狼我は、団体休憩所に立ち尽くして、海を見ていた。
バーサーカー・太陽の塔が、その存在と引き換えに創り出した生命の樹。それがアトラスを穿ち、打倒し──輝きと共に消えていくのを、全て見ていた。その輝きを焼き付けたくて、目が離せなくて。……消え失せたその後でも、まだ見ていた。
何分経っただろうか。
セイバーが回収した住持諸共に帰投し、住持が回収されていくのを、背後から聞こえる音では聞いていた。多分、10分は経っていただろう。
じり、と肌に熱を感じた。右手の甲だ。
刻まれていた令呪が、滲み始めている。
……サーヴァントを失ったのだから、当然のことだった。
「狼我クン」
呼ばれる声がした。狼我が振り向けば、美琴が手招きしている。そして彼女を囲むように、ライダー、セイバー、キャンディが、ベンチに腰掛けていた。
狼我も手近なベンチに腰を下ろす。
「残念なお知らせや」
美琴は続けて、語り始める。
「聖杯についてや。……ガンダムに搭載されていた聖杯炉心やけど、アトラスとの戦いで大破し、注がれとった皆のサーヴァントの魔力は流出した」
「……」
「アトラス、及び太陽の塔の魔力も、本来それを回収する聖杯がなかったために既に消失。聖杯戦争に参加したサーヴァント、6騎分全ての魔力が失われた」
「……そうか」
不思議な話ではなかった。聖杯を積み込んだガンダムが、あれだけの崩壊を見せたのだから。ならば積まれた聖杯も同じこと。
だが──万博聖杯戦争とは、あらゆる願いを叶える聖杯を万博会場に顕現させ、その所有権を争う儀式。
勝利した最後の1騎とそのマスターは、聖杯によって願いを叶える権利を手にするが。……それは、倒れたサーヴァントの魔力が、聖杯に蓄積するという前提ありきの現象だ。
そしてその前提が崩れたならば。
「万博聖杯戦争は、ノーゲームや」
もう、願いは叶わない。
「堪忍な。予備の聖杯は起動したけど、間に合わへんかった」
美琴はそこまで言って、黙ってしまった。
狼我も、なんと言えば良いか分からなかった。キャンディとセイバーも、口を結んで目を伏せている。
そして、ライダーは。
「じゃあ……これで、もうおしまい?」
その姿すらも、既に薄れ始めていた。
万博聖杯戦争が、終わる。勝者なしに終わる。
ライダーはマスターという楔を失い消滅する。
セイバーは勝ち残るが、その願いは叶わない。
狼我は右手の甲の令呪に目を落とす。1画のみを残したそれは、結びついたバーサーカーを喪った以上、存在を維持できはしない。
それぞれに、思いを巡らせて。
……そして、狼我はベンドレのことを考えた。
ベンドレ・ウェドラオゴ。ライダーのマスター。狼我らを庇って海へと沈んだ、あの同盟者のことを。
右手の指を、強く握った。滲んで消えそうな令呪を、掴み留める、そのように。
「……やることがある。やれることが、まだある」
呟く。顔を上げて、美琴を見る。
「なあ、アンタ」
問い掛ける。
「マスターのいないサーヴァントが1人、令呪を腐らせたマスターが1人。──契約出来ねぇか?」
「出来なくはないな、でも意味がない」
それを聞いても、美琴は目を伏せたまま。
サーヴァントとマスターの再契約自体は、実際不可能なことではない。だがそうまでして継戦する意味がない。
「聖杯は、もう元のようには使われへん。ジブンの願いは叶わへん」
「解らないだろ」
その諦念に、狼我は食って掛かる。無意識にベンチを立ち、数歩歩み出て。まだ右の拳を握っている。令呪はまだ残っている。
視線を、ライダーへ向けて。
「……少しでも聖杯に魔力があれば。人を1人救うくらいの奇跡は、起こせるかもしれねぇ」
「ローガくん──!!」
「契約するぞ、ライダー。万博聖杯戦争は、俺達が勝つ」
そこまで意思を示してしまえば。
仕方ない、と美琴は笑う。そして小声で、何というべきかを狼我へ伝え。それを、狼我はなぞり始めた。
「──告げる」
詠唱する。
「汝の身は我の下に、我が
その言葉と共に。地面に青白く光が走り、円を描く。狼我とライダーの間で火花が散って、魔力のラインが結ばれる。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば───
そこまで言って、狼我は小さく息を吸って。
眼前のライダーの、瞳を見据えて。
「俺に従え!! ならばこの
「
ライダーがその手を狼我へ伸ばして、狼我はその手を握り返した。互いに互いの手を取って、タシ、と軽い音。2人を囲う魔力の光は、その瞬間に輝きを増し。
契約成立。薄れていたサーヴァントも、滲んでいた令呪も、その存在を再確立し。
そして。ライダーとそのマスターは、セイバーとそのマスターへ、向き直る。
「待たせたな、セイバー!!」
「アタシ達と、勝負しよう!!」
その言葉を聞き届けて、セイバーはベンチから立ち上がった。そして、追ってキャンディも。
「はは、そうでなくては──良いだろう、受けて立とう!!」
その顔には笑みがあり、同様に戦意があった。セイバーは団体休憩所の外へと歩き出しながら、軽くその両腕を広げて、相変わらずの調子で語る。
「我もまた勝利を望むもの!! 考えてみれば、少しでも魔力があれば、我の現界の延長は叶おう。サーヴァントの身体を維持し、我が神の教えを衆生へ広める、それが我が望み!!」
そこまで言って、ふとセイバーはキャンディへ向き直り。
「……案ずるな、マスター。聖杯の魔力の半分はマスターへ譲るとも」
「律儀ですね。わざわざ疑いはしません、セイバー」
狼我とライダーも、同様に団体休憩所の外へ出る。開けたところまで出て、向かい合って。
数秒、沈黙。覚悟を決める。
「やるぞ、ライダー」
「うん!!」
コモンズAのセイバー、スンダラムルティ・スワミ。そしてそのマスター、サバラガムワ・ウダプッセワラ・キャンディ・ルフナ・ペレイラ。
コモンズDのライダー、プリンセス・イェネンガ。そしてそのマスター、基田狼我。
相対する。
最後まで、望みを懸けて。
万博聖杯戦争 2025 大阪・関西。
最後の戦いが、開幕する。
「この戦いの勝者が全てを得る」
「わけではない」
「だが残った奇跡の一欠片を掴み取り」
「それを活かそうと願うのならば」
「聖杯戦争の幕引きに」
「これ以上相応しい戦いもない」
最終話 バンパク 生命の輝き
「じゃあ、後は任せた!!」
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