万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

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19話 この世界のどこでもない場所

 

樹冠の厄災。

 

セイバーはそれを、そう命名した。

狼我の過去の中、精神世界の愛・地球博。そこに現れた、愛・地球博マスコット、モリゾーめいた巨躯の怪物。

それは己を苛む自罰の厄災。基田狼我という人間──世界へ歩み出ることに正しさを見いだし、しかしそれを実践することが出来なかった、正しくない人間を、自ら罰する狼我の怒り。

 

その身から伸びるは2200本の樹腕。木々を束ねた大質量。その数本が、波のようにうねり、風のように唸り、バーサーカーの腕に抱かれた、狼我へ向かって振り下ろされる。

 

 

「オム・ナマ・シヴァヤ!!」

 

 

それを目掛けて割り込むように、光が一閃。

バーサーカーの前に立ったセイバーが、樹腕5本を纏めて切断。光の剣の一振りで、轟音を上げて枝々が散る。

 

 

「間に合ったか」

 

「流石だなセイバー。抑え込めるか?」

 

「否、よもやここまでとは」

 

 

しかしセイバーはそう首を振る。再び樹冠の厄災を見上げれば、既に構えられた樹腕はゆうに150本を超える。

守りきれない。

赤く染まった空を覆う木々の枝を相手に、バーサーカーは瞬間的に判断した。

 

 

「マスターは逃げろ!!」

 

 

直後バーサーカーは振り向き、空へと狼我を放り投げた。

 

だらりと宙を舞う狼我の身体。

 

それを、白馬に跨ったライダーが受け止める。

 

 

「ぅおっとぉ!!」

 

「ライダー、マスターを頼む!!」

 

「仕方ないなぁ……!! 捕まってなよ、ローガくん!!」

 

 

そのまま彼女は狼我を自分の後ろに座らせ、即座に馬を走らせた。直後、また振り下ろされる樹腕。ライダーのすぐ後方、グローバル・ループが弾け飛ぶ。

馬と共に駆けるライダー。それに追いすがる樹冠の厄災。グローバル・ループ上での決死の競争。

 

それをしながらライダーは、右肘で狼我の肩を小突いた。一応狼我は背中にいるのだが、ライダーを掴む力は何とも弱い。

 

 

「聞こえてる、ローガくん? 意識ある?」

 

「……ある」

 

 

狼我はひとまず、言葉ではそう返したが。なんとも、力を入れ難い気分だった。

そう、気分の問題だ。

一連の騒動を経て──狼我は、随分と憔悴していた。

 

様々なものが、暴き立てられたと思う。

狼我の中の、抑え込んでいた様々なもの。

外国人という存在に対しての違和感。

その違和感への罪悪感。

かつて思い描いたようには生きられなかった、罪悪感。

そして、それらの起点に存在した、万博というものへの怒り。

 

すぐ側からする、ライダーの存在の臭いにも。慣れないものを──外国人を、感じてしまう。意識してしまう。その事実が、更に罪悪を加算する。

 

 

「アンタが良い奴だってことは、解ってるんだ」

 

 

ぽつり、狼我は言葉を零す。

 

 

「ベンドレのオッサンだってそうだ。良い奴だ。飯を奢ってくれたし、俺に付き合ってくれてる。解ってるんだよ、俺は。解ってるんだ」

 

 

だからこそ。差別をしないように、努めてきた。ずっと努めてきた。驚くことは失礼だ。気を遣って接しなければ。

そう思ってきたこともまた、差別の証明かもしれない。今はそう思う。

 

外国人を、外国人だと、意識するようになったのはいつからだろう。あるいは最初からだっただろうか。別に、外国人から何か危害を加えられたなんてことはない。切っ掛けなんてなかったはずだ。

しかしいつの間にか、外国人という存在に、何か不安を感じるようになっていた。あってはならないことだ。狼我はそんなことは判っていて、判っているからこそ、決して表には出すまいと努めてきた。

しかしこうして看破された。それを、悔いている。

 

 

「……悪い」

 

 

だが、しかし。

 

 

「まあそっちはいいよ」

 

 

ライダーはバッサリと、狼我の謝罪を切り捨てた。

 

 

「……いや、それは

 

「いいの。アタシがいいって言った。っていうか、慣れないものにはビックリするってだけでしょ?」

 

 

馬を走らせながら、ライダーは言う。すぐ後ろで、風が唸る音がした。きっと厄災の樹腕だろう。今もなお追われながら、ライダーはグローバル・ループを疾走する。

そうしながらも。

 

 

「アタシの故郷だってそうだった。違う部族の人間が会ってるんなら、違うコミュニティが接してるなら、その間には何の壁もありません、なんて話はありえない」

 

「……」

 

「部族でそうなんだから。なら、国が違うなら尚更でしょ」

 

 

こう言っちゃうと、バーサーカーは怒るだろうけれど、と。ライダーは前置きをして。

 

 

「多分、アタシとローガくんが、全部分かり合うってことはない。皆そうだと思う。でも、心の底から分かり合えなくても、お互い上手くやるように努力する」

 

 

それで良くない? と、笑った。

 

 

「どう?」

 

「……かも、な」

 

 

否定する気は起きなかった──否定のしようもなかった。

 

また、風が唸る音──今度は、途中でバラバラと崩壊する。恐らくはバーサーカーか、セイバーによる樹腕の切断。

ライダーは振り返らず、その攻防を音だけで聞いて。

 

 

「それに、アレ。あの怪物の原動力は、そっちじゃない。もっと深い」

 

 

そう断言する。

 

 

「ここはローガくんの心の中なんでしょ? あれもローガくんの心にいて、ローガくんのことを嫌ってる。……きっと、あれはローガくんの、いちばん深いところの思い。本当はこうしたいって衝動」

 

「なら、どうすれば……止められるんだ?」

 

「止められるものじゃないよ。衝動は、制御ができない」

 

 

樹腕が、再び振り下ろされる。

ズドン、衝撃が伝わり、グローバル・ループの床板が跳ねた。ライダーは馬をジャンプさせ、その衝撃をやり過ごす。

 

着地する白馬。視線を少しだけ後方に向ければ、先ほどよりも樹腕が近い。追いつかれる、と狼我は思う。思って、しかし声には出せず。

 

 

「制御できないからこそ、自分の衝動に向き合うの。そうすれば、何がしたいのか、答えが出せる」

 

「……そうなのか?」

 

「わかるよ、だってアタシもそうだった。覚えてる? アタシの、イェネンガの話」

 

 

駆ける。駆け続けながら、ライダーは語る。樹腕が蠢動する音は、もう狼我のすぐ背後。

 

 

「アタシは結婚したかった。母親になりたかった。なりたくて、なるなって言われて、でもなりたかった。ずっとそういう衝動があって、だから、アタシはここにいる」

 

「…………」

 

「悪いことじゃないんだよ、どんな衝動も。それってきっと、本当の本当の、根っこにある願いだと思うから」

 

 

一呼吸置いて。

 

 

「見せてあげる、アタシの、もう1つの宝具。アタシの衝動、恋に恋したイェネンガ!!」

 

 

ライダーは、軽く白馬の首を撫でた。心なしか、狼我はぐいと反動を感じる。──馬が、加速を開始している。

 

樹腕が空を薙ぐ。細枝の数本は狼我の背中を掠めるほど。狼我は衝撃を感じるが、しかし、その衝撃すらも白馬は置き去りにして。

 

 

「走れ、走れ、走れ、走れ、どこまでも!! 運命まで、走り続けて!!」

 

 

ライダーの言葉が、重なるごとに。白馬は更に速度を増す。グローバル・ループの床板を蹴る、蹄の音は高らかに。

それはライダー、プリンセス・イェネンガのもつもう一つの宝具。彼女だけが持つ宝具。

 

真名解放。

 

 

「アタシの愛馬──『種馬疾走恋路(ウェドラオゴ)』!!」

 

 

それは、イェネンガの逸話の結晶。

己を縛る母国からの逃走にして、運命の夫の元まで走り続けた白馬(ウェドラオゴ)の疾走。目的を達成するまで、走り切る。ただそれだけの宝具。

 

白馬は一陣の風となり、風はグローバル・ループを巡り、その風の最中で、ライダーは声を上げる。

 

 

「ローガくん!!」

 

 

背中の狼我へ、問い掛ける。

 

 

「何がしたい?」

 

 

その問いは、狼我の本心への問い。精神の最奥、根本的な衝動への問い。受けて、狼我は。

 

 

「俺は……正しいことがしたい」

 

「正しいことって、正しいと思えることって、どんなこと?」

 

「それは──

 

 

回答する。

 

 

「──例えば、世界は平和にできるって、証明すること」

 

 

回答する。

 

 

「戦争をなくすこと。飢えをなくすこと。偏見をなくすこと。障壁をなくすこと」

 

 

回答する。

 

 

「……世界は広いんだって、伝えること。世界の可能性を、世界に対して示すこと」

 

 

そこまで、回答を聞き届けて。

堪えきれなかったようで、ライダーはくすりと笑みをこぼした。

 

 

「なあんだ、そういうことかあ!!」

 

 

気づいて、いかにも楽しそうに。

 

 

「ローガくんは、万博が嫌いなんじゃなくて──万博以外の、この世の全てが嫌いなんだね」

 

「なっ──

 

「だって、今言ったそれって、結局万博のことじゃん」

 

 

その指摘に、狼我は息を呑む。ライダーは笑ったまま、

 

 

「万博って理想が最初にあって、それが本当はなかったって知って、万博に敵わなかった自分が嫌いで、万博みたいじゃない世界が嫌い。──ローガくんにとって、正しいものは万博なんだよ」

 

「でも、万博は

 

「確かに、万博は本当じゃなかったかもしれないけれど。誰も本気にしてなかったかもしれないけれど。でも、それでも『万博』そのものには理想があった。嘘かもしれないけど、綺麗だと思った」

 

「……」

 

「万博のことが好きなんだよ、ローガくんは」

 

 

その言葉は。今まで狼我が聞いた、どんな言葉よりも明朗で。どこか、心の深いところを刺すような、あるいは棘を抜くような。

 

 

「だから、ローガくんの衝動って、きっと──この世界を、万博にすることなんだ。それなら、正しいって思えるでしょ?」

 

 

万博。ヒトやモノを集め、未来を語る場。地球の課題を解決するために共創する場。あらゆる人間が平等に尊重される場。この世界のどこでもない場所。

それはきっと、理想郷と呼ばれるべきもの。狼我はそれを、欲していた。

 

鳴り響いていた蹄の音が、気づけば聞こえなくなっていた。白馬は既に脚を止め、グローバル・ループに立ち尽くす。

もう既に、目的は果たされていた。

 

 

「そうか」

 

 

セイバーは、狼我の中には嘘があると提示した。

狼我は今、その嘘の正体を知った。

 

狼我の中には嘘があった。

即ち、万博を憎んだ感情、それ自体が嘘だったのだ。理想を抱き、そこに挑めなかった己を正当化するための、自己防衛のための嘘。自分を騙すために、自分についた嘘。生きるために抱いた歪み。

 

狼我は、万博のようにはなれなかったが。

この世界は、万博のようではありはしないが。

 

それでも、万博のことだけは、好きだった。

 

 

「…………納得した」

 

 

ふ、と。空気が軽くなった感覚があった。

空を見上げる。

赤かったはずの大気が、元々そうだったように、青く澄みかえっている。空は高く、どこからか鳥の声が聞こえる。

 

背後を振り仰ぐ。

 

もうそこに、樹冠の厄災はいない。

 

 

「答えが出たなら、あとは迷わずやるだけだもんね」

 

 

そう言いながら、ライダーは馬を降りる。そのまま数歩歩いて、グローバル・ループから少し離れた草原に腰を下ろした。

狼我もそれに続く。

 

深く、息を吸った。息を吐いた。

頭の奥が熱くて、上を見上げていたかった。

 

その視界の片隅を、何かが横切る。

 

 

「……キッコロだ」

 

 

思わず目で追って、理解した。

モリゾーと同じ、もう1匹の愛・地球博マスコット──キッコロ。丸っこく小さなシルエット、若葉のような黄緑色、愛らしい姿が、そこにある。草原の合間にいて、狼我を見ている。

 

 

「ねえローガくん、それって」

 

「……可愛いよな」

 

 

キッコロは数秒狼我を見つめて。それから、狼我へてちてちと歩み寄った。それを追うように、草原のそこここから、色鮮やかなキッコロ達が現れる。黄色、水色、オレンジ、ピンク。

 

 

「宝物だったんだよ、黄色のキッコロのキーホルダー」

 

 

一番近くまで寄ってきた黄色のキッコロを、狼我は恐る恐る撫でた。

もう、あの頃から20年経ったが。それでも同じ柔らかさだった。

 

 

「どこかで失くしちまったけど、そっか、ここにあったんだな」

 

 

夢はじきに醒める。そんな確信があった。

 

 

───

 




「アーチャーを倒すまでの同盟だ」

「アーチャーを倒したらあかん!!」

「現れたなアーチャー」

「アーチャーを倒してみせろ」

「ウチにも考えがある」

「エンタメの邪魔はさせない」


20話 アーチャーと流星の雨のパレード


「俺は最初から、俺のために戦ってる」



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