万博聖杯戦争 5日目 昼
朝から、雨が降っていた。そこまで激しくはない、ぱらぱらとした雨。しかしどこから流されてきたのか、空は分厚い雲が覆う。すぐに止む雨とは思われなかった。
今もこうして、空間を覆う白いテントの天幕に、雨粒が当たる音が響いている。
ここは大阪・関西万博、関西パビリオン。
関西パビリオン。大阪・関西万博において、ホストである大阪以外の関西圏──即ち、奈良、兵庫、鳥取、徳島、和歌山、三重、滋賀、福井、京都。9つの県によるパビリオンである。
各県はそれぞれにブースを出店し、各県の魅力を発信する。例えば福井であれば恐竜化石に着目し、京都であれば和食を紹介する、といった形で。
そんな中を、狼我はのそのそと歩いていた。
一応警備員という名目だ。しかし来場者の合間を縫って、展示なんかを覗きながら、うろうろと歩く。
そうすることにも、目的があった。
狼我が足を止める。そこは関西パビリオン三重県ブースの出口横。
出口脇に立っているスタッフへ向けて。
「よお」
その目線の先には。
昨日話したばかりの、あの男。
即ち、アサシンのマスター。
「……へえ、君か」
「こっちから会いに来てやったぜ」
───
──
─
「証拠は揃った、行き先は決まってる」
少し前の話だ。
普段より短い仮眠から目を覚まして、狼我は3杯目のコーヒーに手を付けながら、飲みっぷりを眺める美琴にそう言った。
「お、また誰ぞの情報掴んだな? やるやん」
「アサシンのマスターだ。関西パビリオンにいる。行かせてくれ」
「かまへんで」
程なくして、美琴は関西パビリオンでの勤務許可を取り付ける。ついで、と関西パビリオンのスタッフ名簿まで用意したようで、ファイルを狼我に差し出した。
狼我は受け取る。その顔を、美琴は覗いて。
「……大丈夫か?」
「何がだ」
「その、ジブン、顔恐ろしいで」
そうかもしれない。
「悪くなるだろ、少しは」
昨晩の交戦を思い返す。あれは真っ直ぐに狼我らを狙った襲撃だった。恐らく昼間の時点から、アサシンのマスターは狼我の情報を握っていて、一連の行動はアサシン陣営の計画のうちだった。
手のひらの上だ。腹が立つ。だから動く。
「話を聞きに行く。それでいいんだろ」
「そらそうなんやけど……」
名簿を通読して、閉じる。顔写真はなかったが、推測は立った。
会いに行く。会って、話して、内容によっては、きっと──
「なあ、あまり早まらんでもええからな? 時間制限があるわけやあれへん」
「……どういう意味だ」
「……急いて相手のサーヴァント倒す必要はあれへんってことや」
「それを決めるのは、俺だ」
─
──
───
目の前に、それがいる。
アサシン陣営のマスター。何を思ったか狼我を脅した、日本のマスター。
彼は、狼我をじいと見て。
思いついたように、どこかから棒を取り出して、差し伸べた。
「羊羹食べる?」
彼の左腕に、何やら籠が提げられていることに、狼我はようやく気がついた。籠の中には大量の棒、否、ビニールのチューブ。中身は──羊羹だ。
狼我は無言で、それを受け取る。
「おっと、食べるならパビリオンの外でな」
対面する彼はそう言いながら、裏口を顎で指し示した。
───
関西パビリオン、裏口を抜けた先。まだ、ぱらぱらと雨が降っていた。
パビリオンの軒下に、2人は立っている。
「……美味いな」
「当然。井村屋の羊羹やでね」
チューブ入りの羊羹を吸いながら、狼我は軽く唸った。至って普通の、いつもの味の羊羹だが、それが美味い。
そも、『普通』とは日常が形作るもの。日常的に不味いものを食べはしないのだから、『普通』とは即ち美味なのだ。
「井村屋はあずきバーの会社ね」
「……そうなのか」
きっと、横にこいつがいなければ、もっと美味しかったろうに。
狼我は最後の一欠けまで羊羹を吸い上げて、ビニールゴミをポケットに押し込んだ。
「ごちそうさま」
そう言いながらも、周囲に視線を一瞬飛ばす。
……人の気配はない。
「バーサーカー、いいか」
「アサシン、もうええに」
呟いたのは同時だった。
霊体化が解除される。狼我の後ろにはバーサーカーが現れ、そして真向かいにはアサシンが現れた。
「じゃあ、答え合わせや」
軽く両手を広げて、男は問い掛ける。
「答えが見つかったで、ここに来たんやろう?」
「……そうだな」
答え。……ここにいるのが何者か。
アサシンが何者か。そしてこの男が何者か。
それを、既に狼我は突き止めた。
「アサシンの真名は──服部半蔵正成。徳川家康に仕えた武将にして、伊賀忍軍の棟梁」
「ほう?」
「それからお前はそのマスター。関西パビリオンスタッフにして三重県から派遣された魔術師、
そうだろう、と、回答する。
目の前の男は、わざとらしく口笛を吹いて、にやりと笑う。脇に控えたアサシンは、微動だにせず。
「正解や」
そして男は、その右手を覆っていた手袋を脱いで。
そこには狼我と同じように、赤色の痣。手裏剣型の令呪がある。既に、それを構成する3画のうちの2画は、力を失くしたように黒ずんでいた。
彼こそはアサシンのマスター、関西パビリオンのマスター。佐藤住持。
「よう判ったな?」
「アサシンが忍者だと判れば、そこから先は簡単だった。槍使いの忍者として伝わっている服部半蔵は、三重県伊賀市の伊賀忍者の棟梁だったと伝わっている。そしてお前の言った通り触媒が──伊賀忍者の手裏剣が、パビリオンに展示されていた」
そこまで推理できていたからこそ、ここに来た。問いただすために。
「一応、確認だ。何のために聖杯戦争に参加している」
「それ聞く意味あるん? どうせ勝者は1人やに」
「……」
「ま、ええに。僕にも願いがある。関西圏の発展や」
「……本当に?」
「まあ、それ願うのが僕の仕事やでね」
目つきが険しくなったのが、狼我自身認識できた。
こいつは信用できない。直感が告げる。
意識が研ぎ澄まされるような感覚があって、余計に雨音が強く聞こえた。
「で、バーサーカーくれるんか? どや?」
「やるわけないだろ」
「そっか。あんたが自分で戦いたいってことなら、手ぇ組むってことでもええに」
「お断りだ」
頭の中に、美琴の顔が過る。きっと彼女は、アサシンとバーサーカーの交戦を望んでいない。言葉は濁していたが、顔を見ればそのくらい解る。
だが。
「これは日本のためになる願いなのになぁ。そやかて信用できやん?」
「……お前のことは信用できない。信用しない」
その言葉には嘘がある。何か、本心を隠している。
「俺は、
昔から。ずっと昔から。狼我はそうだった。
嘘。偽り。誤魔化し。取り繕い。全ての欺瞞を嫌悪している。
怒りがあり、それが頭の中を整え、結論を弾き出す。何故怒るのかは解らないが、やるべきことは解っている。
「俺がお前を倒す」
雨の勢いが、少しずつ強くなる。
「令呪を以て命ずる」
「覚悟を決めろ」
「我が身既に鉄なり」
「ダメ、パワーが足りてない!!」
「我が心既に空なり」
「俺は俺の望みを叶える。お前を倒す」
8話 アサシン天魔覆滅
「忍の任を解く。槍の神髄をここに」
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