万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

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26話 地底の太陽・生命の樹

 

ライダーは駆けた。海上を駆けた。アトラスの起こす波を躱し、白馬に乗って水面を蹴った。深い夜の底、大阪湾を踏み締めて、全速力で駆け抜けて。──ベンドレの令呪の効力は、ライダーが万博会場西端、フューチャーライフゾーンへ帰投するまで、切れることはなかった。

 

そして万博会場に辿り着き、怪我人の錬を引き渡し。

 

ライダーはぽつりと、海を見ながら、零した。

 

 

「マスターとのパスが……切れた」

 

 

か細い声だった。

 

 

「なあ、それって……」

 

「…………」

 

 

狼我の言葉に、ライダーは目を逸らす。

 

サーヴァントとマスターは、魔力のパスで繋がっている。繋がっているから念話が通じるし、繋がっているから危篤状態にあることも解る。

そして、そのパスが切れたということは。

 

ベンドレは死亡したか──あるいは、限りなくそれに近い状況だ。

 

狼我は何を、どう言うべきか、わからなかった。ベンドレが死んだことに対して、どう言うべきか。

そしてマスターを失ったライダーもまた、長くは現界を保てない。楔をなくしたサーヴァントは、いずれ魔力を切らして消滅する定めにある。

ベンドレを回収しに海に出ることは不可能で、ライダーはもう戦力たり得ない。

狼我は、彼女に掛ける言葉を持ち得なかった。

 

 

『マスター、聞こえるか』

 

『……バーサーカーか』

 

 

ふと、頭の中に声が届き。狼我はそちらに意識を向ける。バーサーカーからの念話だ。無意識に海の向こうを見る。

 

 

『そっちの状況は』

 

『まだ悪い。アトラスが、倒せない』

 

 

まだ所持していた双眼鏡を、咄嗟に覗く。

 

 

『ガンダムは粘っているが、もう崩壊する寸前だ。先程下半身が引き千切れて水没した』

 

 

……確かに、その通りだった。アトラスに組み付いたガンダムの、その輝きは失われ、ぼろぼろと部品がこぼれ落ちるのが確認できる。まだ上半身だけで、アトラスにしがみついているが……魔力を全て使い果たすのは、時間の問題だ。

そして、既にアトラスは。万博会場へ向けての移動を、再開している。

 

 

「上陸まであと何分!?」

 

「移動速度から考えて、90分程度かと」

 

「まだ時間はあるな」

 

「しかし対策がありません。サーヴァントに対して、凡その近代兵器は通じない」

 

 

狼我の後方で、美琴とキャンディの会話。言っていることは理解ができた。サーヴァントは超常の存在で、神霊アトラスは更に別格だ。仮に今から自衛隊を引っ張ってきたとして、戦いになるかどうか。

サーヴァントを倒すならサーヴァント。それが原則。あるいはマスターをどうにかする、という選択肢もあるが……アトラスの上にいるのでは、どうも攻撃がし辛い。

再び狼我は念話を飛ばす。

 

 

『バーサーカー、今どこだ』

 

『アトラスの近くだ。セイバーの白象の上にいる。マスター、ガンダムがまだ粘っているうちに、次の手を打つ』

 

『解ってる』

 

 

そう、サーヴァントを倒すならサーヴァント。

アトラスの近くにいるバーサーカーか、セイバーか。それだけで、アトラスに対抗しなければならない。どうするか。何ができるか。

 

 

『……黄金の顔、撃てるか』

 

 

狼我は絞り出し、問い掛ける。そうしながら己の右手の甲を見た。最後の令呪を切るべきは今か、と。

しかし。

 

 

『違うな。ガンダムのあの宝具を受けて立っている以上、黄金の顔では倒せまい』

 

 

バーサーカーはそれを否定する。

 

 

『じゃあ、もう出来ることが──

 

『マスター。まだ私には宝具()がある、前に伝えただろう』

 

 

言われて、思い返す。

……そう。何日か前の晩に、必要な知識として教わっていた。

 

バーサーカー・太陽の塔は、4つの宝具()を持っている。

 

太陽の塔・黒い太陽(たいようのとう くろいたいよう)。対象に民族単位の過去を見せ、行動の自由を奪う過去再現宝具。

太陽の塔・太陽の顔(たいようのとう たいようのかお)。万博の祭神としてのポテンシャルを引き出し、概念的な防衛を行う防御宝具。

太陽の塔・黄金の顔(たいようのとう おうごんのかお)。令呪を燃料としてビームを投光し、対象を穿つ貫通宝具。

 

そして、太陽の塔にはもう1つの顔。

地底の太陽が存在『した』。

 

狼我はそこまで思い至って、しかし反射的に眉を顰めた。

 

 

『アンタ、それは──

 

 

4つ目の顔、地底の太陽。

それは、バーサーカー・太陽の塔自身を、破壊する宝具になるからだ。

 

地底の太陽。それはかつての1970年大阪万博の際、太陽の塔の地下『心の森』に配置されていた。だが現在では散逸してしまっている──行方不明だ。その結末には諸説あるが、兵庫の山中に遺棄されたとも、粉砕されて埋め立てに使われたとも。

最早、存在しない顔。

それの力を使うのならば、サーヴァント・太陽の塔は、地底の太陽と同様の運命を辿る。

端的に言って、自爆宝具だ。

 

それを使えばどうなるか、狼我は知らない。自爆宝具であると聞いた時点で、であれば使うことはあるまいと、話を切り上げてしまったからだ。

……ここでわざわざ、バーサーカーが持ち出すからには。何か有効な手立てであることは、確かなのだろう、だがしかし。

 

 

『だとしても。……アンタが死んじまう』

 

『別に私の生き死には問題ではない。私はサーヴァントであり、芸術作品であり。……今ここにある仮初の生命が、惜しくないとは思わないが。だが、そうだな。私はここでこうするためにここにいる──そんな気もしているよ』

 

『……』

 

『第一。(太陽の塔)はまだ、万博記念公園に建っているだろう?』

 

 

否定の言葉を、言いたかった。何か言ってやろうと思って、喉元までは確かに出かかっていて、しかし形にするには、時間が足りなかった。

 

双眼鏡の向こうで、アトラスにしがみついたガンダムの翼が崩壊する。足元では波が立ち、それがアトラスの進撃を物語っていた。

 

これしかない、と。狼我も理解していた。

 

 

『マスター、最後の確認だ』

 

 

念話は、続いて。

問い掛ける。

 

 

『万博を、どうする?』

 

 

その問い掛けを受けて。

 

この10日間のことが、狼我の脳裏を埋め尽くした。バーサーカーを召喚し、共に戦い、命の危機も何度もあった。怖い思いも、嫌な思いもした。自分の衝動の奥底を覗いて、それと向き合った。

 

 

「……俺は」

 

 

──基田狼我は、万博を壊したかった。

 

壊したくてここに来て、そして今、万博が壊れる明日が目の前にある。何もしない、それを選ぶだけで、万博は壊れる。壊せる。

 

その上で、選択する。

 

 

『俺は、万博を──壊さない』

 

 

海の向こうへ、また目を向ける。アトラスの姿はまた少し大きくなって、その近くにはちらちらと白象が瞬く。ガンダムは右肩しか残っておらず、それをアトラスは払い落とした。

 

狼我は目を閉じて、目を開いて。

息を整え、拳を握って──命令する。

 

 

『万博を守るぞ、バーサーカー』

 

『──承った』

 

 

直後。バーサーカーの合図で、セイバーは白象を天上へと走らせた。上昇し、アトラスの真上に回る。アトラスとその肩の住持はそれを見上げて、小さく舌打ち。アトラスの宝具が空を落とすものである以上、アトラスの真上は安全圏だ。

 

そして、十分な高度を確保したところで。

 

バーサーカーは、なんでもないように、軽く。

白象から手を離して、空へ身を投げる。

 

身を投げて。

 

落下する。

 

重力に引かれて、その落下は加速する。

 

落下しながらアトラスへ迫る。そうしながら。

 

詠唱する。

 

 

「──40億年。生命の誕生から、数多の生物が生まれ出た」

 

 

光を纏う。熱を纏う。そうしながらも唱え続ける。

 

 

「あらゆる生命は、皆尊厳に満ちていた。変貌しながらも脈々と受け継がれた、その不可思議、その美しさ」

 

 

それは祝福。それは讃歌。アメーバからブロントザウルスまで、全てに溢れた生命への感動。

 

 

太陽の塔が1970年から物語り続けてきた、生命のエネルギーへの感応。

 

 

「それを知り、身に刻み、それ故に!!」

 

 

その身に纏うは躍動する生命全てのエネルギー。赤熱し、光を放ち。

 

 

かつて太陽の塔の地下に存在した地底の太陽。

そして同様に地下から繁茂した塔内展示『生命の樹』。

 

 

それらの存在を、解き放つ。

 

 

「私こそは太陽の塔!! 未来へ向けて吹き上げる、生命の奔流の体現者!!」

 

 

 

その落下を。流星のような、一瞬の落下を。

 

遥か対岸で、狼我も見ている。

双眼鏡を覗くことすら出来なかった。団体休憩所の手すりに身を乗り出して、バーサーカーの落下を見据えて。

あの星が消えれば、バーサーカーも消える。それだけは予感していて、握った拳は震えている。

何か言いたかった。思考ができなかった。何か言うべきだった。

 

心の奥底から、剥き出しの言葉が、溢れ出た。

 

 

「やっちまえ、バーサーカー!!」

 

 

 

叫びが届いたどうか、バーサーカー自身もわからなかった。ただ何かを受け取った気分にはなって、酷く愉快だ。

 

 

落下し続け、アトラスへ迫る。アトラスはバーサーカーを受け止めようと手を伸ばし、しかしそれに触れる寸前に。

 

 

「開き切る──『地底の太陽・生命の樹(ちていのたいよう いのちのき)』!!」

 

 

刹那。

 

 

バーサーカー・太陽の塔の存在が弾けて。

 

 

……アトラスの全身に、ヒビ割れが走る。

 

 

「■■■■■■■■■■■!!」

 

「なんや!?」

 

 

ヒビ割れが走り、そのヒビからは赤く光が溢れ出す。アトラスは既に身動きが叶わず、ぼろぼろとその身体は崩壊し始め。

その、崩壊した一部分から。

樹のような何かが、露出した。

 

 

「これは──まさかっ!?」

 

 

住持は察する。それこそは生命の樹。かつて太陽の塔内部に存在した、アメーバからクロマニョン人まで、40億年の生命史を称えた存在。

今。その生命の樹が。

 

アトラスの体内に、強制的に創り出された。

 

生命は溢れる。生命は茂る。生命は世界を──アトラスの体内を埋め尽くす。異物が突然体内を埋め尽くすのだ、アトラスは当然耐えられず。

 

この瞬間に。

 

既に、霊核は砕けている。

 

アトラスの霊核も──そして、太陽の塔の霊核も、同様に。

 

 

「■■■■──

 

「…………しゃあないな」

 

 

崩壊していくアトラスの肩から駆け出して、腕を伝って指先を蹴って、住持は海へ身を投げた。

──そこにセイバーが駆けつけて、白象の鼻が住持を掴む。

飛び去る白象。その背後では。

 

 

崩壊するアトラス。

 

崩壊する生命の樹。

 

霊核を失い、いずれも消える。大阪湾へ崩れて消える。

 

そうしながらも。

 

 

最後の一片が、崩落するその瞬間まで。

生命の光は煌々と咲き誇り、輝きを放ち続けていた。

 




「残念なお知らせや」

「これで、もうおしまい?」

「やることがある。やれることが、まだある」

「我もまた勝利を望むもの」

「最後まで、望みを懸けて」

「契約するぞ、ライダー」


27話 この夢の続きを


「万博聖杯戦争は、俺達が勝つ」



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