会場はとても広い。
「実際のところ、戦闘ってどんな風に進むんだ? 試合、ってあいつは言ってたが」
「そこまで整ったものではないさ。敵のサーヴァントを発見したら攻撃し、相手も反撃する。いきなり始まるものだ、戦いは」
「じゃあ不意討ち上等、ってわけか。相手のサーヴァント、探したほうがいいのか?」
「確かにそうだ、が──
そこで、バーサーカーは動きを止めた。1秒静止、周囲を見回す。
「──もう遅そうだ。マスター、私の側に」
黄金の顔の視線の先では、もう既に。
大屋根リングの下をくぐって、1頭の白馬が1人を乗せて、こちらへと猛突している最中であった。
「伏せろマスター」
「どうするんだ」
「押し返す!!」
直後。
ドダドンッ!!
突撃してきた白馬の首を、バーサーカーが抑え込む!!
踏ん張った地面には小さくヒビが入り、白馬は苦しげに嘶きを上げ、その上の人影は目を見張る。
そして。
「はあああっ!!」
バーサーカーは突撃の勢いを殺しきり。
白馬をその乗り手ごと、見事押し返してみせた。
宙に投げ出され、たちまち姿を消す白馬。そして受け身を取る人影。
「誰だー、アンター!!」
狼我が声を掛ける。
人影は軽く衣服の裾を払い、苦笑いをしてみせた。
観察する。
それは女性のようだった。
黒い肌。縮れた黒髪、それを後ろで纏めた髪型。手に持っているのは槍だろうか。いわゆる、アフリカ系の人間のように見えた。
ああ、外国人だ。
そしてそれは狼我の姿を確認し、応える。
「アタシ?
「
「へー、素直に教えてくれるんだ」
流暢なものだ、と最初に思った。すらすらと日本語を喋る。サーヴァントとはそういうものなのだろうか。
サーヴァント・ライダー。騎兵の英霊。聖杯戦争の参加者の1人。つまりは、敵。
「っていうか珍しいね、マスターが堂々と姿を晒すなんて。マスターは隠れるもんだって聞いてるけど」
「……バーサーカー、そうなのか?」
「普段はそのようだ。いや、マスターの場合は、むしろ私の近くにいてくれたほうが安心かもしれないが」
言い方が曖昧だ。正しかったのかどうか。
しかし確かに、ライダーのマスターらしい人間は、狼我の位置からは見えなかった。あるいは遠くから念話をしているのか。
「で? やるの?」
狼我の思考を断ち切って、ライダーが問い掛ける。
「ここにいるなら、戦うってことでいいんでしょ?」
「マスター、どうする? 君の指示に従おう」
視線が2つ、狼我へ向いた。どちらも、彼を待っている。それは彼も分かっていて、だからこそ。
「……やるぞ、バーサーカー」
「承った」
交戦態勢。バーサーカーは低く身構え、狼我はその場から2歩下がる。視線の先ではライダーが、その手を軽く振り上げて。
「おいで!!」
その一声で、再び白い馬が現れた。白馬はどうやら金色の鞍をつけているようで、月の光を受けてきらめいている。
その上に、ライダーはひらりと跨って。
「やるよ愛馬!! まずはここで1人、景気づけ!!」
白馬の嘶き。
直後、それは駆け出して、バーサーカーへと一直線。
「来るぞ!!」
「分かっている」
衝突!! ライダーは馬諸共に突撃し、バーサーカーはそれをやはり受け止める。
馬に突撃を受け止めてなお、バーサーカーは揺らがない。強靭な体幹。それはバーサーカーが太陽の塔という建築物であるためだろうか。狼我にできるのは憶測が精々だ。
「それならっ!!」
押し退けられて、バーサーカーから距離を取るライダー。馬の上に跨ったまま、握っていた槍を振り上げて。
「また突撃が来るぞ」
「違うマスター、あのフォームは投げだ」
「槍投げ!?」
直後、投擲!!
ひゅん、風を切る音。長い槍は夜に紛れて宙を走り、真っ直ぐにバーサーカーへと飛んでいく。バーサーカーは真向かいに立って、その軌道を見極めて。
動きはせず。両手を広げて仁王立ち。
「バーサーカーッ!?」
顔面で──顔面といっても胸の顔面だが──飛んでくる槍を受け止めた。
バーサーカー、やはり動じない。顔面に刺さった槍を引き抜き、観察する。ぼろり、いくつか白い破片がこぼれた。
「この槍は……鉄製か? シンプルだが、強い力を感じる」
「バーサーカー? 痛くなかったのか?」
「……やはりこれはアフリカの民藝か、美しい……シンプルな姿に力強さと知恵を感じる……」
「なあバーサーカー? え、そういうの好きなのかバーサーカー?」
槍を覗き込む2人の向こうで、ライダーは苦笑して。
「褒めてくれんのは嬉しいけど、ねっ!!
その一声。招くように彼女か手を手繰れば、鉄の槍はバーサーカーの手から抜け出て、真っ直ぐに、ライダーの方へと惹き付けられる。
「ああっ、取り返された!!」
「当然だよ!! だってこれはアタシ達の槍。この槍を持つ資格があるのはアタシ達だ」
構え直し。今度は低く持つ。投げのフォームではない──であれば、次こそ突進が来る。
「その傷痕、今度は抉る!! 走って愛馬!!」
強く嘶き。地面を蹴る音。だか、だか、だかりと、槍先が迫る。
「バーサーカー、次はどうする!!」
「もちろん受け止める。私の胸元狙いなら、動きだって読みやすい。弾くとも」
バーサーカーは動かない。しかし正しいのかどうか。
狼我はもどかしい。だって、さっき明らかに塊が胸から溢れていた。同じところを突かれたら? 流石に建築物だ、粉砕とはいかないだろうが、だからといって──彼を不安にさせるだけの気迫を、彼は、バーサーカーの肩越しに感じている。感じていても、具体的には言語化できない。
「いや、なあ、バーサーカー
もう遅い。
ライダーはもうすぐそこ。馬の体躯をミサイルに、槍の穂先をその弾頭に。
着弾、5秒前。
狼我は言葉にならない曖昧さを胸に抱えて。
見ていることしか出来なかった。
着弾、3秒前。
バーサーカーが、受け止めようと力を込める。地面に再び亀裂が走る。
そして、着弾──
その寸前に。
超高速で。
何か、塊が突き抜けていった。
「……は?」
バーサーカーとライダーの、接近したその隙間を縫うように。一筋、何かが走ったのが分かった。
残像と、遅れて届いた音だけがその証明だ。
走っていったその先を見ても、白い粒がいくつか見えるだけだ。
ライダーは既にその身を翻し、バーサーカーから距離を取っていた。
バーサーカーは夜空を見上げて、何かを探しているようだった。
一体、何が起きた?
「──来るぞ!!」
バーサーカーの声がする。
1秒遅れて。
何か、狼我の頬を掠めた。
遠くに着弾する音がした。
風を切る音が幾つか。
視界をすり抜ける残像が幾つか。
「不味い、マスターは私の後ろに!!」
その声で、今掠めたのも先の塊と同じものだとようやく気づく。
狼我はバーサーカーの背中に身を寄せて、考える。そうだった、これは一対一の戦いではなく、7体のサーヴァントによる乱戦だった。きっとこの攻撃も、誰か他のサーヴァントによるもの。
「アーチャー!! そうか、今回も彼か!!」
「知っているのか、バーサーカー!!」
「とにかく今は逃げたほうが良い」
ライダーの方を見る。……もう、その姿はなかった。一足先に撤退したらしい。こちらも、早く逃げなければ。
「気をつけろ、降ってくるのは月の石だ!!」
そんな言葉を聞きながら。
狼我はそれでも
満月の近く、微かに見える星の狭間に。
それは浮かんでいる。
白い姿がぼんやりと、佇むように。
宇宙飛行士が、そこにいる。
「あれなんなんだよ!!」
「1970年の万博聖杯戦争優勝者。真名を──」
「知名度という力」
「どうしてアナタがここに!?」
「ここで戦うのは本意じゃない」
「君の望みはなんだ」
3話 国連館の浪人
「俺は、万博を壊したい」
【挿絵表示】