万博聖杯戦争 2025 大阪・関西   作:ナニトゾ

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6話 太陽の塔・黒い太陽

 

万博聖杯戦争 4日目 夜

 

 

結局、狼我はバーラト館で閉場まで働いた。

働きはしたものの、彼にはイマイチ働いていた実感がない。頭の中は、バックヤードで襲ってきたあの男のことでいっぱいだった。

ぼんやりと、道を歩く。

コモンズDが見えてくる。

 

 

「ローガ」

 

「──うわあああっ!!」

 

 

転倒!!

 

声がして、振り返って、ベンドレの顔があって。

それに驚いて、気づけば地面に転げていた。

 

 

「そこまで……驚くことか?」

 

「悪い。……申し訳ない」

 

 

唐突だった。唐突に声をかけられたせいだ。驚かせやがって。狼我は地面に強く打ち付けた尻を擦って、再び立ち上がる。

なんともバツが悪い。

 

 

「それで……どうだった、成果は?」

 

「セイバーのマスターはいなかった。あそこにはいない気がする」

 

「つまり……セイバーは、インドのサーヴァントじゃない?」

 

「俺はそう思う」

 

 

バーラト館に展示してあった、それらしいものを思い返す。触媒たり得そうなものは、ガネーシャ神像、あるいはブッダをテーマにした悟りの木だろうか。

もしくは各所に並んでいた名も知れぬ銅像達のどれかを触媒にしたのかもしれないが、名も知れぬようなものを触媒にできるのかどうか。

そう思えば、やはり、セイバーはインドの──バーラト館のサーヴァントではない。狼我はそう考えている。

 

そうなると、ならどこのサーヴァントなのか、という話になるのだが。

 

 

「どこだと思う?」

 

「アジア圏では……そうだな……インドに、近い国は?」

 

「パキスタン。……これは違うかもな。それ以外だと、ネパール、バングラデシュ、ブータン、スリランカ……」

 

 

世界地図を思い浮かべて、候補を挙げる。指折り数えて、1つずつ。

 

 

「詳しいな、ローガ」

 

「……まあな」

 

 

そんな会話をしていると。

 

 

「待って2人とも」

 

 

声がした。ライダーの声だ。さっきまでは霊体化していたのだろう、彼女の姿はなかったのだが、今はもう既に現れて──ベンドレの後ろで、槍を構えている。

 

 

「どうした、一体」

 

「マスター、サーヴァントだ。誰かがいる」

 

 

バーサーカーの声もする。狼我の真横で霊体化を解いて、どこか遠くに視線を向ける。

言われて、初めて、耳を澄ませる。

 

バサリ、何かが揺れる音。木の揺れる音。しかし1つではない。幾つも、幾つも、重なって。大きくなる。

気づかなかった。気づけなかった、数分の間に。

黒い影が幾つか、視界を横切り始めている。

 

 

「コモンズに戻るか?」

 

「いや、袋小路だ」

 

 

言う間にも。

黒い影。黒い影。

取り囲まれている。狼我ら4人を取り囲んで、黒い影が走っている。薄暗いだけの塊が、徐々に形を持ち、大地を駆ける。

影。影。完全に実体化して、走り続けて。

 

 

「囲まれた!!」

 

「この動きッ!! アタシ達は知ってるはず!!」

 

「……アサシンか!!」

 

 

今や影、跳梁跋扈!!

狼我らを取り囲み、黒が駆ける。それはまるで勢いづいた魚群か、あるいは迸る竜巻か。取り囲み、取り込み、逃さない。

狼我はこれを知っている。アサシンに追従する存在。少なくともそうであることを知っている。これは、アサシンの攻撃だ。

 

 

「危ない!!」

 

 

唐突に声を上げるバーサーカー。腕を広げ、ガン、と音。──どうやら、何かを胸で受け止めたらしい。きっと黒い影が放ったものだ。

バーサーカーは胸に刺さったそれを引き抜き。

 

 

「マスター、これを」

 

「お、おう」

 

 

狼我に差し渡す。

狼我は受け取ったそれに視線を落として。

金属の塊──鋭いフォルムを知っている。日本人なら知っている。

 

 

「これ、手裏剣だ」

 

 

十字の刃物。手裏剣だった。

 

 

「ニンジャだ……」

 

 

ベンドレが言葉を漏らす。狼我の手元の手裏剣を見て、ではない。彼は真っ直ぐに、奔る影の隙間、その向こうを睨んでいる。

狼我もそうする。

見えるものは、和服めいた衣装、足袋、そして手に持つ長い槍。

 

なるほど。

ニンジャがいる。

 

 

「槍使いの……ニンジャ!!」

 

 

ガン、とまた音。

振り返れば、バーサーカーの胴体に、幾つか手裏剣が刺さっている。きっと、胴体で狼我らを庇っているのだ。

カン、とまた音。

視線を向ければ、ライダーが槍を振り回している。きっと、手裏剣を弾いているに違いない。

推測でしか語れない。何しろ常人の目では追いきれない。そしてその見えない攻撃が、一発でも当たってしまえば、その先は。

 

──脳裏に、昼間の男がちらつく。あの糸目の男。その発言。

明日、また話を聞くと。

 

 

「……話が違うだろ!!」

 

 

吐き捨てた。アイツめ、この場で殺しに来た!!

あるいは脅しの一環か、それとも試験のつもりなのか。いずれにせよ苛立たしい。

しかし。

 

 

「……聖杯戦争はここからってか」

 

 

しかし、これが本来の。決してスポーツではありはしない、聖杯戦争。

 

風を切る音。

 

何かがすり抜けて、頬に痛みが走る。

指で触れる。ねっとりとした温かみ。

 

 

「スリケンが!!」

 

「すまないが私だけでは凌ぎきれない!! ライダー!!」

 

「アタシもやってるよ!! でもこれ、数が多い!!」

 

 

明確に、一方的に、追い詰められている。

 

 

「やむを得ない、宝具を使う」

 

 

バーサーカーの発言が聞こえた。狼我に問いを投げている。

 

 

「いいな、マスター」

 

「悪い、宝具ってなんだっけ!!」

 

「必殺技みたいなものだ」

 

「じゃあやってくれ!!」

 

 

咄嗟に叫ぶ。殆ど反射だ。思考を差し挟む余裕はない。

 

 

「雑だなマスター、仕方あるまい」

 

 

バーサーカーはそれだけ返して。

静かに──この影の嵐の中にあって、なお静かに。

 

 

「だが、皆覚悟してほしい」

 

 

その両腕を、広く開く。

 

 

「これから嫌なものを見るぞ」

 

 

そして。

 

 

「──何が進歩だ、白々しい」

 

 

何かを呟く。

 

 

「何が調和だ、言い訳がましい。何が発展だ、忌まわしい。──何が未来だ、悍ましい」

 

 

それは詠唱。宝具の詠唱。真名解放。

 

宝具とは。サーヴァントが築き上げた伝説の再現。サーヴァントの武装、技術、逸話、精神性、それら語られるべきものを魔力でもって形とする奇跡。貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)

詠唱により、そのフルスペックは引き出される。故に。

 

 

「人類に進歩なし。過去より生まれ、過去より流れ。全ては原点たる黒き過去より出づるものなれば」

 

 

太陽の塔は微動だにせず。恐れはなく、嵐の向こう、アサシンを見据える。

狼我が見上げるバーサーカーのその背中、描かれた黒い太陽が。詠唱と共に影にも似た力を滾らせる。その果てに。

 

 

「決して忘れるべからず。『太陽の塔・黒い太陽(たいようのとう くろいたいよう)』」

 

 

瞬間。

 

───

 

 

 

眩しいと思った。

肌がじっとりと汗を帯びた。

ジリジリと、何かの音がした──蝉の声だ。

 

狼我は立っている。

畳の上、窓の際、汗ばむような湿気と気温。

そこは和室だった。それも、かなり古い設えだ。

狼我は黙っている。

何故か、そうするべきだと思っていた。近くには同様に何人か立っていて、大人らしい人影も、子供らしい人影も、一様に黙っている。黙って、何かを取り囲んで、見下ろしている。その中に狼我もいる。

見下ろしているのは、ラジオだ。

何を言っているのか、狼我はすぐには判断がつかない。ノイズだらけの掠れた声に、耳を澄ませる。

 

 

『──ヲウシナヒタルモノノコウセイニイ──』

 

『──ルトコロナリオモフニコンゴテイコ──』

 

『──シンミンノチュウジョウモチンヨク──』

 

 

『──タエガタキヲタエ、シノビガタキヲ──』

 

 

待った、これって。

また、周囲を見回す。遠くの壁にカレンダーが見えた。

 

1945年 8月 15日

 

狼我も知っている。

終戦記念日。

 

違う、終戦記念日などではない。そんな平和なものではないのだ、今ここにおいては。

 

敗戦の日だ。

 

それを認識した瞬間に、重みを感じた。肺の中に、息苦しく何かが流入する。重い。重い。黒色だ。何故か、なだれ込むそれの色をそう感じた。決して見えはしないのだが、確信していた。

頭を下げる。背を曲げる。そうするべきではないと、頭の中では何故か感じていて、その上で抗いがたく。空咳をして、顔を上げる。

 

 

瞬間。

 

視界の先が、切り替わる。

今度の視界は真っ暗だった──いや、薄明かりがちらちらと。

小さな明かりがそこここから漏れていて、それを頼りに周囲を見回す。指の1つも動かなかった。そして気づく。そこは、瓦礫の中だった。

自覚した瞬間に、じくりと痛み。胴体からだ。首を曲げて、視線を落とす。腹を、何やら柱が貫いている。どうりで。

痛みが膨れる。頭の中をチクチクと、痛みが駆け巡って声も出ない。喉元が詰まった感覚があった。もしかしたら本当に何か詰まっているのかも。痛い。痛い。黒い痛みだ。──痛みに、色なんてないはずだが。

再び、明かりに目を向ける。瓦礫の隙間から、空を仰ぐ。

 

 

瞬間。

 

視界の先が、また切り替わる。

燃え上がる工場、黒い炎。身を焦がす感覚が肌を埋める。

 

切り替わる。

悲鳴の上がる飛行機の機内。不意に襲う衝撃が脳髄を潰す。

 

切り替わる。

横倒しになった高速道路。全てを失い立ち尽くす。

 

切り替わる。

人の逃げ惑う地下鉄のホーム。息をするだけで、息ができなくなる。

 

 

「何なんだよ、こんなもの──」

 

 

何か? それは解っている。憶えている。

バーサーカーの宝具ってやつだ。あの黒い太陽だ。どうしてそうなるかは分からないが、きっとそうだ。嫌なものを見せる宝具なんだ。

 

視線の先では、いよいよ目まぐるしく風景が揺れる。狼我にとって、否、日本民族にとって、嫌だった過去が流れて、流れて、頭が痛い。

 

流し込まれる。

 

日本民族の苦痛。日本民族の涙。日本民族の怒り。日本民族の嘆き。そう、日本だってそう。何千、何万の苦痛があって、でもその度に、それを抑え込んで立ち上がって。立ち上がっても、なお苦痛に押し潰された。

その圧力を感じている。心臓の上にのしかかって、のしかかって、息が苦しい。膝をつく。

 

意識が揺らぐ。歪む。遠のく──

 

 

「マスター」

 

 

そこに、手が差し伸べられた。

白い手だ。まるで塗料で塗られたような。

歯を食いしばり、揺ら意識に活を入れ、ようやっと顔を上げる。

 

 

「すまないマスター、辿り着くのが遅れてしまった」

 

 

その顔をみた瞬間に、ふ、と。

空気が抜けるみたいに、圧力が和らいだ。

 

 

「嫌なものを見せてしまった」

 

「全くだ」

 

 

狼我は立ち上がる。ゆっくりと頭を振り、それから周囲を見回す。

悪夢の果てに辿り着いた、ここは普通の部屋だった。使い古しの学習机、積まれた冊子、散らかったパンフレット。壁に貼られた2005年時点の世界地図、部屋の隅で埃を被った地球儀まで、全てが。狼我にとっては、普通の部屋だった。

懐かしい。

 

 

「酷いもんだな、宝具ってのは」

 

「全てじゃない。私の持つものの1つに、そういう宝具があっただけだ」

 

 

バーサーカーはそう語る。声色はどこかしおらしい。しかし黙り込むわけではなく。

 

 

「黒い太陽。私の持つ4つの宝具()のうちの1つ」

 

「……」

 

「過去を見せる宝具だ。個人の過去だけではない。民族そのものの過去、あるいはトラウマと呼ぶべきだろうか」

 

 

黒い太陽。静かなれども激しい憤り。深く、暗く、決して塗り潰すことはできない、焼き付けられた過去の象徴。未来を謳う1970年大阪万博にあって過去の存在を叫んだそれは、過去を提示する宝具として昇華された。故に。

 

 

「かつて、苦しんでいた日本を、マスターにも見せてしまった」

 

「……かつて、じゃあないだろ」

 

 

ぼそり、と。言葉が口を衝いて出る。

それは言うつもりのなかった、しかし何故か言っていた言葉。

 

 

「今も、日本には苦しみがあるはずだ」

 

 

形のない不快感。

 

バーサーカーは静かに狼我を見下ろして。

それから周囲に視線をやって、どこか納得したようで、小さく頷く。

 

 

「……なるほど」

 

 

一陣、生温い風が吹く。

 

───

 

 

 

「──っはぁっ」

 

 

息を吸った。思い出したように、息を吸った。

視界が暗転──否、元に戻る。

狼我は気がついた時には、コモンズDの前に帰ってきていた。

 

 

「アサシンは」

 

 

横に立っているバーサーカーに、それだけ問う。

 

 

「逃げたようだ」

 

「何もせずにか?」

 

「そうだ。彼らも君と同じものを見た。継戦どころではないだろう……そもそも、よく宝具から自力で逃げられた。アサシン陣営は余程の手練れかもしれない」

 

 

もう、影はない。どこにもない。

影の向こうのアサシンも、当然いない。

──ベンドレの姿も、見えない。

 

狼我は気づいて、周囲を見回す。

 

 

「オッサン!!」

 

 

ベンドレはすぐ見つかった。コモンズDの壁に背を付けて、胎児が身を縮めるように、蹲っている。うめき声を上げている。

 

 

「ベンドレのオッサン!! しっかり!!」

 

 

体を揺さぶる。反応はなく、唸るばかり。皮膚からは脂汗が滲み、皮膚は熱病に侵されたかのように熱かった。

何か手当は出来ないか、咄嗟に辺りを見回せば、倒れた人影がもう1つ。

 

 

「あ、あ──」

 

「ああ、クソ、ライダーもか……!!」

 

 

ライダーもまた、ベンドレ同様に倒れ伏していた。しかしどうしたものか、2人を手当て出来そうなものは何もない。

 

 

「バーサーカー、どうなってるんだ」

 

「私の宝具を受けたからだろう」

 

「そんなのは分かってる、どうして目覚めない!! 何を見てるんだ!!」

 

 

聞けば、バーサーカーは佇んだまま。

 

 

「先程の宝具は、民族の過去を見せるもの。彼らが苦しんでいるものは、当然……ブルキナファソの過去ということになる」

 




「ブルキナファソ」

「世界最貧国」

「クーデター」

「テロリズム」

「聖杯戦争に参加するんだ」

「お前は託された。ブルキナファソ国民、その全ての願いをだ」


断章 2300万人のブルキナファソ


「その晩、オレは運命に出逢った」



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