真名判明
コモンズDのライダー
真名
プリンセス・イェネンガ
ブルキナファソ建国伝説に語られる建国者、あるいは建国者の母。
彼女が母国を出奔し、辿り着いた果てで建国した国の末裔が、現在のブルキナファソである。
万博聖杯戦争 4日目 昼
「おはようさん。よう眠れた?」
「……まだ眠い」
仮眠室から這い出て時計を見たら、午前11時ちょうどであった。狼我は1つ大あくびをして、パイプ椅子に腰掛ける。
「ほいコーヒー」
紙コップが差し出された。美琴が淹れたものらしい。少し口に含むが、かなり濃かった。想定外の苦さに、目を丸くする。
美琴はそんなことには気づきもせず、部屋の片隅に向き直る。
「バーサーカーは飲む?」
片隅に佇むバーサーカーに、そう紙コップを差し出した。
5秒ほど静止。
「……冗談や、冗談。バーサーカー口ないもんな」
「いただこう」
「飲めるんかい」
そのまま紙コップを引き渡して、彼女も席に着いた。
そして昨晩の内容の説明を促されたので、狼我はぽつぽつと話す。ライダー陣営と話し合ったこと。同盟を組むこと。
「ほー、ブルキナファソのライダー陣営と同盟……ライダーの真名は?」
「……言っていいのか?」
「監督役やで、ウチは? 心配せんとって、言いふらさへんよ」
「…………イェネンガ。らしい」
「へえ」
へえ、イェネンガ。美琴はしばらく、うんうんと頷く。それから。
「……ゴメン、知らんわ」
……そうだと思った。
狼我は説明を続ける。イェネンガが何者か。そしてライダー陣営の望み──祖国ブルキナファソの繁栄について、聞いた限りを。
それを聞きながら美琴は何時になく、割と明るい顔で頷く。機嫌良さそうに唸ってみたり、やるやん、なんて小さく笑って。
「やるやん、なのか」
「まあな。ウチもちょうど知りたかったんや。……この際や、頼みがある」
そこまで言って笑みが消え、彼女はこう切り出す。
「どの国の誰がどのサーヴァントを召喚したか、調べてほしいんや」
──その頼みは、なんとも不思議だ。
「どうしてあんたが知らないんだよ。監督役ってのなんだろ」
「事情があるんや」
彼女は深く、溜息を1つ吐いて。
徐ろに、右手の指を2本立てた。
「万博聖杯戦争の監督役は2人いる」
そう言った。
「2人? どうして」
「興味深い。以前はそうではなかったはずだ」
「どっちも聖杯戦争の運営をする監督役ってのは同じや。せやけど担当する部分がちゃう」
眉をひそめながら、彼女はさらに話す。どうやら、彼女にとっては好きではない話題のようだ。
「ウチら、国連館の監督役は、始まった聖杯戦争の運営を執り行う。聖杯戦争中にトラブルが起きないように管理するんや」
そう言い切って──少し考えた様子で、美琴は目を細めて、
「まあ既にトラブルは起こってんねんけど」
これは多分嫌味だ。狼我は聞き流す。
「…………もう1人は?」
「もう1人の監督役の役割は──興業としての聖杯戦争の管理や」
「どういう意味だ?」
「興業は興業や。聖杯戦争は……言いたくないけど、イベントにされとんねん、魔術使いの間で」
「──は?」
魔術は本来秘匿されるべきもの、のはずだ。少なくとも聖杯戦争はそうだ。だから真夜中にわざわざやっている、と、狼我は他ならぬ美琴から聞かされている。
「ま、秘匿云々については、知ってる人ならセーフ、みたいな理屈かもしれんな」
「待ってくれ。イベントって、結局なんなんだ」
「中継されてるんや、聖杯戦争は。なんやったら賭けの対象にもなっとるらしいで」
「……これも時代か。55年前とは大違いだな」
バーサーカーも心なしか呆れた感じで、天井を仰いでいた。結構ショックを受けているらしい。
美琴は更に説明を続けて。
「それで、その興業としての聖杯戦争を管理するのが、もう1人の監督役」
それは。
「GUNDAM NEXT FUTURE PAVILIONの監督役──つまり、バンダイナムコや」
その名前は。
意外というか、なんというか。
少なくとも、あまりにも身近な企業なものだから、上手い返しが出てこない。
「知らなかった」
「そら言うてへんからね」
美琴は相変わらず眉をひそめたまま、ぐい、と手元にあったコーヒーを飲み干した。
「言いたくないわ、だって腹立つやん。世界の趨勢を決める儀式やのに、バラエティ番組にされとる」
「バラエティ番組なのか」
「せや。いわゆるリアリティーショーやな。……はあ」
のそりと、彼女は席を立つ。溜息を更に吐き出しながらコーヒーを淹れ直して、
「この聖杯戦争は、世界のために使うべきやねん」
そう、ぽつりと漏らす。
10秒ほど、全員黙り込んでしまって。
「ともかく、ウチら国連館には責任がある」
「責任とは?」
「万博聖杯戦争でおかしな願いが叶ってしまって、世界がめちゃくちゃにならへんようにする責任や」
再び席に着く美琴。
彼女の視線が狼我を射抜く。
「そのためにも、まずは特定が必要や。誰が参加しているのか、何を望んでいるのかの。……頼めるな?」
───
その少し後。
「──って言われたんだが、どうする、ベンドレのオッサン」
「そうか……」
狼我は、美琴から聞かされたことをひとしきり話し終えた。バンダイナムコの監督役のこと。願いの特定を頼まれたこと。
ベンドレはそれらを聞き届けて、静かに唸って。
「まあとりあえず……食事にしよう」
「うす」
木製のスプーンを手に取った。
ここは万博会場の中のレストラン、アフリカンダイニングホールPANAF。
せっかく同盟するのだから、と、ベンドレが狼我を呼び出したのだ。もちろん彼の奢りである。ベンドレと、ライダーと、狼我の3人で、ローテーブルを囲んでいる。
なお、バーサーカーは霊体化してその辺で待機だ。
予め注文しておいたプレートを見下ろす。
狼我らが注文したものはマフェ・セット。メニューの説明曰く、アフリカ式のシチューらしい。とりあえず見栄えは綺麗だ。
「1食4000円は高くないか?」
「観光地の飯だ……そういうものだろう」
そうだろうか。まあ、奢られた飯に言うことでもない。狼我はとりあえず、ゆっくりと一口。
……よくわからない。美味しいはずだが、表現する言葉が思いつかない。少なくともカレーではなく、シチューでもなく。後味にピーナツバターを感じる気はするが、それすら曖昧。何かと何かと何かが頭の中で形を持つが、誰が何なのかが特定できない。
咀嚼しながらもどかしい。少なくとも、美味しいはずなのだが──
「美味っしー!! え、これホントにマフェ? これが?」
──ライダーがそう言っているのだから、美味しいことは間違いないはずだ。
顔を少し上げれば、満面の笑みでライダーがスプーンを咥えている。ベンドレも、まじまじと皿を見つめながら、おずおずと食べ進めているようだった。
「西アフリカの飯なんだろ、これ?」
「まあそのはずだが……ジャパニーズ マフェ、なんだろうな……少なくとも、ライダーの時代には多分……カボチャはなかった」
「そうか」
再び視線を落として、ピクルスを咀嚼する。肉も野菜も大きいので、悪い気はしない。
「でも美味しーよ、文句言わないでもーマスター!!」
「別に文句じゃない……これは美味しい……」
黙々と、食べ進める。サラダも美味しい。
「……さて……話を戻すが」
「いきなり戻したな」
また顔を上げた。目の前ではベンドレがもちゃもちゃとサラダを咀嚼しながら、狼我を見ている。
「願いの特定、だったか……悪いことじゃない。どちらにせよ……情報収集は、必要だからだ」
「必要って?」
「一昨日の晩、オレ達は……白いサーヴァントに襲われた」
「あれはアーチャーらしい」
「そうか。……オレ達はアーチャーに襲われた」
思い返す。あの晩に襲ってきたアーチャー。真名をニール・アームストロング。
ライダーとバーサーカーの戦いに割って入り、上空から大量の月の石を撃ち込んできた。恐ろしいことだった。狼我はバーサーカーの陰に隠れて逃げられたが、運が悪ければあの場で流れ弾に撃ち抜かれていたかもしれない。
「あれは強い。正面から戦って……勝てる可能性が……オレには、見えない」
「だから情報が要るってことか?」
「そうだ……どちらにせよ、調査は、するんだ。だから、そのついでだ。ついでに監督役に……なんだ、あー、そうだな」
「……恩を売る?」
「それだ」
もちろん、できる限りでだが、と。ベンドレは付け足して、マフェをまた一口頬張った。
「なら、オッサン。調べるとして、誰から調べる?」
「そうだな。昨日の夜……マスターがいた。彼女から、だろう」
「だな」
「昨晩会った彼女は……恐らくは……セイバーのマスターだ」
そんなことを言う。
セイバー──昨日いた、白い衣装を着ていたサーヴァントだ。多分。セイバーだと名乗られたわけではないので、確信はできないのだが。
「どうしてだ?」
「……雰囲気だ」
「雰囲気なのか」
「……オレとライダーは似ている……それは当然、同じ国にルーツを持つからだ」
万博聖杯戦争だからな、とベンドレは続ける。
「関係あるのか?」
「ある。……万博聖杯戦争の……触媒は……国が、用意する」
触媒。
確か、サーヴァント召喚の際の呼び水を指す言葉だ。特定のサーヴァントにゆかりのある物品を用意することで、狙ったサーヴァントを召喚しやすくする。そういうもの。
「国が用意している、から……マスターとサーヴァントには、似通ったところが出てくるように……オレは思う」
「そうか」
「……どう思う?」
「信じる。俺も、そんな気はする」
そう言われれば、実際そんな気はする。目の前にいるライダー陣営は共にブルキナファソの人間だし、狼我だって日本のサーヴァントを呼び出した。……太陽の塔は、日本のサーヴァントとして扱っていいはずだ。
「じゃあ、次はセイバーがどこの国のサーヴァントかを考えないとな──どこだ?」
「どこだろうなあ……」
昨晩見た、あのマスターを思い返す。
オレンジに近い褐色の肌、軽くウェーブしたロングの黒髪。
あくまで直感だが──
「──多分インドだ。そんな気がする」
「……そうか……それなら?」
「俺が潜入する。インド館に」
「あっねえ2人とも、このジニベレってドリンクも美味しーよ!! 甘くて爽やかで、ちょっとヒリヒリする!!」
───
大阪万博に、インド館は存在しない。
何故なら今回、インドではなくバーラトと名乗っているためだ。
インド館を探して万博会場を2周ほどし終えた辺りで、狼我はそれに気がついた。
「バーラトか……」
バーラト。ヒンディー語でインドを指す言葉である。わざわざ名称を変更したのは政治的な理由があるのだろうが、言い換えれば日本が海外の万博でジャパンではなくニホンを名乗るようなもの。自然といえば自然だろう。
ぼんやりそんなことを考えつつ、美琴に一報を入れる。
「今日の勤務先、ここにしたいんだが」
『バーラト館? ええわ、ちょう待っといて』
電話越しに、何やらキーボードを叩く音がした。
狼我は万博内で勤務することになっているが、どこにもスタッフの不足がない日には、勤務先を選べるようになっていた。万博聖杯戦争の情報収集のためである。
美琴経由で申請を行えば、都度施設での役割が与えられ、そこで働く。そういう仕組み。
『おまたせ、入ってええよ』
その声を聞きつつ、パビリオンの裏手に回る。
今回の仕事はパビリオン内の警備。裏口から入って、周囲を見回す。
バーラト館。
つい最近、万博開催から少し遅れてオープンしたインドパビリオン。しかし遅れただけはあると言うべきか、部屋の作りはそれぞれ壮麗、展示や映像スクリーンの数も多く、何か得も言われぬ香りが全体に漂う空間。
一通り回ってみる。すれ違うスタッフの顔を都度確認するが、見覚えはない。今のところは収穫はなしか、と、特設ショップの脇を抜けて、裏手に戻る。
1歩、2歩、バックヤードに踏み込んで。
「なんか探し物でもあるのかい?」
背後から。唐突に肩を組まれた。
「なっ──」
狼我は飛び退こうとするが、できない。後ろに立つそれは力強く、狼我を捕まえ離さない。
「い、いや、俺は」
「ええにええに、取って食おうって訳とちゃうんや」
関西弁の、男の声。関西弁だが、美琴の話す大阪弁とはまた違う。狼我にはどこの地域かまでは解らない。というか訳がわからない。どうしていきなり? ちゃんと手続きは済んでいるはずだ。
狼我はとりあえず、首元に提げたスタッフ証を見せようと手を伸ばし。
「……マスターでも探しとるのか?」
……これはまずい。
「っ!!」
「おっと、動かんといてな」
もがいてみるが、掴む腕は振りほどけない。視線を落とすが、手袋をした手ががっしりと、狼我の手首を捕らえている。彼の背後にいるその顔を、覗くことすら叶わない。
耳の後ろに呼吸音を感じる。それに交じって。
「闇雲に探すのも手間やろう、ヒントや」
そんなことを、男は言った。
「聖杯戦争の参加者は、サーヴァント召喚の触媒を展示しとる」
「……」
「万博での見せ物として使えて、サーヴァントも知名度も高められる。一石二鳥ってとこやな」
そんなことを話しながらも、やはり男は狼我を解放しない。彼は掴んだ狼我の右腕を、強引に持ち上げ。
「……君の場合は、万博自体が触媒ってとこか」
……狼我の右手の令呪を、剥き出しにして。
それを眺めているのだろう、男は何やら楽しげだ。
「令呪自体も太陽の塔とは、一貫しとる」
「……知ってるのか」
「見たらわかるやろあんなん。バーサーカー太陽の塔……むっちゃ強そうや」
「……強そうなのか?」
「だってそうやろう? 知名度が段違いや。僕もそうしたら良かったなあ、盲点やった」
その発言を考えれば。
僕もそうすれば、などと言うのだとすれば。
『ホスト国には特別枠がある』があるとベンドレは言った。ならばきっと。
「……お前が、日本のマスターなのか」
「ははは」
今ここにいるこの男が、それなのだ。
一体どのサーヴァントのマスターか? ──恐らくは、アサシンか。あれは確か和服を着ていたはず──
その、思考を断ち切るように。
「せやけど、こうして捕まっとったら強いもなんもあらへん」
令呪を握る男の力が、少し強くなる。
手の甲から鈍痛が伝わって、狼我は無意識に目を細めた。
「怖いか?」
男の声は尚も。
「怖いやろう、伝わるに……そう、聖杯戦争は怖いんや」
笑いを含んだ声だった。関西弁の口調が余計にそれを思わせた。何とも意地が悪い、印象がある。
狼我は何か、何かこれを止めさせられないかと言葉を探して、絞り出す。
「マスターへの攻撃は禁止なんだろ」
「基本はそうやな? でも絶対安全とはいかん、もしかしたら事故でうっかり死んでしまうかもしれん。その事故が起こるリスクは、結構大きいのが聖杯戦争や」
「脅してるのか」
「やっぱり怖いんやな?」
話にならない。
念話をしよう、意識をバーサーカーに向けよう、そう狼我が思っても、目の前の危機に意識が向いてしまう。彼は初心者で、上手く魔術は馴染まない。
それに第一、相手もサーヴァントのマスターだ。交戦になってしまえば、バーサーカーの助けが入る前に──狼我は死にうる。
「だから、これは取引や──バーサーカー、僕にくれやんか」
そんな提案を、関西弁は切り出した。
「……寄越せと? サーヴァントを?」
「そうや」
「出来ないだろ、そんなこと」
「それができるんや」
手の甲の上で触感が動く。令呪を撫でられている。不快だ。それを見ることすらも不快で、狼我は視線を横に逸らした。
「僕の一族は代々魔術師でな、専門分野は契約の破棄や」
「破棄?」
「今となってはお役御免の三流魔術やけど、ご先祖様は呪いの解除なんかを仕事にしとったらしい」
呪いの解除。
そうか。令呪も、呪いか。
それなら。
「その令呪、マスター権ごと引き取れるに」
そういうことに、なるのか。
「どうする? この勝負、降りてもええに?」
一瞬、考える。
勝負を降りること。降りた後にどうなるか、起こり得ること。
今の待遇は終わり、別に構わない。
普通に警察に捕まる、それもまあいい。
しかし、しかし。
「どや?」
「…………それは」
言い淀んでいると、ぱっ、と。手の甲からの鈍痛が消えうせた。のしかかっていた力が消える。
振り向けば、1人の男が、狼我から手を離して。
スーツ姿の糸目の男が、なんでもないように立っていた。
「まあすぐには決められやんよな」
「あ、ああ」
そして、ほどなく踵を返し。
「明日の夕方、また話を聞きに来るで。その時に答えを聞かしてほしい」
じゃあな、と言い残して、スーツの男は歩き出す。そのまま去っていくのを、狼我は見送ることしかできない。
「囲まれた!!」
「この動きッ!! アタシ達は知ってるはず!!」
「聖杯戦争はここからってか」
「宝具を使う」
「宝具ってなんだっけ!!」
「覚悟してほしい」
6話 太陽の塔・黒い太陽
「これから嫌なものを見るぞ」
【挿絵表示】