万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

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3話 国連館の浪人

 

朝日が昇った。

確かに、朝日が昇った。もう星はなく、月はなく、宇宙飛行士の姿もない。聖杯戦争の夜が明けた。

 

国連館の裏口の窓から狼我はそれを眺めて、配給されたメロンパンを齧った。

 

 

万博聖杯戦争 3日目 昼

 

 

「ごちそうさま」

 

 

メロンパンの包装をゴミ箱に捩じ込んで、狼我は椅子に腰掛けた。机を挟んだ向かいには美琴がいて、右隣にはバーサーカーが座っている。

 

 

「……で、バーサーカー」

 

 

一息ついて。

ここ数時間、ずっと聞きたかったこと。

 

 

「……あれなんなんだよ!!」

 

 

当然、あの宇宙飛行士の素性についてである。

バーサーカーは事情を知っているようだった。聞かない理由がない。

目の前の照野もまた頷いて、加勢する。

 

 

「そらウチも聞きたいな。あの宇宙飛行士……確か、アーチャーやっけ?」

 

「そうだ。彼は1970年の万博聖杯戦争優勝者。真名を──ニール・アームストロング」

 

 

その名前を聞いて、照野は静かに唸る。

 

 

「そら……大物が出てきとるなぁ」

 

「アームストロング……って、誰だ? 聞いたことは、ある気もするけど」

 

「宇宙飛行士。人類史上、初めて月面に立った男だ」

 

 

ニール・アームストロング。

史上初めて月面での有人着陸を成功させた、アポロ11号の船長である。月面に初めて降り立ったのも彼であり、『人類にとっては大きな1歩である』というフレーズも有名だろう。

それが参戦している、と。

 

 

「アメリカ館の所属ってのもデカいな。大人気やん」

 

「大人気……何がだ?」

 

「パビリオンや」

 

 

このルールは話していなかった、と照野が口を開く。

 

聖杯戦争において、サーヴァントがその力を引き出せるかは、その地での知名度によるらしい。日本の英雄を日本で呼び出した場合と、アメリカで呼び出した場合では、日本の方が強いのだと。

そして──万博会場で呼び出したサーヴァントは、万博会場での知名度に連動して、強さが変動する。

知名度という力が、万博聖杯戦争では強く働くのである。

 

 

「アメリカ館には、ようさん人が並んどるで? 2時間待ち、3時間待ちもざらにある」

 

「ならどうやって倒せばいい」

 

「ウチに聞かれても知らへんわ、ウチは監督役やで? ジブンの味方やあらへん」

 

 

……この待遇で? と思わないでもないが、口にはしない。釈然としないまま、狼我は頷く。

それから、ぼんやりと時計を見た。軽く仮眠を取れば、昼時からはまた労働だ。

 

 

「ああそういえば、狼我クン、今日の勤務先なんやけど、ウチの方で決めてええ?」

 

「?」

 

「行ってほしいところがあるんや」

 

───

 

大阪・関西万博、コモンズD。

 

コモンズD。その中でも特に盛況なブースがどこかと聞かれれば、パキスタンブースは外せない。

 

人気の理由はシンプルに見栄えの良さだ。

特産の岩塩ブロックを贅沢に切り出し、美しく磨き上げて、並べる。淡いピンクで艶のある、大理石にも似たその輝きは、いわゆる『映え』が抜群だ。それ故に、ブースの前に行列ができる。

 

 

「はいパキスタンブースへの入場はこちらへお入りくださーい」

 

 

……今日の狼我の仕事は、その入場列の整理であった。人手が足りないからと、指令が下ったのだ。

 

人を捌く、捌く。列に並べ、列を止め、また列を整える。女性客が多い。ある種当然のことだが、皆楽しげな表情をしている。全く当然のことだ。

 

しかし狼我は知っている。

パキスタンという国が、決して平和ではないことを。

 

独立以来3度の軍事クーデターが発生、現在でも軍部の政治介入が散見されること。

経済危機に伴ってエンジニアや技師などが国外へ流出し、また経済成長率が低迷していること。

何より、南アジア地方全域での国家間の関係の悪化。カシミール地方を巡るインドとの軍事衝突、またアフガニスタンの宗教勢力によるテロの危機にも晒されていること。

決して穏やかな環境とは言えないこと。

 

きっと、今は考えるべきではないことだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

時計を眺めて、何度目か。ようやく、狼我にも休憩時間が回ってきた。人員整理の任を交代し、とりあえず外へ行こうと歩みを進める。

近隣のブースの前を抜けて、裏口から外に出よう。それだけを考えていた。

 

近くのブースでは、各国がそれぞれに、それぞれの国へと呼び込みを行なっている。どれも賑わっていて、それがどうにも恨めしい。

綺麗事を。

そんな言葉が脳裏を過って、狼我自身、少し驚いた。

 

そんなことを考えて、歩いているものだから。

狼我は前が見えていなくて、うっかり案内のスタッフとぶつかってしまう。

 

 

「おっと」

 

「あらゴメンね?」

 

 

よろけて、踏みとどまって、顔を上げた。

 

アフリカ系の女性が目の前にいた。──この場においては、非常に普通のことだ。だが狼我は不意に、背筋が凍る。

 

何か、違和感がある。

だっておかしい。

 

この顔、昨日見た。

 

 

「な──」

 

「──どうしてアナタがここに!?」

 

 

咄嗟に距離を取る。

 

 

『バーサーカー!!』

 

『見えている!! しかし、ここでは』

 

 

念話越しにバーサーカーに指摘されれば、確かに気づく。

周囲には何十人も、来場者がいる。あるいは何百か。目の前の女性も同様に考えたようで、小さくはにかんでみせた。

 

彼女はライダー。服装こそ違うが、間違いない。昨日遭遇したサーヴァント、その人だった。

 

 

「アナタ、今時間ある?」

 

「……少しは」

 

「ちょっと待ってて。マスター呼んでくる」

 

 

そう言って、彼女は手近なブースの中へ。

見上げれば、国名の掲示が揺れている。

 

ブルキナファソ。

 

───

 

大阪・関西万博、東ゲート喫煙所。

 

 

喫煙所の片隅に、狼我は腰掛ける。彼は煙草を吸わない。ここに彼がいるのは、ひとえに呼び出されたからだ。

今、すぐ横に座っている男に──ライダーのマスターに。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

姿を見る。

大柄な体格。肌の色は濃く、スキンヘッドで、なんとも威圧感がある。しかし腰掛けて煙草を燻らす姿には、強さと言うよりは、むしろ静けさがあった。

男は狼我を一瞥し、煙を吐いて、一言。

 

 

「……今、戦いはしない」

 

「……」

 

「……ここで戦うのは、本意じゃない。そうだな……穏便に、だ」

 

 

そして、煙草を灰皿に押し付けた。

ジリ、と軽く音がして、火が消える。

 

 

「情報交換をしよう……オレは、ベンドレ・ウェドラオゴ……ブルキナファソから来た。オマエは?」

 

「基田 狼我」

 

「日本人か」

 

 

ライダーのマスターはベンドレと名乗った。ブルキナファソの人間だと。ブルキナファソ……西アフリカに位置する国だ。貧しく、治安の悪い国らしいと、狼我の記憶が告げる。

彼は2本目の煙草を摘んで──ふと思いついたように、

 

 

「……吸うか?」

 

「いや、いらない」

 

「そうか」

 

 

差し出した煙草を引っ込めて、ベンドレはそれに火をつけた。狼我は煙たさに一瞬顔をしかめて、すぐに戻す。

 

 

「……ならオマエは……日本のマスターなのか。日本代表の」

 

「多分、それは違う。俺はどこにも属してはいない。はずだ……多分。国連館に通いはしてるが、命令は受けてない」

 

 

狼我は問い掛けにそう返して、それから気付く。

 

 

「……日本も参加してるのか? 聖杯戦争に」

 

「そのはずだ……参加の……特別枠があると聞いている、ホスト国にはな」

 

「そうなのか」

 

「……それも知らなかったのか」

 

「俺は巻き込まれただけだ」

 

 

それから会話を二言、三言。

狼我が万博会場に忍び込んだこと、聖杯戦争に巻き込まれたこと、何故かサーヴァントを召喚してしまったこと。

それらを聞いて、ベンドレは眉をひそめて。

 

 

「それでも参加するのか……巻き込まれただけなのに」

 

「まあ、そのつもりだ」

 

「……なら、オマエの望みはなんだ……何のために、聖杯戦争に参加する?」

 

 

そう問われれば。

一瞬、頭の中を整理する。

己がここに来た目的、ここで働いて感じる憤り、そして抱えている衝動。

 

聖杯で、願いが叶うのなら。

 

 

「俺は、万博を壊したい」

 




「何故、万博を破壊する?」

「アタシ達には夢がある」

「戦うしかないのだろうか、我々は」

「問答無用」

「目的は同じと……言えなくもない……はずだ」

「貴方っ、誰、いつの間に!?」


4話 コモンズDのライダー


「アタシの真名は──」



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