コモンズDのライダー、プリンセス・イェネンガ。
コモンズAのセイバー、スンダラムルティ・スワミ。
今、2騎はフューチャーライフゾーンにて相対し、それぞれ武器を構えている。
万博聖杯戦争に召喚されたサーヴァントは、もう彼女らしかいない。つまり、これが最終決戦だった。
セイバーが口火を切る。
「この戦いの勝者が全てを得る、わけではない」
構えた剣は切っ先までブレがなく、面持ちは神妙なれども自然体。立ち姿には乱れなく、その振舞いのまま、言葉を連ねる。
「だが残った奇跡の一欠片を掴み取り、それを活かそうと願うのならば──聖杯戦争の幕引きに、これ以上相応しい戦いもない」
それだけ言って、口を閉ざした。
互いに、互いを見据えて。それぞれに様子を伺い、瞬きの瞬間すら同時。
──誰が立てたか、カラ、と小石が転がる音。
「オム・ナマ・シヴァヤ!!」
「
次の瞬間。
ライダーが投擲した鉄の槍を、セイバーは光の剣で弾き落としていた。
即座に鉄の槍を呼び戻し、持ち直して。ライダーはセイバーへ駆け込み、その槍を突き出す。セイバーはそれを剣先で往なし、左の拳をライダーへ。ライダーは上体を反らして拳を躱し、勢いそのままセイバーを蹴る。
一連の攻防、その後また互いに距離を取り。
どちらともなく、真横へ走り始める。
真横──即ち、万博会場の内部へだ。
「っ、追っかけるぞ!!」
狼我、キャンディ、美琴もまた、それを追いかけ走り出す。
ライダー、セイバー。2騎の攻防は、移動しながらのものとなった。ライダーは白馬を呼び出してそれに跨り、セイバーは風を起こしてそれに乗る。
彼らは大屋根リングを潜り。
静けさの森を一足飛びに飛び越え。
アメリカ館前でまた得物を交え。
東ゲート前まで転げ出て。
方向を切り替えて、ポルトガル館前までもつれ込み。
ついにはいのちパークまで。
これまで戦ってきた、万博会場の方々で。2騎の影は跋扈する。
「流石だ」
「当然!!」
剣と槍の衝突音。
打ち合って、また距離を取る。
戦況は拮抗していた。
今回の万博聖杯戦争に関して言えば、セイバーの方がシヴァ神の力を引き出せる分地力が高い。が、先のアトラス戦でもシヴァ神の力をフルに活用していたセイバーは、それによる疲弊を抱えている。ちょうどそれによって、2騎の間には戦力差がない。
ならば、少しでも回復の時間を稼ぐべきだ。セイバーは判断し、高らかに唱える。
「我が辿りし巡礼の旅路をここに!! オム・ナマ・シヴァヤ!!」
それと共に。ライダーの跨る白馬の立ち位置を中心にして、眩い光が漲った。
ライダーは咄嗟に飛び退いて──だが、その場から、動いていない。
「……まさか、これって!!」
ライダーは悟る。彼女の足下のそれは、対アーチャー戦の際にも展開された、セイバーの歩んできた道のり、無限の旅路。ただし今度は、外へと伸ばすものではなく──ライダーへ向けて、内向きに無限が広がっている。
セイバーとライダーはごく近い距離、いのちパークの両端にも満たない短距離の立ち位置にありながら。しかしその間に、無限の隙間が発生する。そしてそれは、他の全方位にしても同様。どれだけ動いても、無限を前にしては、動いていないのと同義。
ライダーの動きが、封じられた。
「っ、向こう側に、届かない!!」
ライダーは歯噛みし──その背後に、誰かが駆け寄ってくる足音を聞く。
振り向く。
狼我が、そこにいる。
「ローガくん!!」
「ライダー!!」
狼我はライダーへ追いついて、足下を見て、即座に状況を直感した。衝動的に、声を上げる。右手の甲の令呪が光る。赤くエネルギーに火が点いて、溢れ出し。
「令呪を以て命ずる!!」
令呪から流出したエネルギーが、ライダー目掛けて飛んでいく。ライダーと、そして彼女の馬へ目掛けて。強く、速く、迷いなく。
命令する。
「無限を走破しろ、ライダー!!」
「────任せて!!」
その一声で。
「走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ!!」
加速する。加速すれども、無限の距離に囲われている以上、その立ち位置は変わらない。だがそれでも、なお加速。その場で走りながらにして、残像がオーバーラップする。
セイバーが反射的に片目を細めた。無限の道を展開しているセイバーも、当然魔力を消費している。無限を維持すれど、内心は苦しく。
2騎共に、予感する。
この一撃が。すべてを決める。
「アタシは、アタシ達は!! きっと、どこまででも、走っていける!!」
加速、加速。加速。
無限の道を駆け続ける、ライダーの姿は既に残像に埋もれて見えなくなって。それでも更に加速する。ついにはまるで投げ放たれた槍のように、一直線の光と化して。
そして。
「『
瞬間。
拮抗が破れた。
一瞬のことだった。その刹那に、光の槍は無限の道を踏破し。その向こう、セイバーの身体すらも貫いて、静止する。
「…………見事。我の負けか」
「うん。…………アタシたちの勝ち」
セイバーの霊核は、この穿通で砕けていた。
致命傷を負ってなお、まだセイバーの自然体は崩れなかった。少しずつ崩壊していく肩を、なんでもないように回して。それからキャンディを見つけて、声を掛ける。
「すまないな、マスター。貴殿には苦労をかけた」
「別に構いません。私は仕事をしただけなので。ここまでの経費は、いずれ国に支払ってもらいますから、お気になさらず。……お疲れ様でした、セイバー」
「……敵わないな、マスターには」
セイバー、消滅。
残されたライダーは白馬を降りて、少しその場で息を整えて。それから狼我の方へ小走りに駆け寄って、右手を挙げた。
「ハイタッチ!!」
「おう」
軽い音。いい音がしたものだから、少し笑えた。
笑い顔のまま、狼我は何気なく脚元へ目をやり。
そこで、気がつく。
ライダーのその身体は、脚先から崩壊を始めていた。末端から粒子化し、急速に存在が崩れていく。
ライダー自身、狼我の態度で初めてそれに気づいたようで、己の脚を確認した。
「…………ライダー」
「んー、まあ無理したからね、アタシも。保たなかったか」
そう、にへらと笑ってみせる。
『無限』を『走破』するという矛盾。令呪のブーストだけでは、それを成すには足りなかった。ライダーは己の全てを注ぎ込んで、ようやくそれを成したのだ。
霊核は、既に摩耗の末に圧壊している。
「……悪い、ライダー」
「別に謝らなくてもいーよ。アタシも、こうなるかもとは思ってたし」
それに、と、続けて。
「願い、同じでしょ?」
「……そうだな」
ライダーは数歩、歩こうとして。……それを止めて、いのちパークの地面に座り込んだ。きっと、歩くことすらままならないのだろう。彼女の崩壊は既に、全身に及んでいる。全身が滲んで、崩れ始めて。
狼我も、ライダーのすぐ横に、腰を下ろす。
「あーあ──楽しかったね、ローガくん。色んなものを見て、美味しいものを食べた。アタシ、ここに来れて良かった」
「ああ。……楽しかったな」
「また呼んでくれる?」
「機会があればな」
不意に、眩しい、と感じた。
それは当然のことで、東の方を向いてみれば、丁度朝日が昇ってきていた。
夜の万博は終わる。万博聖杯戦争は終わる。
そしてまた、昼の万博がやって来る。
また、ライダーの方を見た。差し込んでくる太陽光線すら、ライダーの身体には障るようで、既に彼女の身体はすっかり透けている。
それでも、満足げだった。
万博聖杯戦争は、彼女にとって、良いものだった。
ライダーの姿が、陽光に融ける。
「じゃあ、後は任せた!!」
「ああ。…………任された」
───
数日後。
大阪・関西万博、国連館前。
『狼我クン、列が乱れとる。直しい』
「はい皆さーん!! 1列に!! 乱さず並んでくださーい!!」
狼我は国連館の前にいた。ただ立っているのではない。国連館の制服に袖を通し、両手を伸ばして来場者の列を仕切っている。耳に着けたインカムからは、口煩く美琴の声。
『列並ばせるのもプロの技なんや。やっぱり狼我クンには早かったか?』
本当に口煩い。顔をしかめる。
『やっぱり乗るべきやなかったな、ジブンの提案には』
「うるさいな。くれてやっただろ、聖杯の使用権」
『ジブンがつこうた後の搾りカスをな? あれで許したったウチも優しいわ。……また列が乱れとる』
「はい皆さーん!!」
万博聖杯戦争が決着してから、狼我の処遇については一悶着あった。彼は元は不法侵入してきた不審者であるわけで、その処分を延期させていた万博聖杯戦争が終わった以上、改めて対応を整理する必要があったのだ。
が、結果として、彼はお咎めなしということになった。ついでに、狼我たっての希望で、特例で国連館の臨時スタッフの地位まで得ている。
それというのも、万博聖杯戦争の最中、そして神霊アトラスによる万博会場侵攻において、パビリオンの保護及びマスターらの保護に尽力し、結果として犠牲者ゼロに抑えた、その実績を評価されてのことだ。
──そう。犠牲者ゼロで収めた実績を、だ。
『と、休憩時間や狼我クン。そろそろ時間やろ』
「……そうだな」
『ウチは外せへんし──ちょっと気まずいから、代わりによろしゅう言うとって』
「しゃーねえな」
それだけ返して、持ち場を離れる。
十数分後。
大阪・関西万博、東ゲート。そのすぐ横にある、スタッフ用通用口。狼我はそこに立っていた。
すぐ横にはキャンディもいた。ここで集合する話だったからだ。……特に会話はなく、ただ立って。ただ、待っている。
待ち人は、すぐにやってきた。
「……待たせた、な」
ベンドレ・ウェドラオゴが。2人の前に現れた。
3人は少しの間、顔を突き合わせて黙り込んで。
「……少し歩きますか?」
「そうしよう」
無目的に歩くというのであれば、やはり大屋根リングが良い。3人は上手く会話を切り出せないまま、大屋根リング上へ昇るエスカレーターへ。
数日前。不完全なものとはいえ、聖杯を勝ち取った狼我は、聖杯へベンドレ・ウェドラオゴの回収を願った。海へ沈んだベンドレを、聖杯のリソースで強制的に海面まで引き上げさせたのだ。
──ただし、そこから先の回復については、ベンドレ自身の生命力によるものだった。彼もそれなりに生きる気力があったのだろう、とは救急医の談。
狼我は聖杯で助けたことについては、気を遣わせたくないと、ベンドレには伏せるように頼んでいた。実際美琴も伝えていない。が、ベンドレ自身は凡そ事情を察している。狼我の気遣いについても同様に。だから気まずい、とも言える。
ベンドレは、どう話を切り出したものかと、しばらく思案して。それから、
「まだ、働いているのか。……国連で」
「まあな。もうしばらく、万博にいるよ。……これからのことを、ここで考えたい」
狼我はそう返す。ベンドレがどう思っているかは別として、国連自体は真っ当な組織だと、狼我は思っている。万博聖杯戦争で敵対したのだって、国連館なりの理屈があったとは理解している。
だからまあ、しばらくは。国連の視点を学びたいと、狼我は考えていた。その先についても、いずれ決まろう。
また、会話が止まってしまった。
「……」
「……」
「……」
エスカレーターを降りて右折し、大屋根リングの上の段へ歩く。歩いて、歩いて、一番高いところまで。そうしながら、ぽつりと。
「これは、今回の万博聖杯戦争についての、私の……思い付きのような仮説です。本気にはしないでほしいのですが」
キャンディが、そんなことを切り出した。続けて語る。
「魔術世界には、『抑止力』という考え方があります」
「抑止力?」
「諸々の難しい説明は省きます。この世界を守ろうとする世界の意思、それが抑止力。その程度の理解で構いません」
そんなことを言いながら、更にリングの上の方へ。行き交う来場者の間を抜ければ、海風が頬を撫ぜた。
「抑止力は、世界を守るために様々な方法で世界へ干渉してきた、とされています。自らの尖兵を世界へ送り込んだり、危険な領域を丸ごと消滅させたり、といった方法を取ることもありますが──」
そこまで言って、キャンディは脚を止める。丁度、リングの最上部の辺りだった。左手には海が広がっていて、ボートが何隻か浮かんでいる。それを一瞥してから、彼女は狼我へ向き直って、そうして。
「──最も多いとされる干渉のパターンは、その場にいた人間を後押しして、無自覚に世界を救わせることです」
そんなことを言う。
狼我は何と返すべきか逡巡して。
「……俺と、バーサーカーが、そうだったってことか?」
「本気にしないでと言ったでしょう。別に抑止力なんて持ち出さなくても、今回の聖杯戦争で起こった出来事は、全て魔術的に説明がつきます」
狼我の返答に、キャンディはそう肩を竦めた。自分で言っておいて、と、狼我は目を細めるが。
「……それでも貴方を見ていると、そんな気がする。それだけの話なんです」
そう言われれば、大して悪い気もしない。
後ろで会話を聞いていた、ベンドレが口を差し挟む。
「なら──そうだとして、何故、この万博に?」
「そんなもの、答えは1つでしょう」
キャンディは、2人から視線を外し、海とは反対側へ目を向ける。狼我も、ベンドレも、それに続けば。
広がっているものは、万博だ。
大阪・関西万博の、その会場。多くの人々が、行き交う世界。この世界のどこにも属さない、万博という場所。
「この万博を起点にして、世界が変わっていくからですよ」
また海風が頬を撫ぜた。
数秒、黙して。あの万博聖杯戦争のことを思い出す。いつか、この記憶も薄れるだろうが。それでもあの日々に意味があったと、確信している。
「……推論に推論を重ねすぎましたね。ポエムを読むのはセイバーの仕事です」
キャンディはそう話を切り上げて、踵を返す。元来た坂道を数歩降りて、それから狼我とベンドレへ。
「休憩にしては長くなりましたね。私はコモンズAに帰りますが、貴方達は?」
「オレも帰ろう。客が増える時間帯だ」
歩き去る2人の背を見て、狼我もまた歩き始めた。
もうここにはバーサーカーはおらず、全てのサーヴァントはおらず、万博聖杯戦争はとうに終わった。だが今、狼我は寂しいとは思っていない。
きっと、万博が終わったって、寂しくはない。
何故なら狼我は。
この世界を、いつか万博にするからだ。