ライダーは駆けた。海上を駆けた。アトラスの起こす波を躱し、白馬に乗って水面を蹴った。深い夜の底、大阪湾を踏み締めて、全速力で駆け抜けて。──ベンドレの令呪の効力は、ライダーが万博会場西端、フューチャーライフゾーンへ帰投するまで、切れることはなかった。
そして万博会場に辿り着き、怪我人の錬を引き渡し。
ライダーはぽつりと、海を見ながら、零した。
「マスターとのパスが……切れた」
か細い声だった。
「なあ、それって……」
「…………」
狼我の言葉に、ライダーは目を逸らす。
サーヴァントとマスターは、魔力のパスで繋がっている。繋がっているから念話が通じるし、繋がっているから危篤状態にあることも解る。
そして、そのパスが切れたということは。
ベンドレは死亡したか──あるいは、限りなくそれに近い状況だ。
狼我は何を、どう言うべきか、わからなかった。ベンドレが死んだことに対して、どう言うべきか。
そしてマスターを失ったライダーもまた、長くは現界を保てない。楔をなくしたサーヴァントは、いずれ魔力を切らして消滅する定めにある。
ベンドレを回収しに海に出ることは不可能で、ライダーはもう戦力たり得ない。
狼我は、彼女に掛ける言葉を持ち得なかった。
『マスター、聞こえるか』
『……バーサーカーか』
ふと、頭の中に声が届き。狼我はそちらに意識を向ける。バーサーカーからの念話だ。無意識に海の向こうを見る。
『そっちの状況は』
『まだ悪い。アトラスが、倒せない』
まだ所持していた双眼鏡を、咄嗟に覗く。
『ガンダムは粘っているが、もう崩壊する寸前だ。先程下半身が引き千切れて水没した』
……確かに、その通りだった。アトラスに組み付いたガンダムの、その輝きは失われ、ぼろぼろと部品がこぼれ落ちるのが確認できる。まだ上半身だけで、アトラスにしがみついているが……魔力を全て使い果たすのは、時間の問題だ。
そして、既にアトラスは。万博会場へ向けての移動を、再開している。
「上陸まであと何分!?」
「移動速度から考えて、90分程度かと」
「まだ時間はあるな」
「しかし対策がありません。サーヴァントに対して、凡その近代兵器は通じない」
狼我の後方で、美琴とキャンディの会話。言っていることは理解ができた。サーヴァントは超常の存在で、神霊アトラスは更に別格だ。仮に今から自衛隊を引っ張ってきたとして、戦いになるかどうか。
サーヴァントを倒すならサーヴァント。それが原則。あるいはマスターをどうにかする、という選択肢もあるが……アトラスの上にいるのでは、どうも攻撃がし辛い。
再び狼我は念話を飛ばす。
『バーサーカー、今どこだ』
『アトラスの近くだ。セイバーの白象の上にいる。マスター、ガンダムがまだ粘っているうちに、次の手を打つ』
『解ってる』
そう、サーヴァントを倒すならサーヴァント。
アトラスの近くにいるバーサーカーか、セイバーか。それだけで、アトラスに対抗しなければならない。どうするか。何ができるか。
『……黄金の顔、撃てるか』
狼我は絞り出し、問い掛ける。そうしながら己の右手の甲を見た。最後の令呪を切るべきは今か、と。
しかし。
『違うな。ガンダムのあの宝具を受けて立っている以上、黄金の顔では倒せまい』
バーサーカーはそれを否定する。
『じゃあ、もう出来ることが──
『マスター。まだ私には
言われて、思い返す。
……そう。何日か前の晩に、必要な知識として教わっていた。
バーサーカー・太陽の塔は、4つの
そして、太陽の塔にはもう1つの顔。
地底の太陽が存在『した』。
狼我はそこまで思い至って、しかし反射的に眉を顰めた。
『アンタ、それは──
4つ目の顔、地底の太陽。
それは、バーサーカー・太陽の塔自身を、破壊する宝具になるからだ。
地底の太陽。それはかつての1970年大阪万博の際、太陽の塔の地下『心の森』に配置されていた。だが現在では散逸してしまっている──行方不明だ。その結末には諸説あるが、兵庫の山中に遺棄されたとも、粉砕されて埋め立てに使われたとも。
最早、存在しない顔。
それの力を使うのならば、サーヴァント・太陽の塔は、地底の太陽と同様の運命を辿る。
端的に言って、自爆宝具だ。
それを使えばどうなるか、狼我は知らない。自爆宝具であると聞いた時点で、であれば使うことはあるまいと、話を切り上げてしまったからだ。
……ここでわざわざ、バーサーカーが持ち出すからには。何か有効な手立てであることは、確かなのだろう、だがしかし。
『だとしても。……アンタが死んじまう』
『別に私の生き死には問題ではない。私はサーヴァントであり、芸術作品であり。……今ここにある仮初の生命が、惜しくないとは思わないが。だが、そうだな。私はここでこうするためにここにいる──そんな気もしているよ』
『……』
『第一。
否定の言葉を、言いたかった。何か言ってやろうと思って、喉元までは確かに出かかっていて、しかし形にするには、時間が足りなかった。
双眼鏡の向こうで、アトラスにしがみついたガンダムの翼が崩壊する。足元では波が立ち、それがアトラスの進撃を物語っていた。
これしかない、と。狼我も理解していた。
『マスター、最後の確認だ』
念話は、続いて。
問い掛ける。
『万博を、どうする?』
その問い掛けを受けて。
この10日間のことが、狼我の脳裏を埋め尽くした。バーサーカーを召喚し、共に戦い、命の危機も何度もあった。怖い思いも、嫌な思いもした。自分の衝動の奥底を覗いて、それと向き合った。
「……俺は」
──基田狼我は、万博を壊したかった。
壊したくてここに来て、そして今、万博が壊れる明日が目の前にある。何もしない、それを選ぶだけで、万博は壊れる。壊せる。
その上で、選択する。
『俺は、万博を──壊さない』
海の向こうへ、また目を向ける。アトラスの姿はまた少し大きくなって、その近くにはちらちらと白象が瞬く。ガンダムは右肩しか残っておらず、それをアトラスは払い落とした。
狼我は目を閉じて、目を開いて。
息を整え、拳を握って──命令する。
『万博を守るぞ、バーサーカー』
『──承った』
直後。バーサーカーの合図で、セイバーは白象を天上へと走らせた。上昇し、アトラスの真上に回る。アトラスとその肩の住持はそれを見上げて、小さく舌打ち。アトラスの宝具が空を落とすものである以上、アトラスの真上は安全圏だ。
そして、十分な高度を確保したところで。
バーサーカーは、なんでもないように、軽く。
白象から手を離して、空へ身を投げる。
身を投げて。
落下する。
重力に引かれて、その落下は加速する。
落下しながらアトラスへ迫る。そうしながら。
詠唱する。
「──40億年。生命の誕生から、数多の生物が生まれ出た」
光を纏う。熱を纏う。そうしながらも唱え続ける。
「あらゆる生命は、皆尊厳に満ちていた。変貌しながらも脈々と受け継がれた、その不可思議、その美しさ」
それは祝福。それは讃歌。アメーバからブロントザウルスまで、全てに溢れた生命への感動。
太陽の塔が1970年から物語り続けてきた、生命のエネルギーへの感応。
「それを知り、身に刻み、それ故に!!」
その身に纏うは躍動する生命全てのエネルギー。赤熱し、光を放ち。
かつて太陽の塔の地下に存在した地底の太陽。
そして同様に地下から繁茂した塔内展示『生命の樹』。
それらの存在を、解き放つ。
「私こそは太陽の塔!! 未来へ向けて吹き上げる、生命の奔流の体現者!!」
その落下を。流星のような、一瞬の落下を。
遥か対岸で、狼我も見ている。
双眼鏡を覗くことすら出来なかった。団体休憩所の手すりに身を乗り出して、バーサーカーの落下を見据えて。
あの星が消えれば、バーサーカーも消える。それだけは予感していて、握った拳は震えている。
何か言いたかった。思考ができなかった。何か言うべきだった。
心の奥底から、剥き出しの言葉が、溢れ出た。
「やっちまえ、バーサーカー!!」
叫びが届いたどうか、バーサーカー自身もわからなかった。ただ何かを受け取った気分にはなって、酷く愉快だ。
落下し続け、アトラスへ迫る。アトラスはバーサーカーを受け止めようと手を伸ばし、しかしそれに触れる寸前に。
「開き切る──『
刹那。
バーサーカー・太陽の塔の存在が弾けて。
……アトラスの全身に、ヒビ割れが走る。
「■■■■■■■■■■■!!」
「なんや!?」
ヒビ割れが走り、そのヒビからは赤く光が溢れ出す。アトラスは既に身動きが叶わず、ぼろぼろとその身体は崩壊し始め。
その、崩壊した一部分から。
樹のような何かが、露出した。
「これは──まさかっ!?」
住持は察する。それこそは生命の樹。かつて太陽の塔内部に存在した、アメーバからクロマニョン人まで、40億年の生命史を称えた存在。
今。その生命の樹が。
アトラスの体内に、強制的に創り出された。
生命は溢れる。生命は茂る。生命は世界を──アトラスの体内を埋め尽くす。異物が突然体内を埋め尽くすのだ、アトラスは当然耐えられず。
この瞬間に。
既に、霊核は砕けている。
アトラスの霊核も──そして、太陽の塔の霊核も、同様に。
「■■■■──
「…………しゃあないな」
崩壊していくアトラスの肩から駆け出して、腕を伝って指先を蹴って、住持は海へ身を投げた。
──そこにセイバーが駆けつけて、白象の鼻が住持を掴む。
飛び去る白象。その背後では。
崩壊するアトラス。
崩壊する生命の樹。
霊核を失い、いずれも消える。大阪湾へ崩れて消える。
そうしながらも。
最後の一片が、崩落するその瞬間まで。
生命の光は煌々と咲き誇り、輝きを放ち続けていた。
「残念なお知らせや」
「これで、もうおしまい?」
「やることがある。やれることが、まだある」
「我もまた勝利を望むもの」
「最後まで、望みを懸けて」
「契約するぞ、ライダー」
27話 この夢の続きを
「万博聖杯戦争は、俺達が勝つ」
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