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想起する。
「約束しないか、アーチャー」
今でも覚えている。その景色、その声、その言葉。
「君と私のどちらが勝っても、同じことを願うんだ」
かつて己の目の前に立った、サーヴァント・ライダー。彼が放った言葉。
「同じことを願うんだ──『人類全ての科学の発展』を」
アーチャー──ニール・アームストロング。彼が
初めて万博聖杯戦争に参加したのは、1970年のことだった。
1970年、大阪万博を舞台とした万博聖杯戦争。
その時も、ニール・アームストロングはアーチャーとして参戦していた。しかし彼は特別だった。
アーチャーのマスターは、彼自身だった。
というのも、当時、ニール・アームストロングという人間はまだ存命だったからだ。アメリカ館は意図して、生きているニール・アームストロングに憑依させる形で、未来にて英霊化したサーヴァントのアームストロングを召喚した。
目的は単純、知名度補正の重ねがけだ。1970年大阪万博においても絶大だった、アメリカ館の知名度補正。アームストロングにアームストロングを憑依させることで、アメリカ館はその知名度補正を2乗することに成功したのである。
結果として、アーチャー、ニール・アームストロングの戦績は飛び抜けたものだった。
遭遇するサーヴァントの尽くを月の石で撃ち抜き、アーチャー討伐のための同盟すらも纏めて返り討ちにした。彼はアメリカ館の目論見通りに、優勝へと突き進んだ。
そして、最終戦。
アーチャーの前に立ったのは、ソ連館のライダー。
人類史上初めて有人宇宙飛行を達成した男、ユーリ・ガガーリンであった。
太陽の塔の眼前、展開された大屋根の更に屋根の上。
そこにアーチャーとライダーが立ち、遠くからはライダーのマスターが様子を伺う。それだけの戦場で。2騎のサーヴァントは最後の対話を行う。
「人類全ての、科学の発展?」
「だって、そうだろう? 国は違えど、僕らは同じ場所を目指した。なら、行き着く願いも同じでいい」
「……なるほど、それはいいね、ライダー」
「悔いのない戦いにしよう」
ライダー、ユーリ・ガガーリンのその言葉に、アーチャー、ニール・アームストロングは静かに頷き。
その直後、最終戦が幕を上げる。
「『
「『
対面する2騎は、それぞれ即座に宝具を行使。アーチャーはサターンVを召喚し、ライダーもまた自らの乗機、ボストーク1号を搭載したボストークロケットを召喚。
2つのロケットは空中で激突し、お互いを弾き、また激突し。ついには空中分解、炸裂と共に金属片を撒き散らす。が、サーヴァントは両者健在。
「やはり決着はつかない」
「ならば!!」
直後、アーチャーは作戦を切り替えた。自らの周囲に月の石を用意し、ライダーの居る一帯へと撃ち込む。ライダーは即座に戦闘機の翼を呼び出し、月の石を弾く。激しい衝突音、金属の翼は歪み、火花を散らし。
「その翼ごとっ──!!」
更に月の石の量を増やすアーチャー。魔力の全てをこの場で使い切る、それだけの勢いで以て、ライダーへ攻撃を浴びせ。
その、月の石の弾丸の一発が、狙いを逸れた。
その弾丸はライダーによる翼の盾の隙間をすり抜け。
遠くに控えていた、ライダーのマスターの方向へ。
「──マスター!!」
衝突音。
……ライダーは、己のマスターを庇っていた。自らの身を、月の石の前に投げたのだ。
その一発で。ライダーの霊核は砕けていた。彼はその場に手を付き、立ち上がることも、言葉を残すことも叶わずに、崩れ落ちた。
「……ああ、しまったな」
ソ連館のライダー、ユーリ・ガガーリン、消滅。
アメリカ館のアーチャー、ニール・アームストロングにとっては、尊敬すべき同志であった。
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「よくやった、ミスター・アームストロング」
アメリカ館は、勝者を可能な限り最大の歓待を以て迎え入れた。真夜中だというのに楽隊を動員し、酒の入ったグラスが手渡された。
彼はそのグラスを突き返し、出迎えの政府高官へ歩み寄る。
「君は既に我が国の誇りだったが、伝説をまた1つ増やすとは。……さて、後は聖杯の使用についてだが
「すまない、提案をしても?」
その言葉を遮るようにして、彼は提案した。聖杯の使い道の変更を。ソ連館のライダーとの約束の通りの、『人類全ての科学の発展』を。
しかし。
「ミスター・アームストロング。それはできない」
まあ、難色を示されることなんて、解りきった話だった。
「アメリカが獲得した聖杯だ、アメリカのために使う。最初からそういう話をしていただろう」
「……そうだったね」
「アメリカだ。我々の母国、そう、君の帰る場所でもある。我々の戦いは、アメリカのためでなければならない」
彼はそれ以上、この話を続けはしなかった。アメリカに生きる人間であるからには、これ以上の言及は好ましくない。
そして、彼らは支度を始める。……聖杯へ、願いを叶えさせる。その支度。
「もし、また僕を召喚しようと思うなら。その時は、人間のマスターは使わないでほしい」
身支度を整えながら、ニール・アームストロングはそう言った。政府高官は首を傾げる。
「しかし、それは可能なのか?」
「今は出来ないのなら、開発してほしい。人間以外にマスターをやらせる、そんな技術を」
「了解した。約束しよう、ミスター・アームストロング」
彼は頷く。
……マスターというものは、どうにも虚弱だ。先程ライダーを倒した時だって、マスターが居なければどうだったか。あんな勝ち方、負け方は、何とも嫌な心地がする。勝ちは勝ちだが、さして気分は晴れなかった。
そして。1970年の万博聖杯戦争の勝者、アーチャーにしてアーチャーのマスター、ニール・アームストロング。いよいよ彼は聖杯の前に立つ。
立って、少しばかり苦笑した。聖杯を勝ち取ったとはいえ、これでは実感がわかない──万博聖杯戦争の聖杯は、聖杯の形をしていない。
万博聖杯戦争において、聖杯は慣例としてマスコットの内部に設置される。
1970年大阪万博においては──巨大モニュメント『太陽の塔』こそが、聖杯であった。
「聖杯よ」
ニール・アームストロングは、太陽の塔を見仰ぐ。先程のライダーとの戦い、そしてそれ以前のあらゆる戦い。全て、太陽の塔は見てきたはずだ。
所詮は置物、物を語りはするまいが──さて、太陽の塔は、何を思ったものか。彼はそんなことを脳裏で考えて、己のセンチメンタルを自嘲した。
「勝者、アーチャーのマスター、ニール・アームストロングが乞い願う」
そして彼は、聖杯へ願う。
「『アメリカの科学技術の発展』を」
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今見たものは、きっと走馬灯だ。
「──ああ」
バーサーカーの──太陽の塔の宝具の一撃は、その極光は、既にアーチャーの胴体を灼いていた。胸元には穴が開いていて、霊核は焼失している。
口から言葉が漏れている、と、アーチャーは感じているが。実際はそれすら出来てはいないのだろう。
それでも考えるのは、1970年のあの日のこと。
「だから僕は、今度こそ」
不本意な形でライダーを倒してしまったあの日のこと。叶わなかった約束のこと。
「君ともう一度、競いたかった」
そして、今回叶わない、願いのこと。
「もう一度、ソビエト連邦が欲しかった」
誰にも口にはしなかったが。それが、アーチャーの願いだった。
「アメリカの、僕達のライバルで、戦友で」
あの頃のソビエト連邦をもう一度。そして、あの頃のアメリカをもう一度。反目して、それでも高め合った、刺激的で建設的で、楽しかった時代をもう一度。
「上手く行かないこともあるかもしれないけれど。それでも僕らは上手くやれるって、信じてるんだ」
叶わない願いだ。
全身の感覚が無くなっていく。霊核を失えば、サーヴァントの身体はもう保たない。己の身体がどこまで霧散したのかも、最早アーチャーには判断がつかなかった。
だがそれでも。
「悔しいな」
その意思は、決して燃え尽きることはない。
「…………次こそは勝つ」
───
大屋根リングの上から、狼我は見ていた。バーサーカーの一撃がロケットを貫き、アーチャーを貫き。全てが空中で崩壊して、消え去るのを。
バーサーカーとライダーが数歩狼我に歩み寄り、頷く。
「……倒したのか」
「そのようだ。良い指示だった、マスター」
「俺は声を出しただけだ」
狼我は己の右手を見た。刻まれていた3画の令呪も、今では残り1画だ。しかし逆に言えば、それだけで、万博聖杯戦争最強の敵を倒せた、そういうことになる。
「ライダーのおかげだ」
「どーいたしまして!!」
ライダーはそう笑って、狼我の肩をバシバシと叩く。テンションが高い。
だが当然ながら、これで戦いが終わり、という話ではない。
「それで。残ってるサーヴァントは?」
「私達──バーサーカーとライダー。そして……セイバーだ」
そう、まだセイバーがいる。アーチャーを倒すまでの同盟である以上、セイバーとはこれでまた袂を分かつことになる。
……そしてセイバーを倒せば、ライダーが敵になる。
聖杯戦争は、最後の1騎になるまで、終わらない戦いだ。
「どうするバーサーカー? 今から仕掛けるか?」
「……不意討ちということか?」
「えー、ちょっとヤダ──あ、マスターから念話。10分トイレ休憩して仕切り直さないかって。それでいい?」
「……なら10分後に仕掛けるか?」
「不意討ちではないな。いや、私はその方がよいと思うが」
大屋根リングの上に居座って、そんなことを話す狼我ら。
──不意に。
何やら、重い音を聞いた。
「……何、今の?」
重い音。重い、何かが軋む音。
また音がする。重くて、金属が擦れるような音。
音源は、遠くない。
「……バーサーカー」
「確認しよう」
それだけ会話をして、音源の方向へ走る。
音は止まない。重い音。ぎちり、じじじ、がしゃん。
どしん。
「──は?」
走る狼我の脚が、止まる。
視線は一点に釘付けになっていた。
見つめているのは西ゲートの方角、大屋根リングとも距離が近い、あるパビリオン。
「どういうことだ……?」
GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION。
ガンダム像が、動いている。
「ガンダムが──動いてる」
「そんな機能はない、よね?」
「聖杯が乗っ取られた!?」
「この勝負、俺が貰おう」
「大きいよ、どうする!?」
「どこまでもふざけた男!!」
23話 ガンダム大阪に立つ
「君は生き延びることができるか?」
【挿絵表示】