「…………」
夢が醒めた。夢と言うにはあまりにも、心に痛いものだったが。
狼我は、そしてセイバーも、ライダーも、あの大屋根リングの下に帰還する。時計を確認したが、数分も経ってはいないようだった。
それぞれに、それぞれへ視線を向ける。
「……悪い、なんだ、ここまでとは思わなかった」
最初に、狼我がそう言った。
言いながら、過去に立ち入ってきたのはこいつらの方だよな、などと思いつつ。しかしこう言うべきは自分だろうと、その認識はあった。
続けてセイバーも、口を開く。
「我も、己の未熟を実感した。我が神がいかに素晴らしくとも、この身では全ては引き出しきれぬ。なるほど、同盟というのは素敵な響きだ」
そんなことを言うのは、昼の英国パビリオンでの話をうけてのことだろうか。狼我はセイバーとバーサーカーによる、樹冠の厄災との戦いを見る余裕は無かったが、しかし、少なくとも厄災を倒せなかったことは確実だろう。何か、心境の変化があったのかもしれない。
セイバーのそれは若干遠回しではあるが、同盟の誘いであった。
「どうする、マスター?」
「そうだな」
バーサーカーの問い掛けに、少し考えるが。
流石にもう、狼我の頭は冷えている。
「アーチャーを倒すまでの同盟だ」
そう呟けば、バーサーカーが静かに頷き、ライダーが笑う。セイバーはそれを視界に認めて。
「そういう訳だ、マスター!!」
振り向いて、大屋根リングの向こう側──EXPOメッセ『WASSE』の方角へ声を投げ掛けた。追って、
「全く、勝手に話を進めるんですから」
小さく愚痴を言いながら、キャンディが建物陰から現れる。彼女は真っ直ぐに狼我に歩み寄り、話し。
「しかし、セイバーに灸を据えてくれたことに感謝します。それから気をつけて──アーチャーが、そこから見ています」
「っ!!」
彼女からの、その言葉に。
反射的に、狼我は空を振り仰いだ。
大屋根リングの屋根の向こう、恐らくいのちパークの辺りの中空に、なるほど、白い姿が浮かんでいる。
既に、こちらを認識している。
「現れたなアーチャー」
バーサーカーと視線を交わした。戦闘を覚悟する。それは回避のしようがないし、するつもりもなかった。
「どうするライダー、セイバー」
「我に考えがある。まずは近づくぞ」
セイバーはアーチャーを見据えながらそう言って、既に堂々と、大屋根リング下から歩み出ている。
「正気かよ……バーサーカー」
「承知した。私の後ろに」
置いていかれるわけにもいかない。狼我とキャンディ、ライダーは、バーサーカーの背の陰に隠れながら、セイバーを追いかけた。
既に、アーチャーはこちらを認識している。しかしこれまでのように月の石を撃ち込んでこないのは、出方を伺っているのだろうか。
歩み寄る。接近する。
アーチャーが浮かぶいのちパークの辺りまで、身構え、徐々に、しかし確かに。
だが、不意に。
「アカン!!」
そんな声が、響いた。
聞き覚えのある声だ。
狼我らの道を、塞ぐように。
国連館の監督役、照野 美琴が立っている。立って、そして。
「アンタ──
「アーチャーを倒したらあかん!!」
そう、きっぱりと言った。
「……それは、何でだ」
「なんでもや、狼我クン。アーチャーを倒すな」
「それは……監督役として、私達に、勝負を放棄しろと言っているのかしら?」
バーサーカーの後ろ、狼我の隣で、キャンディがそう返す。美琴はそれには回答せず、また、狼我へ向けて。
「狼我クンがアーチャーを倒すってんなら、ウチにも考えがある」
「考え?」
「ジブンの身元を抑えているのはウチらや。忘れた訳やないやろ?」
指摘されれば、確かにそうだ。狼我は国連館のサポートを受けながら、これまで戦ってきたことは間違いない。しかしそうは言っても、狼我は国連館ではなく、これまで個人として戦ってきた。そのはずだ。
美琴の言葉は、脅迫だ。狼我は肌の表面がビリリと震える感覚を覚える。嫌な感覚だ。
何か言わなければと思い、しかしどう言ったものかと思い悩み、10秒。
「彼女に乗るのはその辺りにしておいた方が良い、狼我くん」
──更に、美琴と狼我らの間に、割り込んでくる人間が一人。
GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION の監督役、井室 錬。
どいつもこいつも割り込むのが好きね、と、狼我の真横でキャンディが不満げに呟く。
「アンタまで来るのかよ」
「もう、君も解っているだろう。彼女の──国連館の企みを」
錬がそう言い、狼我は思い返す。これまでの美琴の言動、行動。
彼が何が言いたいのかは、察しが付いた。
「……俺は、国連館の目的は、『危険な願いを持つ勢力を勝たせないこと』だと聞いている」
「だがそうじゃない──国連館の目的は、『世界に利益をもたらす陣営を選別し、優勝させること』だ」
錬の背中越しに、美琴が目を細めて、俯くのが見える。
だが、否定する素振りはない。
「この調子じゃ、君が優勝したって、聖杯の使用権を買い上げようとしてくるだろうさ」
錬は、美琴の方へ向き直る。2人の監督役が相対する。美琴はその背にアーチャーを、錬はその背に狼我らを置き。
「だがエンタメの邪魔はさせない。君が手放すと言うなら、狼我くんの身元はこちらで引き取ろう」
「ジブンも、どうせ万博聖杯戦争をわやなことにするつもりのクセに」
「しかしプレイヤーは尊重するさ」
睨み合い。……折れたのは、美琴の方だった。わざとらしく肩を落とし、道の脇へと捌けていく。
「アーチャーを倒してみせろ」
美琴が去るのを見送って、錬はまたそう言った。以前に狼我へ言ったのと、全く同じ調子で言った。
その素振りも、狼我にはなんとも苛立たしい。
「どいつもこいつと、ゴチャゴチャと。俺は最初から、俺のために戦ってる」
そう、狼我は、狼我のために戦う。美琴のためでなく、錬のためでなく。
狼我は再び、
アーチャーはずっと、そこにいた。
「待たせたなアーチャー、やるぞ──バーサーカー!!」
「承った!!」
ぽん、と。狼我がバーサーカーの背を押せば。直後バーサーカーはその場を駆け出し、ライダーもまたそれを追う。
同時にセイバーは、走り出す2騎の背を見つめ、
「オム・ナマ・シヴァヤ!!」
掛け声を1つ。
直後。セイバーの足元の地面が、不意に光り輝いた。眩い光は天へと昇り、自在に揺らめき、形を取り──2本の光の道と化す。光の道は中空を走り、前方のバーサーカーと、ライダーまで追いつき、追い抜かし。
「道だ──走れる!! 行くよバーサーカー!!」
「そういうことか!!」
その意図を察して、2騎はそれぞれに光の道へ飛び乗った。
セイバーが伸ばした光の道は、彼がかつて辿った巡礼の旅路の象徴。タミルの大地を巡った足跡から作り上げた無限の道。
今、その光の道が、アーチャーの居座る天空へ伸びる。アーチャーが上空にいるとして、こちらも上空へ挑めるならば対等だ。セイバーの支援によって、道を駆け上がったバーサーカーの拳が、直接アーチャーに撃ち込まれる──
「はあっ!!」
一撃、捩じ込むストレート!!
──だが、当たらない。
バーサーカーが拳を撃ち込む瞬間、アーチャーの姿がふいに消え、すぐ後方に現れた。
一体、何が?
そう思ったのは、狼我も全く同時だった。道の真ん中に立ち尽くして、バーサーカーらを見上げている。不思議だ、当たるはずだった拳が、当たらなかった。
「貴方はこちらへ」
そんな狼我へ、後方からキャンディが声を投げ掛けた。狼我が振り向けば、彼女は何やら地面にチョークで魔法陣を書き付けているようで。
「弾除けの魔術を展開します。アーチャーの攻撃まで対処できるかは未知数ですが、無防備よりマシでしょう」
「お、おう。……そうか、魔術師だもんな、アンタ」
導かれるまま、魔法陣の中へ。どうやら、これでマシになったらしい。
……実感はない。狼我に魔術はよくわからない。
再び空に目を向ける。丁度、ライダーが鉄の槍を構えていた。
「
投擲。
が、やはり当たらない。アーチャーは投げ込まれた槍の穂先の、それが命中する瞬間に姿を消して、そのすぐ後に再出現。
そしてアーチャーがその腕を振り上げれば、直後複数の月の石の弾丸が現れ、ライダー目掛けて投射される。ライダーは咄嗟にヒョウの皮で防御、しかし攻めあぐねる状況は変わらない。
「っ、疾い!! これじゃ当たらない」
「またこの回避……まさか、空間転移か!?」
バーサーカーの脳裏に、その考えが閃く。
そしてそれは、地上で観察するキャンディも、全く同じタイミングで考察していた。
「……空間転移?」
頭上での戦いの様を見て、キャンディは眉をひそめた。闇夜に現れ、消え、また現れるアーチャーの姿を見ながら、こめかみを無意識に指で抑える。
「サーヴァントなら、そういうことも出来るんだろ。瞬間移動とか、いかにもだ」
「いえ、そうもいきません。サーヴァントはそこまで便利ではない。空間転移は、本来魔術の域では成し得ないものです」
キャンディは語る。サーヴァントは常識を超えた存在ではあるが、しかしサーヴァントなりのルールを持った存在だ。
その身体はエーテルによって構成され、物理的に世界に干渉可能な実体化状態と、世界への物理的干渉力を失う代わりに不可視かつ物理的制約を受けなくなる霊体化状態を使い分けることが可能になるが、いずれにせよ──自由な空間転移が、出来るわけではない。
「サーヴァントであっても空間転移を行うのであれば、それこそマスターの令呪の魔力が必要でしょう」
「でもそれをアーチャーは……何度もやっている」
空を見仰ぐ。バーサーカーの拳に直面して、アーチャーはふいと消えて回避し、現れる。ライダーの投げ槍を察知して、アーチャーはまたふいと消え、また現れる。自在に、自在に、何度でも。
「霊体化してからの再出現までには少しラグがある。あの間に大急ぎで移動している可能性もありますが……」
だが視界の中のアーチャーには、急いでいる様子すら読み取れなかった。まるで直立状態のままで、現れて、消えて、それを繰り返しているよう。
……蹴りを入れようとしたバーサーカーが、その攻撃を躱されて、月の石を数発まともに食らったのが見える。
「っと、これじゃ埒が明かない」
「セイバー!! 貴方も上に登れませんか!!」
「マスターも無茶を言う!! いかな我とて、今は手一杯だ!!」
キャンディのすぐ前方、セイバーは2本の光の道を伸ばし続け、コントロールしている真っ最中だった。アーチャーの出現、消滅、再出現に合わせて、光の道を捻じ曲げる。神経を使っているのだろう、らしくなく、歯を剥き出しに食いしばっていた。
だがその上で、アーチャーに押し負けていることも理解している。何が出来るか、考えて。
「──おお、我が神よ!! 以前お貸ししたあれやこれやを今こそ返し給え!! オム・ナマ・シヴァヤ!!」
その一声で。
光の道から、大量の刀剣が生えた。
刀剣、槍、弓、金銀財宝。
「うわあっ!! え、地面から剣生えてきたんだけど!! これ何!? 使っていいの!?」
動揺するライダーの声が地上まで届く。
ライダーの真横では既にバーサーカーが、地面から剣2本を引き抜き、構えて。
相対するアーチャーが、月の石の弾丸を放つ。10か20かそれ以上、月の石の礫がバーサーカーへ。バーサーカーはそれを認識し、光の道を踏みしめ──刀剣を振るう。
粉砕!!
期待以上に切れ味が良い。バーサーカーが剣を振るえば、それだけで月の石が粉砕される。
勢いづいて、バーサーカーはアーチャーへ接近。やはりアーチャーは回避するが、今度は武器のリーチが違う。消えて、現れた、アーチャーの宇宙服の袖口を。
剣の切っ先が、真っ直ぐに裂いた。
「……っ!!」
アーチャーが小さく、ヘルメットの中で舌打ちをする。
応戦とばかりに更に月の石を撃ち込むが、やはりバーサーカーはそれを斬り砕き。それを見届けて、
「うん、今日のところは一旦引こう」
アーチャーはそう言った。
直後、宇宙飛行士の姿がまた消える。
消えて──出てこない。
10秒、20秒。それだけ待って。
どうやら、本当に帰ったらしい。迅速な判断だった。
バーサーカーとライダーが地面に降り立つと同時に、光の道は形を失い四散した。セイバーが作った無限の道はひとまずその役割を終え、セイバーはごきりと肩を鳴らす。
ライダーも同様に伸びをして、
「じゃ、アタシマスターのとこ戻るね。次は顔出すよう、言っとくからさ」
それだけ言って、走り去ってしまった。コモンズDの方向へ消えていく。
キャンディはしばらく、地面に描いた魔法陣を足裏ですり潰していたが、それも終わったようで狼我に向き直る。
「アーチャー対策のためには、あの空間転移を破る必要があるでしょうね」
「……次までの宿題だな」
狼我がそう返してやれば、キャンディはそれには答えず、セイバーの方へ目を向けて。
「では、私もこれで。帰りますよセイバー」
そして、後には狼我と、バーサーカーだけが残された。
……いや、もう1人。道の脇、団体休憩所の建屋内に、錬が立っている。
「惜しかったな。ここで決まるかと思ったんだが」
そう言いながら、彼は狼我の前まで歩み出て。
「来るんだ、狼我くん」
「……俺は、アンタを信用しない」
「それで構わないさ。信用せずとも、協力は出来る。そうだろう?」
「GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION へようこそ」
「凄いものを見せてやる」
「改めて、アンタの目的を確認したい」
「万博って、なんなんだろうな」
「美しいものを見た」
「いつかの未来を変えるもの」
21話 想像以上の、万博を。
「そういえば、何かがおかしい」
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